06:お姉様と乗り越えて
お姉様と力を合わせて、この事態を乗り越え……
「偽りの眠りに陥る者へ、目覚めの時を知らせ給え。クリュトー!」
杖の先からオレンジ色の光が、お母様に照らされる。
お姉様は、あれから何度も、目覚めの魔法をお母様に唱えていた。
自分は邪魔をしないように、黙ってそれを見ているだけだ。
こういう時に何の役にも立たない……のが、本当に歯がゆい。
「だめですわね。この魔法では起こせないようです。他に何か手を考えなくては……」
お姉様の言葉から焦りがみえる。
あれこれと呟きながら思案し、思いつく限りの魔法を行使し続けていた。
お姉様の様子を固唾を飲んで見守っていると、馬車の外から草木を分ける音が耳に入ってくる。
バキッ!
微かに聞こえる異音……木の枝が踏み抜かれた音に違いない。
誰かが、この馬車に近づこうとしている?
お姉様は、お母様を起こすことに集中しているので、この音には気が付いていないようだ。
自分は、お姉様に知らせなくてはいけないと思い、袖に手を触れ合図をした。
「おねえさま、なにかきます」
驚いた顔でこちらを見るお姉様は、すかさず馬車の扉に視線を移す。
「アリシアちゃん、私の後ろにいてくださいまし」
お姉様の指示に従い、後ろに回り込み顔を半分だけ出して扉を見た。
ズリッ、ズズズッ
草木を掻き分ける音から、地面を這うような音に変わりはっきり聞こえる。
「おねえさま、なんのおとでしょう」
聞いた事の無い異質な音……まるで巨大な蛇が蠢いているような感じだ。
お姉様は一瞬こちらに目を向け首を縦に振る。
直ぐに視線を扉に戻し、微動だにしなかった。
すぐ近くまで這いずる音が聞こえたと思えば、さらに複数の同様の音が聞こえてくる。
ズズズッ、ズズッ、ズズズ……ズリッ!
異質な音は、四方八方から聞こえ、まるで馬車を取り囲もうとしているように思えた。
周囲の様子をカーテン越しで見る事も恐ろしく感じ、お姉様の袖を固く握りしめ背中を凝視する。
迫る音を耳にして、お姉様も自分に緊張が走る。
ズッ! ガタンッ!
一瞬の辺りから這いずる音が消えたその時、馬車の前から重りを置いたような衝撃が起きた。
扉を凝視していたお姉様と自分は、直ぐに衝撃のあった場所へ顔を向ける。
視線を馬車の前に移した瞬間、馬車が突如動き出し、お姉様と自分はよろめき床に膝をついた。
想定外の事態に、お姉様と自分は抱き合い前を向く。
ドガッ! ドガッ! 車輪が地面に接する音と、馬の蹄の音。
その音に合わさるように、ズザザザザァッ! と、周囲から聞こえていた異質な音も、追従するように動き出しているようだった。
なっ、何が起きているのか全く理解できず、顔から血の気が引いていく。
涙目でお姉様の表情を伺い見ると、同じように真っ青な顔をしていた……。
万事休す……この事態から抜け出すには、どうにしかして、お母様達を起さないといけない!
どうする? どうすれば、お母様達を起こせる?
慌てる自分の思考をどうにか落ち着かせないと、良い考えも纏まならないぞ。
焦りと不安で、身体から嫌な汗が大量に出てくる。
既におむつは、おしっこ漏らし放題でぐっしょりしていて、太ももまで湿り出していた。
あ、あれだ! あの呪文があるじゃない!
一瞬、少し前の出来事を思い出し、自分にも力がある事に気づいた。
この力を使えば……何とかなるのかもしれない……いや、この力しか状況打破は出来ない!
お姉様が一生懸命に魔法を使ったけど、お母様達を起こす事はできなかったし。
でも、この呪文を使った力であれば、何か奇跡が起こるかもしれない。
一抹の期待を乗せて、ぼそっと「ガイズ……」と呟いた。
はははは! さぁ、いまこそ我の力を開放するのだぁ!
心の中は妙にテンションが高い……ここから、身体の奥が熱くなり力が沸き出て……。
……。
こない……?
