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033:王女のために

 その日、シャーリーが再び目を覚ます事はなかった。


 王妃様にお別れの挨拶をして、家路につく。


 お母様と王妃様で交わした約束は、明日から実行する事となった。シャーリーの状況を考えると、時間的な余裕は無さそうだとお母様が判断したからだ。


 家に着いてからメリリアやリンナ、リフィアは明日からの支度を整えるために、駆けずり回り始める。


 自分達は、少し遅い昼食を取った後、談話室に移動し明日からの予定を、お母様から聞かされた。


「エルステアは、いつも通りに幼児院でお勉強です。メリリアからリリアには話を通しておきますので、宮殿に来て私達と合流してくださいな。アリシアちゃんは、シャルロット王女様と朝からご一緒しますから、お母さんと行きましょうね」


 お父様も騎士団にいるから、日中は家族揃って宮殿にいる事になりますね。


 お母様の話に、首を縦に降って頷き、理解した事を示した。


 シャーリーの王族のお勉強に、自分が付いていけるのかさて置き、自由時間に遊べる事に思考を巡らせる。そういえば、家から持って来たボーリング道具があったな。シャーリーでも遊べると思うし、明日の荷物に積んでおいてもらおう。


 彼女も、きっと喜んでくれると思うんだ。


 ムフフッと笑っていると、お母様が微笑んで自分を見ていた。


「アリシアちゃん、シャルロット王女様と仲良くしてあげてくださいね。今の王女様には、アリシアちゃんの笑顔が必要ですの」

「はい! おかあさま。シャーリーとたくさんあそびます!」


 任せてください、お母様。自分、シャーリーを笑顔にするために全力を尽くしますよ!


 ――次の日、いつもより早く起床です。


 とは言え、シャーリーは既に起きて勉強を始めている時間だ。同じ歳なのに、生活習慣が別物だよなぁと、思いながら、お母様のお乳にあり付いた。お乳をしっかり飲んで、おむつを交換しドレスを着せられる。宮殿で日中を過ごす事になるので、普段着るドレスではなく余所行きの装いだ。


「アリシアちゃん、宮殿に行くときはこちらも身につけてくださいな」


 お母様の言葉に合わせて、メリリアがブレスレットと、ネックレス、脚輪を装着してくれた。


 一見すると、すごいお金持ちの幼児って感じがする。ナーグローア様からいただいたブレスレットを付けてくれたのは良いけど、自分、これを起動する方法を知らない。


 不思議に思い、お母様を見ると微笑んでいるだけだった。


「おかあさま、わたくし、まほう……つかえませんけど……」

「ええ、アリシアちゃんには、まだ魔法は教えてませんから、そのままでは意味はありませんわね。ふふっ、でも大丈夫ですのよ。お母さんが認めた時に、防御の力と反射の力が作用するようになってますの。危険な目に合いそうになったら、ブレスレットに私の名前を呼んでくださいね」


 ほほー、さすがお母様です。これで、自分やシャーリーに何か合っても守れちゃいますね! 嬉しくなって、もし変な奴が来たら、と想定して身構えた。


 うむ、このブレスレットを盾にしてシャーリーを庇えば良いな! お母様とメリリアが、自分があれこれと身を守る姿勢を検討している間、微笑みながら見つめていた。


 ふふん、自分もこれでちょっとは役に立っちゃいますよ! シャーリーを狙う悪い奴等を退治してやる!


「アリシアちゃん、一人で無茶な事をしてはいけませんの。必ず、大人に相談するのですよ」


 興奮する自分を見て、お母様は優しく嗜める。


 そっ、そうですよね。はい。自分にも力があると勘違いして調子乗ってしまいました……。


「はい、おかあさま。かならずおかあさまにいいます!」


 反省の気持ちを込めて、お母様を上目で見て返事を返す。その姿を見て、お母様も安心したのか、頭に手を乗せて撫でてくれた。


「この国のためとは言え、本当は、貴女達を危険があると分かる場所に、連れて行きたくはないのですけど……」


 お母様から一瞬笑顔が消え、暗い顔を見せた。その表情を自分は見逃さず、お母様に慌てて抱きつく。


「おかあさま、わたくしのさいしょのおともだちですから、がんばってすくいたいです」

「ええ、そうですわね。アリシアちゃんのお友達を、一緒に救いましょう」


 自分の言葉に、お母様は元気を取り戻してくれたようで、笑顔が戻る。そのまま、お母様は自分を抱きかかえ玄関まで降りていく。お父様とお姉様が見送る中、馬車に乗り込み宮殿へ向かった。


