015:魔王の決断
平凡な日常。
そう言うに相応しいくらい今日も朝から穏やかです。
家に帰ってから少しバタバタしたけど、今は何事も無く落ち着いた日々が過ごせている。
午前中に行われるお勉強では、旅先で磨かれた立ち振る舞いを披露。
「素晴らしい上達ですわね、アリシア様。まさかここまで上品な身のこなしが出来るようになられているとは、私思いませんでしたわ。次のお稽古に進んでも問題ないようですわね」
たくさんの人に出会えたおかげで、振る舞い方が身につけられたのは収穫だったかな。
リッチェル先生から、お褒めの言葉をいただくくらいに成長しましたよ!
「次のお稽古は、表情の作り方をお稽古いたしましょう。アリシア様は、ご自身が思っている以上に感情が表に出やすいようです。感情を露わにしてしまうと、相手に付け入る隙を与えてしまい、不幸を被る事もございますのよ」
うっ、子供だから表情出ますよね……今回のお稽古はちょっと習得が難しい気がするのですが。
「ほら、アリシア様。不安な表情が顔から出ておりますよ。そのような表情を見せてしまうと、甘い言葉で拐かす輩に付け入れられますわ。お気を付けなさいませ」
ヒィ……これはどうしたら良いのだ……とりあえずは、オホホホとか言って笑顔作っておけば良いの?
「では、私が実践いたしますので、表情をしっかり見ててくださいまし」
そう告げると、リッチェル先生は唇の端を少し上げ、目を少し細めた。
笑っているのか、悲しんでいるのか判別ができない表情だ。
ヨーロッパの美術館に置いてある、昔の絵に描かれている人物像みたいだね。
ふむ、アロカイックスマイル的な感じかな。
何となく前世の記憶にある、商談時の表情を作ればクリア出来そうな気がするな。
こちらのプレゼン内容の粗を探して突っ込んでくるお客から、焦りや戸惑いの表情を見せずに対応した経験はいくらでもあるのだ。
お客の前で無表情に対応する事は出来ないから、少し余裕を含んだ表情を作る必要があった。
そんな感じであれば、出来なくもないな。
でも、この身体でそんな事できるのか……。
一抹の不安を感じながらも、リッチェル先生の表情を真似してみた。
ジッと見つめてくる先生の目がちょっと怖いのだけど。
「あら、残念ですわ。もう少し我慢されていたら合格でしたのに。少し不安な表情が出てましたわよ、アリシア様。でも、初めてにしては上出来でございますわ」
うほー、惜しかったのか! どうやらこの身体も、だいぶ板についてきたようです!
「ふふ、アリシア様。そのように可愛い笑顔は、家族や私達、気の許せる者だけにしてくださいね。しばらくは、いつもの立ち振る舞いと、今回の表情の練習をいたしましょう。どれも将来大事な事ですので、何度も練習いたしますわよ」
初対面には、この営業スマイルですね!
ふんふん!
理解しましたよ、リッチェル先生!
先生に首を縦に振り頷いて見せると、リッチェル先生も顔が綻び笑顔を見せてくれた。
「理解が早くてよろしいですわ。それでは、今日はこの辺でお稽古はおしまいにいたしましょう」
「きょうも、ありがとうぞんじます、リッチェルせんせい。あしたも、よろしくおねがいします」
「いいお返事ですわ、アリシア様。では、また明日、ご機嫌よう」
スカートの裾を少し摘んで、軽く会釈を交わす。
優雅に上品に……ボロを出さずに最後まで……。
リッチェル先生が部屋を出て行くと、自分はすかさずお母様に視線を向ける。
「おかあさま、おけいこおわりました! いっぱいほめられました!」
レースの編み物をしているお母様に駆け寄り、今日の報告を告げると目を細め笑顔で自分を見つめてくれた。
「ええ、見てましたわよ、アリシアちゃん。お母さんも驚いちゃうくらい立派でしたわ。アリシアちゃんは飲み込みが早くて、私、誇らしく感じてますのよ」
お母様からも褒められて、有頂天になりそうです!
さっきまで感情を抑える練習をしていたけど、家族の前では良いんだよね!
