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034:見えざるモノ

 選定された従者に、お母様はそれぞれ役割を言い渡す。


 王妃様は、黙ってお母様の話を聞いていた。


 手持ち無沙汰になった自分は、家から同行してくれているメイドと護衛騎士を、シャーリーに紹介してあげる事にした。これくらいの仕事は、自分でもできますから!


「こちらから、じゅんばんにしょうかいします。メイドちょうのメリリアでリンナです」


 メリリアとリンナは膝を少し曲げて、スカートの裾を摘んで会釈する。うちのメイドは、容姿も立ち振る舞いも洗練されているので、宮殿で働く人達と比べても遜色はないはずだ。


「こちらが、ごえいきしのロアーナと、まぞくのあんこくきしリーシャです」


 二人は、シャーリーの前で片膝をつき、挨拶をした。


 シャーリーは、魔族の人と会うのが初めてだったようで、リーシャに興味深々だ。頭のツノが本物なのかとか、人を食べるという話は真実かと、質問責めを始める。


「そうですね。悪い子がいたら、八つ裂きにして食べてしまう事もございます」


 リーシャがそう告げると、シャーリーはビッと身体を震わせ、自分の後ろに隠れるように回り込んだ。


「たっ、たべては、いっ、いけませんの」

「リーシャ、ほんとうですか?」


 思わず自分も聞き返してしまったが、リーシャは唇に指先を付け首を傾けて、自分とリーシャをジッと見つめるだけだった。自分たちの怯える様子を見て、唇の端をあげて微笑むと、


「冗談でございます、シャルロット王女様、アリシア様。人を食らうのは魔人ですね、シャルロット王女様。魔族は、そのような事はいたしませんので、ご安心ください」


 一瞬、ナーグローア様も、人を食べるのかと考えてしまったよ。ふむぅ、リーシャとあまり話した事は無かったけど、からかうのが上手ですね。


 本気で心配しちゃいましたよ……。


 後ろにいて、自分のドレスを握るシャーリーも安心したのか、手を離して横に並んだ。


「そっ、そうですわね。まじんとかんちがいしてましたわ、おほほほ」


 手の甲を口に当てて笑うシャーリー。気丈に振る舞っているけど、膝が震えてますよね。何となくその姿が可愛く思えて、思わずシャーリーに抱きついた。


 縦巻きロールの髪の毛から、お母様とも、お姉様とも違う甘い匂いが鼻をつく。ふむ、これがシャーリーの匂いか。それとも王妃様のお乳の匂いかな? 何れにせよ、良い匂いが彼女からしますね。


 いや、別に匂いフェチではないが……何故か嗅いでしまうのですよ……変に癖がついてしまったようです。


 とは言え、誰かに指摘されるまで、やめる気もないのですけどね。


 全員の挨拶が終えたので、皆んなで朝食会場に移動し朝ごはんをいただいた。朝食の席では、王族の人達は王妃様とシャーリーだけだった。他の人は、基本的に同席はされないそうで、それぞれ別の会場で食べるそうだ。


 王様は、日によって出席するようで、今日は夕食の席に出るそうです。


 いつも家族揃って賑やかに食卓を囲む自分の家とは違い、少し寂しい感じがします。王族の仕来りは、ちょっと息苦しいですね。自分だったら、この生活を続けられる自信がありませんよ……。


 朝食を終えた後、自分とシャーリーは、揃っておむつを交換してもらうため、大きいソファに並んで寝かされた。人のおむつを交換されるのに興味が沸いたのか、ずっとシャーリーがこっちを見てくる。自分は、視線を外して恥ずかしい気持ちを堪えるのに必死だった。


 あんまりジロジロ見ると、こっちもガン見して仕返しするよ!


 紅潮した頬に手を当てて冷ましながら、再び勉強を始めた。いや、もう、シャーリーのせいで顔が熱いですよ! 本当に、困ったお姫様ですね!


