09:馬車に揺られて
ガドス亭から
お父様の昔馴染みの宿屋で、美味しいお肉を頂き、皆んな大満足。
宿屋はボロかったけど、料理の腕は確かだった。
「本当に美味しい料理でしたわね。お肉が口の中で蕩ける感覚は、私、初めてですの」
「ええ、奥様。この料理は素晴らしいです。戻り次第、料理人に研究させる必要がございます」
お母様とメリリアは、真剣な表情で今回の料理の作り方を模索している。
確かに、このホロホロお肉が、お家でも食べられたら最高ですね!
「がははは、皆んな平らげしまったな! 何? この料理の作り方が知りたいだと? それは教えられねぇな! 俺が五十年かけて作り上げたレシピだ、そう簡単にはいかねぇぜ!」
ガドスさんは、笑いながらメリリアの相談を一蹴してしまった。
まぁ、秘伝のレシピとなればそう簡単ではないでしょうね……。
「ガドス様のお料理には、デザートがございませんでしたね。どうでしょう、私の秘伝のレシピ三つと交換するのは如何でしょうか?」
「ぬぬ、お前も料理を作るってのか? ほう、良いだろう。まずは、その味を確かめさせてもらわないと、検討も出来んな。厨房は貸してやる。やってみるか?」
おぉ? こんなところで料理対決ですか?
なんか、想定外の出来事になっちゃいましたけど。
隣に座るお母様をチラリと見上げると、ガドスさんとメリリアに微笑んでいる。
「メリリア、ここで披露は可能ですか?」
「はい、奥様。問題ございません。ガドス様を料理で説き伏せてみせましょう」
「ほう。大した自信じゃないか、メリリアとやら。よし! 話は決まりだ! 着いてきな! 厨房の中を案内するぜ!」
メリリアはリリアを伴い、ガドスさんの後ろから厨房に入って行く。
「ははは、なかなかの余興だな。メイノワール、ここを発つ時間に問題はないか?」
「はい、旦那様。午後までしたら予定に狂いはございません」
時間に余裕もあるようなので、料理対決をじっくり観戦できるようです。
メリリア秘伝のデザートって、何が出てくるのかな?
「なっなんだと! コッケスの卵にそんな使い方があるだと!」
ガドスさんの驚きの声が、何度も厨房から響いてくる。
メリリアや料理人達の食事を作る様子は、これまで見た事がないので、中で一体に何が起こっているのか……推測もつかない。
食材の名前からして、既に現代知識を越えているので、調理方法も全く違うのではないかと勝手に思っているくらいだ。
「うっうまい! うまいぞぉぉぉ!」
厨房からガドスさんの絶叫が木霊した……。
これは勝負あったのではないだろうか。
どんな料理が出来たのだろう。
自分達もご相伴に預かれたりするのかな?
期待の目を厨房に向けると、嬉々とした顔のガドスさんが出て来た。
その後ろから、メリリアとリリアがお盆を持ってこちらに来る。
「はぁ、まいったぜ、ディオス。お前んとこのメイドさんは、料理の腕も一流ってきたもんだ。これは俺も認めざるを得ないな。レシピはメリリアに伝えといたぞ。あとは好きにしてくれ!」
「すまんな、ガドス。礼を言うぞ。レシピは同じでも、我はここで食べる料理も好きだからな、また立ち寄らせてもらうぞ」
「かー! いっちょ前に舌が肥えやがって。次までに、さらにうめえ物を用意しておくからな、覚悟しとけよ!」
ガドスさんとお父様の会話を聞きながら、メリリアとリリアが自分達の前に料理を盛り付け始めた。
ふむ、何層にもクレープのような薄い生地が重ねられた料理だ。
これはミルフィーユに見えなくもない。
正直、前世からデザートも料理も関心があまりなくて、食には疎かった。
食べられれば、何でも良かったから、美味しそうな料理を見ても例えようがないのだ……。
この身体になってからは、美味しい料理に敏感になった気がする。
いま、目の前に出された美味しそうなミルフィーユに、口の中は涎が止めどなく出ているのだ。
甘い匂いがさらに食欲をそそってくる。
さっきまで、お腹いっぱいにお肉を食べたにも関わらず、これを食べたいという意欲が沸いてくるのだ。
お母様が口にするのを見て、自分も一口食べる。
口の中に、卵の薄い生地と生クリームのような甘さが広がっていく。
その中に果物で作ったジャムの味がして、ちょっとした酸味が舌を刺激した。
酸味と甘さが一体になり、喉の奥を通過していく。
デリシャス! これは美味しい!
