048:悪寒
お姉様の祈念式のつづきです。
神殿の前に集まる人達の熱気は、お姉様の登場によってさらに過熱していく。
お姉様は、観衆の視線にさらさているが、前を向いてしっかり胸を張っている。
気高く品のある姿に誇らしく思った。
「おねえさま、すごいです」
「ふふ、エルステアは、アリシアちゃんのいいお手本になってますわね」
そうだよね……今もだけど、お姉様の存在はやはり大きい。何をするにしても、まずお姉様の真似から始めることが多いのだ。日常的に使う言葉や、挨拶をする順番、お祈りの存在もお姉様を見て知った。二人でいる事が多いから、お姉様が覚えた事が全部こちらにも入ってくる。
本当に、お姉様という存在は偉大なのです。
「わたしの、おねえちゃんですもの! おねえさまは、すごいのです」
お姉様を讃える言葉を聞いて、お母様は頭を撫でて笑ってくれた。
祈念式に出席する子供達が、だんだんと気の合いそうな人同士で輪になっていく。お姉様も、ここに来る前に出会ったヴレイスール領、ミドルス領、カルザス領の子供達と楽しく会話しているようだ。
ふふ、皆んなお姉様の今日の麗しい姿に驚き讃えるがいいぞ!
そんな事を思っていながらお姉様の様子を見ていると、大きな喝采が上がった。
何事か? と思って周囲を見渡すと、神殿の扉が開き出す。
いよいよ、神殿にお姉様達が入場するようだ。
扉の前に並んでいた、各国の王様達を先頭に中へ入って行く。神殿の関係者が手を上げて、子供達に指示を出している。
しばらくして、徐々に子供達が入り口に並び始めた。お姉様も知り合った子供達と一緒に列に加わったようだ。こうして、並んでいいるところを離れて見ても、お姉様の存在は際立っていた。
やっぱり、お姉様はすごいよ! ふんふん!
ちょっと、鼻息が荒くなった様子を、お母様とお婆様に見られてクスリと笑われてしまった。うん、お姉様の事になると、ちょっと興奮を抑えるのは難しいのだ! これは、この先も治らない! しょうがないのです!
神殿の入り口に差し掛かったお姉様は、観衆に振り向いてこちらを見てくれた。大きく手を振って、居場所をお姉様に示すと、お姉様は銀色の杖を大きく掲げて返してくれた。
その姿を見た観衆が、さらにドッと歓声を上げて盛り上がった。
観衆からは、高貴な少女が皆んなに御礼を示したように映ったようだ。杖を掲げるお姉様が、ちょっと驚いた様子を見せた。
「エルステアも、なかなかやるではないか。やはり、我の娘よ。鼻が高いな」
お父様は顎髭を撫でながら、観衆を見渡しながらお姉様に感心している。肩に乗っているライネも、すごく誇らしげに嘴を上下させて頷いていた。
子供達が中に入って行ったので、次は自分達が行く番かなと思ったら違った。中に入れるのは、各国の代表と、祈念式に出る事が許された子供だけだそうだ。中に入る気満々だったのに、残念過ぎる。
神殿の中で行われる祈念式が終わるのは、ちょうどお昼くらいだそうで、しばらく時間を持て余す事になる。今のうちに、おしっこしといた方が良い気がする……と考えていたら、お母様が察してくれたようで、神殿の女性神官の部屋へ行く事になった。
祈念式が行われている祭壇には入れないけど、関係者用の部屋には行けるようだ。
お婆様とメイド達、護衛のロアーナとリーシャを連れて、神殿の横にある入口へ移動を始めた。
背中に突如、ゾッと冷たい物が感じられる。
こんな場所で、誰かに背中に氷を押し付けられる事があるのわけがない……何事かと後ろを振り向く。
後ろに見える光景は、観衆とユグドゥラシルの街並みだけだ。観衆も子供達が中に入って行ったので、思い思いに感想を語り合っているだけ。この冷たい何かは街並みから? 流石にそんな遠くから氷は投げられませんよね……。
「レオナール、しくじったか……ユステア、皆を早く中へ。」
お母様は黙ってお父様の指示に頷く。お婆様も、お父様の言葉に頷き歩みを早めた。
全員の表情が硬くなっている。叔父様がしくじったとは何の事なのか……良くない事が起きているのだけは、自分も悪寒を感じたので理解しているつもりだ。
皆んな、少し速足で神殿の中に入る。お父様は、外の様子を見ると言って、中までは付いてこなかった。お婆様は、自分達と違う場所へ行くようで、部屋には入らずに神殿の奥へ向かっていく。それぞれが緊急を要するような慌ただしい動きに変っていき、さっきまでお姉様の勇姿を見て華やいでいた雰囲気が一変する。
