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035:魔王様との再会/ユグドガイズ領

ユグドゥラシルへいざっ!

温泉がまっている!

「ほら、貴女達、お外を見てごらんなさい」


 お母様が指で示すその先には、ずっと続いている森の中。視線を上げていくと遥か遠くに巨大な樹が見えた。あれが、ユグドゥラシルですか! まだ遠すぎて、薄っすらとしか存在を感じられないけど、雲を突き抜けて天まで続くかのように聳え立っている。


「お母様! あれがユグドゥラシルですか?」

「ええ、そうよエルステア。あれが、貴女の祈念式を行うユグドゥラシルですわ」

「すごくおおきいですね、おねえさま」

「ピピピィッ! ピィッ!」


 ユグドゥラシルを初めて目にして、自分もお姉様も喜びとあまりの巨大さに驚きの声を上げた。


 日数にして、およそ5日目。お父様が言うには予定通りだ。その間に起きた事は完全に想定外で、叔父様が騎士団を伴っていなければ、もっと遅くなっていたかもしれないと言っていた。


 グルガイス領とユグドガイズ領の境界まで、領主のブレスウォール様が先導になって案内をしてくれたおかげで、バンテリアス領のように誰かに襲われる事もなく通過。ミドルス領とカルザス領の人達も途中まで隊列を同じにして移動した。騎士団の護衛の数がさらに増えているので、戦争でも行くのかといった物々しい雰囲気になっている。


 道中、自分達の車列を目にした人達が、驚きの顔に変わってしまうのが何とも可笑しかった。




 ユグドガイズ領の街道を進むと、三差路に突き当たり、一旦馬車を降りた。


 お父様と、叔父様、ブレスウォール様にミドルス領、カルザス領の領主様が揃って顔を合わせる。


「ブレスウォール、ここまでの案内、助かった。礼を言う」

「この先、無事に祈念式が執り行われるのを祈っているぞ、ディオス」

「ディオス、ブレスウォール。此度の助力、ありがとうございました。」

「気にするな、二人ともまた、祈念式で会おうぞ! 子供の晴れ舞台だ、盛大に祝おうじゃないか」

「ああ、そうだな! 辛気臭いのは無しだ。では、またユグドゥラシルで!」


 領主様達の挨拶が終わり、お母様方も挨拶を交わす。子供は子供で挨拶を交わした。お姉様はちょっと嬉しそうな表情を見せる。祈念式でまた皆んなと話が出来るといいですね。グルガイス領の領主様達は自領に戻り、ミドルス領、カルザス領はそれぞれの宿泊地を目指した。


 皆んなを見送り、いよいよ温泉街に出発ですよ!


「またせた! では、参ろうかっ!」


 お父様の号令で馬車は一斉に動き出す。温泉街までの距離はそこまで無いそうなので、陽が落ちるくらいには到着できるそうだ。あと少しで温泉とナーグローア様が待ってますよ!


「おねえさま、ナーグローアさま、まちくたびれてくるかもしれませんね」

「ふふふ、そうですわね。早くお会いしたいですわね。」


 お姉様はナーグローア様からいただいたブレスレットを触りながら、視線を外に向けた微笑んだ。お姉様は今、期待で胸いっぱいなんだろうね。幸せそうなお姉様を見て、自分も嬉しくなった。


「ライネは、ナーグローア様にお会いするのは、初めてになりますね。ちゃんと挨拶するのですよ。」

「ピィィィッ!」

「らいね、おりこうさん」

「ピィッ!」


 ライネが嬉しそうにお姉様の膝の上で返事をする。まだ、生まれてそんなに時間が経っていないのに、言葉が理解できている? 幻獣って生き物の生態に詳しくないけど、ライネは相当かしこい気がする。


「おかあさま、げんじゅうってかしこい?」

「そうよーアリシアちゃん。幻獣さんは凄くかしこいのよー。あっという間に大きくなるの。ライネも直ぐにこの馬車くらい大きくなりますわ」

「ライネは、この馬車よりも大きくなるのですか?」

「ええ、成長するとこの馬車よりもっと大きくなるわよー。でも、自分で大きさを変えらえるから、ちゃんと躾ができれば問題ありませんわ。」

「ガイアももっとおおきくなるの?」

「そうですわよー。ガイアが本気を出すと、姿がも変わって、お山くらい大きくなっちゃうのよー」


 あのガイアが……巨大化するんですか。ライネも凄くデカくなりそうだし……暴れたら、恐竜大戦争になっちゃいそうだ。本当に、この世界は掴みどころが無さすぎますね。ちょっとわくわくしちゃうじゃないですか。興奮を覚える自分は、その後もお母様の話に聞き入る。


 早く、自分の幻獣が欲しい!


