35:束の間
「シャルロット王女様、ごきげんよう。あら、少しお顔が腫れてますのね。私でよろしければ、癒しを差し上げたく思います」
学院の授業が終わったお姉様が、宮殿に駆けつけてくれました。お姉様は、シャーリーの顔を見て少し驚きを見せる。
お姉様が来られる少し前まで、王妃様に縋り付いて泣いていたから、目が真っ赤で瞼が腫れているのだ。
シャーリーは、少し戸惑いを見せるが、頷いてお姉様の癒し魔法を受けた。
「はい、これで可愛いお顔に戻りましたわ」
「ありがとう、エルステア」
癒し魔法を受けたはずのシャーリーだけど、まだ頬が紅潮したままですね、ふふふ。
お昼寝後は、夕食までは自由に時間を使えるらしい。
早速自分は、メリリアに頼み、ボーリングセットを宮殿の玄関ホールに、展開してもらった。
展開している最中に、お父様とレオナール叔父様、バハムートさんと遭遇する。三人とも表情が険しい……自分に気付くまで真剣な顔で話をしていた。
「おぉ、アリシア。ここにボウリングを、持ってきておったか。これはちょうど良かった、我等も発散したかったところだ。参加しても良いか?」
「ええ、もちろんですわ。みなさんであそびましょう」
シャーリーを真似て、ちょっと鼻を上げてお父様に快く返事を返すと、お父様も、叔父様も、バハムートさんまでも、目を丸くして自分を見ていた。
あれ、何かみんなの反応がおかしいよ。何か変な事言ったっけ? 恐る恐る、鼻を下げて上目で三人を見つめる。
「がははは、これは愉快! アリシア、良いぞ! どこぞの王族かと思ったわ!」
「うむ、アリシアは小さいのに、少し大人びた表情を見せるからな! 愉快であるぞ!」
「アリシア様は、可愛らしくも気高くいらっしゃいますなぁ」
三者三様に、自分を見て腹を抱えて笑いだした。
うっ、受けたみたいだから、良しとしよう……でも、ちょっと笑いすぎじゃない? 見つめられ過ぎて、顔が紅くなってきましたよ……。ほんと、人の事は言えませんね、自分もまだまだお子様でした。
お父様達に笑われている間、リリア、リンナがボーリングのピンを黙々と設置してくれて、準備が整ったようです。
早速、シャーリーにズラリと並ぶゴーレム製ボーリングピンを見せると、目を輝かせて見入っていた。
「これは、なにをするものですの? どれもりっぱなおきものですわね」
「シャーリー、いまから、おとうさまがやってみせてくれますので、ごらんくださいな」
自分はお母様に視線を送った後に、ボーリングの球を持つお父様を見る。
お母様は、自分とお姉様、シャーリーの前に緑色の防壁を展開して後ろで見守った。
「では、参るぞ! 今日こそは全て木っ端微塵にしてくれるわ!」
ちょ、お父様! 本気で壊す気ですか! なっ、何を考えて……。
そう思った時には、お父様の手からボーリングの球は放られてゴーレムのピン目掛けて転がっていった。
高速で転がる球は、あっという間にピンの目の前に……その瞬間、先頭にいた獣のピンと二番手に控える騎士のピンが動き出し、盾を構えた。
ゴッ! ゴゴンッ! ガーンッ!
大きな衝突音が、玄関ホールに響き渡る。
球とピンの周りには、衝突の激しさで煙に覆われていて、中の様子が見えない。ゴーレムのピンが壊れていなければ良いのだけど……。
シューッと音を立てて、煙が消えピンの姿が見え始める。
「まぁ、おきものがうけとめてますわ! すごいですの!」
シャーリーが声を上げてはしゃいでいる。自分はピンのあった場所を凝視すると、確かに球をピンたちが受け止めていた。一番前に盾を構えた騎士が二人、その後ろに大型の騎士が球を押さえている。球を囲むように、他のピンもいて、どのピンも無事だったようだ。
「おとうさま、こわしたらあそべなくなりますの!」
自分は、お父様に抗議の声を上げて訴えたが、当の本人はもの凄く悔しそうに地団駄を踏んでいて、耳に届いていなかった。本当に、お父様は加減というものを、もう一度お勉強した方が良いですよ!
