033:突破した先で/グルガイス領
鬱蒼とした森の中。
陽が傾き始め、辺りは怪しさを増していく。
あちらこちらで火を起こし始めている。
いまここには、バンテリアス領の騒乱に巻き込まれながらも境界門を通過できた人達が集まっている。
殆どが、女性と子供だけだ。
男性の殆どは、お父様達と共に戦っているのか姿を見かけなかった。相手の数がどれだけいるのか、馬車の中にいて震えて縮こまっていた自分には推測もできない。
「貴女達、ヴレイスール領の方々の様子を見に行きますわよ。ついていらっしゃい」
お母様は、ここに集まる人達の状況を確認するため、訪問して回っている。怪我をしている人には、回復魔法で癒しも与えていた。お姉様も、お母様直伝の回復魔法を使って、治療のお手伝いをしている。
二人とも聖女様と言わざるを得ない……。今出来る事の最大を行使して、困っている人達に救いの手を差し出しているのだ。
最初に訪問したヴレイスール領の人達は、今回被害が一番少なかったようです。疲労した顔を見せる人が多かったけど、大きな怪我はしていなかった。
お姉様と同じくらいの歳の子が五人、もう少し小さい子が二人いた。この子供達は今回の祈念式に出席するのだろう。皆んなちゃんと教育を受けているのか、礼儀正しい。
「ごきげんよう、皆さま。ご無事で何よりですわ。」
お姉様が、子供達に挨拶をすると、向こうも貴族然とした挨拶を返してくる。自分はちょっと気後れしたけど、きちんと挨拶をした。
本当に、この歳で優雅に挨拶を交わすなんて貴族って大変だわ。昔の自分では想像も出来ないだろうよ……。
「私、トゥーレーゼのエルステアと申します。こちらは、妹のアリシアですわ。」
お姉様に紹介されたので、スカートを少し上げてニッコリ微笑んた。幼女スマイルは、相手も子供なのでまったく通用しなかったようです。
「僕は、ヴレイスールのヤハウェです。こちらは弟のヤーヴェとヤーナス。そちらも無事で何よりです。」
子供達の交流がその後も行われた。なんか皆んな子供らしくないぞ。堅苦しすぎて疲れてしまったよ。自分と同じくらい小さい子も、同じ気持ちなのか退屈そうだ。
お姉様は、同じくらいの歳の子達と祈念式の話で盛り上がっているようで、楽しそうにしている。まぁ、皆んな祈念式の事は詳しく知らないようなので、当日の服装とか身につける物を自慢しあってるだけだっけど。
取り敢えず、当日のお姉様の姿は凄いんだぞ! と、言いたい気持ちは抑えておいた。皆んなびっくりするはず!
「エルステア、アリシアちゃん。こちらの確認は済みましたので、次に行きますわよ」
「はい、お母様」
「つぎは、どちらにいくのですか?」
確か、あと二つの領地の人と合流しているはず。また長い挨拶をしないといけないのか、と思うと少し憂鬱。
「次は、ミドルス領ですわ。ランドグリス、案内してちょうだい」
「はっ!こちらでございます」
ランドグリスお兄様に案内されて、ミドルス領の人達が集まっている場所に移動する。ヴレイスール領の人達はほとんど被害が無かった事もあり、豪華なテントが建っていたけど、ミドルス領はそれが無かった。
テントが積んだ馬車が襲われ、破壊されてしまったらしい。手綱を引いていた御者も行方が分からないそうだ。何とか無事にここまで辿り着けると良いのだけど……。
楽観的には考えられないけど、そう願うしかなかった。
お母様は、慣れた動きで深傷を負った女性と、少し擦りむいた男の子を魔法で癒し、適切な処置をメリリアと一緒に施していく。二人の息の合った動きに関心するばかりで、ただ見ていた。
お母様もメリリアも、人を助けてあげる事に何の戸惑いもない。むしろ、それが当たり前と言わんばかりに傷を癒していくのだ。
自分はそんな二人の行いを見て尊敬の気持ちでいっぱいになった。お姉様も、そんな二人を見てか一生懸命癒して回っている。早く魔法が使えるようになって、皆んなの手伝いになりたいと、心の底から思った。
役に立たない自分が歯痒い……。
「さっ、次は行きましょう」
「ユステア様、カルザス領の者達がいる場所は……無礼を承知で進言いたしますが、お嬢様方はお控え頂いた方がよろしいかと存じます」
ランドグリスお兄様の表情に少し影を感じる。
「お優しいのね、ランドグリス。そのつもりでしたから、安心したください。メリリア、この子達を馬車までお願いできるかしら」
「はい、奥様」
「少し時間が掛かるかもしれません。先に食事を取るようにしたくださいな。アリシアちゃん、お母さんはちゃんと戻ってきますから、お姉ちゃんとメリリアの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしててくださいね」
お母様は頭を撫でながら、自分の目を見る。その眼差しは少し悲しさを感じる。きっと、子供には見せられない事があるのだと察して、黙って頷いた。