 宮殿に入る門に差し掛かると、自分達を乗せた馬車が停車した。昨日来た時は門の通過で止まらなかったが、今日は違うようです。


 護衛騎士の、ロアーナが騎士と話をしている。


 しばらく待ったけど、一向に馬車は動かなかった。不安に思いお母様を見ると、自分の視線に気付いて微笑んでくれた。


 お母様が笑っていると言う事は、通過するための手続きで、手間取っているとかそんな感じなのだろう。気にするような事ではないようです。


 ロアーナが馬車の前に戻ると、門が開き馬車が動き出した。門を通過する間、閉じられたカーテンに、何人もの人影が映る。王様が住むところだから、警備は厳重だ。でも、カーテン越しで見えない群衆には、さすがに恐怖を感じた。


 堪らず、お母様の胸に顔を埋める。脳裏に焼き付いた人影が気持ち悪い。自分は腕を掴み身体を丸め、到着するまでジッとしていた。


 宮殿に着くと、直ぐにお母様と自分は、シャーリーの所まで通される。移動中に、宮殿の様子を見ていたが、朝の支度と掃除で、メイドが忙しく動いていて、それ以外の人は見かけなかった。


 この中に、シャーリーを困らせる人が居ない事を願いたいな……。


 部屋に通されると、シャーリーは机に座り、黙々と何かをしていた。隣には、すこし目が吊り上がった怖そうなエルフがいる。もしかして、あの人が教師なのか。なんか、教育ママみたいな雰囲気で、怒るとヒステリックに叫びそうだ……ちょっと苦手かも。


「ごきげんよう、シャルロット王女様。アリシアと共に馳せ参じました。今日より、よろしくお願いいたしますわ」


 キリッとした表情で挨拶をするお母様を真似て、自分も真面目な顔でシャーリーを見る。


 すると、一瞬、シャーリーは笑顔を見せてから、直ぐに表情を正してこちらに顔を向けた。


「ユステア、アリシア、わたしのわがままをきいてくださって、ありがとう。ここでふじゆうがあれば、わたくしかおかあさまにいってくださいな」

「お心遣い、ありがとう存じます、王女様。では、アリシア、早速、王女様とお勉強してくださいまし」


 お母様は、自分を教師らしき人の前まで連れて降ろした。


「今日からこの子は、シャルロット王女様のご学友となりますがご存知ですの?」

「ユステア様、お初にお目にかかります。私、シャルロット王女様の教育係りを担当しております、ターナと申します。以後、お見知り置きくださいませ。アンヌ王妃様より申し使っておりますので、ご安心ください。王族の嗜みを、アリシア様にしっかりお教えしたく存じます」


 あぁ、やっぱり教師ですよね。お母様と挨拶を交わしている時に、外の光のせいか、目がキラリと光ったんですけど……これから、みっちりと勉強させられると思うと、寒気がします。


 チラリとシャーリーに視線を向けると、自分の様子を見てクスリと笑っている。


 しょうがない、友達のためだ。また、勉強に精を出しますかね!


 肩を竦めて、はぁっと息を吐いて前を向く。


 シャーリーの笑顔にほだされた自分は、そのまま彼女の横に置かれた椅子よじ登った。


 さっきから、シャーリーは何を勉強しているのかと覗き込むと、小さい黒板に何かを書いている。よたよたの線なので咄嗟に判別出来なかったが、文字の練習をしているようだ。


 字を書くことは教えてもらっていないけど、字はある程度読めるから、頑張ればシャーリーに追いつけるかもしれないね。


「それでは、アリシア様にはこちらの字からお勉強いたしましょう」


 ターナ先生は、自分に黒板と歪なチョークを差し出し、それとは別に文字が書かれた黒板を横に置いてくれた。


 ふふふ、初めての文字の練習ですね! 中身は三十過ぎの自分には、そのまま真似るくらい容易いですよ! と、チョークを握りしめて黒板に向かった。


 キュィッとチョークを黒板にはしらせる、お手本を写し取る。英語のローマ字みたいな感じなので、さらりと書けてしまった。と、思って黒板を見ると、薄く所々途切れた文字らしきものが目に映る。


