045:ユグドガイズ家の人々
目覚めた先には……
「この娘はやはり……なのかもしれぬ。」
「始祖様、この事はまだ本人が知るには……」
「案ずるでない。良いか、皆の者。決して口外してはならぬ。今はまだ、その時ではない。来るべき日まで、備えるが良い」
耳元で、ひそひそと話し合っている。
意識がはっきりしないので、上手く聞き取れない。その時とか来るべき日って何の事? あぁ、明日の祈念式の話かも知れないね。自分は付き添いだから、関係ないかな……もう少し寝てますね。とても身体がだるいのです。
お母様の胸に顔を当てて、再び眠りにつく。あぁ、この感触にこの匂い、心も体も蕩けてしまいそうです。
「ごきげんよう、アリシアちゃん。今日は、とても元気そうですわね」
再び意識が戻ると、一度訪れた事のある白い世界にいた。今度は、少女が最初から目の前にいる。えーと、また前みたいに死んじゃったのか? 身体が熱くなっただけで、致命傷は追ってないはずだぞ。
「アリシアちゃんは、ここが死後の世界とおもってらっしゃるの? ふふ、おかしな人ですわね」
少女はからかうような表情で、自分を見つめてくる。そんな無邪気に笑顔を向けらえると、反応に困るのですけど。自分の反応を、明らかに楽しんでるよね。
「では、逆に聞きたい。ここは何処なのか?」
「うーん、ひみつですわ。もっと貴女が大きくなったら分かりますわ。それまでは、教えてあげられませんの」
かー、そういう返しはズルいな。知りたければ、自分でなんとかしろって事か。この分だと、こちらから聞きたい事は全部秘密で通されてしまう気がする。文字が読めるようになれば、この白い世界が何かくらい判明するだろうし、それで何とか解き明かしてやろう。
「ふふ、世界中のどの本にも載ってませんよ? あと、私の名前も秘密ですわ。せっかちさんは、女の子に嫌われますわよ」
今度は先回りしてきたか、流石に一筋縄ではいかないようだ。今のところ、優位に立てる要素は何一つない。前回と同じように、大人しく従ったほうが無難かもしれないな。特に危害を与えらえる訳でもないだろうし。
少女は、前と同じくお茶の席を用意してくれる。彼女がまず一口、お茶とお菓子を口にして毒がない事を伝えてくれた。一度油断させて、二度目で、という事も考えたけど、それはないそうだ。考えた事も伝わってしまうので、駆け引きもへったくれもない。
彼女が差し出すお菓子を口にし、カップに口を付けた。今回は、お母様のお乳を彷彿させる飲み物ではなく、甘い果物の果汁だった。甘いけど、少し酸味もあってスッキリした飲みごたえ、なかなか美味しい。
「ふふ、気に入っていただけましたのね。よろしければ、もうひとつどうぞ」
いつの間にかカップは空っぽになっていた。特に喉が渇いていたわけではないのだけど、美味しさのあまり飲み干していたようだ。お言葉に甘えてもう一杯いただく事にした。
「それで、俺は何故またここにいる?」
「あら、いつもと雰囲気が違いますのね。その乱暴な話し方、私、好きではありませんわ」
なかなか面倒だな。この白い世界だと、普通に喋る事ができるから、つい素になった。いつものように、社会人の意識で話した方がウケは良いみたいだな。
「ええ、何の事を言っているのか分かりませんけど、たぶん、その通りですわ」
「失礼しました。それで、自分はどうしてここにいるのでしょうか」
改めて、言い直し聞いてみると、少女は笑顔で頷いた。いや、そんなに大した違いないと思うのですけど! 彼女が満足ならそれでいいか……。
「そうですねー、言うなればひとつ鍵が開放されたから。と、いった感じかしら」
ふむ、鍵ですか。で、なんだ鍵って? そんな物を自分は持ってませんけど。そこ詳しく教えて欲しいと聞き返したら、案の定、秘密だそうだ。本当にじれったいですね、核心には絶対触れさせない鉄の意思を感じますよ。
「あっ、でも、これは教えても、怒られないかもしれませんわ。」
少女はそう言って、自分の右手を出すように促す。ぷるぷるお肌の小さい手を伸ばして、手の甲を見せる。すると少女は、呪文を唱えだす。
「大丈夫、危害を加える訳ではありませんの。ちょっとしたおまじないですわ」
そのまま、少女は自分の手を指で何を描くようになぞっていく。触れられた場所が熱くなっていく、さっき祭壇で受けた、光のキラキラで身体が熱くなる感覚に似ている。こちらの様子に関心を示さないまま、少女は呪文を唱え続けた。
特に痛みがあるわけでもないし、このくらいで狼狽えたりしませんよ!