「ありがとう、アリシアちゃん。いい子でお母さん嬉しいわ。では、エルステア、メリリア頼みましたよ。」
「はい、お母様。アリシアちゃん、馬車に行きましょう。」
お姉様か手を取って、馬車まで連れて行ってくれる。
カルザスの人達に、お母様の癒しが届きますように。背中の向こうにいる人達の無事を祈り、前を向いて歩いた。
夕食の席にはお姉様とライネだけで取った。お母様はまだ戻って来れないようだ。
自分達も野営をするための道具を積んだ馬車を失っている。
リリアとリンナが即席で馬車の上から大きな布を張り、さらに四方を布で囲って視界を遮るスペースを作ってくれた。布一枚隔てただけでも安心感が違う。馬車の中で温かい布で軽く身体を拭いてもらい、寝る準備をする。
布で囲われた場所に置かれたテーブルに、温かいミルクを用意してくれていた。お母様が来るまで寝たくない思いを、メリリアやリリア達が気を使ってくれたのだろう。その行為に自分は甘える事にした。
夜の森も中は肌寒かったので、温められたミルクで身体がぽかぽかしてくる。
「おねえさま、おかあさまは、まだもどれないの?」
「そうですわね。カンザル領から来られた方の治療が、大変なのかもしれませね」
頭では理解しているけれど、不安な気持ちを吐き出したくて言葉が出してしまう。この小さく幼い身体のせいなのか、それとも、お母様やお姉様に依存してしまっているせいなのか……。自分の心はどんどん弱くなってきていると認識した。
それでも、自分の今の年齢を考えれば相当しっかりしている方だと思う。いや、むしろ、そんな幼女はいないんじゃないか? と、ポジティブに考えたらなんだか楽しくなってきた。
「おとうさまたちも、はやくかえってきてほしいです」
「ええ、そうですわね。強い騎士団と一緒ですもの、元気な顔で朝には戻ってくると思いますわよ」
「ピィッ!」
何故か、お父様や叔父様の心配はそんなにしていない。うーん、不思議と絶対大丈夫! と思えてしまうのだ。言葉では表せない圧倒的な雰囲気を、あの二人は持っている。むしろ、その側にいるロアーナやレイチェル、ニルソンの安否の方が心配。
お父様と一緒にいる事で、めちゃくちゃ振り回されて、大変な目に合っている気がする……。
「お二人とも、まだ起きてらしたのですね。遅くなってごめんなさいね」
「おかあさま、おかえりなさい」
「カンザル領の方々の様子はいかがでした、お母様?」
お母様の顔色は特に変わった様子はない。今日一日でたくさんの魔力を使ったと思うのだけど、平然とした様子だった。
「皆さん無事に回復されたようですよ。私達が境界門に活路を切り開くのが間に合って、大事に至るような怪我人もそこまでいませんでしたわ」
「おかあさま、おつかれではないですか?」
「心配してくれてありがとう、アリシアちゃん。それっ! お母さんはまだまだ元気ですよー」
お母様はそう言って満面の笑みで自分を見ると、身体をひょいっと抱き上げて高い高いしてくれた。少しテンションの高いお母様に驚いたけど、疲労を感じさせない様子に安心を覚えた。
「お父様達もそろそろ戻ってくると思いますわ。明日は、ユグドゥラシルのある領地に入りますし、早く眠って備えましょうね」
「はい、お母様。お父様と叔父様は無事に戻って来てくれると信じてますわ」
「ええ、そうしてくださいまし。皆んなで信じていれば、神様は必ず良い結果に導いてくれますから」
お姉様は、お母様の言葉を聞いて目を閉じ、手を合わせて祈り始めた。自分も、お姉様に続いて目を閉じて祈る。お父様、叔父様、そして護衛騎士や騎士団の皆んなが無事に戻って来てくれますように。しばらく祈り続け、お母様に視線を向けると優しく微笑んでくれた。
「エルステア、アリシアちゃん。貴女達の祈りは神様に届いたようですよ」
そうお母様が話すと、視線を森の方へ向ける。
遠くから歓声が上がっている。戦場で聞いた声とは違う、喜びに満ちた声だ。
自分はお母様と目を合わせると、微笑みながら口を開いた。
「ふふふ、こんなに小さくて可愛らしい女神達のお願いですもの。さすがにディオスでも無視は出来なかったようですわ。ほら、もうすぐこちらに来ますわよ。貴女達、お迎えの支度をいたしましょう」
「むこうからきこえるおとは、おとうさまなのですね」
「無事に戻って来てくださったのですね。本当によかったですわ」
メリリア達にショールを掛けてもらい、少し身だしなみを整えてもらいお父様の到着を待った。布で囲われた場所の向こうでは、いまだに歓声の声が聞こえてくる。
勝利の凱旋をここにいる人達全員で祝っているような感じだ。早く自分達もお父様や叔父様の帰りをお祝いしてあげたい。逸る気持ちを抑えながら、布が開けられる瞬間を見逃さないように凝視した。
「待たせたな! 今戻った! 皆無事か!?」
