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031:不敵な笑み

 お父様達が王の謁見の間に入ってから、時を待たずに扉が再び開いた。


 王様との話が終わるには早すぎる時間だ。


 扉を開けたり締めたり、王様の部屋で起こる事じゃないよね……。


 訝しげに開かれる扉に視線を向けると、数人の女性が現れた。


 先頭を歩く白いドレスの女性は、見るからに上品でその美貌はお母様に並ぶものを感じる。その側には、三人のメイドが居て、ひとりはメリリアやマチルダに似て、仕事の出来るメイドさんって雰囲気だ。


 やっぱり、王様のお城だし綺麗な人や出来る人はいて当然ですよね。お母様並みに美しい人を目にするのは、ママ母様以来久しい感じです。三人が並んだら、絶世のエルフ美女パーティが結成ですね。


 ボケっと口を開けて、どうでもいい事を考えていると、その女性達は自分達を見つけるや、こちらに向かってきた。


 ん? 後ろに小さい子がいる! もしかして、シャーリー?


 白いドレスの女性の後ろから、ちらちらとドレスの裾が見え隠れてしていた。


 そういえば、初対面の人に合う時は、大人の後ろに隠れていないといけないマナーがある。きっと、シャーリーもそう教えられて、後ろから付いてきているのかな。これから対面する事に、自分と同じくわくわくしているかもしれない。そう考えると、居ても立ってもいられなくなり、お母様の膝の上から降りて、シャーリーを迎えようとした。


 お母様もお姉様も、自分が立ち上がると同時に、ソファーから腰を上げ、スカートを少し摘んで会釈した。相変わらず、自分はそこまで気が回らず、遅れてしまう。


 まだ距離があると思って油断していたよ……お姉様はお母様に遅れる事なく、同じように振舞えているのは、流石としか言いようがないです。


「ユステア、久しいですね。お元気そうで何よりです。そちらが、エルステアとアリシアですね。貴女に良く似て聡明な顔をしてますわね」

「アンヌ王妃、お変わりないようで何よりですわ。今日はお誘いいただきありがとう存じます」


 あ、やっぱりこの方は、王様のお嫁さんですよね。うんうん、王妃様であればこの美しさも納得ですよ。目が鋭くて、睨まれたらちょっと怖そう……王様もこの王妃様に何か言われたら反抗出来なさそうですね。自分も、視線を合わせたら縮こってしまいそうですし!


