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021:懲りない男の子

魔力枯渇で倒れたグレイお兄様……ちょっと様子が……

 グレイお兄様が禁呪に触れた翌日の午後、彼は眠りから覚め自分達の前に顔を見せた。


 目覚めた後に、叔父様やママ母様からかなり絞られたのか、表情は暗い。


「グレイおにいさま、ごぶじでよかったです。もうおかげんはよろしいのですか?」


 かなり心配していた自分は、グレイお兄様の顔が見れてホッとした。


 だが、彼は自分の問い掛けには答えてくれない。


「グレイアス、其方という者は! 皆が心配していたのだぞ、態度を改めよ!」


 グレイお兄様の顔には正気は無く、少しボヤッとしている感じがする。


 あまり叱らない方がいい気がするんだけど……。


「グレイおにいさまは、まだちょうしがよくなさそうです。おじさま、しからないで」


 顔を真っ赤にしてグレイお兄様を叱りつける叔父様を、自分は宥めようと側について顔を見上げた。


 それでも、叔父様は彼に対してキツイ言葉を投げかける。


 誰か、叔父様を止めないとグレイお兄様が壊れてしまいます。


 そんな不安を感じていると、ママ母様が自分の両肩に手を乗せて自分を見つめた。


「アリシア、ヒッツバイン家の男子は、このくらいの責苦では負けたりはしませんのよ。まだ、グレイアスには魔法の後遺症が残ってますの。正気に戻すには、しっかり声を掛け続けてあげないといけませんの」


 身体は問題なさそうだけど、心ここに在らずですか。


 ならばと思い、グレイお兄様の側に立ち、力なくぶら下がっている手を取り話し掛けた。


「グレイおにいさま、そんなところであそんでいてたのしいですか? わたくしに、かっこいいところをいつみせてくれるの」


 彼の手を、自分の持てる力を振り絞って握り、耳元で精一杯大声で話した。


 一瞬、彼の身体が震え出す。


 ぼーっとしていた目に少し焦点が合ってきたのか、視線が自分に向いた。


「アリシアちゃん、私もお手伝いいたしますわ」


 お姉様も、自分と同じくグレイお兄様の手を握る。


「グレイお兄様、アリシアちゃんは、貴方の勇ましい姿を楽しみにしてましたのよ。もっとしっかりしてくださいまし! アリシアちゃんのお兄様では無いのですか?」


 突然、グレイお兄様の身体がぶるぶると小刻みに震えだした。


 お姉様と自分は、それでも彼の手を離さずに握りしめる。


「グレイアス! 其方を思う姉妹の言葉が聞こえるか! しっかり前を向け!」


 叔父様の怒声が背中から聞こえると、ママ母様も自分達の後ろに回り声を掛けた。


「グレイアス、早く戻って来ませんと、皆んな王都へ行ってしまわれますよ。それで貴方は後悔はしませんの? たくさん、この日の為に修練を積んだのでしょう?」


 久しぶりに再会したグレイお兄様は、確かに以前とは違い逞しさがあった。


 顔付きも自信に満ち、幼い割には凛々しい表情に少し嫉妬するくらいだ。


 自分達に、立派になった姿を見せたい一心だったかは定かでは無いけど、これまでに、もの凄い努力をしたのだろう。


 ママ母様の言葉にも、グレイお兄様は反応した。


「うぅ、うるうるうるぅ……」


 彼の口が何かを発しようと、している様子が伺える。だけど、上手く喋られないみたいで口元から泡が出て来始めた。


「しっかりして、グレイおにいさま!」


 そう言葉を投げかけた瞬間、グレイお兄様の震えがピタリと止まった。


 握っていた彼の手から、視線を顔に向けると、彼の目が合う。さっきまで、朧げで焦点が定まらない表情では無く、昨日まで見ていた顔になっていた。


「グレイおにいさま!」

「戻ってきましたのね!」


 そう確信し、お姉様と自分はグレイお兄様に抱きつく。


「おかえり、グレイアス。皆んな心配していたのですよ」


 グレイお兄様に抱きつきながら、横目でママ母様を見ると、目尻に溜まった涙をハンカチで拭っていた。


 本当に、このグレイお兄様は人騒がせですよね!


