02:ちいさな希望
あの人から……
「ははは、随分驚いておるようだな。うむ、それも仕方のない事であるな」
痩せこけた顔をしたその人は、何故か嬉しそうにこちらを見ている。
お姉様も自分も、驚きのあまり声を失っているにも関わらずだ!
神殿の外や街では沢山のエルフの人達が、存在を失った事で悲しみにくれていると言うのに!
呑気な顔をして、顎を撫でているのだ……。
おまけに、さっきまでお母様やメリリアやリリアがいたはずなのに、今は、お姉様と二人しか部屋の中にいないのだ。
皆んなどこにいった?
ここはどこだ?
目の前には大樹の幹があり、部屋の中である事に変わりはない。
白の世界に迷い込んではいないのだ。
事情がまったく理解できない……これは現実なのか?
皆の姿が見えなくなったと思えば、消滅していたと思われている……あの人。
聖柱ユグドゥラシル様、いや始祖様が目の前にいるなんて。
お姉様と顔を見合わせて、これが幻ではない事をお互いに認識し合う。
間違いではない……のだ……?
「あーウォッホン! 時間もあまり無いのでな。簡潔に用を済ますとするか」
始祖様の声で、もう一度、姿に視線を向けと両手を掲げて何かを唱えている。
すると、始祖様の掲げた手よりもさらに頭上から、眩い光の球がゆっくりと降りてきていた。
こちらの驚きには、まったくお構いなしに始祖様が口を開く。
「光の女神エルフェスデュールと、月の女神エウリュステーナの寵愛を受けし我が孫達よ。わしからひとつお願いがあるのだが、聞いてはもらえないだろうか。」
事情の説明も無しに、こちらを気にしたと思えば、自分の要件を進めようとするのだが……とは言え、エルフ族の生みの親でもある、始祖様からのお願いだ。断れる訳がない。
とりあえず、話を聞いてみようと思い、隣にいるお姉様の顔を伺う。お姉様がこくりと頷くので、合わせて自分も黙って頷いてみせる。
「すまぬな。では、手の平をこちらに向けて差し出すのだ。」
始祖様の言うとおりに従って腕を前に出す。
先ほどまで上空から飛来してきた光の球が、始祖様の前で二つに分かれ、お姉様と自分の手に光が吸い込まれていった。
「お主等に、我等の希望の種を託す。その種は、其方等の清き心と共に成長を遂げ、やがて大樹の芽を宿すまであろう。それまで、共に心を通わせ、時には力を合わせ育てるのであるぞ」
身体の中に希望の種……大樹の芽になる……何の事だ?
大樹と言うのは、ユグドゥラシルの樹の事?
「そうである。其方等の中には、我等の希望の柱ユグドゥラシルの源、最上神ハルヴェスマールの創造の力を分け与えた。我無き今、再び希望の柱を建ててくれると信じておるぞ」
ものすごくスケールの大きい事を聞かされた。
お姉様と二人で、ユグドゥラシルを創れって事なのか……そんな事できるのかな……。
「おねえさま……」
「アリシアちゃん、始祖様の言葉は理解できているのですね。お姉ちゃんと一緒に頑張りましょう」
少し不安に感じて、あれこれ打算的に考えて迷いが生じている自分とは別に、お姉様は使命をしっかりと受け止めている様子だ。
おかしいな……自分の中の方が年上のはずなのに、お姉様が本当に頼もしく見えるのですけど……。
兄弟がいなかった自分にとっては新鮮な感覚だ。
これが、お姉ちゃんパワー?
尊敬の眼差しをお姉様に送る上目で見つめると、こちらを向いて微笑んでくれる。
はぁ……自分、頑張ってお姉様と一緒にユグドゥラシル創るよ!
さて、意気込んではみたけど、本当にどうやってあんな馬鹿デカい樹を造るんだろうね。
そこら辺、ちゃんと始祖様は教えてください!