 え? おかしいな? 確かに筆跡は間違えていないはずなのに……。


 黒板を布で消してから、もう一度書いてみるが、さっきと変らない薄い文字らしきものしか見えない。


 うーん……筆圧のせい? そう思って、力いっぱいチョークを黒板に押し当てながら書いていく。


 今度こそは! と、少し鼻息を荒くして黒板を眺めると、はっきりと字が見える。


「ターナ先生、出来ました!」


 初めてまともに書けた文字を見て、嬉しくなり先生に報告の声を上げた。


「まぁ、アリシアはもじのれんしゅうもしてましたのね。わたくしよりおじょうずではありませんこと」


 シャーリーは自分の黒板を見て憤慨し、睨んでくる。自分の顔を一瞥すると、彼女の競争心に火を付けてしまったのか、その後、黙々と文字を一生懸命練習していた。自分の方は、一文字書くのに筆圧を上げないと黒板に字が映らないので、一回毎に休憩しながらゆっくりと進めていく。時間になり、休憩する頃には、指と腕がくたくたになってしまった。


「ユステア、約束を果たしていただきありがとう存じます。それで、シャルロットの身の回りの話ですが、ここに全員を集めますので、選別をお願いしてよろしくて?」

「はい、アンネ王妃様。この件は早い方がよろしいかと存じます」


 王妃様のメイドが手を叩くと、ずらずらと部屋に執事やメイド、護衛騎士が入ってきた。


「これより、シャルロット王女様の従者を選定いたします。私達がここにいる間は、補助をお願いいたしますわ。異論がありましたら、王妃様に直訴くださいまし」


 集まった人達が一瞬ざわっとしたが、ここは宮殿。皆んな一斉に表情を正してお母様に視線を向けた。


「よろしい、では、この中でトゥレーゼ、ヒッツバイン、ユグドガイズ出身の者はおりまして?」


 お母様が言葉を投げかけると、三人のメイドが一歩前に出て来た。んーと、お父様と叔父様とお母様の出身地の人って事か。なるほど、自分の領地であれば、素性を突き止めやすいよね。お母様の選定方法に、頷きながら感心をしていると、横にいたシャーリーは理解出来なくて首を傾げていた。


 後で教えてあげるよ、シャーリー。ふふふ、きっと面白がると思うな。


 その後、いくつかの領地の名前をお母様が告げ、新たに追加で、執事一名、護衛騎士が二名、メイドが二名選ばれた。


 王族に付く従者となると、家の比ではないくらい人数が必要なようですね。


 選ばれなかった者の中から、二人が王妃様に嘆願していたが受け入れられなかったようで、下がっていった。王妃様が言うには、シャーリーが生まれる際に立ち会った人達だったそうです。シャーリーも、その二人が選ばれなかった事を気にしている様子が伺えた。


「アンネ王妃様、先程の二人は後ほどお呼びいただけますか?」

「ええ、構いませんわ。何かお考えあっての事ですのね。喜んで協力いたしますわ」


 新しく選ばれた従者と挨拶を始めたシャーリーの耳には、お母様と王妃様の話は届いていない。自分は、さり気なくお母様の側で、聞き耳を立てていたのでバッチリです。


 お母様の従者選定で、とりあえずシャーリーの身辺が整えられた。


 だが、これで終わりなのだろうか……そんな疑問が自分に残る。


「アリシアちゃん、あの者達に隙を見せてはいけませんよ……」


 お母様が、膝を曲げて自分の耳元にこっそり囁く。


 警戒感の籠った声に不安が押し寄せる。


 咄嗟に振り向き、シャーリーの周りにいる従者達に視線をはしらせた。

シャーリーのためならえんやこら!

お母様の従者選定には何か意図がある?

油断ならない宮殿生活。

アリシアちゃんとシャーリーは大丈夫?


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