遭遇
人じゃないそれをルーナと呼ぶ。
その大きくも小さくもない身体は宇宙とのバウンダリーが無い。物理じゃ表せない。ルーナは靄のように常に動いている。
四兆年に一度地球に接近する小さな星の上でルーナは産まれた。そして死ぬ。いつでも産まれていつでも死ぬ。
ところで、ルーナには心がある。心を表現する身体は無いが。涙を流す目は無いが。すれ違う星々にいる同じような靄を見る度に、すこしだけ胸が痛む。変えられない自分の軌道を怨んだりする。
今日すれ違ったあの彗星にしがみ付いていた靄に、いつも見るようなものとは違ったアウラを感じた。何処と無く硬い、張り詰めた糸の様な非流動的な其れを。ルーナの心が少し動いた。其の彗星に死を感じた。人間からしたら塵に過ぎない星の成り損。成り損にも靄は居る。生まれた時から載せられた軌道を打ち毀す術を知らないまゝ死んで行く靄に、哀を寄せることしか出来なかった。ルーナは初めて己の偽善という芯に触れた。嗚呼間違いでは無いこの情流が如何してこれ程に憎しいのか。この精神的衝突は必要悪であって良いのか。硬い靄は間も無く死ぬ。しかしルーナはそれきり其の靄を忘れた。
追慕は切だ。
今日すれ違ったあの惑星は刹那的な邪気を孕んでいた。是から殺められる何者かにルーナは同情した。救いたいとは思わなかった。救えるとは思わなかった。軌道は変えられないと知っていた。けれども傍観は逃げで有り、逃げというのはルーナの選択だった。軌道を変えない事は詰り正義に欺き世間に頷く事…ならば世間は正義では無い、そのパラドックスも又ルーナの胸の内を掻い摘んで吐き気がするのだった。
「尋常」程濁った言葉は知らない。何時も誰かが自己を偽って居る。至極微細な尖が生じる事で、偽善は忽ち照準を当てられる。否応無しに撒き散らされた本当の本当の自己は、脆くも破棄せざるを得ない軌道をプレゼントされる。尋常から叛いた者は皆、社会から迫害される。嗚呼成程、世間は絶対的悪だ。彗星にしがみついていたあの靄は、名前も知らないあの惑星は、世間に拠って異常化されたのだ。ルーナは考えて居た。
大きくも小さくもないルーナという靄が、明日、四兆年ぶりに地球へ接近すると云う。