37:制限解除
無数の光の筋が束となって部屋に降り注ぐ。お姉様の魔法防壁に囲われていない床が、ジュッと音を立てて、黒く焦げ床に拡がっていった。
そのまま視線を、お母様と王妃様のいる場所へ上げていく。お母様達も魔法防壁を展開しているようで、緑色のドーム上の膜が張られていた。ドームの中には、ジェーンの姿も確認でき、ホッと一息つく。
王妃様も頭上から降り注ぐ攻撃に、お姉様と同じように、平然とした顔で対応していた。お母様やお姉様との実力差は分からないけど、王族の人だし魔力が豊富にありそうですね。すこし心配したけど、無用だったようです。
シャーリーは気絶しちゃってから目覚めていない。王妃様のかっこいいところをしっかり見て、後で教えてあげようと思った。直接見られなかったのは残念ですね。
「それにしても、相手のこの魔力量……人とは思えませんわね」
お姉様がボソッと呟き、頭上を睨む。降り注ぐ魔法は一向に止む気配がない。
「お母様!」
「エルステア! そのまま防壁を展開していないさい! もう直ぐ止みますわ!」
お母様の声に反応し、お姉様は頷くと、再び杖に魔力を込め始めた。
「アリシアちゃん、リーシャ、もう少し側に来てくださいな。少し防壁を厚くしますの」
そう告げると、お姉様は杖から魔力を開放し防壁の中に、一回り小さい防壁を作った。二重防壁ですか……これも学院で覚えたのかな? 相変わらず、お姉様の成長に驚かされるばかりです。
頭上から降り注ぐ光の束は、一層激しさを増し、部屋の床がドス黒く焦げ赤茶色に変わり、煙と共に異臭を放ち始めた。
「リリア、リンナ、風の魔法であの煙を押し返していただけますか?」
お姉様の指示で、リリアとリンナが防壁の外に風の流れを作り、煙を外へ追いやっていく。煙と異臭に包み込まれそうなところを、難なく対応するうちのメイド達。的確な指示といい、本当にうちの家族は凄いよ……。
激化する攻撃をただひたすら受け続け、ジッと耐える、お姉様達。本当に、このまま耐えているだけでいいのだろうか……何かこちらから仕掛けなくては、いずれ魔力が無くなって防壁が壊されてしまう。そんな危機感を勝手に自分は持ち始めてしまった。
「アリシアちゃん、いざとなったらお母様の名前を呼んで、そちらを起動してくださいね。念のため、覚えておいてくださいな」
お姉様の顔から、少し汗が吹き出ているように見えた。でも、その表情にはまだ余裕があり、自分に笑顔を見せてくれる。さすがにお姉様と言えど、長時間魔力を行使しているのだ。疲労が見えても不思議ではない。
お姉様の言葉に、ハッとしてブレスレットに目を向ける。
あっ、そう言えば、お母様からいざという時にと、魔道具のアクセサリーをいろいろ貰っていましたね! すっかり忘れてましたよ!
チラリと腕を見ると、ブレスレットについている魔石が黒く輝いていた。うっ、なんでこんな色に? ちょっと薄気味悪い色なんですけど。
元の色は青色だったよね……これ、つっ、使わない方が良い気がしますよ。緊急時ね、本当にヤバい時にだけにしよう!