あの悪寒は何だったのだろう。心がざわざわとして、お母様の服をギュッと握りしめる。
今は使われていない女性神官の部屋で、おむつを替えてもらったが、ざわめきは消えない。誰かに縋っていないと不安な気持ちが意識に勝り、涙が出そうになる。お母様のお乳をいただいて、心を少しずつ落ち着かせようと試みた。
お乳を飲んでいると、先ほどまではしゃいだせいで眠くなっていく。このまま寝てしまうと、祈念式に続く行事は全て不参加になってしまいかねない。
それだけは、何とか阻止したいと思った直後……。
ズドゥゥゥンっと大きな衝撃が神殿を揺さぶる。これまでに感じた事に無い大きな揺れに、眠りかけていた意識は覚める。この事態に驚いた自分は、お母様の顔を仰ぎ見て様子を探った。
お母様は表情を変えておらず、自分の視線を感じて微笑み返してくれた。
「あれは、たぶんお婆様ですわ。神殿の中のゴーレムを起動させたのですよ。特に怖い物ではないので安心しお乳を飲みましょうね」
相当大きな衝撃でも、顔色ひとつ変えない理由は分かったけど、お婆様もゴーレム持っているという事実に自分は驚きですが? もしかして、お母様のゴーレム造りの師匠はお婆様……か。
衝撃の大きさからして、相当巨大なゴーレムと思う。本当にこの家は、規格外すぎて戸惑うばかりだと、お母様のお乳を飲みながら思った。
メリリアとリンナが、部屋に入ってくる。さっきまで側にいたと思ったけど、どこかに行っていたようだ。二人とも涼しい顔をして、テーブルの冷めたお茶を交換し始めた。
お茶を交換し終わり、メリリアがお母様の後ろに立った。
「奥様、外にゴミが紛れ込んでいたようです。お部屋を変えたいと考えますが、いかがでしょうか」
「そうねー、メリリアが判断を迷うという事は、ここは護りに都合が良くないかもしれませんわね。良いですわ、最奥の間に移動しましょう。あそこであれば憂いはありませんわ」
「お聞き入れいただき、ありがとうございます。では、旦那様にもお伝えいたします」
メリリアはリンナとリフィアに伝言を伝え、部屋を移動する支度を始めた。
「アリシアちゃん、もう少し安全なお部屋に移動しますわ。エルステアも来られるでしょうから、急ぎましょうね」
お母様に抱かれて、神殿の廊下を奥へ奥へと進んでいく。白い柱と壁だけで豪華な装飾品も無い質素な廊下だが、不思議な気配を感じ身が引き締まる。この奥にいったい何があるのだろう……祭壇でも感じた事のない重圧だ。
廊下を歩いている最中も、神殿を大きく揺さぶる衝撃が何度も起きる。お母様に抱かれているので、衝撃は全くないけど、中で祈念式を行っているお姉様が心配だ。一緒にいる子供達も、驚いてパニックになっているかもしれない。
外にいる人達も大丈夫なのだろうか。かなり人が集まっていたし、神殿の中にいる自分の子供を心配しているはずだ。おまけに、逃げようにも神殿に続く階段はかなり長い。降りている最中に揺さぶられたら転げ落ちかねないよな。
自分が行ってどうにか、この揺れを何とかできる訳でもないけど、心配してしまう。
「このゆれも、おばあさまなんですか?」
首を縦に振るだけで、その先の回答をお母様は口にしなかった。お婆様のゴーレムのせいではない事が分かっただけでも安心だ。身内の騒動でけが人が出るのは忍びない。
お母様は黙ったまま、回廊をさらに奥へ進んでいく。
「お母様! 神殿にいらしていたのですね! 無事で良かったですわ」
三差路に突き当たったところで、お姉様がサーシャとリリア、レイチェルを連れて合流した。どうやら、サーシャとリーシャが意識を共有した事で、ここまで案内出来たらしい。
ナーグローア様の騎士が、ここで役に立ってくれるとは……流石ですね。
全員で、通路の奥まで歩みを進め、突き当たった部屋に入る。この部屋の扉にはドアノブが無く、扉の横に飾り付けられた石板に、魔力を流すと開く仕組みだった。この扉を開くには、始祖様が許可した者しか入らないそうで、お母様とお婆様くらいしか開けられないそうだ。
始祖様も開けられないそうで、男子禁制の部屋みたい。幸いにも、自分の周りには女性しかいないので、特に問題は起きないだろう。中身は男でも、外面は幼女なので心配いらないぞ!