バサッ! と布が開くと、お父様が上機嫌な顔で入って来た。所々、鎧に傷が入っているけれど、今回の戦闘で付いた傷かもわからないくらいで、いつも見ているお父様だ。
「おかえりなさいませ、ディオス。無事に戻れて何よりですわ。子供達がとても心配してましたのよ」
「おぉ、そうだったか! エルステア、アリシア、この通り無事であるぞ!」
お父様はそう言うと、腕を振り上げてからグィッと力こぶを作って見せた。その顔にはまったく疲労を感じさせないくらい笑顔だ。
ここに集まった他の領地の人達が見せる表情と真逆。戦場の最前線にいたお父様の表情の方が余裕があるのはどういう訳なのか……。
戦闘員と非戦闘員の違い? それにしたって、タフ過ぎやしませんか……。
「お父様、お怪我はないですか? そんなに動き回って大丈夫なのでしょうか」
「おぉ、心配はいらぬぞ、エルステア。傷ひとつ奴等から受けてはおらぬからな」
「そうだったのですね。お父様凄いですわ」
お姉様も心配が無くなったのか、お父様の言葉にはしゃいだ声を出す。
傷ひとつ付けられて無いってどういう事ですか……。お父様は本当に無敵超人ですね。開いた口が塞がらないとはこの事を言うのかもしれない。あまりの凄さにぽかんとしてしまった。
でも、本当に無事に帰ってきてくれて良かった。うちの人達は誰も欠けないでここまで来れたのだ。
「おとうさま、おかえりなさい!」
嬉しさで心がいっぱいになり、堪らずお父様に抱き着くと、身体がギュン! と宙に浮きあがった。
あまりの速さに身体がついていけない。一瞬、頭がクラっとする。
「アリシアも無事だな! ははは、相変わらず軽いのぅ!」
お父様に抱き着いたと思ったら、身体を持ち上げられてそのままグルグルと回される。
ちょっ、お父様、無事にここまで来れたのに……ここで止めを刺しに来ますか? このままだと、この身体が持ちません……助けて! お母様!
「ディオス!その辺でアリシアちゃんを開放してくださいまし! ぐったりし始めてますわ」
お母様に心の声が届いたようで、ギリギリ意識が落ちる寸前で開放されました。すぐ様、お母様は自分を抱きかかえて魔法を掛けてくれます。本当にここで果てるのかと思いましたよ……。
「戦い明けですこし気が高ぶってますわ。ディオス、少し反省してくださいませ」
お父様は、お母様に叱られて巨体を小さくしてしょぼんと項垂れた。この家の最強はやはりお母様のようです。自分を抱きかかえながら、お父様の前に出て威圧している。さっきまでの威勢は姿を消して小さなお父様になってしまった。
「ははは、ディオスもユステアの前では太刀打ちできぬな。これは愉快だ!」
「レオナール、そう言うな。その方もフレイの前では同じようなものだろう?」
「そんな事はないぞ? 俺は其方のような事はせぬのでな」
「ぐぬぅ……」
レオナール叔父様にも負けてしまったお父様は、居場所が無くなってしまった。顎の下をぽりぽり掻きながら困ったよう顔になってる。なんだかとてもお茶目なお父様になっていて、厳つい姿なのに可愛いと感じてしまった。
「おとうさま、びっくりしたけどたのしかったです」
自分の声を耳にした瞬間に、パッと明るい表情になるお父様。
少し顎を上げて、お母様の抱かれている自分に顔を向ける。
「なんて優しい事を言ってくれるのだ、アリシアは! どうだ、レオナール! 我の子はこんな事になっても心配してくれるのだ、羨んでいいぞ?」
「ディオス? 調子に乗らないと言いませんでしたか?」
「あっ、いや……そのだな、アリシアが良い事を言ってくれたのでな……」
急激な上昇と共に、一気に落とされたお父様……可哀そうに。
お母様もお姉様も叔父様も、そんなお父様の姿を見てクスッと笑う。
ここに来るまで、緊張の連続だった。そんな張りつめていた空気が一変したのが分かった。
皆んなの笑い声で、優しく穏やかな空気が運ばれ取り囲んでいる。
明日を無事に迎えられれば、待ちにまったユグドゥラシルの温泉街にいる。
不安は全部、お父様と叔父様、そして騎士団の人たちが一掃してくれたのだ。
夏の雨上がりの空のように、自分の気持ちが爽快に晴れ上がっていった。
沢山の傷ついた人々を献身的に癒して回った
お母様とお姉様。魔法大活躍です!
でも、アリシアちゃんはまだ使えなくて
ちょっとしょんぼり。
お父様も調子にのってしょんぼりだけど、
皆んな笑顔で集合です。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
ちょっとシビアな回でしたが如何でしたでしょうか。
祈念式編は……まだまだこれから本番です。
彼女達を待ち受ける出来事にご注目ください。
引き続き、お付き合い頂ければ幸いです。
読んで面白いとおもっていただけましたら、
是非、ブクマもしくは評価をお願いします。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。