ブレスレットから放たれる黒い光から視線を外し、頭上を仰ぎ見た。
「やっ、やめろ! それに触れるなっ! 貴様、何故それに気付いた!」
さっきまで頭上から聞こえてくる怒りの声が、慌てた様子の声で部屋に響く。
「ぐぅぁぁぁ! やめろ! やめぇぇぇっ!」
頭上の声がだんだんとか細くなり、それと同時に、降り注ぐ攻撃は威力が弱まっていく。
「ぐぅぁぁぁ! 貴様ぁぁぁ! 邪魔をするなぁぁ!」
野太い声の断末魔が部屋に響くと、頭上の攻撃は完全に消えて、頭上からドサッ! と音を立て何かが落ちてきた。
落下物の周りには黒い靄が立ち込めていて、その中心にはフードを被った男が蹲っているようだ。あの黒い靄には見覚えがある……その様子を見て、背筋に冷たいものが走り、身体が震えた。
あの男は、ルードヴィヒとは、体格も雰囲気も違う。会った事も無い人だと確信したが、黒い靄と相対した記憶が蘇り、これから起こる事を想像して戦慄を覚えた。
「くそぅ、この私の計画を台無しにしよってぇぇ! 皆殺しだぁ、この国丸ごと消し去ってやらぁぁ!」
黒い靄を身体に纏った男は奇声を上げ、母様達の前に立ちはだかる。
「えっ、先生? あの方は薬草学のモルデフォード先生ですの! 何故ここに?」
お姉様が男の姿に面識が……って、先生? 幼児院の先生ですと? 確かに、よくよく見ると、入学式に自分をジッと見てから、途中でステージからいなくなった人に似ている。でも、気持ち悪いから印象でしか覚えてないけど、そう言われるとそんな気がした。
先生が何故、自分達に攻撃を……また、あの黒い靄が原因なのか……。
「おかあさま! そいつあぶないです!」
必死にお母様に、危険を知らせようと声を振り絞り叫ぶ。お母様達と相対している男が、ルードヴィヒのような力を持っていたら、お父様達でも太刀打ちできなかったのだ。また皆んなが、大怪我するような悲劇が起きてしまう。
今度は、そうはさせない! 祈念式の時は、発動させるのが遅くて、お母様やメリリアが大怪我をしてしまった。今は、もう使い方を知っている! きっと今度は上手く発動させられるはず!
自分は心を静め、解除の呪文を唱えるために、黒く光る魔石に手を当てようとした。
「アリシア! いけません! その力は使ってはなりませんの!」
お母様から、強く制止する言葉が自分に向かって言い放たれる。その言葉に、思わずビクッと身体を震わせ、ブレスレットから手を離した。
どうして? どうして止めるの? お母様。
困惑した気持ちで、お母様に視線を向ける。また、皆んなが、怪我をしてからでは、取り返しがつかなくなってしまうよ。
自分だって皆んなを救う力になりたいのに。無性に悲しい気持ちが沸いてくる。
「アリシアちゃん、お母さんの言う事をちゃんと聞けましたのね。偉いですわ。さすが私の娘ですの。私が教えた言葉で解除しなさい。良いですか?」
お母様は、今度は優しく言葉をかけてくれて、涙目になっていた自分を慰めてくれた。お母様の教えてくれた言葉……それを唱えれば何か力になれるのであれば……。教えてもらった言葉を呟き、もう一度ブレスレットに手をかける。
さっきまで、妖しい黒色だった魔石は、気付けば青色に戻っている。この色であれば、変な事が起きないと思い、救いたい気持ちを強く願い口を開いた。
「ユステア!」
ブレスレットから眩い青の光が放たれ、全身を包み込んでいく。
さっきまで、白とピンクのドレスが瞬く間に、青と黒のドレスに変わり、手や脚に金属製の鎧のような物が付けられていった。
「まぁ、アリシアちゃんも武装を纏えましたのね。素敵ですわよ」
リンナが、そっと自分を床に降ろしてくれたのを確認し、お姉様の顔へ視線を向けると、眩い物を見る様に目を細めて微笑んでいた。隣にいるリーシャとサーシャも、驚きながらも笑顔を見せている。
鏡が無いので、いつもと違う服を着ているくらいにしか感じられないけど、歩くとガシャ! ガシャ! と音がして、物々しさを感じた。袖やドレスの裾を触ったり、金属部分の形を確かめて、何となく凄いかっこいい姿になっていると認識。
「わたくし、おねえさまのようになれたのですね!」
妙な喜びと興奮を覚え、思わず顔が緩んでしまう。ふふふ、これで黒い靄と戦う力を自分の意思で得られたのですね! これで! 戦える! 強く願った救いたい気持ちを乗せ、お母様達の向こうへ睨むように視線を向ける。
「きっ、きいてないぞぉー! 何故、ここに神の依り代がいるのだぁ? そっ、そんな馬鹿な!」
「エルステア! 防壁に魔力をもっと強くこめてくださいまし!」
モルデフォードらしき人は、黒い靄をさらにモウモウと放出させ全身に纏うと、お母様達を無視しこちらに向かってくる。
「滅べ! 滅べ! 滅べ! シャーッ!」
黒い靄から、次々と光の矢が自分達に向けて放たれる。
「アリシアちゃん、これもお勉強ですわね。両手を前に出して、壁を想像してごらんなさい。出来なくても、お姉ちゃんがついてますから大丈夫ですよ」
お姉様の指示に従って、両手を付きだし、頭の中で壁を作ろうと思考を巡らせる。壁ってどんなのがいいかな……こんな状態でボヤっと一瞬考えた。
壁なら天まで届くようなデカいのがいい! 上から攻撃出来ないようしたら安全になるよ!
