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047:お姉様の祈念式

祈念式当日です!

 上機嫌なお姉様は、今日は誰よりも早く起きて仕度を始めている。


 長い髪をリリアに梳いてもらい、両側の髪を三つ編みにしてもらい、頭の後ろでひとつにしてコバルトブルーのリボンで結んでいく。お姉様の艶のある金色の髪が映える青色だ。


 肌着の上から、お誕生日にお母様から贈られた、純白のドレスを着込んでいく。金色で縁取られたフリルが、高潔な印象を与える。この日、初めて袖を通したのを目にした。魔力の循環効率向上や、防御機能も充実しているので、これから魔法を本格的にお母様に教えてもらうお姉様には、無くてはならない物らしいです。


 ナーグローア様から頂いたブレスレットと、ステッキを身につけてお姉様の支度はほぼ整った。


 その様子を見ていた、お母様はメリリアを呼んで小さい箱を持って来させる。


「エルステア、胸元がちょっと寂しいですわ。こちらを付けてごらんなさい」


 お母様はメリリアの持っている箱から、小さな装飾を取り出した。内容から察するにネックレスかな? 確かに胸元に何か付けた方が、より上品な感じが演出できそうだ。


「これは、私が祈念式の日に、お婆様からいただいた物ですの。貴女にお譲りいたしますわ」


 少し小振りな真紅の魔石を中心に、金色のリングが十字に重なったネックレス。お母様自ら、お姉様の首に手を回してネックレスを付けて上げた。


「どうかしら、お母様? 似合いますか?」


 お姉様の胸元で魔石がキラッと輝く。全体の装いに赤色の魔石がアクセントになり、お姉様の美しさを際立たせた。お母様はその姿を見て、とても嬉しそうに微笑んだ。


 お姉様の麗しい姿に言葉を無くしていたが、我に返り口を開く。


「おねえさま、きょうはいつもよりとてもうつくしいです。」

「ありがとう、アリシアちゃん。こちらのイヤリングは、アリシアちゃんが贈ってくれた物ですよ」


 耳元の赤い魔石を触れてみせるお姉様。キラリと光るが、お姉様を少し大人っぽく魅せる。


 実際は、自分で用意した贈り物ではないけど、そう言ってくれるお姉様に嬉しく感じた。


 お姉様の着替えに視線がずっと釘付けだった自分は、いまだにネグリジェを着たままベッドに座り込んでいる……。流石にそろそろ準備をしないとマズイよね。お母様に視線を向けると、ほぼ支度が終わっているようなので、おむつを替えてもらいたいとお願いした。


 ええ、よく寝たおかげでおむつはパンパンに膨れ、たぶん、下着にも少し染みてる……。


「お待たせしてごめんなさいね、アリシアちゃん。お着替えしましょうねー」


 びしょ濡れのおむつをいつもの華麗な流れで、新品と交換してもらう。今日は、いつもよりおむつの布が多い。なんでも祈念式の最中では、初めて神殿に行った日のように祭壇内での交換は出来ない。交換できる場所までは、神殿前の人混みを押し抜ける必要があるのだ。


 だから、おしっこが漏れ出さない対策は必須!


 この戦法がどこまで通用するのか、もこもこになったお尻の感触を確認した。


 ドロワースは全体的に生地に余裕があるせいで、おむつの上から履いても外見はさほど変わらない。


 ただ、布で膨らんだせいで、股下が強制的に開くので歩きにくいのだ。ドレスのスカートで足元まで見えないので、多少ガニ股歩きになっても分からないからいいけど……裾を踏み付けないかちょっと心配だ。


 お姉様の晴れ舞台で、ドテッと転んで顔面強打だけは避けたい。


 今日のドレスはお姉様と同じで、白を基調にしている。青いリボンとフリルがたくさん付いている、いかにも女の子が着たくなるような可愛い装いだ。ほとんど同じドレスを着た事がない……と思っていたら、一度着たドレスは常にリメイクされているようで、パッと見は同一の物と判別できないそうだ。


 リメイクの殆どは、裁縫上手なリンナとリフィアが担当していて、初耳だったので驚いた。


 そうだよね、貴族とはいえ毎日高そうなドレスを、一回来ただけで捨てられるほど余裕はないよね。そんな事を思っていると、リメイクでは原型を留めないほどバラされるので、ほぼ新品と言って過言ではないらしい……メリリアから話を聞いて、唖然とした。うちのメイドさん達は、裁縫スキルも極めているようです。


 本当に、万能すぎるのではないだろうか……。


 お母様もお姉様も、自分も支度を終える。


 最後に、メリリアがトレーを自分達の前に差し出してきた。


 お父様が吹雪の中、採取してきてくれた水晶の花が載せられている。あの時は、本当にお父様が帰って来なくてお姉様とすごい心配したんだよね。そんなに前の話ではないけど、懐かしさを感じた。


