028:ともだちになろう
お姉様の入学式に出てみたら?
お母様に抱っこされて、ママ母様達と部屋に入った。
部屋というよりは大学の講堂? うーん、映画館に近い? いや、コンサートホールかな。
自分達の立っている場所からステージが見下ろせる、段差のある空間だった。
どこの座席に座るのかは決まっているようで、部屋の中で誘導する人に従って前に進んでいく。
自分達の席は、最前列で真ん中より少し外れる位置だった。
「あら、今年は王族の方もご入学されるのかしら。珍しいですわね」
「仕方ありませんわ、フレイ。聖霊院には通わせられないですもの」
お母様は少し残念そうな声で、ママ母様に答える。ママ母様も納得したようで、少し眉を寄せて笑顔が消えた。
「グレイアスも、来年は、こちらに通わせるしかございませんわね。エルステアもおりますし、丁度よかったのかもしれませんわ」
ママ母様は、グレイお兄様の頭を撫でて溜息をついた。
ナーグローア様もだけど、聖霊院ってそんなに良い所なのか。その言葉を聞く度に、皆んながっかりしている感じだ。でも、数年後にはナーグローア様の学院が出来るらしいですから、それまでの辛抱ですね!
魔王が造った学院って言うだけで、凄く面白そうじゃない?
自分は、ナーグローア様の学院にお姉様と通うのを希望しますよ!
「ナーグローアさまのがくいんができるまで、ですよね?」
「ええ、そうですね。フレイ、ナーグローアが創設する学院が整うまで、堪えるしかございませんわ」
お母様は自分の言葉をそのまま、ママ母様に伝える。
ママ母様は、その言葉に納得したのか、自分に視線を向けて微笑んでくれた。
「そうね、それまで堪えましょう。アリシア、教えてくれてありがとう。良く覚えていましたね。グレイアス、初等院までここでしっかり学ぶのですよ。ナーグローアの造る学院で、後れを取るわけにはいきませんから」
グレイお兄様は、姿勢を正してママ母様の言葉を受け止めている。少し顔が強張っている感じですけど、大丈夫ですか?
まぁ、ここに来る前にやらかしちゃったから、ママ母様の言葉が重く感じるのだろうね。
しょうがないよなぁ、グレイお兄様の場合は……。
いっぱい勉強して、挽回してくださいな。
って、人の事を言えた感じではないのですけどね。自分もお姉様みたいになるために、勉強頑張らないといけないね。椅子に持たれかかっていた自分は、背筋をシャンと伸ばして座り直した。
誰が見ているか分からないし、ここでだらけた姿を見せてはいけないのだ。
「あら、アリシアはお利巧ですのね。そうよー、女の子は背筋を伸ばして顎を少し引いて座ると、美しく見えますのよ。ふふ、リッチェルの教えが生きてますのね。良い事ですわ」
グレイお兄様に向けていたママ母様の視線は、こちらに向け姿勢を観察している。
ほっぅ、危ないところでした。口から安堵の息を出すと、それを見ていたお母様がクスッと笑った。
「ふふ、本当にアリシアちゃんはお利巧ですわ。良い姿勢ですわよー。そのまま式が終わるまで、崩さないようにしてくださいね」
がっがんばります! お母様! お尻がおむつで膨らんでるので、転がっちゃいそうですけど、堪えてみせますよ!