唱え方が良くなかったかな、そう思い向かい合うお姉様の胸に隠れるように下を向き、もう一度ちゃんと唱えた。
今度こそ、今後は大丈夫なはずだ。
神殿で使えた、あの力が開放されるよね?
祈るように力が湧き出る瞬間を待ってみたが、全く何も起こらなかった。
えーと? いま凄く切迫した大変な状況だと思うんだけど……。
肝心な時に行使できないとか、どうなってるんだ!
もしかして、あの時一回きり……で、使い切った可能性も?
悲痛な気持ちで心が痛い、肝心な時に何も出来ない自分を恨めしく感じ、涙が止めどなく流れていく。
「うぇぇぇ……」
お姉様に縋るように泣きついた。
「大丈夫、私が、アリシアちゃんを絶対に守りますから」
抱きしめるお姉様が、震える声で必死に励ましてくれる。
悔しい、悔しいよ……。
お姉様の胸でしばらく泣き伏していると、馬車が止まり、さっきまで聞こえていた這いずる音も、徐々に遠くへいった。
自分の咽び泣く声と、鼻水をすする音しかしない。
カーテンの隙間から馬車の中に灯りが射し込んでくる。
お姉様もそれに気付いているようで、抱きしめる腕に力がこもっていた。
そっと、絡めた腕を離し、お姉様は窓へ移動する。
「アリシアちゃん、見てごらんなさい。とても不思議な光景ですわ」
窓の外を眺め見たお姉様は、すかさず自分も見るように誘ってきた。
お姉様の声の調子から察するに、外には危ない物が無いと理解し、重い下半身を上げ窓へ近づく。
外から射す光を避けて、窓の外を眺め見る。
「うわぁ……」
思わず緊張感のない声が出てしまった。
窓の外には、大きく太い木々が隙間なく立ち並び、色とりどりの草花が辺りを覆いつくしている。
木々の緑から降り注ぐ黄色の粉が光を発していて、鈴蘭のような花や、百合のような花がそれを受けると点滅するように灯りを出していた。
何と言えない幻想的な空間が、目の前に拡がっているのだ。
「アリシアちゃん、ここはどこなのでしょうね」
お姉様の質問には、自分は応えようがなかった。
正直、こんな場所がある事すら知らないので……。
シュルシュルッ、ザワザワッ
と、上空と地面から音が聞こえ始める。
ギシギシと馬車の壁が軋みだす。
美しい光景を目にして、少し浮かれ気味だったお姉様と自分は、軋む音に再び顔が青ざめ抱き合った。
馬車の軋む音が無くなると当時に、突如馬車の扉が音もなく開き、無数の蔓が馬車の中に入り込んだ。
「アリシアちゃん!」
お姉様は咄嗟に魔法を行使しようとしたが、両手両足に蔓が巻き付き外に連れ出されてしまった。
自分も、身体中に蔓が巻き付き出したと途端に、馬車の外に引きずり出される。
「おねえさま! どこ!」
「アリシアちゃん!」
木々に吊るされ、身動きが封じられたお姉様と自分。
互いの場所を確認するように名前を呼び合ったが、顔を上げる事すら適わず姿を見る事ができなかった。
自分に巻き付いていた蔓の数が、どんどん増えていく。
仕舞には、蔓で囲われた繭のような中に、閉じ込められてしまった。
お姉様の声を叫んでも、返答が返ってこない。
逆に、外の音が蔓の繭の中には入ってこないのだ……。
繭の中にへたれ込むと、今度は上下左右に揺さぶられる始めた。
あまりの振動に、繭の中で転げ回ってしまい、おむつからおしっこが漏れ出しスカートがべっちょりとし始めてきた。
あぁ……もう、本当に勘弁してください……この後どうなっちゃうの……。
言い知れぬ不安と、繭の中での大惨事に絶望にくれた。
しばらく揺さぶられ、繭の振動が収まりはしたが、平衡感覚を失って頭がぐらんぐらんと回っている。
おしめをこのまま履いていると、さらに染みが拡がる気がしたので、この場で脱ぎ捨てる事にした。
下着までびちょびちょ……止む無く、一緒に繭の隅へ置いておく。
どうせスカートだし、中なんて見えないっしょ?