お父様に憤慨していると、シャーリーが自分の側に来て、目を輝かせて見つめる。
「アリシア、わたくしでもできますの?」
「ええ、もちろんです、シャーリー。いっしょにあそびましょう」
シャーリーに笑顔を向けると、手を組んで飛び跳ねるように喜びを見せた。
自分用のボーリングの球を渡して、遊び方を説明する。さすが、王女様です。すぐに遊び方を理解して、投球方法を確認し始めた。
宮殿の廊下は大理石のような床なので、真っ直ぐ投げればピンに当たる。シャーリーは、自分の言葉に頷くと、ピンに相対し球を放った。お母様の不思議な仕様なので、子供用の球は、ピンに吸い込まれるように前に進んでいく。
ガーンッとぶつかる音と共に、ピン達は苦悶の演技を見せてバタバタと倒れ始めた。
シャーリーは、ピンが倒れる度に歓声を上げ笑顔を見せる。
「アリシア、どうですの? わたくし、たくさんたおしましたわ!」
おぉ、シャーリーの鼻が今まで以上に上向いてます。自分は、彼女の笑顔を拍手で称えると、王妃様もお母様達も皆んなで褒め言葉を告げた。
やっと無邪気な笑顔が見られましたよ! 自分は心から嬉しく思いシャーリーに抱きつくと、彼女も自分の腰に手を回し抱きしめ返してくれた。そのまま、二人で顔を寄せ笑い合った。
――王妃様やお母様、お父様と叔父様も交えた大ボーリング大会が宮殿で行われ、気がつけば日が暮れ始めていた。
夕食は家に戻って食べるので、シャーリーとはしばしお別れだ。彼女はすっかり王妃様に甘えるようになり、抱っこしてもらい自分達を見送ってくれる。
「また、あしたおあいしましょう、アリシア」
「はい、シャーリー。また、あした」
自分もお母様に抱かれているので、目線が合う。お互い笑みを交わして、しばしの別れを告げた。
「王妃様、何かございましたら、こちらをお使いください」
お母様の言葉に合わせてメリリアが小さな箱を持って、王妃様に差し出した。あれ? あー、そう言えば昨日渡すはずだったお姉様と造ったゴーレムですね。お母様の顔を咄嗟に見ると、にっこり微笑んでくれた。
「こちらは、エルステアとアリシアが造ったゴーレムですの。少し防御機能を加えておりますので、王妃様とシャルロット様に、何か危険が及んだ際に勝手に障壁が発動いたします。破滅級でも無ければ、数時間は持ちこたえられますので、寝室に置いてくださいまし」
「ユステア、エスステア、アリシア。私達のためにありがとう存じます。早速、今日から置かせていただきますわ」
王妃様は、従者のメイドにゴーレムの入った箱を受けらせ、シャーリーと笑顔を向け合った。
ついでに、目覚まし機能の事も自分が伝える。すると、シャーリーは嬉しそうな顔でメイドの持つ箱に視線を移し、王妃様に中を早く見たいと急かしだす。
「シャルロット、皆に御礼を言ってませんことよ?」
「えっ、はい。エルステアさま、アリシア、ありがとう。わたくし、たいせつにいたしますわ」
王妃様に窘められたシャーリーは、すぐに視線をこちらに向けて、お姉様と自分にお礼を述べる。お姉様と自分は、シャーリーの言葉に嬉しく思い、微笑み返した。
昨日と今日で、シャーリーの事で色々気を遣いすぎて、夕食を食べている最中に寝落ち。そのまま、次の日の朝まで熟睡してしまった。
ーーあれから、ドネビア王妃様達の妨害は鳴りを潜め、アンヌ王妃様もシャーリーも平和な日々を送れている。
ゴーレムの目覚まし時計も、夜に作動した形跡も無く、目覚まし機能だけが作動し毎朝鳴っているそうだ。最初の日は、突然自分達の声が聞こえて来て、びっくりして飛び起きたらしいけど、今はしばらく黙って聞いてから止めるようになったとか。まぁ、止めるのはメイドの仕事になったそうですが。
平穏な日々が続いている事に、逆に少し不安を感じる。だけど、そんな気持ちは、シャーリーと競うように勉強していると、忘れがちになっていた。
「アリシア、きょうはメイドのジェーンが、おもしろいばしょへあんないしてくれるそうなの。いってみませんこと?」
ほほう、宮殿探索ですね! いいでしょう、これだけ広いのに探検しないと損です! メイドのジェーンはここに来てから事ある度に、シャーリーと自分に気を回し面倒を見てくれている。自分達は彼女を信頼し、遊びに誘ったり彼女の話を聞かせてもらったりしていた。
彼女には、自分達と同じような小さい妹が故郷にいるそうです。シャーリーや自分達が、妹のように思えてほっとけないそうだ。まぁ、棚の上によじ登ってクッションにダイブしようとしたり、番犬の獣に近づこうとしたりと、割と無謀な事もしてましたからね……。
ジェーンの誘いなら、お母様も信頼していると思うし大丈夫だろう。そう思って、シャーリーとジェーンを連れて相談に行くと、少し考えてから却下された。
「ユステア様、私では信用なりませんでしょうか」
「そうね。そういう訳ではございませんけど、貴女だけでは力不足は否めませんわね」
なるほど、身辺警護としてはジェーンでは、確かに不安です。うーん、じゃー、誰か一緒に……と思い辺りを見回すと、リーシャがにっこり笑顔を向けてくれた。
「リーシャもいっしょでしたら、ダメですか、おかあさま?」
お母様は、自分の言葉でまた手を頬に当てて考え始める。
「リンナも連れて行くのであれば良いでしょう。何か起きた時は、リーシャ、よろしく頼みますわね」
シャーリーと自分は、お母様の許可が得られて、手を繋いで飛び跳ねた。そのまま、ジェーンの手を取り三人で輪になってはしゃいだ。
「メリリア……」
部屋の中を飛び跳ねて身体で喜びを表現していると、お母様がメリリアに何か耳打ちをしているのが目につく。
お母様との話が終わったのか、メリリアは小さく頷き離れるとロアーナの側に行き、肩を軽く叩いた。
そのまま、部屋を出て行くメリリア。
何故か分からないけど、彼女の動きが気になり視線で追っていた。
「シャルロット王女様、アリシア。気を付けて遊んでくるのですよ」
何事も無いような素振りを見せるお母様。
目を細め、シャーリーと自分を笑顔で見つめ、見送ってくれた。
王妃様とシャーリーに束の間の平穏が訪れました。
アリシアちゃんはすっかり油断しているようですが……
お母様の警戒に隙はない?
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