ニコッとお母様とママ母様に微笑み、手をお腹に当てて顎を引いて前を向いた。
ステージには、数人のビシッと決まった燕尾服を着た人達が集まりだす。
あれは、ここの先生になるのかな? 若い人もいれば、髭の生やしたお爺さんやお婆さんも見かける。
何か、皆んな一癖も二癖もありそうな雰囲気ですよ。
先生らしき人に視線を向けていると、その中にジッと自分を見ているような人がいた。
夏なのに黒髪に灰色のコートを羽織り、少し顔色が悪そうな男のエルフ。
自分もその人に視線を向けると、サッとコートを翻してステージから立ち去っていった。
何だ? あの人は……ここの先生だよね? これから入学式なのに何処にいくのやら。
ちょっと呆れた気持ちで、他の先生の様子を見ていると、入り口で見かけた片眼鏡の若いエルフが、ステージ袖から真ん中まで出てきた。
彼は、座席に座る人達を見回し、腰を曲げて会釈をしてから口を開く。
「間もなく、サントブリュッセル王立幼児院の入学式を執り行います! 本日は、サントブリュッセル王の姪にあたるマルグリッド様のご入学に伴い、祝いのため王自ら足を運ばれました。皆さま、拍手でお迎えください」
おお? サントブリュッセル王がここに来てるんだ。
祈念式で顔を合わせて依頼ですね。お姉様と同学年という事は、マルグリッド王女様もあの場所に居た事になるけど、どんな人なんだろう。道中で会ったヴレイスールやミドルス、カルザスの小さい子達の顔すら覚えていないので、見当もつきませんけどね……。
いや、数ヵ月も経つと、それ以上に楽しい事が多かったから……顔なんて忘れちゃいましたよ。
「サントブリュッセル王ならびに、シャルロット第三王女、入場!」
ん? 王女? 王様だけじゃない……。
片眼鏡のエルフの声に合わせて、背中の方から歓声と拍手が上がる。
ステージから出てくると考えて目を見張っていたので、背後から聞こえる音に驚き身体がビクッと震えた。咄嗟に振り向くと、王冠を被ったサントブリュッセル王が、赤茶色のマントを靡かせて降りてきている。隣には、クルクル巻かれた銀色の髪が印象的な、小さな女の子が歩いていた。
裾踏んづけたら大変だから、気を付けてねー! 背格好が自分と同じくらいの女の子なので、思わず心の中で応援してしまった。ほら、はしゃいで顔面強打しそうになりましたし。こんな階段のあるところでズッコケたら、大惨事ですよ。
サントブリュッセル王は、自分達の前に来て、お父様と挨拶を交わす。そのまま、お母様に視線を向け言葉をかけた。
「ユステア、息災か? おぉ、フレイも今日は来ておったのだな。久しいではないか」
「サントブリュッセル王も、お変わり無いようで何よりですわ」
「ご無沙汰しております、サントブリュッセル王。今日は、私の姪であるエルステアの入学を祝うために参列させていただきましたの」
王様とお母様達が親しげな挨拶を交わしている間、小さな女の子が凄い顔で自分を睨んでいる。
ちょ、自分、貴女とは初対面なのですけど? 何かご不満でも……。
身に覚えのない事で、睨まれてもどうしようも無いのですけど。
「おぉ、挨拶が遅れてすまん。シャルロット、ここにいる者達に挨拶をしないさい」
サントブリュッセル王は、隣にいる王女様の背中を押して自分達の前に立たせた。
その瞬間、王女様はプイっと顔を横に向けて、横目でこちらを見る。
「おとうさま、わたくしおうじょですの。さきになをなのるのはむこうですわ!」
おぉ、縦巻きロール王女様、言いますねー。ちょっと生意気な感じが、可愛らしいじゃないですか。彼女の態度を見て、思わず顔がにやけてしまいます。
うーん、このタイプは今までに会った事がないですね。とても興味深いですよ。
この子と仲良くなれると、楽しそうだな……。
「こっこれ、シャルロット。面目ない、ディオス。後で良く言ってきかせるので、其方からお願い出来ないだろうか」
「ははは、王も娘には弱いようですな。問題ございませんぬぞ、後ほどたっぷりと褒美をいただけると期待しておりますからな。シャルロット王女、我はトゥレーゼ領の領主ディオスと申します。そして、こちらが妻のユステア、そして、娘のアリシアでございます。以後、お見知りおきを」
お父様の後に、ママ母様も王女様に挨拶を交わす。
自分達が挨拶をしてくる様子を見て、彼女も満足したのか、鼻をちょっと上げツンとした顔のまま、こちらを向いて口を開いた。
「わたくしは、サントブリュッセルおうこくだいさんおうじょの、シャルロットよ。くるしゅうないわ」
彼女の尊大な態度を見て、王様は申し訳なさそうな顔で、お父様達の様子を伺っている。その様子とは逆に、お父様達は、彼女の頑張りを讃えるかのように、微笑んでいます。
一生懸命長い言葉を喋ってましたものね! やっば、王女様、マジ可愛い。
自分も、その姿を見て微笑ましく思うのと同時に関心してしまった。
それにしても、同じくらいの歳でここまで出来るんだもの、この子はかなり賢いと思いますよ。自分は、ここまで長文を離せるほど口が達者では無いので、これは見習わないといけませんね!
