08:冒険宿ガドス亭
ユルード遺跡からの帰り……
旧王都で、お姉様と自分が忽然と姿を消した事に、お父様もお母様もナーグローア様も大騒ぎだったようです……。
自分達も、皆んながいなくなったり、眠っていたり……大精霊様に会ったりで、てんやわんやだった。
馬車の中で、お母様とナーグローア様に起こった事を説明して、理解はしてもらえた気がする。
「大精霊も、とんだことをしてくれたものですわね。こんな幼い子達を攫うだなんて。本当に、何事も無くて良かったですわ。もし、怪我でもしていたら、本気で大精霊を追い詰めて、ぎったんぎったんにして差し上げなくてはいけないところでしたの」
ぷりぷりとナーグローア様は、大精霊様の行動に怒っているようです。
相変わらずの物騒な事を言うので、ちょっと怖いですよ。
「私達がいない中で、本当によく頑張りましたね。エルステア、立派ですよ。母は誇らしく思います」
お母様は、お姉様と自分を側に寄せ、頭を撫でながら優しく言葉を掛けてくれる。
嬉しさから思いっきりお母様に抱き着くと、いつもの優しい匂いで心が満たされていった。
自分達が失踪してから、かなりの時間が経っていたようで、夜も深くなっている。
さっきまでの緊張が一気に解けたせいもあり、身体が睡眠を欲しているようだ。
「おかあさま、きょうはここでとまるのですか?」
「今日は、ユルードでは泊まりませんの。もう少し先の街に行きますのよ。ふふ、アリシアちゃんは疲れてお眠ですのね。詳しい事情は、明日お父様と一緒の時にしましょう。」
お母様は、そう言うと自分を抱き上げて、胸を出してお乳を加えさせてくれた。
甘い匂いに包まれながら、何も考えず自分はそっと目を閉じた。
――目が覚めると、柔らかい布団の中だった。
お母様がいつも通りに添い寝してくれていて、離れたもうひとつのベッドでは、ナーグローア様とお姉様が寝ているようだ。
眠る前に聞いていた、どこかの街のお宿に泊まれたんだね。
何時ここに着いたのかは分からないけど、あれだけの騒動だったのだ、皆んなぐっすりと眠っている。
この旅で泊まっていた宿に比べると、今回の宿は随分とみすぼらしい……。
ついに、家も路銀が尽きたのか?
結構、贅沢な旅をしていたと思うので、これもしょうがないのかなと勝手に思った。
自分が目を覚ましたことに気が付いたメリリアが、側に寄って来る。
「アリシア様、まだ朝が早うございますよ。もう少しお眠りくださいませ」
自分の身体を気遣って、メリリアが優しく声を掛けてくれた。
そうか、まだ起きるには早いのね……たぶん、皆んなより先に寝たから、早く起きちゃったのかもしれないね。
メリリアの言葉に促されるままに、お母様の胸に顔を埋めてもうひと眠りする事にした。
――髪をスッと指で梳かされているのか、妙に心地良い。
たぶん、お母様が撫でてくれているのだろう。
このまま、黙ってこの感触を堪能していたくなる……。
「ふふ、アリシアちゃんはまだお眠なのかなー? お母さんのおっぱいはいらないのかなー?」
お母様がそう言いながら、目の前におっぱいを差し出す……。
ふぐっ! これは抗う事は出来ないです!
すぐさま、目の前に露になったお乳に吸い付く。
「あら、アリシアちゃん、おっきしましたのねー。おはよう、アリシアちゃん」
お乳に吸い付きながら、上目でお母様の顔を見るとニッコリ微笑んでくれる。
目覚めの瞬間を悟られていたとは……流石、お母様です!
目線を隠すように、お母様の胸にしがみ付いて朝のお乳をしっかりいただいた。
しばらくお乳を吸い続けてから、皆んなで着替えを済ませて下へ降りる。
おんぼろと言うには失礼だけど、くたびれた宿なのですよ……。
お母様に抱っこされて階段を降りるのだけど、一歩降りる度に、ギシギシッ!!とか、バキッ! と音がするのですが、大丈夫なのだろうか。
いきなり床が抜けて落っこちたら、ただでは済まない気がする。
そんな不安を感じながら、落っことされないように、お母様の首にヒシッと抱き着いた。
「ユステア! 良く眠れたか?」
ご機嫌なお父様の声が、下から響いてくる。
その声ですら、建物がちょっと震えたような感じがするのですが。
たぶん、前世でもここまでおんぼろで、床に泥や埃があるような家に住んだことは無いな。
「エルステア、アリシアはどうだ? すまんな、他の宿はいっぱいであったから、我が昔通った宿に無理に泊めてもらったのだ」
ぐっすり眠れたのは間違いないので、睡眠はバッチリですよ!