「しそさま、どうやってつくればいいのですか?」
質問に対して、始祖様はこちらを向いてニッコリ微笑む。
しかし、答えは返してはくれない。
「始祖様、大樹の芽はどうすれば良いのでしょうか」
お姉様からも聞いてもらったけど、自分と同じくニッコリ微笑むだけだった。
えーと? もしかして始祖様は造り方を知らないのでは……嫌な汗が額に出てくる。
お姉様と視線が合い、お互い苦笑いになった。
「うむ、まぁ、其方等であれば成就も容易いであろうぞ。後の事は任せたぞ!」
うーわー、何、この超無責任な感じ。
何の情報も無しにこれから先、大樹の芽を造るために、情報集めから行わないと始まらない。そう考えると、少し頭が痛くなってきた。
まだ字も覚えてないし、本も読めない。
身体も小さいから、ひとりで外に出歩く事すら許される訳がない。階段すらまともに降りられないのに……。
どうしたもんか。
お姉様に任せっぱなし、という訳にもいかないだろう。
始祖様の突然の話に、思考が回転し始め、あれこれ考えが過るが結論は出ない。
そんな自分の考えを他所に、始祖様は話を続け出す。
なんすかそのマイペースな感じ……人の気も知らないで!
「あーウォッホン! では、我の願いを聞き届けてくれた御礼に、特別な物を贈らせてもらおう。其方等、受け取ってくれるか?」
始祖様は自分達に近寄ると、お姉様の額に指で触れた。
ポウッと青い光が指先から漏れ、お姉様の額に模様が浮き出てくる。
おー何これ! ちょっとカッコいいんじゃない?
続けざまに、自分の額に始祖様が触れてくれる。
自分の額が熱くなり、その熱は全身を走り抜けて消えていった。
始祖様が絡むとなぜか、身体の奥から熱い物が噴き出てくるのだが、今回はそれ以上の事でしかなく、特に身体に異常はないので安心だ。
「これは、わしからの餞別の加護である。未来を担うお主等には、多くの障害が待ち受けるであろう。その道を惑わす邪な者達を退け、悪しき者達からその身を護るであろう。」
また狙われる可能性があるってことか……もう、うんざりなんだけど……。
自分は、ゆっくりのんびり大人になって、皆んなと笑って幸せに暮らすスローライフを希望します!
「そうであるな。平穏が一番である。其方等には、その願いは叶えられん事もないのだ。そのためには、我等には大樹が必要なのだよ」
う? 思考が読まれた? それは流石に無いと思いたい。さっきから言いたい放題言ってたので、筒抜けだったとしたら、自分の……。
『聞こえておるぞ』
「ヒッ!」
突然頭の後ろの方から、始祖様の声が聞こえ悲鳴を上げてしまった。
お姉様が自分の悲鳴を聞いて、心配そうに伺ってくる。
自分の心の声は、お姉様に聞かれてはいない様子なのでホッとした。
とりあえず、天井から水が降って来て驚いたと誤魔化して、愛想笑いして返した。真実を知られる訳にはいかないのだ。
始祖様に冷たい目線で向けるが、飄々とした顔でこちらを見ているだけだった。
そうだよね、無茶苦茶な事を言ってくる、無責任で適当な人でも、神様だ。思考を読み取るなんて造作もない事ですよね。
『うむ、随分言いたい放題であるのぅ、お主は。姉とは大違いであるな。外見の無邪気さと裏腹に、中身は随分と大柄で驚いたわい。だが、其方の力で我等エルフの皆が世話になった。この場を借りて礼を言わせてもらおう』
始祖様の突然の言葉に驚いた。
あの場には始祖様はいなかったはずなのに、何を持って礼を言っているのか。
『姿はなくとも、我の身体はユグドゥラシルの大樹であるぞ。機能は停止しかけておるが、一部始終見届けておったのだ。其方がよもや神級の力を顕現させるとは、想定してなかったがな』
あーやっぱり、そのくらいの力なんだ……もう要らないのだけど……。
『ははは、其方は無欲よな。だが、この先に何が起こるか分からぬ故、大切にしておくがよいぞ』
始祖様が、そう仰るのであれば、とりあえず置いておきますよ。
『うむ、それが良い。聖女アリシアよ、我等エルフを導いてたもれ』
誰が聖女ですと? お世辞にもその言葉に、違和感とぞわっとする気持ち悪さを感じた。
自分は人格者でもないし、徳も力も知識もありませんので、その呼び名はやめてもらいたいです。
『そうであるか。うむ……まだ早いか……』
始祖様は、腕を組んでひとり思案に暮れている。
しばらく、無言のまま始祖様と向かい合い、頭の中で聞けるだけ聞こうと思い会話を続けた。
改めて聞き返したけど、本当に、ユグドゥラシルの大樹を芽吹かせる方法は知らないと……。ただ、手掛かりになる話は聞けた。種は元々、一番偉い神様が創った物なので、神の力が鍵になるであろうと。ただ、その神の力と言うのがどのくらい必要で、どこにあるのかは分からない。
ええ、なんか途方も無い話です。
ユグドゥラシルは、エルフ族に様々な恩恵をもたらす重要な物。
だから、早く芽を咲かせ、大地に植える必要があるのだ。
とりあえず、その大事な事はお姉様に共有してもらっていいですか? 自分だけで出来る気がしないので、この話が終わったらお父様やお母様にも相談しないといけないですよね!
