033:継承争いの闇
「こちらの部屋であれば、誰も来られませんので……」
王妃様が通してくれた部屋の中を覗き見ると、そこはベッドが置かれた寝室のようです。お母様と一緒に寝ている寝室に、雰囲気が似ていますね。
「ありがとう存じます、王妃様」
お母様とお姉様、そして自分の順で寝室に置かれているテープルに通され、席に着いた。
自分達が席に着く間に、王妃様はシャーリーをベッドに寝かせる。
お母様の魔法のお陰だろう、彼女の顔色は悪くないように見え、自分は少し安心した。一体、彼女の身に何があったというのだろうか……。
シャーリーを寝かせた後、王妃様はこちらに振り向き席に着くと、神妙な顔でお母様と向き合った。
「王妃様、時間もあまりございませんので、早速、ご懸念されている、シャルロット様の事を伺わせていただきたく存じますが、よろしいでしょうか」
お母様は、王妃様が口を開く前に、単刀直入に問いかける。時間が無いと言うのは、もうすぐお昼になるし、家に戻るからかな? でも、そんな予定は聞いていないですけど……。
うーん、お母様の表情を見ていると、そう言うわけでもなさそうです。他に理由がありそうですね。
「ここにいる者は、シャルロットの様子を見てお気付きだと思いますが、時折、あのような発作を起こす事がございますの。その原因となるのが……」
「継承権争い。ですわね、王妃様」
王妃様が言い切る前に、お母様が発言を重ねる。何だか、今のお母様は少し怖い感じがしますよ。
お母様の言葉に、王妃様は黙って頷いて見せた。
なんか、歴史でよくある王位継承権争いってやつですか……シャーリーは王族だからなぁ、まだ、小さいのに大人の都合に巻き込まれて……。
チラリと、ベッドで気持ちよく眠っているシャーリーを見て、可哀想に思えた。でも、王位継承と、あの変わりように、何の関係があるのだろう? 王位という重荷が、彼女を押し潰してしまっているのかなぁ。
「今から話すことは、誰にも話してはいけません。お約束していただけるかしら。もちろん、シャルロットにも……お願いいたします」
王妃様の、真っ直ぐ力強い視線がこちらに向けられた。
ゴクリと、生唾を飲み込む音が出る。お母様達が少し間を置いて頷くのを見て、お姉様も自分も黙って頷いた。
「ありがとう存じます。ユステアは、既に面識があると思いますが、シャルロットには百歳ほど離れた、二人の姉がおります。二人とも、既に婚約が内定してますので、こちらには顔を出すことはなくなりました」
お母様が、コクリと頷いて見せる。
百歳も歳上のお姉ちゃんか……さすがに離れ過ぎだな。シャーリーの遊び相手にもなら無さそうですね。いつも誰と遊んで過ごしているのだろう。少しシャーリーの日常が気掛かりになった。
「その事もあり、既に嫁ぎ先が決まっている二人は、継承順位から除外されますので、シャルロットの継承順位は必然的に上がり、現在一位になりますの」
王妃様は、頬に手を当ててため息をついて、俯いてしまった。
「それだけであれば、純粋に喜ばしい事で何ら問題はありませんでした。ですが……」
突然、ハンカチを取り出し目元を拭いだす王妃様。拭った目元が少し赤くなっているが、王妃様は構わずこちらを再び見て口を開いた。
「サントブリュッセル王の継承権を持つ者は、私達以外に第一夫人のドネビアの子供達、第三夫人シューレの子供がおりますの。ただ、二人の子供は共に二百歳を越えておりますので、継承順位はシャルロットより下になってしまいます」
この世界は一夫多妻制だったのか……いや、王族限定の権利なのかもしれない。お父様も叔父様も第二夫人がいる様子も無い。まぁ、いたらいたで、ちょっと嫌な感じになりそうだけど。ますます、シャーリーに同情を覚えてしまった。
お父さんの愛情をちゃんと受けられているのだろうか……そんな思いが頭を巡り、胸がキュッと締め付けられていく。
「当然ながら、ドネビアもシューレも我が子の将来を考え、王位継承順位を上げようといたします。彼女達からすれば、私達は厄介でしょう……二人の容赦ない叱責にシャルロットは……私がもっとしっかり護らなくてはいけないのに……このような事に……」
王妃様は何とか気丈に振る舞おうと堪えていたが、言葉を出せば出すほど悔しさが込み上げてくるのか、話す声が震え小さくなっていった。
継承問題で、お母様を含め自分達に役に立つ事はあるのだろうか……。シャーリーを助けてあげたいけど、自分には名案が何一つ浮かばない。王様に、王妃様達がシャーリーを虐めているから、見張っておきなさいって告げ口する? そんな事で解決できれば、アンヌ王妃様がやってますよね。
何かこの問題を解決する方法が無いのか、お母様に助けを求めるように視線を向ける。
お母様の表情は、笑みが全くなかった。むしろ、さっきより怒っている感じがして、眉間に眉を寄せている。うわー、こんな顔をするお母様を、自分はこれまで見た事ありませんよ。どっ、どうなるの……思わず生唾を飲み込み、お母様に視線が釘付けになる。
「シャルロット王女様は、普段は何をされてますのでしょう。王妃様、教えていただけますか?」
王妃様は、口に当てたハンカチ離し少し呼吸を整えると、お母様を見つめてシャーリーの日常を語り始めた。
シャーリーの日常は、日が昇ると同時に起床し、支度を整えてからお勉強を始める。皆んなが起きると朝食会場へ向かう。その後、再び午後までお勉強だ。他の王妃様の嫌がらせは、大体この朝食から午後までに行われるそうだ。