 亀っぽいのとか、ワニっぽいのもいるらしい。お母様の言葉から想像しているだけなので、実際に見たら全然違うのかもしれないけど、そこはそこ。自分の妄想力を最大限活かして、自分にぴったりの幻獣を探すのだ。


 空が飛べて、火を噴いたりできる強いのがいいと、お母様に聞いてみたら、人間みたいな容姿で大きな翼を持つ幻獣はどうと聞かれた。とても悪魔っぽいですね。獣っぽい頭だけど凄い強いから大丈夫って……。想像とちょっと違う幻獣を薦められて、がっかり感が半端ない。


 えーと、もう少し獣っぽい方向で探してもらった。


 空が飛べて、火だけじゃなくて、水も風も土の魔法も使えて、大きな角と牙、鋭い爪は鋼鉄も切り裂く伝説の幻獣――エンペラードラゴン。

 数千年前から消息が途絶えていて、その姿は口伝でしか残っていない。


「ふふ、アリシアちゃんに、ぴったりの幻獣ですわよ。今すぐにでも持ってきて上げたいのですけど、お母さんも消息が分からないの。ごめんなさいね」


 うん、ぴったりの意味が分からないけど、凄い幻獣ってのがいるのが分かっただけでも楽しかったですよお母様。消息わかってたら直ぐ用意できます的な感じ……さすがお母様です。幻獣如きどうと言う事はないっ! って感じが凄く伝わってきますよ。マジ、お母様パネーっすね。


「ユグドゥラシル様ならご存じかもしれませんし、祈念式が終わったら伺ってみましょうね。アリシアちゃんの頼みであれば、喜んで教えてくれますわ」


 お母様が嬉々として話すユグドゥラシル様って、寝物語で聞かせてくれた創世神話の神柱の事ですよね。今まさに目の前に聳え立つ超巨大な樹が話せるの? 「我の目を覚ましたのはお前かー!」的な感じで樹が喋ったりして……未だに、ユグドゥラシルがどんな物なのかまったく掴めない。実際に行けば分かるだろうけど、自分の想像を越えるであろう事はなんとなく予想がつく。


「エンペラードラゴンが欲しいと? ふむー、なかなか大変な話であるな」


 昼食の席でも幻獣の話で盛り上がった。自分の欲しいと思った幻獣を聞いたお父様も、顎の下に手を置いて困っているようだ。超稀少種となると、さすがにお父様でも悩むか……。


「我も一度も目にしておらぬからなぁ、古代竜程度であれば場所がわかるが、うむぅ」

「ディオス、古代竜と言えば、ヴェルファイズはまだ生きておるのではないか? 奴に聞いてみるのもよいかもしれぬぞ」

「おお、長老がおったな。最近顔を見に行ってないしな、丁度良い機会だ行ってみるか。レオナールも行かぬか?」

「うむ、良いだろう。グレイオスの幻獣がちょうど必要であったからな。時期は祈念式が終わり次第で、改めて調整しよう」


 お父様と叔父様は幻獣探しを行う事で合意したようです。二人とも顔を活き活きさせて、竜を捕るには何が必要で、古代竜は直ぐ怒るから餌は何でーと盛り上がっている。やっぱり、男だよなぁ……話を聞いているだけで、自分も楽しくなってくる。混じって一緒に行けないものかな……荷物の中にこっそりまぎれるとか、出来なくないかも?


「ふふふ、アリシアちゃん、無茶はダメですよー。まだ、小さいのですから」


 お母様に心の中を読まれた!? 何故バレたし!


 お父様達の話を真剣に聞いていた事を悟られていたのか、笑顔で注意するお母様。まったく隙が無い、忍び込むのは止めておこう。


「きっと、お父さんが、アリシアちゃんに相応しい幻獣を持ってきてくれますよ」

「おぉ、そうであるぞ! 我の帰りをちゃんと待っているのが、其方の仕事だ。頼んだぞアリシア」

「お父様が狩りに行っている間は、お姉ちゃんと良い子にしてましょうね」

「はい! おねえさま!」


 即答です! 自分、いい子でちゃんと待ってます! 三人の笑顔に挟まれた自分は無抵抗を決め、愛想笑いを返した。冒険はもっともっと大きくなってからですね!