呆れた顔で、始祖様を見ると、キリッとした目でお姉様に芽吹かせる方法の手掛かりを伝え始めた。
こんなやり取りをしないと聞き出せなかったとは……適当も大概にして欲しいな。
「わしからは、これで全てだ。もう会う事も無いであろう。皆によろしく伝えてくれ」
始祖様は目を細め、自分達を慈しむように見つめている。
その顔は、エルフ族を繁栄させ、様々な障害から護り抜いてきた威厳のある顔だ。
最後の最後に、良い顔をするのはズルいと思いますよ。
本当にこれが最後にお別れだと思うと、切ない気持ちが沸きあがってくる。
「其方等、そのような顔をするのではないぞ。我は最高神と共に遥か高見からいつも見守っておるでな」
お姉様が、一歩二歩と始祖様に歩み寄る。
自分も別れの悲しみが抑えられず、お姉様と同じ意識で歩み寄った。
「ほほほ、こんなに可愛い孫達に別れを惜しまれるとは、わしの人生も無駄ではなかったのぅ」
始祖様は、膝を付けて、お姉様と自分を抱きしめてくれた。
お姉様と二人、涙を流し別れを惜しむように抱き着く。
心が締め付けられるように苦しく感じ、喉の奥が熱くなり、自然と涙が頬を伝っていった。
「では、わしはここを去る。幼い其方等に重荷であろう。だが、其方等には、勇敢で聡明な父も母もおる。皆を頼りに力を合わせ、我等の未来を導く事を祈っておるぞ」
始祖様の姿が徐々に透明になり、抱き着いた腕が空をきる。
茫然と消えていく姿を、見守るしかなかった。
この侘しさをお姉様と抱き合って、始祖様が消えるまで見つめる。
そんな自分達を、始祖様は微笑み姿が見えなくなってしまった。
消えていった始祖様を認識すると心臓がさらに締め付けられる。
お姉様と、堰を切ったように声を上げて泣いた。
「始祖様とお別れができたみたいですわね。貴女達には、とても辛い事だったでしょう。」
お母様の声が聞こえると、いつもの匂いと温もりが感じられる。
「私達が不甲斐ないせいで、まだ幼い貴女達に、未来を背負わせてしまってごめんなさいね。」
顔を上げると、お母様の目からも涙が零れていた。
咄嗟に、お母様の身体にも腕を巻き付け抱き着く。
「おがあぁさまぁー」
お姉様と泣きじゃくりながら、お母様を呼び続けた。
お母様は自責の念に駆られてか、ただただ「ごめんなさい」と言い続け抱きしめている。
自分ひとりでは、始祖様のお願いを実現するのは到底できそうにない。
あまり人にお願いして動いてもらう事が、元より得意ではない自分。
この大きな使命のために、どれだけの人に力を借りたらいいのだろう……。
始祖様との別れを悲しみながら、この先の事を考えて途方にくれた。
何とかなるさ、では何ともならないよね!
始祖様に託された使命は
とてつもなく重い……。
二人の姉妹は使命を全うするために
これからどうしていくのだろうか。
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