自分に言い訳をして、部屋の中を見渡すと、家具や寝台、ドレッサーなど生活に必要最低限の物が置かてる。かつて、ここで誰かが生活していた様子が伺えた。
壁には、お母様に凄く似ている女性の絵が飾ってある。
おそらく、お母様の家のご先祖様なのかもしれない。祭壇よりもずっと奥の部屋で、どうして生活する事になったのかは分からないけど。
「ここなら安心ですわね。エルステア、祭壇の子供達は怖がってませんでしたか?」
「はい、何人かは泣いてましたけど、皆んなエルフ族のひとりとして認められたので、騒いだりしませんでしたわ」
「そう、皆んな立派でしたのね。安心しました。」
祭壇にいる子供達は、始祖様の計らいでその場に留まっている。お姉様は、お母様がここに移動する事を始祖様に告げると、喜んで送り出してくれたそうだ。
始祖様が何故、この部屋を使う事を喜ぶのか、全く理解できない。
「エルステア、アリシアちゃん、ここから奥の部屋には行ってはいけませんよ。お父さんから連絡がくるまで、ここで待ちましょうね」
神殿を揺さぶる衝撃は、さらに回数が増えていて一向に収まる気配はなかった。こう何度も揺れが続くと、流石に神殿が崩れてしまわないか不安に感じる。お姉様も、少し顔が強張っていて、杖を固く握りしめている。ライネは振動が起きる度に「ピィッ!」と鳴いて、天井を威嚇した。
部屋の中が、緊張で張りつめているように感じたが、それはお姉様と自分だけ。
そんな不安を他所に、お母様はメリリアが出すお茶を優雅に飲んで微笑んでいる。この状況で、もの凄い余裕の雰囲気なのだ。
何故そんなに優雅なのか聞いてみると、一度入り口を閉じた神殿は、剣や魔法、魔道具の類は効かないそうで、防壁に全部跳ね返されるそうだ。さらに、神殿の周りに王都の騎士団もかなり配置されていて、お父様も叔父様も参加しているので、心配する要素がひとつも無いかな。
この事態もある程度、想定内だったらしい。
驚いた事に、ナーグローア様の直属の親衛隊まで加勢するために、集まりつつあるらしい。温泉街の転移陣から、現在、順次移動中だ。
ここまで万全の体制を整えてしまうお父様達に脱帽である。
ただ、そんな状況でもひとつ懸念される要素がここにあるらしい。その話は、やっぱり聞かせてくれなかった。なかなか、子供に全部は教えてくれないのだよね……お父様もお母様も……。
お母様の話を聞いて、安心を覚えたのか眠気が襲ってくる。さっきは突然のゴーレム起動の轟音と振動で強制的に目を覚ましたので、今度は深く眠ってしまいそうだ。お母様の側に、目を擦りながら歩いていく。
「アリシアちゃんは、眠くなっちゃったのね。どうぞ、お母さんの胸の中でお眠りなさい」
この騒動も、起きたら終わってるよね。お姉様の祈念式は無事に終わったみたいだし、夕食は皆んなでお祝いしてあげなきゃ!
この後の事を想像して、ニマニマしながら眠りについた。
「ふふ、ごきげんよう、アリシアちゃん」
「ぶふっ!」
いや、今ちょうど寝たところなんですけど……。何故、またこの白い世界に来てしまったのか。
「うーん、アリシアちゃんが寝ている部屋のせいかな。私としても想定外ですのよ」
ほぅ、この何でもしってそうな少女でも、想定外な事ってあるのか。それは興味深いな。
「あら、私、万能ではありませんことよ? アリシアちゃんの知っている違う世界の事なんて、全く分かりませんもの。代わりに、いま生きている世界の事なら分かりますけどね」
とは言え、今回は想定外だったと対抗心混じりに語ってくる。
それは、そうと眠りを邪魔されちゃ困るな。この後、お姉様のお祝いをしなくてはいけないのに。
「そうね、お姉様のお祝いは大事ですわ。安心してくださいな。この世界にいても、身体はちゃんと眠ってますから」
そう言う事で、もう帰ってもいいかな? これからやらなきゃいけない事があるので!
「あら残念。まだ、戻れませんわよ?」
はっ? ドユコト? いつも、ごきげんようって追い返すじゃん? 今回もそんな感じでお願いします!
「うーん、そうなのよねー。そうしたいところなのですけど、お母様が貴女に昏睡魔法を掛けてしまいましたの。だから、帰したくても出来ませんわ」
何故、そんな魔法を自分に使ってしまったのだろう。昏睡って事は、そう簡単に起きられない可能性がありますよね。
「そういう事ですわね。ちょっと長くなりそうですし、お茶でもしましょう。いろいろ新しい玩具をもらったのでしょう? 聞かせてほしいですわ、ふふふ」
少女はいつも通り、お茶のセットを白い世界に出現させる。
もう、三回目か……ここに来るのは……今回も終始秘密で終わりそうだなぁ。
完全防衛体制が敷かれた神殿とその周囲
ただひとつの懸念とは?
そして、昏睡魔法で眠ったアリシアちゃん
祈念式に一体何が起きている……
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ユグドゥラシル編はいよいよクライマックス!
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