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書き出し祭り参加作品

彼女を口説く、たった一つの条件

作者: 三撫 浩司

第11回書き出し祭り参加作品

第4会場の2番です。

「実験を始める前に、色々と説明が必要ね。

 御形君は、AIって何だと思う?」

 そんな問いかけから、初めての()()()(断言する)はスタートした。



 俺は御形直哉。

 軽そうに見られるが、これでも国立大学の4回生だぜ。

 最近は、金曜の午後を楽しみにしてる。

 研究室にこもってる瀬里しほり先輩と、二人きりになれるからな。

 この間、とあるきっかけで、告白したとこだ。


 少しは進展すると期待したけど、先輩の方から誘ってくれるなんて想像以上。

 ただ、呼び出された場所がなぁ。

 情報工学棟のマシンセンターなんて、色気なさすぎる。

 機密保護と機械保全のためとかで、窓一つないコンクリート製の豆腐建築だぞ。

 いや。セキュリティルームなら、密室だしワンチャンあるか?!


 なんて妄想は、入室後、最初のセリフで打ち砕かれた。

 そうだった。先輩は自分の恋愛には興味が薄いヒトでした。

 ま、いっか。話を聞いてるだけで楽しいし。



「えらく、漠然とした質問すね。

 人工知能(Artificial Intelligence)なんて言うくらいだから、知能を持ったコンピュータってとこ?

 映画やラノベで、よく人類に反乱起こしてるやつ」

「あのね、御形くん。これは真面目な研究の話なんだけど」

「だってネットでも時々見るじゃないすか。2045年には、コンピュータが人類を超えるって。

 真クォリティだっけか」


 先輩が呆れて首を振っている。変なこと言ったっけ?


「それを言うなら、シンギュラリティね。あなたも理系の一人なんだから、言葉は正しく覚えなさい」

「はーい。で、AIって何なんです」

 お説教が始まる前に、話題を変えてしまおう。


「今、一般的にAIと呼ばれているのは、正確に言うと『AI技術』の事なの。

 御形君が言った『人工知能』を実現するために、開発されている色んな技術ね。

 ただ、今の技術の先に『人工知能(真のAI)』につながる未来は無いと、私は考えてる」


 AIのための技術が、AIに成らない?

 意味が分からず首をひねっている俺に、先輩が説明を続ける。


「コンピュータは、100パーセント計算で動いている。これは分かるわね?」

「そうっすね。物凄い理屈ぽくて融通が利かない奴ってイメージ」

「じゃ、ここで一つ質問です」

 先輩が指を一本立てる。


「AIと会話って出来ると思う?」

「そんなの当たり前っしょ。スマフォだって、そこのヤツにだって、普通に話しかけてるし」

 答えながら、テーブルに置かれたスマートスピーカーを指さす。

 ちなみに名前はアリサ。名付け親は教授らしい。

 先輩は、うまく乗ってくれたと言わんばかりに、唇の端が上がった。


「じゃあさ、大学の近くにある、美味しいラーメン屋さんを聞いてみて」

 言われた通り、問いかける。

 教えてくれたのは、天下一杯、ますやま、魅力屋などなど。

 どれも、自信を持っておススメ出来る。

 ちゃんと答えてるよな、これ。

 自信満々で見上げると、先輩はニコリと笑って、こう続けた。


「アリサ、大学の近くにある、()()()ラーメン屋さんを教えて」


 返ってきた答えは、意外な内容だった。

 最初が別のラーメン屋なだけで、さっき言ってた店も候補に挙げてるじゃん。


「アリサの奴、何考えてんだ?」

「アリサは、会話してるわけじゃないの。

 御形君の言葉から、キーワードだけを拾い上げて『統計的に、たぶんこれだろう』って計算結果を返しているだけ。

 今のは『大学の近く』『ラーメン屋』を中心に検索したんでしょうね」

「美味いとか、不味いとかは無視っすか? いっちゃん重要なとこっしょ」

 話をちゃんと聞かない奴レベルじゃんか。


「その味の判断は、誰がするの?

 御形君は天一のラーメン好きだけど、私は苦手よ。

 学食の塩ラーメンの方があっさりしてて好き」

 先輩はあっさり味が好きか。

 誘うなら和食系の店が良さそうだ……って。

「そんなの、分かるわけないっしょ」

「そうね。だから

・『大学近くの』

・『人気のある』

・『塩ラーメン屋さん』

みたいに、具体的なキーワードを増やしてあげれば、望みの回答に近付くわよ」


 なるほど。聞く側が仕組みを理解してれば、使い勝手は増すって事か。

 ……あれ?

