38:死の一歩前
「ごきげんよう、アリシアちゃん」
あー、うん、何となくここに来る気がしましたよ。
見慣れた何処までも続く白い風景に、自分に良く似た女の子が微笑んでいる。
今回は、いつもと少し様子が違う。
名無しの女の子は、出迎える事なくソファに横になり、顔だけこちらに向けている。
「ごめんなさいね、はしたない姿で。少し無理がたたって、今日は起き上がれませんの」
それなら、自分をここに呼ばなくても良かったのでは? いつでも、勝手にここに連れてくるんだから、元気になってからにすればいいのに……。
「お大事に。じゃ、今日は帰ってもいいかな?」
「まぁ、か弱い女の子が伏せっているのに、見捨てて行ってしまうのですね。悲しいですわ」
いや、そうは言っても、何もない白い世界で自分がやれることなんて、側にいてあげることくらしか出来ないんですけど。
「ふぅ、言わないとダメなんですのね。では、少し側にいてくださいまし」
女の子は、溜息をついて自分を見つめている。よくよく彼女の顔を見ると、表情に余裕がなく少しつらそうな顔をしていた。
「随分調子が悪そうだね。側にいて力になるなら良いですよ」
こんな何も無い場所で、体調を崩して一人でいるには心細いだろうね。祈念式のお礼も言えてないし……ちょうど良い機会か。自分は彼女の言葉に応じて、ソファに腰掛けた。
「ありがとう、アリシアちゃん。ふふ、暖かい手ですのね。落ち着きますわ」
彼女は自分の手を取り、そのまま頬に付けながら目を閉じる。
本当に具合が悪そうだな。何か元気になる方法はないものだろうか……二人っきりで何度も合っているので、このまま放置するには忍びない。
「祈念式では大活躍でしたわね。でも、あまり多用するのはお勧めできませんよ。今日も、お母様に止められたでしょう」
どうしてその事を彼女は知っているのだ? まるで見てきた事のように話す彼女……本当に何でもお見通しって感じなんだよなぁ。と、いう事は、今日初めて魔法を使えた事も知っているのか?
「ええ、知ってますわよ。一気に魔力を放出するのですもの、崩壊しないように維持するので精一杯でしたわ」
ふむ、あれは確かに……凄まじい勢いで壁が建ったからな。
で、それと彼女に何の関係があるのか。天井が崩落しないように、ここから何かしてくれたくらいしか思いつかないが……。祈念式で、よく分からない凄い力を出す呪文を教えてくれたくらいだ。たぶん、あの時に力を貸してくれたのだろう。
「この前といい、皆んなを助けてくれてありがとう。自分に力になれる事があれば言ってくれ。何でもするよ」
とりあえず、ちゃんとお礼を言っておかないといけないと思い、彼女に視線を向けて頭を下げた。彼女はまだ目を閉じたままで、自分の手を握っている。
だんだんと、彼女がこのまま目を覚まさないような気がして、不安に駆られる。
「ひとつ、お願いを聞いてもらってもよろしくて? このままでは、貴女も帰れなくなるかもしれませんし」
おいおい、どういう事ですか! 帰れなくなるかもって……彼女の容態とこの世界が関係しているって事か?
「正確には違いますけど、大体のあってますわ。それで、お願いを聞いてもらえるのかしら? 先ほど、何でもするって言ってくれましたよね?」
「まぁ、自分が出来る事ならね。じゃあ、調子が良くなれば返してもらえるって事でいいか?」
「もちろんですわ。貴女が協力してくれたら、直ぐに良くなりますもの」
目を瞑っていた彼女は、ゆっくりと身体を起こして自分を見つめた。うーん、こんなに可愛い女の子に直視されると、ちょっと恥ずかしいな。彼女には恩もあるし、無理な事はこれまで言ってきた事もないから、ささっとお願いを処理して元気になってもらいましょうか。
「で、何をすれば良いんだ? この身体だからたいしたことはできないぞ」
「それは問題ありませんわ。貴女の中に眠っている意識を、ほんの私に少し分けていただきたいの」
んー? それは何だ? 意識ってこの頭の中? 記憶とかそんな感じなのか?
「ちょっと伝え方がよろしくなかったようですわ。欲しいのは、貴女にはもう不要になった、過去の記憶から生じた精気ですわ」
精気? なんか凄い卑猥な感じがするが、自分はご覧の通り女の子だが? それに過去の記憶からって、何だか複雑すぎてよく分かんないな。実害が無いのであれば、幾らでも持っていっても良いけど……。
「ふふ、寛容ですのね。安心してくださいな。欲しいのは、貴女の身体に何の得にもならない気力みたいな物ですの。むしろ無い方が、魔力が引き出しやすくなりますわ。今は、弁のようになって魔力を使う度に、障害になってますもの」
ほほう、過去の遺物がこの身体に眠っているのか……それがどんな物かは分からないが、魔法中心の新しい世界で生きるのに邪魔であれば取り除きたいな。
「大体理由はわかったよ。では、それを差し上げます。それで君が元気になるのであれば」
「ふふ、ありがとう存じます。これで、私も元に戻れそうですわ」
名も知らぬ少女が、無邪気な笑顔を自分に向け、ジリジリと自分の顔に近づいてくる。
「ちょ、何をしようと?」
そう、口を開こうとした瞬間、少女の唇が自分の口と合わさる。
「んぐぅっ!」
彼女は自分の顔を両手で押さえ、固定すると顔を傾けて口をさらに寄せてきた。窒息しそうで顔がどんどん紅くなり、胸の動悸が激しくなる。こっ、このままでは、先にこっちがダウンしてしまう。
そう思い、何とか彼女から離れようと身体を捩った。
「ふぐぅぉ!」
自分の非力な抵抗虚しく、彼女はずいずいと強引に攻め立てくる。身体の奥から、何かが這いずるように込み上げ、喉を通過していった。思わず吐き出しそうになるのを堪えるが、口に到着した瞬間に嗚咽を漏らす。
ニュルンっと、彼女の口に移動した気がする。
「ブハァ! ちょ、舌まで入れて何してるんすか!」
「ふふ、ご馳走様でした、アリシアちゃん。まだ、奥にいくつか残ってますけど、問題ないでしょう。また次の機会に取っておきますわね」
少女は唇を舌でペロッと舐め、悪戯っぽい笑顔を自分に向ける。
ふぬー! まさか口移しで精気を持っていくなんて、聞いてないんですけど! なんて破廉恥な少女なんですか! 親の顔が見てみたいですよ!