「ごっごめんなさい、お母様。お父様も心配をおかけいたしました」

「其の方が、まず謝るべきなのは我等では無いであろう?」


 叔父様の声は、さっきまでの怒りに任せた感じでは無く、少し柔らかい雰囲気だった。


「エルステア、アリシア、迷惑を掛けてすまなかった。其方達の声が聞こえてきたお陰で、戻って来られた気がするんだ。本当に、ありがとう」


 グレイお兄様の目に、涙の膜が張ってあるように見える。


「元に戻られて安心しましたわ。これからは迂闊な事をしてはダメですのよ」

「そうですの!」


 お姉様と自分の言葉に、グレイお兄様はこちらを見て頷くだけだった。


「グレイアス、少し落ち着いたら話を聞かせてくれ。事の次第では、早急に解決せねばならぬ。分かるよな?」


 叔父様の後ろで見守っていたお父様が、少しトーンの低い声でグレイお兄様に問い掛ける。


 グレイお兄様は、お父様の声に直ぐに頷いた。


「はい。ディオス様。私に出来る事は何でも力になります。命を救っていただき、ありがとうございました」


 その後しばらく、グレイお兄様を中心に、お姉様と自分が手を握り続け、様子を見守った。


 少しずつ意識がハッキリしてくると、彼の発する言葉に勢いが出てくる。


「僕は、毎日素振りと模擬稽古で鍛えたんだぞ。魔法を剣に纏わせる事ができるのだ。凄いであろう?」


 うんうん、凄い頑張ったんだね。初めっから、それを見せてくれるだけで驚いてあげたのに。


 饒舌に語り始めるグレイお兄様だったが、調子に乗ってきたところで、ランドグリスお兄様とエルグレスお兄様に嗜められ、へこまされました。


 うーん、この調子で大丈夫ですか、グレイお兄様。


 もう、次は力になれないかもしれませんよ?


 嗜められ涙目になるグレイお兄様を、お姉様と見つめ笑い合った。


 もうちょっと、頼れる人になるように頑張ってください!


 ーーお父様と叔父様による、グレイお兄様への尋問は夕食までに終わり、その日は何事も無く過ぎていった。


 全てを話しきったグレイお兄様は、晴れ晴れとした様子にも見える。


 お父様からは、尋問内容は何時ものように、お姉様と自分には何も語ってはくれない。


 今回の禁呪に関しては、自分も知る必要は無いと感じているので、詮索する事はなかった。


 下手に呪文を知って、うっかり呟いたら……グレイお兄様の様にはなりたく無いのだ。


 翌朝の朝食から、グレイお兄様は絶好調で、何かと自分に付きまとってくる。


 今日から王都へ向けて移動をするだが、やれ剣の稽古をするから付いて来いだとか、こんな魔法を僕は使えるから見てみろだったり、この遊びは知っているかなどなど、断っても、断っても新しい話を振ってくるのだ。


 ひとつくらいなら構ってやろうと、剣の稽古だけ同行する事にした。


 屋敷の前には既に、二十台くらい馬車が並んでいて、叔父様とママ母様の荷物を、マチルダが忙しく指示を出し次々と積み込まれていく。


 グレイお兄様も力が有り余っているなら、手伝ってあげれば良いのに……。


 そんな事を考えながら、お姉様とライネで木陰に置かれた席に座った。


 稽古中のグレイお兄様は、自分達が視界に入ったのか、手を振ってくれている。


 そんな大きな隙を作って大丈夫かと思ったら、案の定、鳩尾にウェインの一撃が入りその場で蹲った。


 うん、流石にそこで浮かれちゃダメでしょ。


 お姉様と苦笑いです。


 こんな光景を以前にも見た気がしますけど、グレイお兄様の本質は、実は何も変わって無いかもと疑問に思ってしまった。


「いっいまのは、不覚をとっただけなのだ。大した事は無い、大丈夫なのだ!」


 グレイお兄様は、こちらに聞こえるように大きな声で言い訳をしている。


 はいはい、こっちの事は気にしなくて良いから、ウェインとの稽古に集中してくださいな。

 