お勉強に関しては、自分も午前中はお稽古だから、そこまで大変って感じでは無さそうですね。ただ、度々来て、嫌味や難題を吹っ掛けてくるドネビア王妃様やその子供、シューレ王妃様にはうんざりしそうです。
「王妃様、午前中の王女様の身辺はどなたが担当してますの? 悪態や嫌がらせ程度で、王女様がこの状態になるとは思えませんの。何か、他の理由がありそうですわ」
何か引っ掛かりを感じたのか、王妃様の話を聞いて、お母様は首を少し傾け目を伏せて考え始めた。
王妃様は、お母様の問いに答えると、目を閉じて再び考え込んだ。
しばらく沈黙が続き、部屋の中は静寂に包まれる。シャーリーの気持ちの良さそうな寝息と、退屈したライネが、テーブルの下でごそごそと這いずる音だけが耳に聞こえた。
「お母様、シャルロット様から、先ほどご用命を伺っておりますの。この場で話してもよろしいでしょうか? 何か解決の糸口になりそうな気がしますの」
静寂を打ち破るようにお姉様が、お母様に話しかけた。
お母様は、目を開けて笑顔でお姉様を見て頷く。
「エルステア、話してごらんなさい」
「シャルロット王女様が、先ほど温室でお茶を楽しんでいた際に、アリシアちゃんをお城で勉強させたいと仰いました。私では判断が出来ませんので、お父様とお母様の判断を仰ぎたく、返事を持ち帰らせていただきましたの」
お姉様は、真剣な顔でしっかりとした口調で、お母様に顛末を告げた。
「まぁ、シャルロットは勝手にそのような事を言ってましたのね。王族の立場を利用する事になりますのに、エルステア、教えていただき助かりました」
「王族からいただいたお話は、滅多な事で断れませんの。エルステア、賢明な判断でしたね。お母さんは貴女を誇りに思いますわ」
なるほど、あの場で断ろうとしたのは間違いだったんだ。ふむー、これからシャーリーと遊ぶ時には注意が必要ですね。うっかり、拒否したらどうなる事やら……。
お姉様の話を聞いたお母様は、再び沈黙し頬に手を当てて考え始めた。
再び、部屋の中は静寂に包まれる。
「王妃様、このような提案はいかがでしょうか?」
お母様が、沈黙を破り王妃様に向かって問いかける。王妃様は、お母様の問い掛けに目を大きく開けて明るい表情を見せた。
「ユステア、何か良い方法が見つかったのですか? 教えてくださいまし」
「先ほどのシャルロット王女様からいただいた、アリシアをこちらで勉強をさせる話ですが、お受けいたします。ただ、アリシアはご覧の通りまだ幼い子供で、保護者が必要ですわ。そこで、宮殿に赴く際は、私と数人の護衛騎士も同行させていただきたく思います」
少しお尻を上げて、身を乗り出して話を聞いていた王妃様は、思っていた話しと違ったのか肩を落として椅子に座り直す。一瞬見せた明るさは再び消え、目には正気が消えかかっていた。
「その話であれば、問題ございませんわ。アリシア、シャルロットの良き学び相手になってくださいな」
ボソボソっと王妃様が、自分に話しかける。既に、言葉に力もなく悲壮感が漂っていた。
「王妃様、まだご提案には続きがございます。お聞きいただけますか?」
少し俯き肩を落としていた王妃様は、そのままの姿勢でお母様をじろりと見つめる。その表情は、期待半分といった感じに見えた。
「話してくださいまし、ユステア。私、あの子が不憫で……うぅ……」
王妃様は、涙が堪えきれなくなったのか、顔を両手で塞ぎ泣いてしまった。自分も思わず貰い泣きしそうになり、指先で目元を拭い、お母様を見る。
胸を張り、毅然とした様子のお母様は、そのまま王妃様に言葉を掛けた。
「王妃様、ご安心くださいまし。私、シャルロット王女様の様子を考えるに、いくつか確かめたい事がございます。アリシアと同行する事で、王女様の身辺の調査が容易になりますの。おそらく、私や護衛騎士を厄介に思い、接触をしてくる者が現れるかと存じ上げます」
なるほど、自分がシャーリーと学ぶ事で、お母様達が護衛につく感じになるわけですね。そうなると、シャーリーへの接触がままならなくなり、排除しようと動き出すって事か……。
お母様も護衛騎士達も皆んな出来る人達ですし、シャーリーも怖い目に合わずに済みそうですね。
「おかあさま、わたし、シャーリーのためにここにいます! がんばります!」
「ふふ、アリシアちゃん、ありがとう。お友達のために頑張りましょうね」
勢いよくお母様に決意を告げると、少し怖かった顔が笑顔に変わり頭を撫でてくれた。
王妃様に視線を向けると、目から涙を零しながら手を組みお母様を見つめている。
「ユステア、貴女は何て……あぁ、ありがとう存じます。どうか、私達をお助けください」
そのまま泣き崩れそうになる王妃様。お母様はスッと両手を差し伸べると、王妃様はワッと手を重ね涙した。
何が出来るか自分分かりませんけど、シャーリーを助けるために頑張りますよ!
やる気がどんどん満ち溢れ、フゴーッ! っと、鼻息が荒くなる。
視線をシャーリーが眠るベッドに向け、小さい手を固く握り締め決意した。
王族の継承争いが原因なのかそれとも?
お母様が宮殿に乗り込み解決の糸口を探す!
アリシアちゃんはシャーリーとお勉強です!
果たして付いていけるのかな?
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