031:強行突破/バンテリアス領
バンテリアス領を早く抜け出した一行・・・
――まだ夜は明けていない。
暗がりの中、静かに馬車に乗り込む。
いつもより早く起こされたせいで眠い。
「おかあさま、ねてもいい?」
「ええ、アリシアちゃんはまだお寝んねしてても良いですわよー。こちらにどうぞ」
ひざをポンポンっと叩くお母様。
よじ登ってお母様の胸に身体を寄せて眠りつく。
お姉様に抱えられているライネも欠伸をかいている。
ライネも小さいもんね、おやすみなさい。
先行した叔父様達は、既に境界門付近まで進んでいるとお父様に連絡が入った。今のところ道中に危険な気配は無いそうで少し安心。
起きたら目的地に着いているいいなぁ。
希望を抱いて眠りについた。
「右手から新手です!」
「ドリス、マティウス! 右手の雑魚どもを蹴散らせ! 馬車に近づけるな!」
外から緊迫した声が聞こえてくる。
2日目とは違う。
まるで戦争映画の中にいるような感じだ。
金属がぶつかり合う音がすぐ側で聞こえる。
遠くからは散発的に爆発音もする。
直後、ズズゥン! ドゴォォォォォォッ! に近いところからとてつもない大きな音が響き馬車が縦に揺れた。
「後方の馬車2両を並走させろ! 射線を通すな!」
「おうっ!」
多分、ランドグリスお兄様の声だ。
怒りにも満ちた声で叫んでいる。
戦争だ、ここで戦争が始まっているのだ。
勝手に身体が震えてくる。
昨日の事なんて比べ物にならない。
今まさに命の危険に晒されている。
お母様の抱きしめる手に力がこもってくる。
「心配は無用ですよ。立派な騎士達が護ってくれてますから。ランドグリスの護りを抜けて私達のところまでは辿りつけませんよ」
余裕の笑顔でお母様は声を掛けてくれた。しかし、その笑顔は一瞬で視線を馬車の後方に向けると、厳しい顔に戻っていく。
不意にお母様はメリリアに目を向ける。
「メリリア、エルステアに例の物を」
「かしこまりました、奥様」
メリリアが馬車の下を開けて荷物を取り出す。
そんなところにも収納してたんですか。
床下収納のある馬車って……聞いたことないですよ。
「エルステア様、こちらを」
荷物から取り出した物は見覚えのある物だった。
お姉様の誕生日にナーグローア様からいただいたステッキとブレスレットだ。
「お母様……」
「貴女はもう立派な魔導士。何か起きた時でも自分の身を守る手段を教えましたよね」
お姉様の顔が強張っていく。
受け取る手は微かに震えていた。
――自分はその様子をただジッと見ているだけで、何も言葉を掛けられなかった。
お姉様は静かにブレスレットを手に嵌めて、ステッキを握りしめる。ステッキを握る手はまだ震えたままだった。
「使い方は覚えてますね? 用心のため持たせたと言いたいところですが……。もしこの馬車に何かあった時は、それを行使してメリリア達と共に境界門を抜けるのですよ」
「おっお母様。そんな事、私には荷が勝ちすぎていますわ。もう……お母様達と離れるのは嫌です!」
お姉様は目に涙を浮かべ、泣きそうな顔になる。
「安心なさいエルステア。貴女やアリシアちゃんを置いて離れるつもりはありませんよ。私達に力を貸してほしいの。今の貴女であれば出来ますわ。自分の力を信じてごらんなさい」
お母様は手を差し出して、お姉様の手をそっと握る。
今にも泣き崩れそうなお姉様は、歯を食いしばって我慢している。涙でいっぱいになった目でお母様を見つめ、唇をへの字にして静かに頷いた。
「良いですか、エルステア。お母さんが合図をしたら、それに魔力を込めて解き放ちなさい。あとはメリリアの指示に従って行動するのよ」
お母様の言葉にコクリと頷く。
「ピピッピィッ!」
ライネも覚悟を決めたような強い声を出す。お姉様はライネの頭を撫で、目尻の涙を指で拭って顔を上げた。
お母様に真剣な眼差しを向け、お姉様は口を開く。
「お母様の名に恥じないように、私、頑張ります」
「ふふ、ありがとうエルステア。貴女の勇気に感謝しますわ。皆んなでこの危機を乗り切りましょうね」
お母様はそう告げて微笑みと、目尻の涙をハンカチで拭った。その顔はなんだかとても嬉しそうだった。
「ユステア様、ディオス様からの伝言です」
馬車の外からランドグリスお兄様の声が聞こえる。
「教えてちょうだい、ランドグリス。」
「はっ! 申し上げます。信号弾の合図と共に境界門を抜けろとの事です」
「分かりました。ディオスにこちらの準備は整っているとお伝えください」
お母様の言葉を聞いたランドグリスお兄様は、前方に駆けて行った。
「聞きましたわね、エルステア」
「はい、お母様」
「貴女に無理を強いてしまう事を許してちょうだい」
お姉様は今度は自分からお母様の手を取る。
「私、もう5歳です。アリシアちゃんや皆んなを守ってみせますわ。だから、そんな顔されないでくださいませ」
