039:第十四番温泉の恐怖
十五番温泉の失態は秘密ですが、十四番温泉には……
十五番温泉のお湯は、肌にローションが付くような少し粘り気があった。
幼児の肌でもスベスベ感が分かるほどだ。
身体を洗っていた時に使われたお湯とは違うようで、このまま湯舟から出て歩いたら思いっきりすっころびそうな危険を感じる。昔、そういうお店ではしゃいで転んだ記憶がチラッと横切った。もう、この身体じゃ、そんなハッスルするようなお店なんていけませんけどね……。
ナーグローア様の肌と自分の身体は密着しているわけだが、腕で身体を支えてくれないとそのまま滑ってお湯の中で溺れてしまいそうなのだ。本当につるっつるなので、ナーグローア様の胸と腰を掴んでないと姿勢もまともに保てない。
「あっ、んんっ!」
「アリシア、本当にお上手ですわね」
掴んだ手に力が入る度に、ナーグローア様が色っぽい声をだしてくる。
相変わらずそうやって悶えて声を出すところは……変わっていないようです。
アナトさんが白い目でこっち見ている。
そろそろ、また手刀が飛びそうだよ?
自分は、滑り落ちないように必死なので、ナーグローア様の声に反応しないよう、聞こえない振りをして凌ぎ続けた。
「どうです、ユステア?お肌つるつるになりますでしょう?」
「ええ、これは素晴らしい温泉ですわ。肌の奥まで染み込んでくるのが分かりますわね。二十歳くらい若返った感じがしますわ」
お母様はそう言いながら、肩にお湯を掛け流す。そのしぐさに思わずドキッとする。この温泉のせいなのか、お母様もメリリアもリリアもいつもより色っぽいのだ。立ち込める湯気に照明があたって、さらに艶っぽい雰囲気を醸し出している。
「あまり長湯をしてしまうと次の温泉に入れなくなりますから、そろそろ出ますわよ」
「そうですわね。この子達が逆上せてしまう前に上がりましょう。エルステア、アリシアちゃん、よろしくて?」
「はい、お母様。私の肌もすっかりつるつるになりましたわ」
湯舟から立ち上がるお姉様。まだ子供なので、ある意味つるぺただけど、お肌が照明にあたってつるぴか感が出ていた。幼女の肌でも光沢が出る温泉……確かに、大人であれば絶対入っておきたいと思うのも納得してしまう。
自分の肌も光沢が出て、触るとつるりとして触り心地が良い!
まるで女性になった気分だ! と思ったら、そう言えば自分、女の子だったわ……。
誰に触らせる肌でもないし、ここまでつるつるになる必要もこの先なさそうですが。
今日は、せっかくなのでしっかりつるつつの柔肌を堪能させてもらいます!
「アリシア、温泉から出る前にあちらで足を流すのですよ。滑って転んでしまったら大変ですわ。皆さんもお忘れなく」
「はい、ナーグローアさま。ちゃんとあしをふきます」
ナーグローア様が指をさした場所には、玄関マットのような布が敷かれていて、側にはリフィアがタオルを持って待っていた。
最初に、メリリアとリリア、エルエスさん、アナトさんの順で湯舟から出て行く。つやつやになった美女達が目の前を通過していく……皆んな熟した身体を惜しげもなく披露しているので、なるべく顔をそむけるようにした。
女性同士だと、恥じらいなんて意識しないんだろうか。
これが、幼児でもなく女の子でもない、前の身体であったらどんなに贅沢な光景であったか……。
この時ばかりは少し悔しさを感じた。
「ナーグローア、アリシアちゃんが逆上せてはいけませんから、エルステアと先にどうぞ」
お母様の言葉で、ナーグローア様はお姉様も連れて湯舟から出た。マットに降ろしてもらい、リフィアに身体を軽く拭いてもらう。
ふと、目の前で待っているナーグローア様を見上げると、滴るお湯が目に付く。
自分の視線は……ちょうど彼女の股の間……。
あぁ、ありがとう水だ……しかもちょっと粘り気があってよろしくない。
思わず唾を飲み込んだ。
直視してはいけない状況に遭遇してしまい、顔が赤くなっていく。
身体は温泉のおかげで火照っているが、意識の方が強烈な刺激で混濁している。
あまりに見慣れない光景が積りに積もったせいで、心を落ち着かせるのが大変な状況だ。
沈まれ自分……ここで、また二度も失態はいやだぁー!