 午前の後半は数のお勉強です。いち、にい、さん……ではなく、ワン、ツー、スリーのような英数字を覚える感じだったので、これもまた苦もなく、ターナ先生の後に続いて復唱できた。シャーリーは、もっと先に進んでいるようで、百や千の桁の勉強をしている。繰り上げる数字がどこかを知らないので、教わるまで待つ事にした。


 何度も、数字を声に出して勉強していると、部屋の扉が突然開き、ドネビア王妃様と見知らぬ男達が入ってきた。


「ごきげんよう、ユステア。本当に宮殿に娘を寄越すとは思いませんでしたわ、どういうつもりなのかしら? 貴女も、なかなか強かですのね。娘を使って王族と縁を持とうとなんて、いやらしいことですわ」

「ドネビア王妃様、本日もご機嫌麗しく何よりでございますわ。こちらにはどのようなご用件でございますか? お探しの殿方は、こちらには見当たりませんけど、気のせいかしら?」


 お母様は、ドネビア王妃の嫌味にも反応せず、冷静に言葉を返した。ドネビア王妃は、お母様の様子を見て少し顔を引き攣らせ口を開く。


「私がどのような用で、こちらに来ようと勝手ですの。まぁ、良いですわ。用は済みました。ギュスター、ヘンリック行きますわよ」


 何かイライラしている様子の、ドネビア王妃様。その後ろにいた身なりの良い男達は、下品な笑みを浮かべシャーリーを一瞥すると、ドネビア王妃様を支えるようにして、部屋を出ていった。


 直ぐに出ていったから、本当にたいした用では無いのだろう。だが、何か引っかかる物を感じる。良くない事が起こりそうで胸が騒つく。お母様に縋るように視線を向け様子を伺うと、さっきまで居たはずなのに、姿が見えない。


 えっ? お母様? どこに? ぐるりと周囲を見渡すと、お母様は自分達の勉強しているテーブルの横に立っていた。驚いてお母様に視線を向けると、シャーリーが視界に入り震えているように見える。


 また、昨日みたいな発作が起きた? やっぱり、ドネビア王妃様が何か関係しているのか?


「シャルロット王女様、今日は、恐ろしい者は出て来ませんので、ご安心くださいませ」


 お母様は、震えるシャーリーを抱き締めて頭を撫でて優しく言葉をかけた。


 テーブルに乗っているシャーリーの手から、震えが少しずつ消えていく。自分も、シャーリーに何か支えになりたいと考え、咄嗟にその手を握りしめた。


「ターナ、シャルロット王女様に異変が起きるのは、あの者達が来るようになってからですの?」

「いえ、以前は、ドネビア王妃様も先ほど同行されていた王子様も、シャルロット王女様を、我が子の様に可愛がってございました。それが、ここ数ヶ月前からご様子が変わり、厳しい言葉を向けるようになりました。私ごときでは止める事も適わず、シャルロット王女様は……」


 えー? あの嫌味たっぷりな言葉を吐くドネビア王妃様が、シャーリーに優しかったって? 信じられないのですけど……。数ヶ月前ですか……その頃、自分は何してたっけ……。


「そうですのね。ありがとうターナ。少し分かって来ましたわ」


 お母様は、ターナ先生にそう告げると、シャーリーをさらに強く抱きしめた。


「シャルロット王女様、お辛かったでしょう。よく堪えられましたね。また以前のように、優しい王妃様と王子様になるよう、私が導いてご覧になりますので、安心してくださいまし」