「ふふ、そうね。エルステアは大きくなりましたものね。でも、ちょっと寂しいですわ。まだまだ、お母さんを頼ってくださいね。」
お母様が笑顔を見せると、お姉様の顔から強張った感じが抜けて穏やかになっていった。
伝令から戻って来たランドグリスお兄様より、お父様からの返事を受け取ったお母様。顔を引き締め、メリリアから幾つかの装飾品を受け取る。
普段、あまり着飾らないお母様には珍しく、イヤリングやブレスレット、ネックレスを付けたと思えば、脚にもリングを装着している。どれも高価そうな綺麗な魔石と装飾が施されていた。
あーこれ全部魔道具だ。
完全武装しているよ。
もう、初日から酷い目にあっているので、だんだん心が麻痺している。
自分は今、命の危機を感じるほど危険な目にあっているというのに、緊張感が全く無くないのだ。
己の無力さを嫌というほど痛感。
どうしてこの身体なのだろう、前の自分であれば少しは役に立てたかもしれない。
今できる事と言えば、大人しく黙って静観する事だけ。
感情の消えた心で2人を見つめていた。
「ランドグリス様、後方2両の馬車が襲撃を受けています!」
「ノイッシュ! ギュレオス! マッシュ! この馬車の守りを固めろ!」
「おうっ!」
ランドグリスお兄様は護衛騎士達に次々と指示を出す。
すぐそこまで、襲撃者かが迫ってきているのだろう。
お母様は膝に乗せていた自分をメリリアに渡して立ち上がった。いよいよお母様も臨戦態勢に移るのだろう。
「さぁ、エルステア。そろそろ私達も動かないといけないわね。私の唱える言葉に続きなさい」
「かしこまりました、お母様」
「貴女には少しのある魔法を使います。覚えておくと役に立つでしょう。まず、そちらを解除しなさい」
お母様はお姉様のステッキを指で示す。
すかさずお姉様はステッキに魔力を込め始め、呪文を唱えると、以前に見たカッコいい杖が現れた。先端に埋め込まれた魔石は魔力を帯びて光輝いている。
「アシュール!」
その言葉と共にお姉様は光に包まれ、銀色の鎧に金のドレスを纏った。
またこの姿を見られるなんて!
本当は祈念式で見るつもりだったのに。
どうしてこうなっちゃたのだろう。
「エルステア、よく出来ました。それでは行きますわよ。よろしくて?」
「はい、いつでも」
一瞬でお母様の身体が光を帯びた。超お母様モード……全身に魔力を纏っている状態だ。
以前にお姉様の魔力練習の際、本気を出さないで案山子が木端微塵になったのを思い出される。
今から何をするのか分からないけど、馬車が吹っ飛んだりしないよね?
「風の女神エンリエータよ! 竜巻の壁で我らに害を成す者へ憂いを与えたまえ!」
お姉様も復唱して言葉を述べる。
辺りからゴォォォォォォォっ! と物凄い風が起き、馬車にも強い風が当たる。
竜巻の壁って言いましたよね? いま竜巻起きてます?
「エルステア、そこまでで良いですわ。魔力を流すのをお止めになって」
お母様は依然魔法を継続中のようです。装飾品がピカピカ光ってるので分かります。
馬車の外から歓声が聞こえてくる。
「ユステア様、ありがとうございます! 後方の敵は一匹残らず片付きました」
「引き続き警戒をお願いしますね、ランドグリス」
「はっ! かしこまりました」
お母様は魔力を使うのを止め、椅子に腰を掛けた。
「エルステア、実戦で魔法を使ってみて何を掴めましたか?」
お姉様を横に座らせ、肩を抱き寄せる。
「魔力がスッと引き出されて、お母様の魔力と混じり合った気がしました」
「そうね、私も貴女の魔力を感じましたよ」
「混じり合った魔力が渦まいて、導かれるように凄い速さで飛んでいったのを覚えてます」
「よくでできました、エルステア。そこまで魔力の動きが掴めるなんて立派ですわよ。今回は、馬車の中から魔法を放ったので相手が分からなかったと思いますけど、私が目標まで誘導しましたの」
「そうだったんですね、お母様。ありがとう存じます。もっと練習してちゃんと魔法が使えるように頑張ります」
「ピッピピーッ!!」
「ええ、エルステアは頑張り屋さんですもの。この調子で頑張りましょうね」
お姉様はさっきまで強張っていた顔が嘘のように明るくなり、お母様の腰にヒシっと抱き着く。
ライネは二人の間に入りお姉様を讃えているようだ。
昨日まで一緒に怖がっていたお姉様とちょっと雰囲気変わった。なんと例えたらいいのか分からないけど、成長したというか……なんと言うか……。
身に着けている装備で凛々しく見えるせいもあるけど、芯が通った強さみたいなものを感じる。
人が成長する瞬間を垣間見た。
いきなり実戦投入という、お母様の荒療治感がすごいけど。
確かにお姉様は変わったのだ。
「エルステア、まだこの程度は始まりに過ぎません。油断は禁物ですわ」
「はい、お母様」
お姉様は、お母様から離れて少し緩んだ顔をキッと引き締める。その佇まいはとても凛としていて、頼もしさを感じた。