指先でなぞる動きを止めた瞬間、自分の手の甲が一瞬青く光り消えて行った。特に身体に異常はなかった。すこし、少子抜けした感じだ。
「これは、とても良いおまじないなのですよ。もし、ものすごーく困った事や、ものすごーく人のために何かしたいと思ったら、貴女の胸にこの右手を押し付けると良いですわよ」
それで、何が起きると言うのか……詳しい事は一切教えてくれなかった。それこそ、ちゃんと教えてくれないとダメじゃない? 使うに使えないと思うのですが?
と、思ったら、みだりにそれは使わないで欲しいと言われた。
何度も念押しするように、本当に願った時だけにして欲しいと。
少女は真剣な表情で、こちらを見てお願いしてくる。さっきまで、めちゃからかってきた表情とは違う。彼女の眼差しを真正面から向かい合って、約束する事を誓った。まぁ、一種の保険ですよね。効果のほどは全く分からないけど、この少女が悪い人とは思えないし。
「ふふ、誓いはちゃんと受け取りましたわ。それじゃ、開放の呪文をお伝えしますね」
えっ? まさか試したのか? 本当に一癖二癖ありますね! しれっと、少女に、そうじゃないと乱発して使われて大変な事になるから、試すのは当たり前と言い切られた。
開放の言葉、ガイズ。
この言葉を意識の中で念じて唱えれば、おまじないが発動するそうだ。乱発して使用すると、魔力ではなく精神、ここに存在する自分自身を傷つける事になると……。
何それ、怖い事しれっと言わないでほしいんですけど!
やたらめったら使わなければ問題ない?
いやいや、そう言う問題じゃないでしょ。
「では、そういう事で。次にお会いできるのは、何時になるかしら。またお会いできる日が楽しみですわ。ごきげんよう、アリシアちゃん」
少女は、その先の問いには一切触れずに話を切ってきた。解せぬ……。
手を振る少女を朧気に見ながら、意識が途切れて行った。せめて名前くらい教えてくれてもいいのに。
「おはよう、アリシアちゃん。始祖様ったら孫に会えてうれしかったみたいで、張り切りすぎちゃったみたいですの。許してあげてくださいね」
白の世界から追い出されて、目が覚めた先はお母様の腕の中だった。寝起きから、お母様の顔を見られて安堵する。これで、違う人の顔だったら、精神的ダメージは計り知れない。今回は、はっきりと白の世界の少女とのやり取りを覚えている。
白の世界の事を、お母様に伝えても理解されるか分からないので、様子を見て聞いてみる事にした。
「あらー、アリシアはお目覚めになったのですね。良く顔を見せてくださいまし」
お母様の胸にしがみ付く自分を、見知らぬ男女が覗き込んでくる。声の主である女性は、面立ちがお母様に似ている気がする。さらっとした金色の髪に、エメラルドグリーンの瞳、顔の輪郭もそっくりだ。化粧がお母様より若干濃いくらいでしか差が分からない。
「ほらーアリシアちゃん。お婆ちゃんですよー。今日は良く来ましたねー」
「うぉっほん、この子がユステアのもう一人の子じゃな? エルステアと同じ良い顔をしておるのう」
はい、お爺様とお婆様ですね。完全にお母様の両親って判断付きました!その後ろの方で、祭壇で祝福を唱えてくれた銀髪のエルフさんもいた。少し申し訳なさそうな顔をしてますけど、また、何かやらかした感じですか?
「すまんかった、アリシア。まさか、神々があそこまで際限なく祝福を与えるとは思っておらんかった。本当にすまない、大事ないか?」
お爺様と、お婆様に続いて、銀髪エルフさんも様子を見に来た。
特に身体に異常は無いと思うのですけどね。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ? その後も、お母様にお婆様も加わって、娘に孫に何をしているのですかと、懇々と小言を受けている銀髪エルフさん。華奢な身体がさらにやつれていっている気がします……大丈夫かな?
銀髪エルフさんの小言を他所に、お姉様とライネも様子を見に来てくれた。お姉様も装備が勝手に開放されて凄く驚いたそうだ。杖に至っては、振り回すだけで危ない量の魔力が蓄積されたらしく、リリアが少し魔力を抜く作業を行っているらしい。なんでも、一振りするだけで小さい街が跡形もなくなるそうだ……何と言うか規格外ですね、お姉様って。
ライネに至っては、ついこの前まで小さかったのに、バスケットボールより大きく丸々になっている。急激に成長をする可能性があるそうで、しばらく観察が必要らしい。
銀髪エルフさんの祝福で、いろいろ影響が起こっているようです。
その後、お父様や叔父様も自分の容態を気にして、部屋に駆けつけてくる。ランドグリスお兄様も様子を見に来てくれて、いつの間にか部屋に人が沢山集まっていた。何とも賑やかで、楽しい空間だ。ここに居る全員が親族という訳です。ひとり、銀髪エルフさんを除いて。
自分が目覚めたので、歓迎の宴を兼ねて夕食を始めようとお爺様が言い、各自部屋に戻る事になった。
お母様の実家という事もあり、昔お母様が使っていた部屋で寝泊まりするようです。家を出た当時から中は変わっていないそうだ。掃除は毎日しているので、そのまま使用しても問題ないらしい。
部屋に入ると、ナーグローア様はベッドに横になり、もぞもぞしている。自分達が入って来たのを見て、慌てて身だしなみを整え出した。この人、何してんですか……大体察しがつくけど、自重って言葉は無いのですかね?