「せっかくの再会なのに、本当に殿方は無粋でいけませんわね。彼等は放っておいて、こちらでおもてなしさせてくださいな」


 王妃様がお母様に別室を案内する。その後ろには、やっぱりシャーリーがいて、自分を見て笑顔で小さく手を振ってくれた。


 ひぃー、初めて会った時より丸い感じがするよ。どうやら、自分の勘は当たりのようです。言葉と態度は尊大だったけど、根は普通の女の子だ。


 同世代の子供とめったに触れ合い合えない現状、今日は時間もあるし、しっかり彼女と親交を深めたいですね。初めての友達……良い言葉じゃないですか。


 王妃様が招いてくれた部屋は、王様の部屋から距離があり、自分は途中でお母様に抱えてもらった。シャーリーも、自分と同じく途中でメイドさんに抱えてもらい移動する。


 根を上げずに頑張ってみたものの、この身体では大人と同じ歩幅で歩くのは無理があった。


 シャーリーは普段、この廊下をどうやって行き来しているのかな。厳しそうなお家だけど、身体的な無理はさせないと思うのだけど、心配で気になってしまった。


「こちらのお部屋ですわ。どうぞ、お入りくださいませ」


 王妃様に通された部屋は、自分の家の談話室二つ分の広さがあった。大きな丸いテーブルには、既にお茶やお菓子も用意されていて、もてなしの準備は既に整っているようです。


 改めて、お母様が王妃様に自分達を紹介し、お姉様と自分はいつもの貴族然とした挨拶をした。


「二人とも、とてもお行儀がよろしくて、立派ですわね。エルステアの活躍は王からも聞いておりますよ。祈念式では、我が国の民を救っていただき、ありがとう存じます」


 王妃様の突然の感謝の言葉に、お姉様も自分も驚いてしまい、次の言葉が出なかった。


「王妃様、そのような言葉もったいないです。私、ただ回復魔法を使って癒しを与えたに過ぎません」

「さすが聖女様ですわね。その幼さでこの慈悲深さ。私、感銘いたしましたわ」


 お姉様の言葉に、王妃様は感じ入ってしまっている。この話題はあまり掘り下げない方が良い気がするのだけど……。


 王妃様が感心している横で、お姉様に羨望の眼差しで見つめるシャーリー。声を掛けるタイミングが掴めていないのか、王妃様の袖を掴んでもじもじしていた。


「王妃様、シャルロット王女様に、ご挨拶させていただいてよろしいですか?」


 お母様も気付いていたようで、シャーリーの様子に気を使い王妃様に声をかける。すると、彼女の顔がパッと明るくなり、こちらに視線を向けてきた。


 むむ、これは自分から言った方がいいのかな? いや、ここはお姉様を立てないといけない。


 お姉様の袖を取って顔を見上げると、自分の意図が伝わったのか笑顔で頷いてくれた。うーん、お姉様と以心伝心ですね! その笑顔に、心が温かくなってきます!


「シャルロット王女様、初めまして。私、エルステアと申します。以後、お見知りおきくださいませ」


 シャーリーはお姉様の挨拶を見て、満面の笑みを見せ、自分のスカートの前を握りしめている。顔を赤らめてお姉様を見つめるシャーリーは、上手く喋れないのか口をパクパクさせていた。


 およー、自分の時とは随分と対応が違いますね。よっぽど、お姉様に憧れを抱いていたようです。


 ここは、続いて自分が助け舟を! と思い、シャーリーの視界に入るよう立った。


「シャルロットおうじょうさま、ごきげんよう。にゅうがくしきいらいですね。またおあいできて、こうえいです」


 お姉様に釘付けだったシャーリーは、自分の姿と言葉を聞いて、我に返ったようこちらに視線を向ける。以前の様に、少し鼻を上げて姿勢を正して、自分と向かい合うシャーリー。


「エルステア、アリシア、よくきてくださいましたわ。わっわたくしは、シャルロット。このくにのおうじょですわ」


 少し言葉に詰まりながらも、彼女は精一杯気高く見せて挨拶をする。小さい子の背伸びって、本当に可愛いなぁ……自分も小さいけど、目にした事は無いので、彼女の姿が愛おしく感じてしまう。


 ふと、シャーリーの姿を見て、お父様やお母様、お姉様も自分を見ている時はこんな印象なのかな……と思考が過った。彼女に初対面から好意を持っていたのは、同じように小さいのに頑張る姿に親近を感じたからなのか、それとも友達がいない自分に声をかけてくれた喜びからなのか。


 ふーむぅ、どちらも正解な気がする。


 自分は、シャーリーの気丈な姿に感心しながら、彼女に微笑んだ。


 一先ずお互いの挨拶が終わったと安どすると、一匹抗議の声を上げて自分とシャーリーの前に現れた。


「ピピピッ! ピッ!」


 あぁ、そっ、そうだね。一応、挨拶した方が良いよね。お姉様に視線を送ると、シャーリーに顔を向ける。ライネは、王都に来てからやたら前に出る様になったが……これも成長の証なのだろうか……。


「シャルロット王女様、こちらは、私が従えている幻獣のライネです。どうぞ、よろしくお願いします」

「ピピィッ!」


 お姉様の紹介に、ライネは勢い良くその場で跳びあがり、小さい羽をバタつかせながらホバリングして見せた。


 えっ、いつの間にそんな事が! つい最近まで出来てなかったよね? 


