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043:聖柱ユグドゥラシルの神殿

 魔王様の馬車に乗り込み、温泉街を後にした。


 向かいに座るナーグローア様は、ちょっと不機嫌だ。


 さっきからぶつぶつと「本当にタイミング悪いですわ」やら「見つけたら八つ裂きに……」と、不穏な事まで呟いている。


 ナーグローア様の隣で座るリリアは、ちょっと苦笑いしている。


「お母様、先にユグドゥラシルへ向かわれると聞きましたが、どのくらいかかるのですか?」

「そうですわねー、お昼頃には着きますわよ。」


 いよいよ記念式が明日開催されるので、お姉様はそわそわしっぱなしだ。


 期待を膨らませ、遠くに見えるユグドゥラシルを眺めるお姉様。足をぷらぷらさせてみたり、時には首を傾けて溜息をついたりと、もう、一挙手一投足が可愛い!


「おねえさま、ユグドゥラシルたのしみですね」


 そう投げかけると、お姉様はこちらを向いて微笑み返してくれた。彼女の心中はもう、明日の事でいっぱいみたいだ。


 ユグドゥラシルの姿が徐々に鮮明になっていく。温泉街からは、霧が掛ったような状態でしか見えなかった。今は、樹の幹の下側、表面のでこぼこが分かるくらいだ。樹の幹と言っても茶色ではなく、すこし灰色っぽい感じの色。時折、赤、青、緑、黄、紫の光が幹を走っているのが分かった。


 なんか、電子回路のイメージみたいだなぁ。超大型の機械だったりするんじゃないか、といった妄想が膨らんでしまう。何とも不思議な樹です。ユグドラシルと言えば、葉っぱを煎じて飲むと不老不死になるとか、生き返ったりするとか……そんな効果があるのかは知らないけど、あったらゲームみたいに、ずっと使えないで倉庫で埃冠ってしまいそうだ。


 街道沿いには、延々と木々が立ち並んでいて、その奥には家が所狭しと建っている。想像するに、ユグドゥラシルの外周に沿って建造物が建てられているのかな。創世神話に出てくる聖なる柱だし、そこを拠点に繁栄したと考えれば自然ですね。


「おかあさまのおうちは、ユグドゥラシルのちかくなのですか?」

「そうですわよー、たぶん一番近い場所にありますわよー。楽しみですわねー、アリシアちゃん」


 お母様は、自分の頬をぷにぷに触りながら答えてくれた。


 一番近い場所にあるって事は、お母様の家は古くから代々続く、由緒正しいエルフの家系とか? そんな感じをパッと思いついた。品もあるし、美貌もある、おまけに魔法も多彩で戦闘だって参加する。いろんな研究もしてそうだし、ゴーレム造りでは世界で数名のうちの一人だ。


 非の打ちどころのない美女エルフ……家柄が凄くてもあんまり驚かないかな。


「そうなのですね、お母様。では、祈念式は間違いなく参加できますわね」


 お母様の話を聞いていたお姉様は、窓からパッと振り向いて笑顔を振りまいた。


「そうよー、寝坊しなければ一番になれるかもしれませんわね。ふふふ」


 口に手を当てて微笑むお母様。その言葉でお姉様は、鼻息を荒くし肩に力が入ってきているのが分かった。お姉様、今からそんなに気合を入れちゃうと、当日熱が出てしまいますよ……幼稚園の遠足前日でよくある話みたいに。お姉様の晴れ舞台を体調崩して見れなくなる事態は避けたいです。ここまで苦労してきた甲斐がなくなっちゃいますからね。


「おねえさま、すこしこうふんしてる?」

「ちょっと落ち着いた方がよろしくてよ、エルステア。こちらにいらっしゃい」


 ナーグローア様は自分の言葉に続いて、お姉様に語りかけた。リリアが少し奥へ座り直し、ナーグローア様が空いた場所をトンと叩いて、座るように促している。


 お姉様は素直に指示に従って、ナーグローア様の隣にちょこんと座った。ナーグローア様は隣に座ったお姉様の肩を抱き寄せて、落ち着かせるよう様に肩をぽんぽんと叩いてあげている。お姉様は目を閉じてから、ナーグローア様に寄り添い微睡に身を任せる。抱えていたライネもお姉様から飛び出して、ナーグローア様の膝に頭を乗せてくつろぎ始めた。