土足が当たり前なので、泥や埃はしょうがないですよね。
幸いな事に、物凄く臭いって感じでもないので、一泊くらいなら堪えられます!
「ここの朝食はなかなか旨いのだぞ! ガドス! 今日は何を振舞ってくれるのだ?」
「おうおう、いきなり来て随分な態度じゃないか、ディオス。本当に、お前は変わってないな」
一階にあるカウンターから、これまた屈強そうなガタイなのに、エプロンを身に付けているエルフのおじさんが現れた。
如何にも宿屋の店主といった感じだ。
ボロ家の事はそっちのけで、店主に羨望の眼差しで見つめて思った。
そうだよね、よくある小説や物語に出て来そうな風体だよ!
妙なところで、この世界に来た事を実感してしまったな。
「ほう、嬢ちゃん達か。ディオスにはもったいねぇ娘達だな! こんなめんこい子に見つめられちゃしょうがねぇ、腕によりをかけて振舞ってやろうじゃないか!」
「はは、話が分かって嬉しいぞ! さぁ、エルステア、アリシアもこちらに座るが良い」
お父様に促されるままに、一階に置かれたテーブル席に腰をかけた。
ライネは何かを感じ取ったのか、カウンターの奥からする匂いにつられて、お姉様の上でジタバタして飛び出そうとしていた。
何々? ライネがそんな反応しちゃうなんて初めてみたよ。
ここ最近のライネの食欲はすごいのだ。
自分の顔くらいあるお肉でも、ガツガツといっぺんに平らげてしまう。
まだ、自分より小さいのに、どこに入ってくのか……恐ろしい子……。
ライネは待ちきれないのか、涎まで垂らし始めたので、リリアがサッとタオルで拭き取る。
しかし、拭いても拭いても涎を出すので、お姉様からライネは引き離された。
お姉様の代わりにリリアがライネを抱え、口元を絶え間なく拭いてあげている。
「リリア、ありがとう。ライネ、暴れていてはご飯をいただけなくなりますわよ。」
ライネはお姉様の言葉を理解したのか、すこしだけ大人しくなったが、目線はカウンターの奥から離さなかった。
一応、メスだよね……ライネは……もうちょっと慎ましくしなくちゃダメだぞ?
ライネの様子をリリアに任せておいたので、お姉様と自分は、お父様とお母様、ナーグローア様に向かい合い、昨日の出来事を説明する事にした。
「ふむ、そうであったか。我等から姿を消したのは、大精霊ジュピトリナの影響であったか……我も会った事のない精霊であるな。」
「大精霊と言えば、お目にかかるのは稀でございますわね。私もお名前だけしか存じてませんわ」
お父様もお母様も、見た事のない精霊に会ってしまったのか。
思わず、お姉様に振り向くと、二人で笑顔を作って見つめ合った。
「そうですの。とても大きな木から身体が出てきて、美しい衣を纏って降り立ってきましたのよ」
「まぁ、美しい衣を纏った美女ですって! どうして私お会いさせていただけなかったのでしょう。残念でなりませんわね!」
特に関心を示していなかったナーグローア様が、突如鼻息荒くして話に加わってきた。
いや、そこ食いつくところ?