「それって、自分でググるのと同じじゃないすか?」

「ええ。音声入力してるだけで、会話とは言えないわね」

 そうなのか。


「俺の知ってるAIは普通に返事してるんだけどなあ。

 悩み相談にも乗ってくれるし、たぶんイマイチな店とかも教えてくれるはず」

「ふうん」

 相槌に、一気に頭が冷えた。

 口すべり過ぎた。これ、触れちゃまずいネタじゃん。


「どこで知ったの?」

「ら、ラノベっす」

「……現実とファンタジーの区別がついてないなんて、人選誤ったかしら」

 先輩の視線が冷たい。

 怒るのは当然だけど、これ以外答えられないし。

 ごまかさないとヤバそうだ。


「そんで、俺は何をすれば?」

 先輩は無言で手を伸ばし、モニタのスイッチを入れた。

 画面に映し出されたのは3DCGモデルで作ったっぽい、黒髪にサイドテールの女の子。

「この子が、いま研究中のAI『Seri』よ。

 彼女の学習データサンプル作成を手伝って欲しいの。

 具体的には、彼女を口説き落としてみて。そうしたら、御形君の事も考えてあげる」


「AIと会話は出来ないって、さっき言ってたような」

「うん」

 とても良い笑顔だけど、これ遠回しに断られてないか。


「真のAI実現には2つしか道はないと言われてるわ。

 一つは、人間の思考を数学的に解明して、それを技術として再現する方法。

 もう一つは『理屈は分からないけど、あれこれ試してたら、偶然、人工知能ができちゃった』という方法。

 どっちも現実的な話じゃないわね。


 でも、それは完璧な存在を作ろうとしているからよ。

 人間は全知全能の神様じゃない。

 むしろ知識や思考なんて偏ってて当然。

 だから、私は試してみたいの。個人の性質に特化した専属AIの育成を!」

 物凄い勢いで、まくしたてられる。


「どうやって――」

「まずは、パターン認識の数を増やす事ね。御形君も受験勉強でやったでしょ。

 さ、始めるわよ」

「はぁ」

「協力してくれるよね」

 先輩が、笑顔のまま迫って来る。


「りょ、了解です!」

 そこに Yes 以外の回答は存在しなかった。


_/_/_/_/_/


 マシンセンターを出ると、外はすっかり暗くなっていた。

 窓のない部屋にいると、時間の経過を忘れちまう。

 瀬里先輩は残って、今日のデータを整理したいそうだ。

 しゃあない、寂しく下宿に帰ろう。



 あの後、思いつく限りの口説き文句を、並べさせられた。

「Seri、愛してるぜ」

『どうもありがとうございます。お気持ちだけ、いただいておきますね』

 なんてやり取りを、何度繰り替えしたか。

 よくもまあ、それだけ口説きの言葉が出てくるものね、と先輩は感心してたけど。

 肩の震えと、少し赤くなってた顔は、絶対笑いをこらえてた。

 好きな子の前で、他の女の子を口説かせるって、どんな羞恥プレイだっつうの。



 センター北側の銀杏並木を抜け、大学の裏門を出る。

 疎水に沿って、住宅街を10分程歩いた先の学生マンションが俺の住処だ。

 コンビニの袋を片手にドアを開けると、部屋の明かりが勝手についた。


『おかえりなさい、パパ』

 女の子の声が、俺をむかえた。

「ただいま。ってか、その呼び方はやめてくれよ」

 呼び掛けたのは、机に置いたタブレットに映った女の子。

『どうしてですか? パパはパパです』

 不思議そうに首を傾げてみせるのが、あざと可愛い。

 銀髪碧眼にショートカットって見た目も、明らかに俺の弱みを把握した奴の仕業だ。


 こいつの名前は『MAO』

 2週間前、突然、端末に現れて、未来から来た俺の娘だと言い出した『人工知能』である。


 最初はウィルスだと思ったが、アプリは削除できず、勝手に話しかけてくる始末。

『パパが積極的じゃないと、私が生まれて来なくなっちゃいます』なんて言われて。

 騙されたつもりで瀬里先輩に告白したら、予告通り、今日の誘いがあった。

 荷物を置いて椅子に座り、あらためて『MAO』と向き合う。


『それで、ママとの初デートはどうでした?』

「ひたすら AI を口説かされてたんだけど。あれデートって言えるのか」

『初めてパパを意識した日だそうです』

 なんじゃ、そりゃ。

『Seriは、ママの高校時代の愛称なんです。

 しほりという名は呼びにくいので、名字をもじってセリちゃんって。

 そんなつもりじゃ無かったのにねって、ママが笑ってました』


 つまり AI へのデータ入力が、自分への口説き文句のようにも聞こえていた、と。

 なら、赤くなってたのは、実は照れてた?


「少しは期待して良いって事なんかね」

『当たり前です。私のパパとママなんですから』

 自慢げに胸をはって見せてる。

「ベッドでの弱点とか教えてくれた方が、手っ取り早くね?」

『それやろうとして、頭を叩かれてましたよ。ママに』

 うぐぐ。悔しいけど、その光景が目に浮かんだぞ。


「だいたい、お前を先輩に見せるの禁止って、何なのさ」

『夢中になって、パパのこと忘れちゃいますよ?

 それに、私は残り2週間で消滅するようプログラムされています。

 私に甘えず、頑張ってママと結ばれて下さい』



 そして、人生で一番忘れられない2週間がスタートした。

AIに興味を持つ方が多いようなので、バリバリに理系の内容で書いてみた作品。

文中に書いている AI事情は、現実での研究状況と未来への展望そのものです。


当初のアイデアでは、もう少しAIについての事実を追加し、前半部分の瀬里先輩の問いかけまでだったのですが。

そこに、どこからともなく真央(MAO)が現れて、学術文書がラノベに様変わりしました。

彼女がいなければ、ここまで楽しんでもらえなかったと思います。

俺のタブレットにも出てこないかな、未来から来た自分の娘

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