 昼食後、速やかに馬車に乗り込み、温泉街まで移動を再開した。

 今までの事が嘘のように順調だよ。


 自分は、お腹いっぱいに昼食を食べたけど、お母様のおっぱいにしがみ付いてお乳を飲んでいる。食べ物とお乳は別腹ですから! 最近は歯も生えてきたので、突起物を転がしながら乳を頂いている。力いっぱい噛んではいけない、甘噛み程度で舌を絡ませて飲むのだ。


 これが思いのほかお乳が良く出る。お乳マスターの称号があれば間違いなく貰えそうだ。


 頭の中がお乳の事でいっぱいです……そんな事をしているうちに、お母様の温もりとお乳の匂いに包まれ自然と瞼が落ちていった。



 ガラッガラッと聞こえていた車輪の音が、ガラガラガラと小刻みで小さな音に変わった。街道の石畳では無くなっている事に気づく。薄目を開けて馬車の中を見る。お姉様もライネも眠っているようだ。カーテンの隙間から見える光景は黒一色だった。


「よく眠れましたか? アリシアちゃん。もう温泉街に着きましたよ」

「おはようございます、おかあさま。いっぱいねむりました、すごくげんきです」


 顔を上げてお母様に答え、直ぐに、また胸に顔を埋めて惰眠をむさぼった。だって夜だし! もうちょっとこのまま怠惰でいさせて! 


「お宿に着く前におしめを交換しましょうね。アリシアちゃんが寝ている間に、いっぱいちっち出てたみたいですわよー。」

「ふぁぁい、おかあさま。おむつかえます」


 言われるまで下半身の感触に気づかなかったけど、相当湿っている気がする……。そんなに飲み物のんだっけ? と、思ったらうんこも寝てる間に出ていたようです。


 ササっとお母様とメリリアの連携でおむつを替えてもらう。さすがに、臭ったかお姉様もライネも起きてしまった。ごめんなさい、臭いの出して。ライネも、寝ている間におむつがぱんぱんだったので、お姉様が交換した。


「お母様、もう直ぐですか?」

「ええ、もう温泉街の中に入りましたわ。ご覧なさい、外から温泉が見えますわよ」


 さっきまで真っ暗だったと思ったら、大きな宿が沢山立ち並んでいる道を走っていた。どこの宿も照明でライトアップされていて、温泉らしき場所も明るく照られていた。温泉から立ち上がる湯気と照明が合わさって幻想的な空間を演出していた。


 中継地点ユーゼスよりも人の往来が多い気がする。歩く人の中には人間っぽい人や、凄い太い尻尾を付けた人、毛むくじゃらの熊のような人まで、エルフじゃない種族もいるようだ。ここは他種族でも利用できる場所なのかもしれないね。


「おかあさま、しっぽふといひといた」

「竜族の方ですよー、アリシアちゃん。他にはどんな人がいましたか?」

「おおきなしろいはね!」

「うんうん、その人は天族の人ですわー。」

「お母様、ここは他の種族も来られる場所なのですか?」

「そうよー、ここには各国から転移できる魔法陣が敷かれているから、通行を許可された人はここに来られるよー」

「そんな魔法があるのですね。初めて見る種族ばかりで驚きましたわ」


 この世界にも温泉スキーが沢山いるって事なんですね。やはり、日頃の疲れを落とすには温泉が良いですよ! 自分も旅の疲れを温泉で癒しちゃいますよー!


「ほら、もうすぐナーグローアもいるお宿に到着しますわよ。支度は整ってますか?」


 お母様に言われて、髪の毛や服装が乱れてないかお姉様と確認し合った。「ばっちりですねお姉様」と、言わんばかりにお姉様の顔を見る。お姉様もこちらを見てウインクしてくれた。おほぉー! お姉様に心臓を視線で貫かれてしまいましたよ……マジ可愛すぎ……。


「ディオス様、ご一行お成り!」


 お宿の人が馬車を開けてくれると、目の前には白柱が幾つも立ちまるでパルテノン神殿のようなお宿があった。うわぁ、ここホテルなの?無茶苦茶高そうに見えるんだけど……。ユーゼスの宿より圧倒的に格が上だよね。ここにしばらく泊まるのか、思わず唾を飲み込んでしまった。