 ナーグローア様は、女の子の扱いがやっぱり上手だ。お姉様の興奮状態は小康状態になっている。


 木々の中を颯爽と駆け抜ける馬車。しだいに、建物の方が多くなっていく。巨大なユグドゥラシルが今は眼前にハッキリと見える。天まで届くくらい長い大樹。途中から雲に覆われて、その高さは伺い知れない。


「おかあさま、ユグドゥラシルがちゃんとみえます! すごくおおきいですね」


 これが、創世の時代から変わらず存在しているというのだから、凄いものだ。思わず、お母様にこの驚きを共有したくて報告する。驚く自分を見て、お母様はにっこり微笑み返してくれた。お姉様も、ナーグローア様から窓を見て、ユグドゥラシルの大きさに声を上げている。ライネは、既に眠っているようで寝息をたてていた。


 もうすぐ、ユグドゥラシルを祀る神殿が見えてくるそうだ。祈念式では、王国中から五歳を迎えた子供エルフ達が神殿に集まりユグドゥラシルの洗礼を受けるそうだ。当日は、各国から代表も集まって祝ってくれる。


 当然、ナーグローア様も、ヴェルシュットシュテルン王国の代表として出席するので、この話になってから機嫌が凄く良くなっている。お母様の付き添いで参加するの考えたそうだけど、「代表席の方がお姉様をしっかり見られる」と、考えての結果だそうだ。


「ほら、神殿が見えてきましたわよ。」


 お母様が指さすほうに、ユグドゥラシルの幹と一体になっている、白い神殿が姿を現した。


 神殿の外壁には幾つもの彫刻が置かれている。創世神話に登場する神様達かと思ったら、エルフの歴代の王様達の彫像だった。お母様のゴーレムの形は、この像がモチーフになる事が多いそうです。小さい頃から見ていたので、立体にするのはさして難しくないそうだ。


 彫像の中には、羽を大きく拡げた人や、火の鳥っぽいもの、ガイアをカッコ良くした獣まで、エルフ以外にもいろいろ置かれているのに気づく。


 なんか、ヨーロッパの博物館や、大きな教会に来ている感覚を思い出すほど、目を見張る物が沢山あった。


 神殿の入り口に馬車が横づけされる。すでに、お父様や叔父様、ランドグリスお兄様は馬車の前に待機して馬車の扉が開くのを待っているようだ。この雰囲気は、また自分は誰かのエスコートで降りなくてはいけない。


 お父様はお母様の手を取る、ランドグリスお兄様はお姉様をエスコートしていった。おぉ、という事は叔父様ですね。と思ったら、ルードヴィヒ様が馬車の前にいるではないですか。手を胸に当てて、腰を少し曲げてもう片方の手を差し出してくる。


 えーと、何故?


 叔父様はルードヴィヒ様の後ろでニコニコしている。


 まぁ、いいや幼児だし。


 この人は特に変態な感じではない事は分かっているし、手を取ったところで何も起きまい。


 ルードヴィヒ様の差し出された手を取って、馬車から降りた。


 最後に、ナーグローア様が馬車から降りるのだけど、ここはお決まりでアナトさんがエスコートした。徹底した男性排除である。さすがです! ナーグローア様! エスコートするアナトさんが、宝塚の男役みたいでカッコよく見えるんですけど……。


 神殿の玄関ホールまでエスコートしてもらい、ルードヴィヒ様の手を早々に離して、お母様に駆け寄る。やっぱり、男にエスコートされるのは抵抗があるな。ランドグリスお兄様は顔見知りだし、叔父様の息子だから抵抗はないけど……ルードヴィヒ様ちょっと違う感じがした。


「この奥に、ユグドゥラシルの御神体がありますのよ。今日はいらっしゃらないと思いますけど、お祈りだけしていきましょうね。」


 お母様が神殿の中を案内してくれる。自分は、お母様の手を握って、置いて行かれないようについて行った。大人の歩幅で歩かれると、駆け足でも追いつけないのです!