――あぁ、お姉様がさらに凄くなっていくよ。
馬車を2両失ったが、そのまま境界門まで止まる事無く駆けていく。止まったら何が起こるか分からないため、馬車はさらに速度を上げて行った。
「エルステア、メリリア、先の方で大規模な戦闘が起きているようですわ。備えてくださいまし」
「かしこまりました、奥様。アリシア様はこの身に代えてもお守りいたします。」
「よろしく頼みますね、メリリア。」
お母様は自分の頭に優しく触れる。
「おかあさま……」
「大丈夫ですよ、アリシア。お父様と叔父様が何とかしてくれますから。外に飛び出さないように、メリリアから手を離してはいけませんよ」
黙って頷き、頭に触れられているお母様の手をギュッと握りしめた。
「ユステア様! 境界門はバンテリアス領の反逆者に制圧され、現在、騎士団と交戦中との報告です!」
「バンテリアス領のベイトン様はいったいどうしてしまったのかしら」
「ベイトン様は、今朝、最上神の元に戻られたと飛報が届いております」
「そうですか。やはり……私達に選択の余地は無いようですね。信号弾を待って境界門を抜けます。ひとりも欠けてはなりませんよ、ランドグリス。戦場に着く前に一度馬車を止めなさい、皆に加護を与えます」
「はっ! 有難き幸せ。ディオス様に報告いたします!」
領主が亡くなって無法地帯化したって事?
でも、どうして自分達を狙ってくるのか理解できない。
昨日泊まったユーゼスには、周辺の領地からユグドゥラシルに向かって沢山人が来ているんだよね。その人達も襲われているって事になるのかな……。
自分達は叔父様やランドグリスお兄様達が護衛に付いてくれているから被害は少ないけど、護衛の少ない領地の人達は襲われたら酷い目にあっちゃうんじゃ。どこの領地の人達も、お姉様と同じように祈念式に出席する子供が乗っているはず。
想像すればするほど、胸の辺りに痛みを覚え気持ち悪くなっていく。皆んな楽しみにユグドゥラシルを目指しているのに、台無しにする奴らが許せなかった。
「ユステア! ここで馬車を止めるぞ」
お父様の声で馬車が止まる。
もう追いかけて襲ってくる人はいないようだ。
「貴女達は馬車から出てはいけませんよ。直ぐに済みますので待っていてくださいね」
お母様はお父様の手を取り馬車から出ていく。
お姉様はライネを抱いて、自分の隣に座る。
「アリシアちゃん、私もメリリアもついてますから大丈夫ですわ。そんな心配そうな顔は似合いませんことよ」
「ピッピピィッ! ピィッ!」
笑顔でお姉様が励ましてくれる。ライネもちっさい癖に気を遣ってくれているように鳴いた。
「お待たせしました。これから揺れが大きくなる事もありますけど、お父様と私の加護を付与しましたのでここの中にいる限りは安全です。どんな事があっても馬車から出てはなりませんよ」
お姉様と自分は揃って頷く。
「メリリア、この子達をよろしく頼みますね。私は御者台に座り路を開きます」
「おかあさま?」
「ふふ、そこから見えるからお母さんは見えるので、安心してくださいな。」
お母様が馬車の前に座っているリフィアを指差す。リフィアが座っている場所は御者台って言うのね、知らなかったよ。
同じ馬車に乗っているなら安心だ。お母様が居なくなる心配は無くなって胸を撫で下ろした。
この先を進むと争いの中に飛び込む事になる。
こんな事は人生で経験をした事がないし、経験したい思った事もない。
お父様もお母様もすごい人なのは知っているけど、心は恐怖で凍りついていく。メリリアに縋り付くように身を寄せて震える気持ちを落ち着けようとした。
「出発! このまま一気に道を作る! 我らの加護には何人も近づけぬ! だが、気を許すな! 続け! ユグドゥラシルの猛き獅子たちよ!」
「おうっ!!」
「ウゥォォォッ!!」
「ピィッ!!」
何故かライネも声を上げた。
本能なのかな。
勇ましいよライネ。
ちょっと見習わないといけないね。
ドォッドドドドドドドドッ! と馬が一斉に駆け出した。
どんどんスピードが加速し、馬車の振動が激しくなる。
立ち止まることの許されない騒乱の中に、馬車は飛び込んでいった。
先行する叔父様達の安否は!?
同じ目的を持った他領の人々は!?
境界門で何が起こっているのか......。
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いつもお読みいただき有難うございます。
ユグドゥラシル編はまだまだ続きます。
変わらずお楽しみ頂ければ幸いです。
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毎日1話の更新は現在も継続中です!
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。