 宿の入り口に人影が複数見える。真ん中の人は腰に手を当てて仁王立ちしているように見える。


 うん、誰だかすぐ分かる。待ちくたびれてわざわざ入り口まで来てくれたんでしょうね。


 魔王らしからぬ行いではないでしょうか……さすが、ナーグローア様です。


「お主等、ちと遅すぎではないか? 我は、待ちくたびれていたぞ!」

「おぉ、出迎えご苦労! ナーグローア!」

「なっ何言ってますの? 貴方を出迎えた訳ではありませんわ。たまたま外の風を感じていたら、貴方達が来たのを見かけただけです」


 ナーグローア様がぷりぷりしながら、入り口の階段を降りてこちらに来る。


「ナーグローア、お待たせしてごめんなさいね。お変わり無さそうですね」

「ええ、ユステア。こちらはだいぶ前に着いていますから、何ともありませんわよ。道中の話は後にして、夕食をご一緒しません?」

「ええ、そうしましょう。この娘達も貴女に会えるのを心待ちにしてましたのよ」


 お母様に背中をそっと押され前に出る。いざお会いすると、緊張してきたよ。話す言葉が頭からすっぽり抜けてしまった。


「ナーグローア様、ごきげんよう。また、お会いできて光栄です。短い期間ですが、変わらずご一緒させてくださいませ」

「ふふ、エルステア。無事にここまで来られて何よりですわ。貴女に託した物が役に立ったようですね。今度はもっと面白い物を用意させますわね。楽しみにしてらっしゃい」

「ありがとうぞんじます。ナーグローア様」


 そうそう、ナーグローア様からも貰った装備でお姉様は大活躍だったのだ。


 あれ? なんで使った事、知ってるのかな?


「アリシア、ごきげんよう。貴女も無事で良かったわ。変わらず元気に遊んでいるようですね」

「はい、ナーグローアさま。おあいできてこうえいです」

「ユステアにエルステアも傍にいたので、安心ですわね。今日からは私もいますから、どんな事が起きようと問題ありませんことよ、おほほほほ」


 お父様も叔父様もいたけど……言及しない方が良いね。さすが男嫌いの魔王様です、徹底してます!


「ディオス、そちらはお任せしてもよろしいですか?」

「うむ、しばしゆっくり静養するがよいぞ。ロアーナ! レイチェル! ジュリア! ルーシェ! 我の娘の護衛に付け! ひとつも傷を付けさせるなよ!」

「はっ!」


 お父様の号令で、四人の騎士が傍に来る。ロアーナとレイチェルはこの旅で少し距離が近くなった気がする。ジュリアとルーシェはグルガイスからの参加だったので、まだ関係が築けていない。この温泉で仲良くなれるといいなぁ。 


「よろしくお願いしますね、皆さん」

「はっ!この身に代えてもお守りいたします!」


 レイチェルがビシッと胸に手を当てて啓礼すると、三人も揃って啓礼した。うん、良く訓練されているので無駄が無くてカッコいいです。


「そうねー、ちょっと実力が若い気がするわ。私の所からも二人付けましょう。ユステアよろしくて?」

「ナーグローア? そこまで気を使わなくても良いのですよ」

「私も、貴女の子達を守らせてくださいな。ふふ、それをネタにおねだりなんてしませんわ」

「あらあら、しょうがない人ですわね。では、ご厚意に甘んじようかしら。ありがとうナーグローア」


 何故か、ナーグローア様の部下まで護衛に付くことになりました。


 エルフの騎士二人に、魔族の騎士一人の合計三人とメイド一名が、お姉様と自分にそれぞれ配置されます。二人で移動したら、十人連れて歩く事になるのですけど? これ目立ちすぎなんじゃないですか?


 見知らぬ土地でしばらく過ごすので、過保護になるのも分かりますけど……。


 さすがに心配しすぎじゃない?

無事に温泉街に、魔王様と再会を

果たしたアリシアちゃん。

過剰な護衛が付いたけど、これが何を

意味するのか……


次回、魔王様と温泉三昧


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いつもお読みいただきありがとうございます。

どんどんフラグが増えていっております!

どうぞ、引き続きお楽しみください!


読んでおもしろいと感じていただけ

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