05:古都ユルード遺跡
自宅へ戻る一行はちょっと寄り道するようです
「お爺様、お婆様。長らくお世話になりました」
神殿の祭壇もひと段落つき、ユグドゥラシルの街も落ち着きを取り戻す。
お父様とお母様の助けは、もう必要ないそうで、今日、家に向かうためお母様の実家を発つのだ。
お爺様に昔話を聞かせてもらったり、お婆様と添い寝や、お風呂に入ったりと、楽しい思い出に塗り替えられた旅も、いよいよ終わりです。
ありえない出来事が多すぎて、全部飲み込むのは無理だったけど、皆んなの優しさと温かさで、乗り越えられた気がする。
「おじいさま、おばあさま、またぜったいにここにきます!」
二人の手を取って、別れの挨拶をする。
「ええ、それまで、私達も頑張って長生きして待ってますわね。必ずここにいらっしゃい」
お婆様は目に涙を浮かべて、自分を抱きしめてお別れの言葉を言ってくれた。
「エルステアよ。幼児院でしっかり学んでくるのじゃぞ。其方の活躍を遠くから見守っておるでな」
「はい! お爺様。お母様みたいに、優秀な魔法使いになって戻ってきますわ」
お姉様の言葉に、お爺様も感極まったのか涙が溢れている。
「さぁさぁ、これ以上いると名残惜しくなって、帰れなくなってしまいますわ。お父さん、お母さん、次は大きなったこの子達と遊びにきますわね」
お爺様とお婆様は、涙を零しながら頷き、手を降った。
「ごきげんよう、お爺様、お婆様。また会う日まで」
お姉様と声を揃えて挨拶し、馬車に乗り込む。
帰りの馬車は、ナーグローア様の用意した大きく黒い馬車を使用する。
当初は、温泉街の転移陣で帰る予定だったが、家まで護衛を兼ねて送ってくれる事になった。
騒動で招集したナーグローア様の軍隊が護衛を務めてくれるそうで、頼もしいことこの上ない。
黒の鎧を頭から身に付けて、牛のようなツノにはギラっと光る金属で覆われている。
大きな黒い盾には、ナーグローア様の軍を象徴する紋章が赤く印されいて、行きよりも、帰りの方が物々しい雰囲気を出していた。
間違っても、この軍隊に嗾けてくる人はいない気がする。
「全体! 進め!」
大きな羽を持ったグリフォンのような獣に乗るアナトさんが、大きな声で号令をかけると、前の方から順番に騎士が動き出した。
これまで見た事の無い、アナトさんの勇姿に惚れ惚れしてしまう。
女性なのに、カッコいいのだ……あの勇ましい感じも憧れるなぁ……。
まだ、将来を決める歳でも無いのけど、どうせならアナトさんのように、キリッとカッコ良い大人に成長してみたいものですな。
家までの帰路は、行きと違う道順を進むそうだ。
道中に、旧王都がかつて有った場所があるそうで、そこ立ち寄りたいとお父様が言っていた。
今は廃墟になっているけど、何か発見があるかもしれないらしい。
どのくらい廃墟なのか想像はつかないけど、放置されてから数万年は軽く経っているそうだ。
最早、風化しすぎて何も残ってない気がするんだけど……取り敢えず行ってみるようです。
ナーグローア様の快適で速い馬車のおかげで、ユグドガイズ領内の移動は順調。
旧王都は、ユグドガイズ領とグルガイス領の境界にほど近い場所にある。
今まで乗っていた馬車だと、夜更けに到着する事になっていたが、お昼過ぎには目的地に辿り着けるそうだ。
さすが、王様の使う特別馬車ですね! 移動速度は段違いですよ!