「かべ! どこまでおおきいかべ! かべよ! わたしのまえに!」
適当な言葉が咄嗟に口から出る。こんな感じで魔法唱えていいのか……いや、教えてもらってないから呪文なんて分からないし!
内心ちょっと不安に思っていたが、両手がポウッと光り始め、そのままモルデフォード目掛けて光が飛んでいった。
光はそのままモルデフォードの足元にグルグルと纏わり付くと、次の瞬間、
ドゴゴゴゴッ!
っと、地鳴りがし始める。駆け寄るモルデフォードの足元からは、石畳みが現れどんどん拡がっていく。自分は、そのまま壁を念じ続け、高く聳えるように強く願った。
ズォォォ! ゴォォォッ!
念じれば念じるほど、モルデフォードの足元にある石畳が、勢いよくせりあがる。
ザシャーッ! ドォォォンッ!
石畳が瞬きしている間に一瞬で上空へ突きあがり、天井もろとも吹き飛ばし延びて行った。自分の目の前には、モルデフォードも黒い靄も見えず、巨大な壁が聳え立っている。
ちょ……何? 何が起きたの? あっけに取られ、慌ててお姉様達に視線を向けると、こちらに驚いたような目で見ている。いや……たぶん、これはお姉様がやられたのですよね? 自分はこんな事できませんし、何も……。
「ほほほ、うふふ、ここまでとは思いませんでしたわ。本当に規格外の姉妹ですこと。アリシアちゃん、もう十分ですから、肩の力を抜いてごらんなさい」
壁の向こうから、お母様と王妃様が駆け寄り自分に声をかける。お姉様もリリア達もまだ口が開いたままこちらを見ていた。
お母様が自分の肩にそっと手を置くと、肩の力がスッと抜け、両手から光が消えた。光が消えると共に、巨大な壁はゆっくりと下からスッスッっと消えていく。壁が全て消え、天井にぽっかりと穴が空き、青い空が見え、ヒラヒラと頭上から千切れた布が舞い落ちてきた。
あの切れ端の色は、モルデフォードが着ていた服じゃない?
本人の姿が見えないけど、上まで突き上げられたのを良い事に、そのまま逃げて行ったのだろうか……。
「お母様、アリシアちゃんは、やはり凄い力をお持ちですのね。私、驚きましたわ」
「エルステア、アリシアちゃんは、まだ魔力の制御が出来ませんの。この事は、アリシアちゃんのためにも、決して口外してはいけませんよ」
お母様は真剣な顔で、お姉様達に向かって口止めを約束させる。以前のような、無意識で使った魔法とは違う感覚だ。同時に、身体の中、意識の中に妙な爽快感を感じた。
「アリシアちゃん、こちらにいらっしゃいな。頑張ったご褒美ですわ」
そう告げるお母様は、自分の身体を抱き上げ額にキスをしてくれた。
お母様に褒められたから、あの壁は自分が出したって事か……でも、皆んな怪我が無くて良かったよ……。
緊張が一気に解けた自分は、そのまま意識が途切れた。
アリシアちゃんの無茶苦茶詠唱で吹っ飛ぶ黒幕。
小さい身体で魔法なんて使って大丈夫かな?
黒幕のモルデフォード先生の行方も気になります。
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