 まず、お母様が、青い水晶の花を一輪手に取りお姉様の髪に飾り付けた。


 お姉様の金色の髪に輝く水晶の花。


「おねえさま、とってもおきれいです」


 煌びやかなドレスや装飾で大人っぽさを感じさせたが、水晶のように透き通った花を挿す事で、年相応の少女らしさが現れた。お姉様の装いも佇まいも、まさに聖女と言っても過言ではないだろう。


 お姉様を見つめていると、顔が赤くなっていくのが分かった。これは普通に惚れてしまう可愛さだ。


 自分の言葉で、ちょっとはにかむお姉様がさらに愛おしいかった。


 お母様は、次に自分の髪に白い水晶の花を挿してくれた。メリリアが手鏡で様子を見せてくれたが、金色の髪が水晶から透けてとても似合っている。自分でも言うのも何だけど、美幼女だよなぁ……惚れはせんけどさ、いい顔立ちしているよ、本当に。


 お姉様がお返しに褒めてくれる。


 こんな素性の知れない妹もどきに、笑顔を向けてくれるお姉様。


 少し、後ろめたさを感じてしまった。


 最後にお母様が、リリアに赤い水晶の花を挿してもらった。今日は、ワインレッドのような濃い赤のドレスを着ているので、統一感があって似合っていた。大人の色気がいつもより出ている気がしますよ、お母様! これはお父様が見たら興奮しちゃって叫んでしまいそうですね。


 別室で着替えていたナーグローア様はアナトさんを連れ立って、部屋に入ってきた。


 自分達の装いを見て、嬉々とした声を上げかなり興奮したご様子だ。


 ナーグローア様は、昨日以上に露出の高いドレスを纏っている。黒を基調に黒っぽい赤色のスカートが印象的。肩まで開いた胸元がかなり色気を出している。髪飾りには銀色のティアラに、赤黒い魔石のイヤリング、ツノにも金属の装飾品を付けていた。ものすごく挑発的なドレスと相まって、魔王感がすごい。


「お待たせしましわたね、皆さん。エルステア、貴女の晴れ姿を見せつけに参りましょう」


 おむつが野暮ったくて、よたよた歩いてしまうので、お母様に抱えてもらい一階へ降りた。今日は、一人で歩くにはちょっと大変かも。


 一階に向かう途中でお婆様とも合流した。孫の晴れ着を見られたと喜び、その目には少し涙が浮かんでいる。お姉様が、お婆様の手を取ると感激の声を上げて、ハンカチで涙を拭った。


 食事の席に着くと、今後はお爺様が感動で涙を流し始めた。お父様は、お母様の姿に見惚れて一瞬固まっていたけど、直ぐに正気に返ってお姉様を褒めちぎる。皆んながお姉様や自分の事を話題に盛り上がり、次第に今日の装いの苦労話に切り替わり終始賑やかだった。


「そろそろ時間ですわ。皆さん神殿の前に行きますわよ」


 朝食の後、一息入れて祈念式の会場に向かう。


 お姉様はちょっと緊張した面持ちだったので、手を握って笑顔を向けた。


「おねえさま、おおきくいきをすってはくとおちつきますよ」

「アリシアちゃんは物知りですのね。試してみますわ」


 深呼吸と言って通じるか分からなかったので、要点だけ簡潔に伝えると、お姉様はスーッと息を吸ってハーッと吐き出した。


「ふふ、ちょっとだけ落ち着いた気がしますわ。ありがとう、アリシアちゃん」


 少しだけ緊張がほぐれたのか、自分に笑顔を見せる余裕ができたようだ。


 たまには、役に立つのですよ。


 連絡通路をお父様を先頭に歩いて行く。神殿に近づいていくと、徐々にたくさんの人の声が耳に入ってくる。どの声も今日を祝う言葉で満ちていた。


 お姉様も自分もだけど、この日を心待ちにしている人の喜びが、歓声の渦となって現れているのだ。


「エルステア、もう少し肩の力を抜いて胸を張ってごらんなさい。今日は貴女の大事な日。前を向いて俯いてはダメですよ」

「はい! お母様」

「そうよ、エルステア。貴女は立派なエルフとして仲間入りをするのです。しっかりと皆に示すのですよ」


 お母様の言葉に続いて、お婆様も和かにお姉様を激励する。


 その言葉で、お姉様は顎を下げ、顔をキッと引き締めた。


 凛々しい表情のお姉様は、今日一番の真剣な表情になる。


「おねえさま、がんばって!」


 腕を上げてお姉様を応援した。歓声の音がどんどん大きくなるに連れて、お姉様の緊張は大変な事になっているだろう。気休めにしかならないだろうけど、応援を送った。


 神殿の連絡通路が途切れた辺りで、見渡す限り人の山が出来ていた。


 サーシャとリーシャ、ロアーナ達が人混みを掻き分けて神殿前の通路を作ってくれる。自分達の周りを、ランドグリスお兄様やルードヴィヒ様、騎士団の面々が護衛に付けて歩みを進めた。


