046:祈念式の前夜祭
いよいよ祈念式まであと半日!
お姉様と自分に手を引かれて、顔が綻んでいるお爺様。
宴の席に着くと、その姿を見たお婆様はちょっと皮肉めいた声をお爺様にかけた。
「あらあら、可愛い天使に囲まれて、お爺様もいよいよ最上神の下に還られるのかしら」
お爺様はすかさず、まだ最上神に召されるわけにいかんと反論した。
お姉様や自分が「立派な大人になるまでは見届けるんじゃ、あと百年は生きる!」と、鼻息を荒く語っている。
その言葉を聞いたお婆様は、なんだか嬉しそうだった。
お爺様とお婆様が、夫婦を続けて何年経っているか知らない。
でも、長年連れ添って培われた阿吽の呼吸とでも言うのだろうか、見ているこちらも微笑ましくなる光景です。お父様とお母様、叔父様とママ母もそうだけど、エルフ族の夫婦は基本仲睦まじいのだ。
その叔父様だが、急用が出来て宴には参加できなくなった。騎士団長のツヴァイスタ様も招待したそうだが、参加が難しいそうだ。
玄関ホールで話し合っていたことが原因なのは明確だが、詳しく聞ける様子ではなかった。
今はそんな事より、お姉様の祈念式を祝う事に頭を切り替える。
いつもの神様への祈りで乾杯の音頭をお父様が取ると、皆んな一斉にグラスを小さく上げた。
お母様の実家で出てくる料理の味は、いつも家で食べる味と似ている。
不思議に感じていると、お母様が疑問に答えてくれた。
なんでも、料理のレパートリーや味は、この家が元祖。メリリア達は元々お爺様の家に仕えていて、お母様の結婚で仕え先をうちに変えたようです。
味が似ているのは、彼女たちが家の料理人にしっかり仕込んだ成果だそうだ。
この世界では、基本、身の回りの世話をしてきたメイドは、主が結婚したことで環境が変わり、今までの生活習慣の違いで精神的に追い詰められないように配慮して、同行する習わしがあるようだ。仕える本人の意思確認は、一応慣習で行うようだけど、よっぽどでない限りは同意してくれるそうです。
お父様は、結婚前はそもそもほとんど家にいない人で、執事のメイノワールと数人の下働きだけで足りていたらしい。
狩りに夢中になると、普通に家を留守にするお父様だ。仕える人が少ないのも頷けた。
そう考えると、お母様とお父様がどうやって出会ったのか。馴れ初め話を、そのうち聞いてみても面白そうだ。いま、その話題を持ってくるのは無粋。
今日は、お姉様が主役なのです。
「エルステアそれとアリシア、お食事が終わったら神殿に行きますわよ。今日の夜はとても綺麗な景色が見られるの。ご都合はいかがかしら?」
お婆様は、お姉様と自分に微笑み語りかける。
祈念式の前日ともあり、ユグドゥラシルの外郭に立ち並ぶ街々では前夜祭が行われている。街のあちこちでお祭りが行わていて、住人だけでなく、祈念式を見に来る様々な国の人で賑わっているそうだ。
自分達も行ってみたいと思ったが、神殿とお母様の実家からは護衛の都合上、見に行くのは難しいみたいです。
あまりに多くの人でごった返しているので、不測の事態には対応しきれないらしい。
もしかしたら、叔父様や騎士団長が駆り出されたのは、この前夜祭のせいかもしれないね。
今頃、めっちゃ警備してるんじゃないだろうか……がんばれ叔父様!
お婆様のお誘いに、お姉様も自分も快く返事をする。
その反応を見ていた始祖様は、咳ばらいをして口を開く。
「せっかくであるからな、わしも同行しよう。今日は、二人に特別に良い物を見せて進ぜようぞ」
「始祖様、あまり無理をなさらないでくださいまし。周りに被害が及んでしまいますわ」
お母様とお婆様に、揃って嗜められる始祖様。二人の口調から、何度も騒動を起こしている感じが否めない。もしかして、始祖様って結構なトラブルメーカーなのかな?
今日出会ってから、悉く注意されてるような気がする……。
「心配せんでもよい。すこし輝いた方が、皆、盛り上がるであろう」
呆れた顔で始祖様を見る、お母様とお婆様。極力抑えるように注意を受けて、始祖様も渋々だけど同意したようだ。
祭壇で行った、神の祝福みたいなものかな?
こちらに向けてやられると、また発熱しそうで怖いなぁ。
チラリとお母様の様子を見る。不安そうな顔を察したお母様は、頭を撫でて「大丈夫よ」と声を掛けてくれた。お母様がそう言っているのだから、次は問題ないのだろう。
その言葉を聞いて胸を撫で降ろし、頷いて返事をした。
元祖家庭の味を堪能した後は、少しだけ食休みだ。自分は神殿に行く前に、お母様の部屋でおむつを替えてもらいに戻った。
「アリシアちゃん、また熱が出るといけないので、これを付けてくださいな」
メリリアが小さい箱を持ってくる。どこか見覚えがあると思ったら、ナーグローア様が贈ってくれたブレスレットが入った箱じゃないかな?