「おうじょさま、なかよくしてくださいね」
「おお、そうだ。アリシアはシャルロットと歳が同じであるな。我からも、シャルロットと仲良くしてくれると嬉しいぞ」
王女様の反応をもらう前に、王様が満面の笑みでこちらを見て頷いている。王様も、自分の子供のことになると、あまり周りが見えない感じだね。
当の王女様は、ジロリとこちらの様子を伺っている。相変わらずツンツンした表情です。
「しかたがありませんわね。そうね、おとうさまのかおをたてて、わたくしのともだちにしてあげてもよくてよ」
およ?自分、お友達になれるのですか!
縦巻きロールの可愛い王女様と友達! いいね! なりたいです!
「はい! ぜひ、おともだちにしてください、おうじょさま」
彼女に歩み寄り、手を取って笑顔を向ける。
突然手を握られて、驚きの顔を見せる王女様。おずおずと自分の顔を見て、うっすらと頬が紅くなっていた。
「おっ、おとうさま……いえ、なんでありませんの。アリシアといったかしら? わたくしに、はじをかかせないように……えっと……ともだち……に……ですわ」
言葉を一生懸命繋げようとして、たどたどしくなる王女様。目にはうっすら涙が見え、顔が下がっていく。
「はい、きょうから、ともだちですね」
ニコッと王女様に笑いかけると、再び鼻が上を向か始めた。
もう十分ご立派でしたよ、王女様。小さいのに本当にしっかりしてるよ。
「わたくしのことは、シャーリーとよんでもよいのですよ」
チラリと自分を見て、反応を伺う彼女。
うんうん、そう呼んで欲しいんだよね、全然大丈夫ですよ、王女様。
「はい、シャーリーおうじょさま」
「おうじょさまも、いりませんわ。シャーリーとよびなさい」
「シャーリー、よろしくね」
シャーリーと呼ばれたのが、よっぽど嬉しかったのか、高い鼻を少し下げ笑顔を見せた。
最初は警戒するように睨まれたけど、彼女なりの自己防衛だったのかな。
初めて会ったばかりだから、完全に警戒が解けたとは思ってないけど、これから親交を深められたら仲良くできそうです。新しい友達が出来た事で、心がフワッと温かくなる。この喜びをお母様に伝えたくなり、視線を向けると、頬を緩ませ笑顔を見せてくれた。
自分に微笑んだ後、お母様はそのままシャーリーへ顔を向け、
「アリシアちゃん、良いお友達が出来ましたわね。シャルロット王女様、どうぞアリシアをよろしくお願いします」
「わっ、わたくしのおともだちですもの……しんぱいはいりませんわ」
お母様相手で、シャーリーは毅然とした態度に変えて、少し狼狽えそうになったが、上手く取り繕って言葉を返した。
シャーリー頑張ったね! 大人相手でも、王女然とする姿に感動です。
「では、挨拶はこの辺りで席に着こうではないか。アリシア、我からもシャルロットをよろしく頼む」
王様からもお願いされちゃいましたけど、そう言われなくてもシャーリーと仲良くしますよ。
自分は、王様に視線を合わせて首を縦に降る。
その姿を見て安心したのか、王様は口の端を上げ白い歯を見せて微笑んだ。そのまま、身体を屈めてシャーリーの手を引いてお父様の隣の席へ着席した。
片眼鏡のエルフさんが、王様が席に着いたのを確認しマイクを口に当てる。
「これより、サントブリュッセル王立幼児院の入学式を開催いたします! 生徒入場!」
部屋の四方から片眼鏡のエルフさんの声が響くと、天井からキラキラと光が観客席に降り注ぎ、お姉様の入学式が始まった。
やっとアリシアちゃんに友達が?
でも、この子は大丈夫でしょうかね……。
ちょっと気強そうですが、二人はどこまで
仲良くなれるかなー?ご期待ください。
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