気が付くと、お皿に載せられたデザートは既に無く、名残り惜しい視線を向けてしまう。
あー、もうちょっと食べられるかも……。
「ふふ、アリシアちゃんは、メリリアのデザートが気に入ったようですわね。ほら、お口に付いてますわよ」
口元はクリームでべとべとになっているようで、お母様が指でなぞって取ってくれた。
「アリシア様に喜んでいただき、何よりでございます。お屋敷に着きましたら、また作って差し上げたく思います」
また作ってくれるのですか! ありがとうメリリア!
メリリアの言葉に嬉しくなり、羨望の眼差しを送ると、メリリアも自分の期待を感じてか、優しい顔で自分に視線を向けてくれた。
うちのメイドは、本当に凄すぎだよね。
お嫁さんにしたくらいですよ!
「旦那様、そろそろお時間になります。よろしいでしょうか」
「おお、そうだな。ガドス、世話になったな。また立ち寄らせてもらうぞ。もし時間があれば、我等の家にも是非来てくれ!」
「おう、その時を楽しみにしているぜ! 嫁さんと娘っ子を大事にするんだぜ! 達者でな!」
ガドスさんとの別れを名残り惜しんで、家路へと出発した。
美味しい料理をお腹いっぱい膨らませてしまったので、馬車に乗り込んでから瞬く間に眠りに落ちる。
もう、家まで何も起こらないですよね……早く家に着くと良いなぁ……。
――日差しが顔にあたり、身体が熱い……少し寝苦しさを感じて目を覚ました。
「あついです」
ドレスが厚ぼったいせいもあり、肌着が汗でぐっしょりしている。
馬車の中も、ちょっと暑い気がするけど、皆んな平然とした顔だ。
自分だけなのか……?
「お目覚めですのね。もうこんな季節ですものね。アリシアちゃん、お着換えしましょう」
汗まみれの身体を、メリリアが丁寧に拭いてくれる。
ついでにおむつも替えてもらい、爽やかさを取り戻した。
「もう夏も間近ですわねー。アリシアちゃんには、この暑さでも堪えるかもしれませんわね」
お母様はそう言うと、指先から水色の魔力を込め、そのまま自分の顔の上で回転させる。
指先からは、水色の光がパラパラと飛び出してくる。
光が顔に触れると、少しヒンヤリした。
「ふふ、これで身体が熱くなる事はなくなりますわよー。気持ちいいでしょう、アリシアちゃん」
断続的に水色の光が自分に降り注ぎ、さっきまで感じていた熱もすっかり飛んでいった。
クールダウンの魔法ですか? これは凄いなぁ……。
「お母様、その魔法はなんですか?」
「これは、熱帯地域で常用されている、身体を冷やす魔法ですのよ。小さい子は体温が高いですから、こうして冷やしてあげないと、熱で倒れてしまうの」
何でも知ってるのですね、お母様……確かにこの身体はちょっと遊ぶだけで、直ぐに汗を掻いてしまう。
ちょっと汗っかきな体質かなと思っていたけど、小さい子は体温高いのか。
その対処方も知ってて、魔法でさらっと解決……流石、魔法使いのお母様です。
「お母様、私も、アリシアちゃんのために使えるようになりたいですわ。教えてくださいますか?」
「ええ、もちろんよ、エルステア。お家に着いたら教えてあげますわね」
「エルステアは、魔法のお勉強に熱心なのね。私も魔族流ですが、教えて差し上げますわよ」
いいなー、ナーグローア様からも魔法を教えてもらえるんだ。
自分も魔法が使えるようになりたいなぁ……。
「ふふ、アリシアちゃんは、まだ魔法はダメですよー。もうちょっと大きくなるまで、我慢してくださいね」
「私がいっぱい魔法を覚えて、アリシアちゃんが大きくなったら、教えて差し上げますわ」
「あら、それは良いですわね。それまでに、エルステアを一人前に成長させてあげますの。私も協力いたしますわ」
お姉様とナーグローア様が、魔法の種類について盛り上がっている。
魔法は使えないけど、話くらいは聞いて見たいと思い、二人の間に割って入った。
お母様は、そんな自分を笑ってみている。
参加くらいは問題ないと判断して、聞き耳を立てた。
魔族とエルフ族の魔力の使い方には、あまり違いないようです。