確か、まだ魔力が使えないので、お預けされていたような……身に着けて大丈夫なのだろうか。
「まだ、アリシアちゃんには早いのですけど、始祖様の事ですから何が起こるのか、予測出来ませんの。念のためですわね」
お母様は、メリリアからブレスレットを受け取ると、自分の右手に嵌めてくれる。それ以外に、足首にも魔石の付いた装飾品を付けてもらった。
お母様と同じ物を身に付けている感じがして、ちょっと嬉しかったりする。
とは言え、魔力の使い方を習っていないので、宝の持ち腐れってやつですけどね……残念。
お母様やお姉様のように身体強化して、スーパーでウルトラな人にはなれないのです。
「アリシアちゃんが五歳になったくらいに、ちゃんと教えてあげるから焦っちゃダメですよー」
ええ、子供の考える事なんて読まれてますよね。そもそも自分に魔力があるのかどうかすら、疑わしいので……危ない事はしませんよ、お母様。
コクリと頷いて、お母様に約束しておいた。
着替えを終えて、皆んなが待つであろう玄関ホールに向かう。
はずだったが、そちらではないらしい。神殿と繋がっている、連絡通路を通っていくそうだ。
神殿で意識を飛ばしたから知らないだけで、この家に来るときに既に通っていたらしい。
ユグドゥラシルの一番近い小高い場所に神殿と家が建っているようで、連絡通路から、街並みが一望出来た。暗がりの中、明かりで光の筋が沢山見える。たぶん、道々で行われているお祭りの明かりなんだろう。
無数の光の筋を見て、前夜祭の規模の大きさを実感した。
実際に行った事は無いけど、写真で見た函館の百万ドルの夜景を彷彿させる。まぁ、夜景を見て美味しいご飯を食べるくらいなら、近所で美味しい餃子を食べるほうが良いと考える自分だったので、行ってみようと思った事すらない。
ただ、実際に美しい夜景を眼前に望むと……死ぬ前に行っておけば良かったと思った。
今まさに体験しているから、過去の事はどうでもいいか。
あの中では、どんな楽しい事が行われているのだろう……遠くからでは、何が起きているのか伺い知れなかった。次に来た時は、あのお祭りの中を見に行けたりするのかなぁ。今後の楽しみとして希望は胸にしまっておいた。
「おねえさま、すごくやけいがきれいですよ」
リリアが影になって、夜景が見れていないと思ったので、お姉様にも教えてあげた。直ぐに、夜景の見える場所へ移動するお姉様。明日の事が気になってしょうがないみたいで、今日は口数がすくない。
「まぁ、とても綺麗な夜景ですわね。アリシアちゃん、教えてくれてありがとう」
夜景を目にしたお姉様は、キラキラした目で眺めている。幸せの絶頂を迎えているであろうお姉様は、うっとりした目で見入っていた。
夜景の光があたり、影とのコントラストでお姉様の美しさを一層際立たせている。
「神殿から一望する景色はもっと綺麗ですのよ。先にいきましょうね、お二人とも」
連絡通路で立ち止まる自分達に気が付いたお母様が、先を行くように促す。ここでも十分すぎる景色が見られたが、この先で見られる眺めも格別でしょうね。お姉様の手を取り、先を急いだ。
神殿の外郭にある通路を歩き、正面扉の前まで移動した。
既に何組かエルフの家族らしき人達が、集まっているようだ。コミケの徹夜組のような待機列ではないのは、間違いない。
まさか、そんな徹夜してまで神殿に入ろうとする人はいないよね……と、ボソッと口から漏れると、横にいたメリリアが、ユグドゥラシルの御神体が降臨する際は、三日前から祝福にあやかりたい人々で行列ができるそうだ。
おっおぉぉぅ……目的は違うけど、行列を作る風習はこの世界でもあるのか。並んで待つのが堪えられないので、自分は参加できそうにないな。
「では、わしは祭壇で祈ってくる。皆、この大樹から溢れる神々しい光景をしかと見るがよい」
始祖様はそのまま、神殿の奥に消えていった。今度は一体何をするのですかねぇ……ちょっとワクワクしてきますよ。
神殿から見える景色もやはり素晴らしく、連絡通路よりも拡がりがあった。お母様はそっと自分を抱きかかえてくれると、さらに景色が広がっていく。お母様の胸に顔を寄せて、横目で眺めを楽しんだ。
皆んな、景色を眺めている。衣擦れの音を耳にする程度で、誰も言葉を発しなかった。
そんな静寂の中、リーンリーンと音がする。あれ、精霊の眷属のニーフかな? そう言えば、すっかり忘れていたけど、ここに来るまで一回も存在も音も聞いてないぞ? どこに居るのかなと思ったら、ニーフは領地から外には出られないそうで、お家でお留守番しているそうだ。
じゃ、この音は誰の? 音は遥か頭上、ユグドゥラシルの木々から聞こえてくる。