そのまま笑顔で、お母様の脚に抱きついて嬉しさを体当たりで表現した。
「ふふ、可愛いアリシアちゃん。お母さんに顔を見せてくださいまし」
足下に絡み付いていた自分をヒョイっと持ち上げて、膝の上で抱きかかえてくれる。
お母様の優しく甘い良い匂いが、鼻と口から入っていく。
その匂いを確かめるように、お母様の胸に身体を預けた。
「立派でしたわ、アリシアちゃん」
優しく髪を梳かすように頭を撫でながら、お母様は褒め言葉小さく呟いた。
お母様の愛情の篭った言葉に、胸がジーンと熱くなる。
あぁ、本当にお母様の娘として生まれてきてよかったよ……。
しばらく、お母様に抱きついたまま、長閑で暖かい午前を堪能した。
ーー昼食後は、お母様もナーグローア様もお姉様の魔法の勉強に行ってしまう。
その前に、お母様から食後のお乳をいただく訳だが、大抵ここで夢の中に入りお昼寝をするので、寂しくなんかはないのだ。
今日も、お乳を飲んでいる最中に意識が途切れた。
毎度の事ながら、かなり眠りが深いようで、周囲の物音で起きる事はほとんど無い。
ライネやニーフが、ピイピイ、リンリン騒ごうが自分は起きないそうだ。
割と図太い神経が育っているのかもしれない。
ただ、起き抜けにお母様が側に居ないという状態は、まだ慣れないようです。
未だに、妙に胸がざわついて不安に思ってしまうのだ。
特に、旅の影響かもしれないが、夜に突然起きてしまった時にお母様が居ないと、感情の制御が出来ず泣き出してしまう。
帰ってきてから一度、夜中にお母様が居ない日があり、不幸にも起きた時は大変だった……。
お姉様とナーグローア様が必死にあやしてくれたが、なかなか収まらず、部屋の外に出ていたお母様が戻るまで、泣き止まなかったのだ。
急ぎ駆けつけてくれたようで、髪を少し乱し、ほんのり汗を掻い戻ってきてくれた事はまだ記憶にある。
このお母様に依存する感情の制御は、いつ落ち着くんでしょうね……自分の事だけど見当がつかないですわ。
ぐっすりお昼寝を堪能し起きると、お母様とナーグローア様、お姉様が魔法の練習から戻られていました。皆んな、テーブルで優雅なお茶会を楽しんでいるようです。
「アリシアが起きられたようですわ。よく眠れましたか、アリシア? 相変わらず、可愛い寝顔でしたわよ、ふふふふ」
ナーグローア様の言葉に深い意味は無いだろうけど、ちょっとだじろいでしまった。
「こちらにいらっしゃい、アリシアちゃん。美味しいお菓子がありますのよ」
「アリシアちゃん、このお菓子はアナトさんが作ってくれましたの。ヴェルシュットシュテルンの国で伝わる伝統的なお菓子ですのよ」
何と? ナーグローア様の国のお菓子ですか!
アナトさんは騎士なのに、お菓子作りもできるのですか……人は見かけに寄らないですね。
ナーグローア様の後ろでビシッと立っているアナトさんに視線を向けると、こちらに視線を合わせて微笑んでくれた。凛々しい姿で優しい笑顔を見せれると、惚れてしまいそうですよ。
罪な人ですねー、アナトさんは。
「はい! アナトさんのおかし、いただきます!」
少しボサッとした髪を急ぎで手を使い整えて、お母様達がいるテーブルへ向かおうとした。
「アリシア様、少しお待ちくださいませ。髪を整えさせていただきます」
あっ、やっぱりダメですよね。
メリリアに止められ、櫛で髪を整えてもらう。手を使って髪を整えてはいけないらしい。これも今後、お作法で教えてもらえるようです。
男だったらこんな面倒な事はないのだけど……女の子というか貴族って面倒だね!
「おまたせしました、おかあさま、ナーグローアさま、おねえさま」
お母様の横に置かれている少し座面の高い自分専用の椅子に、メリリアが座らせてくれる。
目の前には、クッキーのような生地をクリームで挟んだお菓子が並んでいた。
この身体は甘い物が全然食べれてしまうので、お菓子を目にして目が輝いてしまう。
「おいしそうです、おかあさま」
「どうぞ、召し上がってくださいな」
メリリアが二つお菓子をお皿に置いてくれたので、そのままひとつ摘んで口に含んだ。
噛み砕いたクッキーにクリームが絡まり柔らかくなっていく。二つの甘みに、クリームの中に隠された別の甘みと酸味が合わさる。
「おいしいです!」
極端な甘さを感じないので、幾つでも食べられそうだ。
「ふふ、アリシアにお気に召していただいたようですわね。私の国には、これ以外にもまだまだエルフの国では味わえないお菓子がございますのよ。貴女達がいらした時には、いろいろご馳走を用意させていただきますわね」
ナーグローア様の国に訪問する目的が、ひとつ増えちゃいましたよ。
他のお菓子も是非味わって見たいですね!