相変わらず、女性が絡む事には敏感なのですね……。
「ええ、とても美しい方でしたわ。でも、私、突然の事でしたから、次にお会いする約束はしてませんの」
「そうですのね。それは仕方の無い事ですわ、エルステア。大精霊ともなると次に会える機会と言えば、数百年後になるかもしれませんもの」
数百年……少し時間の感覚が違い過ぎるよ。
魔族もエルフ族も、物凄い長寿みたいだから、当たり前の話かもしれないけど、数百年も経つと忘れてしまいそうな気がする。
皆んな、百年前の事とか覚えていられるものなのだろうか。
ふと、そんな疑問が生まれてしまった。
「ふふ、次にお会いできる日が楽しみですわね、エルステア、アリシアちゃん」
お母様は、笑顔で自分達に語りかける。
次にお会いする時は、皆んな眠らせたり、蔓でグルグル巻きにしないで会えると良いのだけど……。
「はい、お母様!」
お姉様と元気よく返事を返して、大精霊様との出会いの話は終わった。
その後に続いて話をした神の力については、お父様もお母様、ナーグローア様も、真剣な面差しを自分達に向けてきたので、一瞬怯んでしまう。
大精霊様から、ユグドゥラシルの種に、神託と言っていた神の力を注いでもらった事を説明すると、皆んな唸るように驚きを見せていた。
「確かに、精霊の力は神に最も近しいと考えても、不思議ではないな。ふむ、流石にその視点は我にはなかった。二人ともでかしたではないか! 良くやったぞ!」
お父様は、お姉様と自分の言葉を聞いて、歓喜の雄たけびを上げ喜んでくれた。
「大精霊の居場所であれば、少し心辺りもありますし。種を芽吹かせる希望が見えてきましたわね」
とんでもない目にあった甲斐があったけど、結果、皆んなが喜ぶ事になって本当に良かったよ……。
正直、こんな結果になるとは、あの時は露にも思いませんでしたけどね!
しばらく、大精霊の話で朝食会場が盛り上がっていると、カウンターの奥からジュワッ! とした音と煙がこちらに舞い込んできた。
同時に、ライネの興奮が絶好調になり「ピッ! ピピピッ! ピィィィイ!」と、雄たけびを上げだす。
これは、いよいよ料理の仕上げ的な感じですかね!
自分も部屋に充満する香ばしい匂いに、思わず喉が鳴った。
「待たせた! さぁ、俺の自慢の料理だ! 食べてくれ!」
ゴトリと、テーブルに置かれたお皿を見ると、柔らかな肉にソースが付いた料理が出て来た。
荒々しい肉の塊なのに、表面がカリッとこんがり焼けている。
一見して、ローストビーフのような感じにも見えた。
果たして、自分はこれを食べさせてもらえるのだろうか……そんな疑問が過り、お母様の顔をチラリと見る。
お母様は、自分の顔を見て察したのか、メリリアに赤身のある個所を避けて薄切りにし、目の前のお皿に置いてくれた。
「おかあさま、ありがとうぞんじます。たべてもいいのですか?」
「ええ、アリシアちゃん。このくらいであれば、食べてもいいですわよ。さぁ、召し上がれ」
お母様の許しを得て、ローストビーフもどきをフォークで刺して食べた。
少しの量だけど、口に含んだ瞬間に肉が蕩けるように消えていく。
むむむ、これは豚の角煮並みに、ホロホロお肉じゃないですか!
良く火が通った硬いお肉ではないので、自分のまだ生えそろわない歯でも食べられる!
タレが、ちょっと甘さと苦みがあって舌がひりひりするけど、全然問題ないです。
切り分けられたお肉を、少しずつ慌てずに味わうようにいただいた。
「どうだ? 美味しいだろう。これは、この地域でしか獲れないバファネーダの肉を、しっかり旨味が出るまで熟成させた物だからな。口に入れた瞬間に溶けていくだろう?」
ガドスさんの言葉に、肉を頬張りながら頷くと、満足そうな顔でこちらにニッと笑いかけてくれた。
「そこの真ん丸太った珍獣も、大層気に入ってくれたようだな。お代わりいるか?」
「ピピピィィィ!」
両羽をパタつかせて、ガドスさんにお代わりを要求するライネ。
もの凄くご機嫌だ。
「ライネ、あまり食べ過ぎてお腹を壊さないでくだいまし。お野菜もちゃんと食べるのですよ」
「ピピィッ!」
片方の羽を頭にピッと付け、了解した! 的なポーズで反応するライネ。
お姉様の言いつけ通りに、肉を待っている間に野菜をガツガツと食べ始めた。
肉と野菜は均等に食べないとね!
「アリシアちゃん、すこしお野菜が進んでませんことよ。口を開けてくださいな。はい、あーん」
ライネの事を見ていたら、自分の手も止まっていたようで、お母様に野菜を食べさせてもらった。
おふっ……他人の振り見て我が身を……。
自分も、ライネに負けじと野菜をいっぱい食べたら、身動きが取れないくらいお腹が膨れてしまった。
何事も限度って大事ですね……。
大精霊様の事を伝え、皆んな大喜び!
そして、お父様馴染みの宿では、美味しいお肉で大歓喜!
ライネはちょっと食べ過ぎじゃない?
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