ただ……物凄く下半身の風通しが良すぎなのだが……。
男の時の揺れる感覚が、深層にまだ残っているので……何とも言えない感情に苛まれた。
スカートを両手で抑えて、風が入らない工夫が出来ないか考えているうちに、繭の蔓が解けていき光が射しこんだ。
徐々に蔓が解けると、変わらず木々に囲まれた中にいる。
「アリシアちゃん! こちらですわ!」
お姉様の声が聞こえ、すかさず周囲を見た。
「おねえさま!」
姿が見えた事に安心し、蔓の繭から飛び出しお互いに駆け寄って抱き締め合った。
「大樹の意思を受け継ぎし、幼きエルフ達よ」
部屋の中に響く女性の声に、びくりと身体を震わせ、お姉様と顔を見合わせる。
「その顔を我に見せてたもれ」
今度は、お姉様と自分の横から声が聞こえ、視線を恐る恐る向けてみた。
そこには、太い大きいな木が見え、中腹の辺りに緑色の長い髪の女性が埋まっている。
「ほう、流石はユグドゥラシル様が認めし者。良き器であるのう」
女性はそう言いながら、蔓を巻き付け身体を木から抜け出してきた。
足先まで抜け出すと、上空から黄色の光が彼女を取り囲んだ。
光が消えた時には、黄と白に輝くドレスに、幾重にも薄い布を巻き付け纏った女性が現れた。
降り注ぐ光と合わさり、神々しく美しい女性だった。
その姿に思わず見惚れていると、彼女は、巻き付いた蔓を自在に動かしこちらに迫ってくる。
状況が飲み込めない不安から、お姉様の胸元の服に力がこもった。
「そう怖がらなくてもよい。我は、神託を護りし大精霊がひとり、ジュピトリナである」
大精霊……精霊の上位ってことだよね……。
この場所に連れて来た元凶は、この大精霊のせいなのか。
「よく参られた、世界を還す者達。ここは、夢と現実の狭間であるぞ」
大精霊様は目を細めて、こちらに語り掛ける。その表情からは、懐かしい者を見るような雰囲気さえ感じさせる。
「其方等の、探し物はここにある。だが、我の力無くして手にする事は叶わぬ」
この夢と現実の狭間の中で探す物って何? いまいち、大精霊様の話にピンとこない。
突然、聞いたことも見た事もない場所で何を探しに来たと?
お姉様は分かっているのかなと思い、チラリと横目で見ると、首をちょっと傾げている。
貴族のお嬢様の「分かりませんわ」の意思表示で使うとか、どこかで見知った記憶が……。
「ふむ、幼き故、少し説明せねばならぬか……面倒よのう。ユグドゥラシル様から、何も聞いてはおらぬのか?」
二人して、首を縦に振ると、大精霊様が初めて表情を変えた。
目を見開いてポカンとした表情を……。
「存在を失ってなお、我に手を焼かせるとは。呆れて話にならんのう」
大精霊様は、腕を組み今度は憤慨している。
この大精霊様は、ユグドゥラシル様とご縁があるのだろう。
「大精霊様、お言葉を述べてもよろしいでしょうか」
「うむ、申してみるがよい」
お姉様に上目で見ながら、話す事を許可する大精霊様。
なんだか少しご機嫌がよろしくないようです。
「ユグドゥラシル様のお話でしたら、種と神の力に関係したお話でしょうか?」
お姉様が、恐る恐る質問を投げかける。
「それよ! その話、其方等はどこまで聞いておるのだ?」
続けてお姉様は、始祖様からユグドゥラシルの種を託された話の一部始終を、大精霊様に語って聞かせた。
眉間に皺を寄せて、大精霊様は話を聞いている。
神の力の場所は、いろんな人達に協力してもらい探している事も伝えると、大精霊様の表情に穏やかさが見えるようになった。
「時は稼げなかったようよのう……仕方のないことか……」
お姉様の話を聞いた大精霊様は、独り言のように呟き目を伏せる。
「しからば、ユグドゥラシル様の代わりとして、我が助言をしてたもうぞ。この出会いはやはり運命。其方等は、我の言葉をしかと聞くがよい」
重い口調で語る大精霊様に、お姉様と自分は顔を上げ真剣な表情を向けた。
大精霊様のお導きが原因で変な空間に飛ばされた二人。
この場所に呼ばれた意味は、そして、大精霊から何を知る事ができるのか……。
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