「アリシア、気分が優れないようですね。直ぐに出ましょう」
ナーグローア様はそう言うと、自分とお姉様を両脇に抱えて脱衣所に向かった。まだ足元を拭いてないのに、滑らずに足早に歩いて行く。たぶん、ナーグローア様ほどであれば歩くコツとかご存じなのだろう。特に突っ込みを入れるまでもない……。
ぐらんぐらんする頭のせいで、夕食をリバースしそうだ。
なんとか脱衣所までは堪えて、裸のお母様に抱かれた。
「あらあら、アリシアちゃん、皆んなと温泉に入れたので、ちょっと興奮しすぎたみたいですわ」
お母様はそう言って、指先に魔力を込め自分の頭に触れる。
スーッと頭が冷たくなり、ぐちゃぐちゃに乱れていた思考が落ち着き始めた。これは何て魔法なんだろう、いつもの優しい風の魔法とちょっと違う。
「もう大丈夫ですわよ、アリシアちゃん。ナーグローア、良く気が付きましたわね。助かりましたわ」
「どういたしまして、ユステア。女の子の事ですもの。私に、分からないことなんてございませんのよ」
「あら、ナーグローアらしいこと。ふふふ」
すっかり平静を取り戻した自分は、お母様とナーグローア様を仰ぎ見る。
「ナーグローア様、アリシアちゃんを助けてくれて、ありがとう存じます。」
「ナーグローアさま、ありがとうぞんじます。」
お姉様も事態を察したのか、直ぐにナーグローア様に御礼を言い、自分も続いて御礼を言った。
「良かったですわ、大事にならなくて。もう調子は良いのかしら、アリシア?」
「はい、おかあさまのまほうですっきりしました。もう、だいじょうぶです」
「そう。それは何よりですわ。少し休憩を取りましょう」
皆んなで着替えをして、休憩室でしばしメリリア達の用意してくれたお菓子と冷たいジュースをいただく事になった。あのまま倒れていたら、お風呂上りの、こんな優雅なひと時も台無しになるところだった……今日は粗相が多くてつらいなぁ。
もっとしっかりしないとっ!
気合を入れて、冷たいジュースをグイっと飲んだ。
「この後は、十四番温泉に行こうと思いますけど、皆さんいかがかしら?」
「そうですわねー。アリシアちゃんがちょっと心配ですわ。エルステアはどうかしら?」
「私は、ナーグローア様とご一緒したいですわ。ライネはもう眠ってしまったようですけど、メリリアが見ていてくれるので問題ありません」
自分も元気になったから、まだまだ行けますよ!
ここで帰されちゃったら悲しいじゃないですか!
「おかあさま、わたしもいきたいです」
お母様は自分の言葉を聞いて、少し考え込んでいる。
「アリシアちゃん、まだ無理をしてはいけませんよ。温泉には足だけ浸かりましょう。それでよければ一緒にいけますわ。」
「ありがとうぞんじます、おかあさま。あしだけでだいじょうぶです」
「ふふ、おりこうさんですね、アリシアちゃん。ナーグローア、私達もご一緒いたしますわ」
「良かったですわ、エルステア、そうと決まれば直ぐに向かいましょう!よろしくて?」
「はい! ナーグローア様」
ナーグローア様もお姉様も笑顔で支度を始める。やっぱり一人だけ離脱しなくて良かったよ。せっかくの楽しい雰囲気を台無しにするところだった。足湯だけなら大丈夫でしょ!