「まぁ、親の顔ですの……ふふ。口移しの方が取り出しやすいのですもの、仕方がありませんわ。先にお伝えしてましたら、抵抗されるでしょう? アリシアちゃんは、純情ですもの、ふふふ」
そうですね、言ってたら間違いなく拒否してましたよ。くそー、完全に自分の思考が読まれていて、何も言い返せないじゃないか。
「アリシアちゃん、無理をしてごめんなさいね。お陰様で力が戻りましたわ。ありがとう存じます」
少女は少し顔を下げて上目使いでお礼を述べる。いやー、もう、そんな顔で言われたら……怒るに怒れないよ……彼女の顔を見ると、さっきまで見せていた痛々しい様子もなくなり、以前見た血色の良い表情になっていた。
「あぁ、元気になったら良いよ。でも、次はやらないからな!」
「まぁ、残念ですわ。アリシアちゃんと、もっとお近づきになりたいのに。悲しいことですの」
下を出して甘えた顔をする少女。自分は、元気そうな表情を見せる彼女に笑顔を向ける。若干、納得がいかないけど、お世話になったお礼だ。そう割り切る事にした。
「では、回復も出来ましたし、元の場所にお戻しいたしますわね」
このまま離れてしまう事に、少し名残惜しく感じたが、少し前の自分の境遇を思い出し帰る決心をした。
「ご機嫌よう、アリシアちゃん。また来るのをお待ちしてますわね」
少女は、ソファから降り、スカートを摘んで会釈する。徐々に目の前がボヤけ、意識が途切れていった。
「あっ、また名前を聞くのを忘れてたよ……」
ーー眼が覚めると、お母様が心配そうに自分を見つめていた。額に触れるお母様の手が、とても暖かくて気持ちが良いですね。
「おはよう、アリシアちゃん。夢の中は楽しかったですか? あまりによく眠られてましたから、お母さん心配しましたのよ」
「おはようございます、おかあさま。いっぱいねむれました!」
まぁ、眠っていた訳ではないのだけど、別の世界に行ってたとも言い難い。無用な心配をお母様にさせてはいけないので、言葉を合わせた。
「アリシアちゃんがお目覚めになりましたのね。良かったですわ。一時はどうなる事かと思いましたの」
お姉様が自分に駆け寄ると、目に涙を浮かべて語りかける。
ん? 自分はどうにかなってました? 特に身体に違和感は感じないけど……。
涙ながらにお姉様が、自分に起こった事を教えてくれた。
モルデフォードに魔法の壁で撃退した後、自分は気を失った。ここまでは自分でも記憶にある。魔力の制御を知らずに魔法を唱えたために、お母様の用意した魔石の容量を超え、自分の身体の中の魔力まで使ってしまったらしい。
小さい身体が大容量の魔力放出に耐えられるわけもなく、魔力が枯渇し干からびた自分は、体中に亀裂が入り放置していたら、命を落とすところだったそうだ。
お母様と王妃様、お姉様が必死に魔力供給を連日続けてくれたおかげで、何とか回復はしたけど意識が戻らなかったらしい。
で、二日間眠っていたところで、今、意識が戻ったと……。
「おかあさま、おねえさま、しんぱいさせてごめんなさい。もうげんきになりました」
見つめる二人は、目元をハンカチで拭いながら自分に微笑みかける。
まさか、あの魔法を使っただけで、自分が瀕死になるなんて思っていなかった。死という言葉が、頭の中でぐるぐる回っていく。二人の笑顔がもしかしたら見られなかったかもしれないと思うと、だんだんと身体が震え、下半身から暖かいものが勝手に吹き出した。
「あぁぁっ、あぁぁっ、おがあざま、おねえだまぁ。わだし、いぎでまず。いぎでるぅ」
怖い、怖い……怖いよ。
死にたくない……。
死に直面していた自分。
身体も頭もボッと燃えるように熱くなり、お母様に抱きつき泣き叫んだ。
白の世界に再び!でも、謎の少女はぐったり……。
アリシアちゃんの唇の代償で、少女は元気になれました!
でも、戻って見たら?
幼児が魔法を使う代償を身を以て体験したアリシアちゃん。
実は、魔法って怖いのです。
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