「おぉ! ディオス! ここで其方と会うとは思わなかったぞ。息災であったか」

「これはこれは、アヴィニョン王。ご無沙汰しております。本当に奇遇でございますな」


 お父様に声を掛けてきた主は、大きな虎? ライオンのように毛むくじゃらの獣耳のある人だった。この人が獣族の王様なのかな。という事は、雰囲気的にライオンかもしれないね。お父様よりちょっと体格が大きいし、着ている服が筋肉でぱつんぱつんだ。なんとなく、この王様とお父様は気の合う仲な気がする。


「アヴィニョン王、ご無沙汰しております。レオナールでございます。」

「おぉ! レオナールまでおったか。いやはや、久しぶりであるな。ガハハハハ!」


 王様は、叔父様にも上機嫌で挨拶を交わすと、背中をバンバン叩いて再会を喜んでいた。ナーグローア様が後ろでこっそり、この場から去ろうとしている。あぁ、なんか苦手な感じします。


「そこにいるのは、ヴェルシュットシュテルン王ではございませぬかな?」


 気づかれて、ビクッと身体を震わすナーグローア様。自分の身体では盾になっても、丸わかりなので力になれなくてすいません。


「ほほほ、元気そうですわね、アヴィニョン王。私はこの通りですわ。特に用もないようですし、こちらで失礼いたしますわ。では、ごきげんよう」


 早口で挨拶を口にすると、そのまま神殿の奥にツカツカ行ってしまった。すごい、そこまで接触したくないのですね……まぁ、男臭いのが嫌なんだろうけど露骨過ぎて面白かった。


 お母様も、アヴィニョン王にお姉様と自分を早々に紹介して、自分を抱きかかえ、お姉様の手を引いてナーグローア様の後を追った。お父様と叔父様は、アヴィニョン王の再会を楽しんでいるようなので、そのまま置いて行く。


 アヴィニョン王と遭遇したナーグローア様は、ぶつぶつと文句を言いながら先頭切って歩いて行く。神殿の中は、かなり広い。お母様の案内無しだったら、余裕で迷子になれる自信がある。彫刻か絵画を目印にすれば、ひょっとしたら戻れるかもしれないけど、チェックする余裕は無かった。今はぐれたら、絶対戻れない気がする。


「この奥が、ユグドゥラシルの御神体を祀っている祭壇ですわよ。あら? 前日ですのに、降りていらっしゃいますわね」


 祭壇に続く扉を、この神殿の衛兵らしき人が開けていく。天井から降り注ぐ太陽の光で、部屋中キラキラと輝き照らされている。厳かな雰囲気に身が締まっていくのを感じる。明日は、この中で祈念式が行われるのか……粗相とか絶対できないぞ。


 お母様に抱っこされながら、ゆっくりと祭壇の側へ近づいていく。部屋の中が眩しすぎて、祭壇がまだ良く見えない。とりあえず、光の向こうに祭壇があるのだけは分かる。


「我が子達よ、よくぞ参られた。わしは嬉しいぞ。さぁさぁ、もっとその顔をよく見せておくれ」


 目が光に慣れてきた。


 声のする方、祭壇を凝視すると、人影が見える。


 そこには、ひとりの銀髪のエルフが立っていた。


 この人だれ?

無事、ユグドゥラシルに到着!

獣族の王とお父様、叔父様達の

マッチョ談義はまた別の話。

祭壇いる銀髪のエルフさん!

貴方はだーれ?


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いつもお読みいただきありがとうございます。

ユグドゥラシル編はいよいよクライマックスに

近づいております!


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