「十四番温泉は、ちょっと変わった温泉ですのよ」
「どういった温泉なのですか、ナーグローア様」
「ユグドゥラシルの麓から流れる清めの泉が源泉なのよ。清めの泉は邪な魂を浄化する作用がありましてね、十四番温泉もその効力が活きたまたなのですわ」
邪な魂を浄化する温泉? に魔王が入るって……なんだこのちぐはぐな感じ。
まあ、ナーグローア様が魔王かと問われても、ゲームに良くあるような悪い魔王じゃないし、温泉の効果無さそうですね。悪の魔王がみずから魂を浄化されるために温泉に入って、清らかな魔王になりましたって……ギャグにもならないよ……。
「あの温泉に浸かるたびに、魂がビシビシと刺激をしてくれて、とても気持ちが良いのですよ。私あの刺激が癖になりそうですもの」
ちょ、まっ、それって浄化されてるんじゃないの!? ナーグローア様、魂浄化されてますよ?
本人の自覚が無いから良いけど。何度も温泉に浸かったら、そのうち目がキラキラの清らかな魔王様になっちゃうのかも? うーん、それはそれで見てみたい気もするけど……。
「邪な気持ちは誰でも持ってますものね。エルステアも、気が付ないうちに積もる不浄な心が癒されるといいですわね」
「はい! お母様。しっかり浸かって清めて参りますわ」
そっか、深層心理にある心も浄化してくれるのか。
んーん? それって自分が入ったらどうなるの……?
この身体に入っているこの意識は大丈夫?
意識が消えてしまったら、この幼児の身体だけ残って、抜け殻になるかもしれない。
今まで短い時間だけど、過ごした記憶はどうなる?
一瞬で顔が青ざめていく。
十四番温泉に入ったらいけないと危機感を覚えた。
「おっおかあさま、やっぱりきぶんが……」
「あら、大変。アリシアちゃん、顔が青いですわ。どうしちゃったのかしら」
お母様が心配そうに自分を抱きかかえる。ごめんなさい、迷惑をかけるつもりはないのだけど、この意識が消えてしまうかもしれないと思うと怖いのです。
「ナーグローア、先に行っていてくださる? アリシアちゃんはきっとお疲れみたいですわ」
「ええ、ユステア。そうして頂戴。エルステア、先に十四番温泉に行きますわよ」
「アリシアちゃん、先に行ってますわね。早く良くなることを祈って待ってますわ」
「ごめんなさい、おねえさま、なーぐろーあさま」
心配そうな顔でナーグローア様とお姉様は見つめる。そんな二人に心配をさせたくないと思い、笑顔を取り繕って返した。
だけど、恐怖で身体の震えが止まらない。
「アリシアちゃん、お乳を飲んでちょっとゆっくりしましょうね」
温かいお母様の身体に身を寄せて、おっぱいに口を付ける。
いつもよりほんのり温かいお乳が喉を潤していく。
身体の震えが少し落ち着いてくるけど、意識はまだ落ち着かない。
自分がもしかしたら消えてしまう事を想像して、自然と涙がこぼれていく。
さっきまであんなに楽しかったのに……。
優しい家族に、気の利く執事にメイドさん、頼れる護衛騎士に魔王様達。
この人生が温泉に入る事で、魂が浄化され全て無くなってしまったらどうしよう。
ここに居たい、手放したくない……。
涙と鼻水をだらだら垂らしながら、お母様の胸に必死にしがみついて、嗚咽をしながらお乳をひたすら飲み続けた。
「大丈夫よ、アリシアちゃん。どんな怖い事があっても、私達はずっと貴女と一緒にいますから。」
お母様の言葉でほんの少し心が和らぐ。
撫でてもらう手がいつもより温かい。
お母様の手が一瞬明るく光った事に気づき目を上げる。
その瞬間、意識は電源が落ちるようにプツッと切れて眠りに落ちた。
魂の浄化に気が動転するアリシアちゃん。
十四番温泉の効能は果たしてどこまでなのか?
恐怖に駆られたアリシアちゃんの行く末はいかに
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少し読みやすくなるように分割しました。
本日もう1話アップいたしますので、お待ちくださいませ。
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