 お母様に抱かれているので、少し視線が高いおかげで、神殿前の中央に小さい子が沢山集まっているのが伺えた。あの子達もお姉様と同じ歳なんだ。ざっとみた感じ五、六十人といった感じかな。周りの人だかりの方が圧倒的に多い印象を受けた。


 我が家だけでも、親族とメイドさん、護衛騎士まで入れると二十人近いから、子供一人当たりで考えるとこの観衆の多さは納得。見物客も合わせると、相当な人が集まっている事が推測できる。


 これが、エルフの祭典なんだね。肌で感じる機会をもらえて嬉しく思った。


 神殿の扉の前にも人が立ち並んでいる。どれも高位な感じの人達だ。眺めていると、神殿の中で見かけた獣族の王様もその中にいる。と、言う事は? スッと側にいるナーグローア様に視線を向ける。


 さっきまでお母様の隣にいたナーグローア様の姿は無く、アナトさんと数人の暗黒騎士団を連れて、神殿前まで優雅に歩いていった。


 やはり、あの扉の前にいるのは各国の王様なんだろう。この式典に代表が祝いに集まると言ってたからね。


 ナーグローア様の姿に、男達の視線が釘付けになっているようだ。さっきまでの歓声が少し音量が下がった気がする。扉の前に辿り着くか否かで、ナーグローア様の背中からバッと大きな黒い翼が拡がった。


 黒い大きな羽を見て、周囲が一斉に沈黙する。


 自分も、突然の事で呆気にとられて見入ってしまった。


 振り向いたナーグローア様は、尊大な面持ちで周囲に視線を向ける。誰もがその視線に圧力を感じたのか、しばらく静寂が辺りを包む。これが、魔王ナーグローア様。いつも女の子を見て、顔を緩ませ喜ぶ姿はここにはなかった。


 凛々しい出で立ちのナーグローア様に、思わずペチペチと拍手を送った。


 自分の拍手に、他の人も続いて次第に歓声へと変わっていく。


 その様子を見たナーグローア様は、手を上げて口を開いた。


「エルフ族の新しい仲間に、ヴェルシュットシュテルンを代表して祝福する!」


 ナーグローア様の言葉に、観衆の熱はさらに高まり、神殿前が歓声で震える。圧倒的な演出に、自分も興奮せざるを得なかった。


 ナーグローア様! かっこいいです!


「さぁ、エルステア。ナーグローア様が貴女を応援してくれたのよ。前に行ってご覧なさい」


 お姉様の顔が緊張でプルプルしている。


「大丈夫よ、貴女にはユグドゥラシルの加護がありますから」


 お母様は、そう告げるとお姉様の額に指を付ける。その指はぼんやりと光を帯びていて、お姉様にスーッと吸い込まれていった。


 表情が少しずつ穏やかになっていく。お母様の顔を見上げて、少し微笑むと、真剣な表情に切り替え前を向いて歩き出した。お姉様の背中が、さらに頼もしく感じる瞬間だった。


「おねえさま、がんばって!」


 小さい声ながら、お姉様の背中を応援する。大歓声の中に飛び込むのは、本当に勇気がいる。まだ五歳の少女には荷が勝ちすぎている気がした。お姉様は、こちらを振り返らず、前を向いて子供達が集まる中に歩みを進めていく。


「まぁ、あの子はどこの娘かしら?」


 お姉様が、子供達の集まりに近づいていく程、周囲からどよめきの声が上がる。言い方は良くないかもしれないけど、他の子供達より雰囲気が別次元なのだ。


 金の衣に、大きな魔石のついた銀の杖、金色に輝く髪に水晶の花が煌めいている。整った麗しい容姿に、幼女と思えないほど繊細な立ち振る舞い。


 周囲の人達が騒ぐのも、当然で仕方のない事なのです。


「ふふ、やっぱり目立っちゃいましたわね」


 少し確信犯的な笑いを浮かべるお母様は、目を細めてお姉様を眺めて呟いた。

ナーグローア様の凛々しい姿で周囲はシーン。

そして、お姉様の姿で周囲はどよどよ。

全てはお母様とナーグローア様の意図通り?


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いつもお読みいただきありがとうございます。

ユグドゥラシル編はいよいよクライマックス!


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