「ふぅ……。早かったのですわね。アリシアはもうよろしくて?」
乱れた髪を後ろに流しながら、余裕の表情でこちらを見るナーグローア様。何も見なかったことにして、笑顔を返しておいた。
お母様の昔使っていたベッドで、全員寝るには狭い気がする。お母様、お姉様、自分、そしてナーグローア様とライネ。ベッドの下にはガイアも付く。ちょっとベッドが狭いかもしれないと意見が出たが、ナーグローア様が鼻息を荒くして、全員で寝ると押し切った……目がマジ過ぎて皆んな苦笑いだ。
夕食に合わせて、着替えを行う。寝起きなので、とりあえずおしっこだけじゃなくて、うんこも出てるので、おむつを替えてもらった。多分、朝食べた分だと推測される。お昼は食べる前に意識を無くしているので、お腹の中はこれで空っぽだ……すこしだけ、お母様のお乳をいただいて着替えを済ませた。
着替えている間に、お母様にいろいろ聞いてみた。
お母様の実家は、神殿のすぐ横にある建物。なんと、神殿の内部と繋がっているらしい。先々代からさらに昔、繋がった方が便利という訳で増築と改築の結果、今の状態だとか。一番の疑問だった銀髪のエルフさんは、始祖様と呼ぶと喜ぶことや、遠い遠い親戚と思って接するといいらしい。抜けている事が多いそうなので、いろいろ注意が必要だそうです。
とりあえず、子供達だけで接触は禁止になりました。
何が起こるか分からないので……。
お母様のお家はユグドガイズ家、このユグドゥラシルを含めたユグドガイズ領を治める領主一族だそうです。お母様にはお姉様もいるそうで、今日は明日の祈念式の準備であちこち駈けずり周っているそうだ。ちなみに、まだ独身。なかなか結婚相手が見つからないそうです。
当日は、お母様のお姉様も領地代表として出席されるそうで、その時に挨拶をする事に決まった。隣で話を聞いていたナーグローア様も、お母様のお姉様に会えるのが嬉しいようで、にぱにぱ笑顔になっている。年齢的にはお母様のお姉様の方が、ナーグローア様より上だそうです。
着替えが終わり、皆んなで宴の会場へ向かう。ガイアが部屋の前でちょこんとお座りして待っていてくれた。そう言えば、ここの所、姿をあまり見ていなかったけど。
何してたん?
えっ、温泉街から途中ではぐれて、今着いた?
はぐれた原因は、美味しそな魔獣が沢山いたから?
全部倒してお腹いっぱいだけど、ご飯は食べたい。
で、良いですか?
「ガゥッ!」
おー、全問正解! って、とんだ凄い食いしん坊だ!
「ガゥゥゥッ! ガウッ!」
はいはい、たぶん、ガイアの分もあるから行こうね。
ガイアも連れて下の階に降りていく、玄関ホールでお父様と叔父様、何故かお爺様も一緒に護衛の騎士と話をしている。近づいていくと話が零れてくる。
「この状態は放置できぬな。先ほどガイアからも報告があったが……頼めるか?」
おっ、ガイアも何か仕事したのか? お父様が話題にしているぞ。
「ガゥゥッ!」
凄い誇らしげだね。偉いね、ガイア。食べた分仕事するタイプだ。
ガイアとどうでもいいやり取りをしている間、お父様達の表情はさらに真剣味を増している。その集まりにナーグローア様も何故か加わり出した。ありゃ、男の中にいても平気なのかな?
中に加わったナーグローア様も、お父様の話で真面目な表情をしている。一度、アナトさんが呼びつけ何か指示を出している。叔父様が玄関から外に出て行き、代わりにルードヴィヒ様が屋敷に入ってきた。警備の交代なのかな? お父様はランドグリスお兄様とルードヴィヒ様を連れて、別の部屋に移動していった。
残ったお爺様が、こちらを見て声を掛ける。
「おぉ、なかなか華やかじゃのう。乙女がこんなに集まるとは、長生きしてみるもんじゃ。ささ、宴の席へ案内しよう」
目を細め自分達を見るお爺様は、とても幸せそうだ。
お母様に促され、お姉様と自分はお爺様の手を取りに駆け寄った。
二人の手を取るお爺様は、突然の事で驚いた表情を見せる。
感動の余り、少し顔を上げて涙を堪えているように見えた。
白の世界に飛ばされたアリシアちゃん。
でも、今回はお土産付きみたいですね。
使ったら何が起こるのかな?
そして、銀髪エルフさんは遠い親戚?
男衆の動きも気になる!
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ユグドゥラシル編はいよいよクライマックスに
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