お昼間近に、一度馬車を降りて皆んなで昼食です。
「ユルードまで、あと一刻くらいですわね。ナーグローア、私達の都合に着いて来てくれて、ありがとう存じます」
「気になさらないでくださいな、ユステア。私、借りた恩は早く返したい性分ですもの。」
謙遜するナーグローア様は、視線をこちらに向けて微笑んでいる。
自分、何かしましたっけ? 粗相の秘密を共有してるくらいしか、思い当たらないのだけど……。
ナーグローア様の謎の視線には、深く考えずに食事の席についた。
行きに失った、グランピングのような大きなテントが設置されている。
どうやら、ユグドゥラシルの街で新たに手配し用意されたようです。
このテント、物凄く高そうだけど……ほいほい買えちゃうものなんですかね……。
そう言えば、この世界の通貨を知らないや。
そもそも通貨なんてあるの?
ちょっとした疑問が出てきたけど、幼児にお金なんて持たせないだろうし、そのうちで良いやと思考を止めて、ご飯をパクパクと口に入れた。
それよりも、興味の先は、これから行く旧王都だ。
「おかあさま、ふるいおうとでなにをするの?」
わざわざ、廃墟になった場所へ行くのだ。
何か目的があると思うのだけど、理由が知りたかった。
「ふふ、アリシアちゃんは、昔の王都に興味がおありなのね。私達の知らない何かを見つけるためですわ」
お母様でも知らない何かか……それを見つけようとするのは、大変な気がするのだけど。
何か、当てが合ったりするのだろうか。
「お母様、昔の王都には、お城が残ってたりしますの?」
「うーん、そうねー。残ってないかもしれませんの。何せ森で覆われてしまって、外からは様子が伺えないのですよ。お母さんも行ったことがないの」
上手い質問ですね、お姉様。
なるほど、お母様も行った事の無い場所なのですね。
そうなると、完全な手探りになるのか。
「昔の王都は、ユグドゥラシルが出来て最初に栄えた街が、発展してできたのよ。もう記録にしか残ってませんけど、今よりももっと便利な乗り物や魔道具があったそうなの」
ほほぅ! それはいわゆるオーパーツ的な物かな?
何ですか、その好奇心を揺さぶる話!
「でも、それが残っているのかは、行ってみないと分かりませんの。盗掘されていない物があると良いのですけど、巨大な物や建物は残っていると思いますわ」
お母様の言葉に、少し興奮気味で聞き入る自分。
すごい!
持ち運べないオーパーツ的な物が見られるのであれば!
それはそれで、面白いのではないだろうか!
鼻息を荒くして、早く行きたい気持ちに駆られる。
あまりに興奮しすぎて、身体を揺さぶったせいで、お尻に生暖かいものを感じる……。
その感覚で、我に返り、お母様に視線を向けると、にっこり微笑み馬車に連れて行かれた。
メリリアが、すかさず荷馬車からドレスを引っ張りだして駆けつける。
そのまま、着替えを済ませると、昼のお乳の部を経て眠りについた。
あぁ……愛しのオーパーツ!
どうか、どうか目を覚ました時には、まだ旧王都にいますように。
そう願いを込めて夢の世界に潜り込んだ。
再び、目を覚ました時には、まだ陽が出ていた。
その光景に、深い眠りにまで入らなかったと推測して安堵した。
よかった、まだ旧王都に着いてないかもしれない。オーパーツさんが自分を待っているかもしれないよ!
少し嬉しくなって、寝ぼけ眼をお母様に向ける。
お母様も眠っているようで、可愛い寝息を立てていた。ぐるりと見回すとお姉様もナーグローア様もライネも眠っている。
驚いた事に、同乗したメリリアも眠っている!?
これには本当に驚いた。メイドさんが主人と一緒にいるのに、眠っているのだ。
初めて見るメリリアの眠っている姿に、ちょっとドキドキしてしまった。
しばらく、この状態から動いたらいけない気がして、ジッとお母様の胸に寄り添う。
もう少し眠っていても良いかもしれないと思い、再び意識を閉じた。
再度、目を覚ました時には、すっかり外は暗くなっている。
と言うか、馬車の中に明かりも灯っていない。
いつもなら、夕暮れにはメリリアが魔法で灯りを付けてくれるのだけど、それがなされていない。
もしかして、まだ眠っているのかな?