リーン、リーンと音が徐々に増えていき、小さい光が頭上から降りてくる。ユグドゥラシルを住処とした精霊の眷属達が、これから起こる事に反応して動き出したらしい。
無数の光が、ドッと出てきた瞬間、ユグドゥラシルの幹に青い光の筋が上を目掛けて走っていく。昼間に見かけた光よりも、もっとはっきりと映し出している。
「おぉ、ユグドゥラシル様が降臨される。何という幸運に出会えたのか」
周りで景色を見ていた、エルフの家族達がどよめきだす。この光は神様が降りてくる前兆? お母様を見ると、ただ笑っているだけで、何も語ってはくれなかった。
青い光が、さらに増えていく。枝から枝に光が走り、無数の葉が青々と光り出す。
まるで、ユグドゥラシル全体が青く輝いているように見えた。
次第に、遥か頭上から、キラキラと眩い光が降り注ぎ始める。その光の粒子は、街全体を包み込むように、広範囲に降り注いでいるようだ。
「あぁ、ユグドゥラシル様の祝福だ。この日に来られてよかった」
周りにいる人々は口々に、祝福に感謝の言葉を口にしている。お姉様も両手を組んで、降り注ぐ光に感謝の言葉を述べている。よくよくお姉様を見ると、身に着けているブレスレットの宝石が光輝き始めていた。魔力を込めてお祈りを捧げるなんて、流石お姉様ですね。
そう感じ入っていたら、自分のブレスレットも勝手に光り始めた。足に付けてもらった装飾品まで光だして、何事かと焦った。
「どなたか、止めてきてくださいませんか。このままでは危険ですわ」
お母様の問いかけに、お爺様が反応して神殿の中へ向かっていった。
「アリシアちゃん、お母さんの手を取ってくださいな。ナーグローア、手伝っていただけますかしら?」
「あら、またですの? ふふ、素晴らしいですわね。ええ、有難くお手伝いさせていただきますわ」
お母様とナーグローア様が、祭壇の前で手に取ってくれたように、自分の手を握ってくれた。
同じようにブレスレットが光っていたお姉様は、気が付けば武装姿に代わっていて、ステッキも杖に変形していた。
おぉ……祈念式は明日なのに、また変身しちゃってますよお姉様。
「エルステアは、慣れたようですわね。立派ですよ」
「二回目ですもの。心配ございませんわ、お母様。それよりもアリシアちゃんが心配ですの」
良く分からないけど、皆んな心配そうにこっちを見てるのだけど……何が起こっているのだろう。
祭壇の時のような、身体が燃えるように熱くなる事は起こっていない。
「すごいわね、まだ溢れてきてますわ。ちょっと私では足りないかもしれません。悔しいですけど、ここはディオスの出番のようね」
ナーグローア様はそっと自分の手を離すと、お父様を呼びつける。
今度は、お父様が自分の手を取って握ってくれる。
「おぉ、これほどか……これは早く止めぬと確かに不味いな。ここにある物だけでは、足りないのではないか、ユステア?」
お母様達の心配を他所に、ユグドゥラシルの光は小康状態になり収まっていく、精霊の眷属達は降り注ぐ光に歓喜しているのか、光の軌跡を残しながらあちらこちらを飛び回っていた。
神殿の奥から、始祖様とお爺様が歩いてきた。
始祖様は満面の笑みで、こちらの様子を伺ってくる。
「どうであった、皆の者。素晴らしい景色であったろう」
得意げな始祖様に、お母様とお婆様が冷めた目を向けた。
あー、これ怒られるパターンだね。また、祭壇で何かしでかしたんですか?
「かなり抑えたつもりだったのだが……これは、わしにも……」
お母様とお婆様の視線を感じ、二歩三歩後ろに下がる始祖様。やつれた顔からジワリと汗が落ちていくのが分かる。
お父様が自分の手を離して、始祖様に何かを見せている。ほうほうと、感心するようにお父様の手元を眺めていた。お母様も手を離すと、始祖様達から視線を外させるように動き出す。
「さぁ、皆さま、夜風は身体によろしくないですわ。暖かいお部屋に戻りましょう」
「はい! お母様。明日に備えなくてはいけませんものね」
お姉様は、お母様の手を取り、そのままお婆様の手も握った。
「あら、お婆ちゃんもいいのかしら。嬉しいわ、エルステア」
喜ぶお婆様に、笑顔を向け返事を返すお姉様。
何やら話し込んでいる、始祖様とお父様を置き去りにして、部屋に向かって歩き始めた。
始祖様がどうやっても想定外な事が
起きてしまうようです……
このまま無事に祈念式は終わるのでしょうか。
心配です。
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ユグドゥラシル編はいよいよクライマックスに
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