 しばらく稽古を眺めていたが、グレイお兄様の動きは少し力み過ぎなのか、ウェインの剣があっちこっち当たってボコボコにされている。


 あちゃー、これじゃ前と変わらないじゃん。


「グレイアス様、少し肩の力を抜かねば稽古になりません。私がお教えした呼吸法で、少し呼吸を整えてください」


 流石にウェインも見兼ねたようで、剣を収めると、二人が横並びになり目を閉じた。


 すると、ウェインとグレイお兄様の身体が、薄っすらと光を帯び始める。


「おねえさま、あれは? しんたいきょうかですか?」

「少し違うようですよ、アリシアちゃん。お母様に教えていただいた身体強化は、魔力を使いますの。ウェイン達からは魔力が感じませんわね。あれは何でしょう」


 ほぉ、これはまた違う方法の身体強化という訳かな? もしかして、漫画で良くある闘気ってやつですかね。


 二人が目を開けた時には、光は消えていたが、グレイお兄様の雰囲気が変わっていた。


 今のグレイお兄様の様子は、一昨日会った時と同じ凛々しさが感じられる。


「では、参りますぞ」


 ウェインの目にも止まらぬ速さで剣が振られると、カンッ! と乾いた音が響いた。


 かなり速い太刀筋を、グレイお兄様は見事に受けきっているのだ。


 おぉ? グレイお兄様凄いじゃないですか。自分は、ウェインの剣が何処に向かって振られているか、分かりませんでしたよ。


「おねえさま、グレイおにいさまのうごきが、さっきとちがいます」

「そう見たいですわね。先ほどの動作がきっかけになったのでしょう。あんなに速い動きを捉えるなんて、グレイも成長してますわね」


 自分の驚きと合わせて、お姉様もグレイお兄様の動きに感心しているようです。


 その後も、ウェインとグレイお兄様の木剣が合わさり、カンッ! という音がリズミカルに響いていった。


 どの太刀筋も、既に自分の目では追えず音だけを聞いているだけだ。


 気がつくとお姉様とライネには、見えているようで、格の違いを感じてしまった。


「おねえさまは、けんのうごきがみえているのですか?」

「ええ、目の身体強化を使ってますのよ、アリシアちゃん。これの力を使えば、ゆっくり動いているように見えますの」


 お姉様は、目だけの身体強化が出来るのですか……凄い成長ですね……お姉様の稽古に立ち会えていないから、その成長は計り知れませんね。


「ピッピッピッ!」


 くっ、ライネが自分に向かって、見えていると主張してきますよ。


 幻獣なんだし、当たり前なんじゃないですか? と、心の中で返すと、後ろからのっそりとガイアが現れた。


「ウォッン!」


 そうですか、ガイアも見えますか……と言うか、ここに来てからほぼ顔を見てませんでしたが、何してましたの?


「ガゥッ! ワォゥォォォッ!」


 ガイアが突然遠吠えを上げると、遠くの木から、ガイアと同じ種類の白い狼が三匹現れた。


 えっ? ガイアがいっぱいいるんですけど……もしかして……。


「ウォフッ!」

「おねえさま、ちいさいガイアがたくさんきました!」

「あら! なんて可愛らしいのでしょう。この子達はガイアのお子様ですの?」


 お姉様と自分の足元に、ミニガイアが二匹きた。


 少し離れた所に、ガイアより一回り小さい白い狼がお座りをして、こちらを見ている。


「ガイアの子供とお嫁さんですわね。んまぁ、ガイアに良く似て賢そうですわ」

「ガゥッ!」


 お姉様と自分は、一匹ずつミニガイアを抱き寄せて、首筋を撫でて上げる。二匹とも気持ち良さそうに、大人しく抱かせてくれた。


「ガイアのこども、とてもおとなしいです」

「ええ、良く躾がされてますのね。ガイアのお嫁さんは立派です」


 離れて見ているガイアのお嫁さんは、少し目を伏せてその場に伏せる。


 何とも上品な顔をしてますね、お嫁さんは!


 ちらりとガイアに視線を送ると、そそくさとお嫁さんの側に行き、顔を舐め始めた。


 長らく家を不在にしてましたよね……家族サービスしてくださいな。


「ウォッフッ!」


 少し、勢いのないガイアの返事が何とも可笑しい。


 お嫁さんは、チラリとガイアを見て、こちらに視線を向ける。


 完全に、ガイアの事に興味を示していない様子です……。


 あはっ、ガイア、しっかりお嫁さんフォローしないと、大変な事になりますよ!


「ウォッンッ! ウォォォンッ!」


 そんな事は理解してますって言ってます? お嫁さんはご機嫌がよろしくないと思いますよー、頑張ってー!


 ガイアも流石にマズイと思ったのか、その後、一生懸命お嫁さんの毛繕いに精を出した。


「其方達、ガイアの事ばかりに気を捉えて、こちらを見ていないではないか!」


 すっかりガイアの子供と戯れるのに夢中になり、グレイお兄様の事を忘れてました。


 そんな隙を見せたら……。


「グフゥッ」


 ウェインの強烈な一撃で、グレイお兄様は膝から崩れ地面に顔を付ける。


 言わんこっちゃないです。二度ある事は三度ある。もう一回キツイの受けそうですね、グレイお兄様。


「クスッ」


 思わず、笑いが口から溢れます。


「グレイは懲りないのですね、ふふふ」


 お姉様と顔を見合わせて、グレイのつき上がったお尻を眺めて微笑み合った。

良いところを見せたいグレイお兄様は、

運が悪いのか、人が良いのか、単純に構ってちゃんなのか。

アリシアちゃんの前では全部裏目に……。

頑張れグレイお兄様!


次回は、王都の旅路での出来事をお送ります。

ご期待ください!


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