ぐるっと身体を捻って、背後を見るとメリリアがまだ眠っていた。
その様子にギョッとして、お母様とナーグローア様を見ると、二人とも眠っているようだ。
お姉様は!? と、再び振り返ると、目の前にお姉様の顔があった。
「うひぁっ!」
目の前に顔がある事に驚きながら変な声を出す。
直ぐにお姉様と認識出来たから良かったが、心臓に悪いです。
危うくヘッドバットするところでしたよ。
「アリシアちゃん、起きられたのですね。良かったわ」
少し震えた声で語りかけるお姉様。
その様子から、今自分達に予期しない事が起きていることを予感させる。
「おかあさまも、ナーグローアさまも、メリリアもねているの?」
「ええ、そうなの。さっきから揺すっても起きてくれないのよ。困りましたわ」
先に起きていたお姉様は、既に起こそうと色々試みていたようです。
となれば、自分に出来る事はあまりない……。
「アリシアちゃんは、このままここにいてくださいな。私、お父様の様子を見てまいりますわ」
お姉様は、そう告げると魔力を込め始め武装を纏った。
自分が着いていけば、足手まといになるのは目に見えている。
だけど、この場でジッとしているのも不安だ。
かと行って、この場に止まって、お姉様に何かあっても……。
あれこれ考えているうちに、お姉様はサッと馬車を降りてドアを閉めた。
あぁぁぁ……一人で行っちゃったよ、お姉様!
「おねえさま! ひとりにしないでぇー」
思わず、涙声で叫んでしまった……なんて迷惑な妹なのだろうか……自分で自分を責めたくなった。
ドア越しにお姉様の声が聞こえる。
「アリシアちゃん、安心してくださいませ。直ぐに戻りますから、お母様の側から離れてはいけませんよ」
開かれないドアから聞こえる優しい声に、小さく「はい」とだけ応えた。
「ふふ、アリシアちゃんは良い子ですわ。少し様子を見るだけですから、安心してくださいまし」
お姉様の指示にしたがって、お母様の胸にしがみ付いて返りを待った。
しばらくして、ドアが再び開かれる。
月明かりではっきりしないが、表情が優れないお姉様が入ってきた。
「アリシアちゃん、よく聞いてくださいまし。」
お姉様の調子の低い声に、緊張が走り唾を飲み込む。
「お父様も、リリアもリンナもラフィアもメイノワールも……護衛騎士達もナーグローア様の騎士も、誰も周りにいないのです。この馬車にいる人以外誰もいないの……どうしてこんな事に……」
衝撃の言葉に、血の気が引いていく。
今現在、この馬車以外に人がいない……お父様も護衛もいない丸裸の状態……誰に襲われてもしょうがない状況に、行く時に襲われた光景が思い出される。
お母様にしがみ付く手が震えだす。
「アリシアちゃん、大丈夫よ。お姉ちゃんがいますから。皆んな、私が助けますわ」
お姉様は、自分の背中から優しく抱きしめる。
背中からお姉様の温もりが伝わってくる。
「良い子ね、アリシアちゃん。」
後ろから回される、お姉様の細い腕に手で触れると、無意識で出た震えが収まっていくのを感じた。
「おねえさま、わたしもうだいじょうぶです。がんばります」
「ふふ、さすが私の妹ですわ。でも安心くださいね、お姉ちゃん頑張るから!」
頼もしいお姉様の言葉を頼りに、事態の打開に動く事を決意した。
お父様もメイドも護衛もいない!
お母様達も眠って起きない!
そして、ここはどこなのでしょう!?
寄り道が大変な事になっちゃいました……
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いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字報告も非常に助かっております!
五月には表紙も出来上がると思いますので、
お楽しみ頂ければと思います!
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