 シャーリーはお母様の言葉を聞いて、ワッ! っと、声を上げて泣き出した。アンヌ王妃様も、お母様の側に立ち涙を流し始める。


「ユステア、やはり貴女にお願いして良かったですわ。本当にありがとう」

「王妃様、解決するには調べなくてはならない場所がございますの。ご協力いただいてもよろしいですか?」

「ええ、皆が正気に戻るのであれば、私、何でもいたしますの」


 王妃様は、お母様に向かい、唇をキュッと引き締めて真剣な顔を見せた。その表情には、何か覚悟めいたものを感じて、現状を打破したい思いが籠っているように見える。


 シャーリーが落ち着きを取り戻しつつあったので、お母様と王妃様は離れた場所でソファに座り話し込む。


 自分は、シャーリーの手を握ったまま、彼女を励まし続けた。


「シャーリー、げんきになれそうですか? おひるからいっしょにあそべますか? きょうは、とてもめずらしいおもちゃをもってきましたの」


 早く元気を取り戻してくれると良いのだけど……と願いように彼女を見つめていると、自分の言葉に反応して笑顔を向けてくれた。


「まぁ、それはなんですの? わたくし、たくさんおもちゃをもってますから、しらないものなんてございませんけど?」

「ふふふ、それはみてからのおたのしみです」

「いいですわ。わたしをがっかりさせないでくださいまし」


 鼻をちょっと上げて、尊大な態度を見せるシャーリー。


 うん、その感じなら大丈夫ですね。お父様もお母様も、ナーグローア様も夢中になったボーリングだ。たぶん、シャーリーも、「見たことない! 面白いですわ!」と喜んでくれるはず!


 午前の後半の授業は、シャーリーが取り乱してしまった事で中断になり、昼食の時間まで二人で会話を楽しんだ。


 昼食の後は、自分もシャーリーもお昼寝の時間だ。お互いにお乳を飲んで、そのまま眠りについた。


 ――いつも寝ているベッドより、心地よくふわふわで柔らかい。


 ハッとして目を開けると、目の前にはシャーリーの顔が映る。うぉっ! 何でここにシャーリーが? 一瞬驚いた自分は、スースーと寝息を立てて眠る彼女の様子をジッと見た。


 あー、そうだった宮殿にいるんだよな、自分。で、ここはどこだ? お母様は側にいないの?


 まだ寝起きで、意識がはっきりしない中、上半身を上げて辺りを見回すと、メリリアが駆け寄ってきた。


「おはようございます、アリシア様。ご気分はいかがでしょうか?」

「おはよう、メリリア。とてもよくねむれました。こちらはどこでしょうか? おかあさまは?」


 超気持ちの良いベッドに寝かされ、隣にはシャーリーがいる。部屋の中は、自分の家とは比べ物にならないくらいに広くて、金銀に装飾された家具がキラキラと輝き置かれているのだ。でも、そんな事はどうでも良くて、お母様の姿が見えない事が一番問題。不安な気持ちで胸が熱くなり、涙が目を覆い始めた。


「奥様は、王妃様と別室におります。今お呼びしますので少々お待ちください」


 メリリアは、自分の目をハンカチで拭うと、手を握りしめて笑顔を見せる。お母様を直ぐに呼んでくれるって言ってくれているのだから、ここで泣いちゃダメだね。頑張れ、自分! と、喝を入れてメリリアに微笑み返した。


「アリシアちゃん、よく眠れましたか? ごめんなさいね、起こしちゃうといけないので、そちらにいましたのよ。今日は泣かずに我慢できましたのね、お利口さんですね。いーこ、いーこしてあげますわ」


 お母様は、リンナを連れて部屋に直ぐに入ってきて、自分に言葉をかけると抱きかかえて頭を撫でてくれた。その優しい手に、引き締めていた気持ちを解き、温もりを全身で受け止める。

 

 あぁ、お母様が温かいです。本当に幸せですよ……。


 しばらくお母様の温もりを堪能していると、シャーリーも目を覚まし、自分に視線を向ける。


 ジッとこちらを見ているシャーリーは、突然、目から涙を零し始めた。


「アリシアはズルいですのぉ、わたくしだってぇ」


 びぇーっと泣き出すシャーリーを見て、王妃様が直ぐに駆け寄り、彼女を抱きかかえ背中を摩って宥め始めた。


「いつもは、このように甘えてくる事はございませんのよ。手が掛からなくて、かえって心配でしたが、アリシアを見て、羨ましく感じたのでしょう。こうやって甘えてくれるようになって……アリシア、貴女にも感謝しておりますよ」


 王妃様は、シャーリーの背中を撫でながら、頭に頬を付けて目を閉じた。


 王の子供としての自覚を、刷り込まされ続けた弊害なんだろう……甘え方が分からなかったのかもしれないですね。


 たった二日間で、シャーリーは泣いたり、笑ったり、恐怖に震えたりと、感情が忙しい感じです。


 お母様達が、彼女の恐怖の元をどうやって断ち切ってくれるのか……。


 期待と不安を胸に抱き、まだグスグスと泣いている彼女を見つめた。

ドネビア王妃達の変化。

甘えられなかった王女。

宮殿の中で何かが起きている?


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