 思わず、お姉様の顔を見ると、「学院の稽古の成果ですよ」と、耳元で囁き教えてくれた。


 凄いね、幼児院って獣の稽古までするんだ……ほんの数日なのに……一体何をすればこうなるのか。


 ただ、ライネのホバリングはそう長くは続かなかった。シャーリーの挨拶が終えると、その場にドッテと落ちてしまったのだ。ライネは、力尽きて落ちてしまった事に恥ずかしさを感じたのか、そのままお姉様のドレスの下にタッと駆けて姿を消した。


 いや、十分驚いたから恥ずかしい事なんて無いぞ、ライネ。また、家に帰ったら見せてほしいな。


「ピィッ!」


 お姉様のスカートの中から、ライネの元気そうな声が聞こえる。でも、まだ姿を見せたくないのか隠れたままでいた。ライネが隠れて出てこない様子を、お姉様とシャーリーと見ながらお互いに微笑みを交わす。


 さっきまで、少し硬い空気がライネのおかげで柔らかくなった気がした。


 和んだ雰囲気の中、王妃様のメイドに席に案内される。


「んまぁ、誰かと思えば。何用でしょう」


 甲高い女性の声が、開いている扉から聞こえ、数人の女性が部屋に入ってきた。


「ドネビア、今日はお招きしておりませんが、どういったご用件でしょう」

「あら? そうでしたかしら。随分懐かしい顔が見えましたので、ご挨拶でもと思いましたの。アンヌは、相変わらず器量が狭いこと、ふふふ」


 王妃様は、その言葉に少々呆れ気味の表情を見せる。


 そうだよね、普通は招いていない人が押し掛ける事ってないですものね。この方は、どなたなんでしょうね……。突然、王妃様を貶す言葉を投げかける女性。見た目は、さすが王様の城にいる人なので、そこそこ美人なエルフさんだ。水色の生地をベースに、薄い緑と黄色のレースで飾り付けられたドレスを着ていて、頭には銀色のティアラまで付いている。


 アンヌ王妃より歳を重ねているせいか、肌に艶が感じられなかった。


「ユステア、息災ですわね。ユグドゥラシルでは、随分と活躍をされたそうで。大儀でしたよ。その娘が噂の聖女ですの?」

「ドネビア王妃様、お久しぶりでございます。わざわざ労いの言葉をくださいまして、ありがとう存じます。こちらが長女のエルステア、そして次女のアリシアでございます。以後、お見知りおきくださいませ」


 お母様が丁寧に、ドネビア王妃様に自分達を紹介する。それに合わせて、お姉様と同じように会釈した。ちらりとドネビア王妃様を見ると、お姉様に視線を向け口の端を上げてニヤリと笑っていた。


「そう、その娘がエルステアですのね。祈念式の事は、いずれ、詳しくお話を聞かせてくださいな。楽しみにしてますよ。そうそう、その時は、私の優秀な子供達も紹介いたしますわ」


 ドネビア王妃は、言いたい事を告げて部屋を後にする。一体何が目的だったのか、さっぱり分からないですね。お姉様を吟味するように見ていた王妃様、その笑いが不気味過ぎて脳裏から離れない。


 変な事に巻き込まれなければ良いのだけど……妙な不安が心に残ってしまった。


 ドネビア王妃が部屋を去った後、シャーリーの表情から笑顔が消えていて、アンネ王妃のスカートをしっかりと握り黙り込んだままだった。


 アンネ王妃様とお母様がお茶を楽しんでいる間、終始俯いたままで、顔を合わせようともしなかったのだ。突然の彼女の変化に、お姉様も戸惑ってしまい、話を振ってはみるものの「そうですのね」としか返事が返ってこなかった。


 せっかく、シャーリーと仲良くなる機会なのに、何の収穫も得られないのは勿体ない!


 外に連れ出せば、もしかしたら気分も変わるかなと思ったので、お母様達の会話の切れ目を見計らって、口を挟み込んだ。


「おかあさま、シャーリー……あ、シャルロットおうじょうさまと、おにわであそんでもいいですか? わたくし、おしろのふんすいをみてみたいのです」


 王妃様もお母様も、シャーリーの変化には気付いていたので、自分の申し入れに快く許可してくれた。


 人の話に割って入るのはお行儀の良い事ではないけど、この場は不可抗力なのです。


 シャーリーも自分の言葉を聞いて、少し顔が明るくなり笑顔を見せたので、自分の犠牲はたいした事ではないのだ。


 お姉様とシャーリーの手を引いて、窓から見える庭へ移動を始めた。

王妃様が二人!正直二人ともちょっと怖そう?

そして、聖女の噂はお城の中でも有名みたいです!

シャーリーが何故暗くなってしまったのか……

お友達として気になりますね!


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