身体の奥から魔力を引き出し、手や足、身体、額、目などに集中させて放出するのだ。
違いと言えば、魔族は神の名前はあまり使わず、魔法を発動させるみたい。
そう言えば、お母様も何も言わず魔法を使う事あるよね……さっきの冷やす魔法は何も唱えていなかったし。
ナーグローア様が、そこからいろいろと説明を始めたところで、付いていけなくなってしまった。
言語の話やら、術式を頭で構築するやらと、理解しがたい話になってきたので、二人の間から跳ねるように飛び出して、お母様に抱き着いた。
お姉様は、頷きながらナーグローア様の話を真剣に聞いている。
この頭では、まだ皆んなの話を理解して実践するのは無理だと悟った。
早く大きくなって、話についていけるようになりたい……。
恨めしそうに自分の手を見てそう思った。
――バンテリアスの境界門を越え、中継地ユーゼスまでは何事も無く通り過ぎる事ができた。
行きに起きた突然の襲撃もなく、馬車に追従する護衛騎士達も慌てた様子が無い。
時々、ガイアが道草をしているようで、お父様に怒鳴られているようだけど……。
バンテリアス領では一泊もせずに、自分達の領地まで突っ切るようです。
石畳の街道を、ドガドガと大きな音を立て、黒い鎧を纏った騎士に、大きな黒い馬車が疾走していく。
退屈な気分を紛らわすためてに窓のカーテンを少し開けて外を眺めると、この一団に遭遇した人達は驚いた表情でこちらを見ていた。
そうですよね……自分もこの異様な軍団をみたら三度見くらいしちゃいそうですよ。
そのくらい物々しい雰囲気があるのだ……。
「やり過ぎて困る事なんてございませんのよ? むしろ、これでも足りないくらいですわ」
「そうですわね。ナーグローアのおかげで、ここまで何もございませんもの。本当に感謝しておりますのよ」
お母様に感謝されると、ナーグローア様の顔がちょっと紅くなった。
「あら、嫌だわ。ユステア、そんな目で見られますと恥ずかしいですの。御礼はお家に着いてからでよろしいのよ」
ナーグローア様が身体をもじもじさせて、お母様を見つめている。
この二人の様子をこれまで見て来たけど、正直どこまでなのか関係なのか……皆目見当もつかない。
女性固有の友情あり方なのだろう……と脳内に留めておいた。
陽もすっかり落ち、辺りが暗くなり鬱蒼とし始めたところで馬車が止まった。
大きな靴音が馬車に向かってくる。
扉がノックされたので、メリリアが開けると、お父様が立っていた。
「もう数刻で、領地に到着だ。その前に、夕食を済ませようと思うがどうであろう?」
「ディオス、このまま進んでも構いませんわよ。我が軍が、たかがこの程度の移動で音を上げる事もありませんし。何か事情がおありなの?」
お父様の言葉に、ナーグローア様が自信満々で応える。
「うむ、この先に大精霊がおるやもしれぬのでな。夕食がてらに立ち寄ってみたい」
「ディオスには心当たりがあるようですのね。ナーグローア、少し時間をいただいてもいいかしら?」
「ええ、その話であれば構いませんわよ。先の大精霊の失態もありますし、我が軍の汚名をそそぐ良い機会ですわね」
お家への到着間際での進路変更……おまけに大精霊絡みと聞いて、思わずお姉様の顔を見た。
お姉様も、少し顔が強張っているようで……。
視線を向け合い、ただの夕食では済まないだろうと確認し合うのだった。
お父様の思い付きで大精霊に立ち寄る?
お家は目前の行き先変更に、アリシアちゃんもお姉様も不安な気持ちです。
次回こそ、お家に到着できるのでしょうか……。
-------------------------
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字報告も非常に助かっております!
表紙作業快調です!
活動報告もしくはPixivに線画公開中!
読んで面白いと感じていただけましたら、
ぜひ、ブクマおよび評価、レビューなど
いただけますと幸いです。
ツギクル、アルファポリスのランキングも
参加してます!ご協力お願いします!