そう思いながら、もうひとつ置かれたお菓子を頬張った。
うまい!
お母様達のお茶会では、今日の魔法練習の話も少し聞かせてもらえた。
魔族が使う魔法の多くは、効果範囲が広かったり高さや幅があるようです。お姉様が体験した感想では、見た目は相当派手らしい。エルフの魔法は、一点集中型になりやすいので、魔族流の要領を掴めると臨機応変な対応が出来るそうです。
お母様もナーグローア様も、自分の種族以外の魔法の使い方だけでなく、古代に使われていた魔法まで研究していたそうで、二人で国を落とせるくらい威力のある魔法まで使えるとか何とか……。
威力と制御が出来ない魔法のようで、無人の島でしか試せないそうです。
危険極まりない話が飛び出して、お姉様と目を丸くしてしまいました。
「ここ数日見てきましたが、エルステアは予想通り魔法の扱いが卓越してますわね。私の教えにすんなり適応して発展できるなんて驚きましたわ。流石、ユステアの娘ですわね。本当に……この力が存分に伸ばせられないなんて」
「ナーグローア、過ぎた事ですから。そのように悲しく思わないでくださいまし。私達が伸ばして導けば問題ございませんわよ」
ナーグローア様は、お母様の言葉を受け、突然、頬を手に当てて考え事を始めた。
「そうよね、その手がありましたわ……その発想には私も思い付きませんでしたの……」
自分を納得させるように呟くナーグローア様。
しばらく、思考が漏れ出すようにブツブツと独り言を言っている。
「ユステア、私、決めましたの! 聖霊院が腐ってしまったのはどうにもなりませんけど、貴女の言葉に希望がございましたわ!」
お母様を見つめながら、少し興奮気味話すナーグローア様。
何か決心したような表情に変わっている。
「まぁ、ナーグローアは何を決めましたの? 私が力になれる事でしたら仰ってくださいまし」
「ありがとう、ユステア。私、新しい学院を作る事に今決めましたの! 聖霊院から生き残った教員を迎え、この世界の将来を担う子供を教育しますわ!」
え? 魔王が学校作るの? 後、何か物騒な話も紛れてましたけど……。
ちょっとスケールの大きい話ですけど、ナーグローア様が先生なら通ってみたいですね。
「そう、そうですわね。その考えは私にもありませんでしたわ。いい考えだと思いますけど、ナーグローア、貴女の国は誰が治めますの? 学院の運営と王の両立は難しいと思いますわよ」
お母様の問いにナーグローア様は少し沈黙した。
その様子を見たアナトさんが、ナーグローア様の横に来て何かを手渡す。
手に取った物を見たナーグローア様が、唇の端をあげてニヤリと笑った。
「国の事は、私の兄に任せて問題ないようですわ。こちらをご覧になって、ユステア」
ナーグローア様は、お母様に何かを手渡す。
何が渡されたのか自分からは見えず、お母様も隠すように目を通していた。
気になるけど覗き見も良くないんだよね……うーむー何を見ているのだろう……。
「ふふ、既にこうなる事は予測済みでしたのね。貴女に負けず劣らず、魔族の方々は優秀ですわ。貴女の思いに私も力を賛同いたしましょう。その時が来た時には、お呼びになってくださいな」
お母様の言葉にナーグローア様の晴れやかな表情になり、頬が紅く染まっていった。
「ありがとう、ユステア。エルステアが、幼児院を卒業を迎える二年後までに、作り上げて見せますわ」
フンッ! と鼻息が出そうなくらい興奮しているナーグローア様。
「ナーグローア、今からそんなに気を張ってしまうと、途中で倒れてしまいますわよ。温かいお茶を召し上がって落ち着きましょうね」
お母様の言葉で、テーブルの置かれたお茶が入れ替えられる。
お茶を口にして、ナーグローア様の気分の高まりが少しだけ落ち着いたようです。
その後のお茶会は、お母様とナーグローア様の新しい学院作りで話が弾んだ。
自分が尊敬する二人が作る学院。
そこで学べる事に期待を膨らませ、黙って聞き入っていた。
お作法あれこれ貴族って大変!
そして、魔王様の学院創立の話!
アリシアちゃんも通えるといいですね!
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2章1話目に掲載いたしました。
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