029:落ち着けない旅路/バンテリアス領
初日から散々、また散々。
カチャカチャと食器の音だけ聞こえる。
とても静かな朝食。
誰も言葉を発しない。
昨晩の事があって、今日は食欲がないので朝食はパスした。ご飯を食べないなんて初めてかもしれない。
少し寝足りないので、お母様に胸にしがみ付いて惰眠を貪っている。
「とても良いテントでしたので、お家と変わらず快適でしたわ。またこうしてお外で泊まりたいです」
「ピッピィ!」
お姉様とライネは昨晩ぐっすり眠っていたので、騒動を知らない。自分も何があったか詳しくは知らないが物々しかったのは確かなのだ。
聞こうとしても、お父様もお母様もランドグリスお兄様も教えてくれるような雰囲気ではない。むしろ、聞いてはいけない様な感じさえする。
食卓の近くでガツガツ骨つき肉を食べているガイア。
いつも通りの食べっぷりをしている。
おーい、ガイア。昨日何あったのか教えて。自分の心を読んでくるガイアなら、この心の声も聞こえているはず。教えてくれませんかねー。ガイアが食べるのを止め、チラリとこちらを向く。
「あー、ウォッホン!」
ビクッとガイアが身体を震わして咳が聞こえた方を見る。自分もチラリと横目で見た。
お父様とガイアが視線を交わしている。
この二人で何かテレパシーみたいなものでやり取りしている感じがするんだけど……。お父様が視線を逸らすと、ガイアは鼻を鳴らして肉を食べだした。
ガイア、何があったのー? 教えてよー。
くそう、全く反応してくれなくなったよ。
何となくお父様が口止めした感じする。
子供に教えられない事なのか、それとも教えても意味のない事なのか。周りを見渡しても、昨日と特に変わった様子無いんだけど、何かがあったのは確かだ。ちょっとくらい教えてくれても良いのにねー。
不満をたらたら思いながら、朝食が終わるのを待った。
――撤収が終わるまで、地面にラクガキして時間を潰す。
お手伝いしようかと思ったけど、子供が行っても何の力にもなれないので諦めた。
テントやベッドを解体したり、重そうな箱を馬車に積み込む様なパワー系の仕事ばかりだからね。布を巻いたりするのも、巨大過ぎて自分の身体では足手まといでしかない。
「アリシアちゃん、この鳥さんはライネですか?」
お姉様が地面に描いたラクガキに興味を示してくれた。
「はい、ライネがおおきくなったら、こうなるのかなってそうぞうしました」
「ピッピィピッィ!」
まんまるのライネが小さい羽を広げてラクガキと同じポーズを取る。
あはは、勇ましくてカッコいいぞライネ。
「ほう、これがライネの成長した姿か、よく描けているなアリシア」
お姉様とライネと遊んでいると、お父様も顔を出してきた。ライネ風のラクガキに関心している。褒められてちょっと嬉しい。
「ライネはおおきくなったらこうなる?」
「うむ、アリシアが描いたような気高さを持った強い幻獣になるぞ」
「まぁ、そうなのですね。良かったですわねライネ」
「ピッピィ!」
ライネがまた同じポーズを取った。
まだ丸々ふかふかの雛だから、カッコいいより可愛いが優ってるけど、将来が楽しみだね!
「アリシアは、成長したライオコーンを知らぬのによく描けたな。此奴の親はこんな感じでな、口から火炎を吐いてくるのだ。羽も燃えるように輝いて、剣も魔法も跳ね返してくるので、なかなか厄介であった。」
ちょっと、ライネのスペック高いよ!
まるで、火の鳥みたいだよ……。
「ライネはすごいのですね。」
「うむ、ライオコーンであらばエルステアの護衛には最適であるな。其方にも頼れる幻獣をつけてやらねばいかんな。」
お父様は、膝を曲げて屈む。
そっと手を伸ばして頭を撫でてくれる。わしゃわしゃに髪を乱されたけど、その手は優しかった。
多分、昨晩の事でお父様なりに思うところがあったんんだろうね。
自分の事を考えてくれていると分かって嬉しくなった。
とびっきり頼れる幻獣待ってますよ、お父様!
「おとうさま、すごくカッコいいのがいいです!」
お父様の手を取り上目で見つめ、少しだけリクエストした。
「うむ。任せておくのだ。其方にピッタリの幻獣を贈ろう」
「ありがとうぞんじます。おとうさま」
お父様から言質をいただきました。
その言葉に期待が膨らんでいく。
高鳴る気持ちを、地面に描いた未来のライネのラクガキにぶつけるように加筆して遊んだ。
ガイアが寄ってきて自分も描け言わんばかりに身体を押し付けてくる。
ご機嫌だからいくらでも描いてあげるよ!
描きあげたラクガキに満足したのか、出発ギリギリまでガイアはその場に伏せて動かなかった。
幾らでも今度描いてあげるから早く行くよ!
その言葉を理解したようで、身体を起こす。
それでも離れ難いのか足を動かそうとしない。
馬車が動き出してガイアが小さく見え始める。
そんなに嬉しかったのかー、じゃあ、次の宿で描いてあげるからおいで。
途端にガイアはコッチに身体を翻して一目散に駆けてきた。
本当にしょうがないですね。ガイアの姿を見て顔が少しにやけていく。
「ふふ、アリシアちゃんは何か良いことがあったのですね。笑顔がとても素敵ですわ」
起きてからずっと表情が曇っていたせいだろう。
お父様とガイアのおかげで笑顔になれたのかな。
ただ、原因は何も明かされていないので不安は払拭できていない。
「おかあさま、あの……」
「アリシアちゃん、お父さんもお母さんも皆んなちゃんと側におりますよ。だから心配しないでね」
お母様に言葉を遮られ抱きしめられる。
やはり、聞いてはいけない事なのだ。
優しく抱きしめるお母様に身を任せ言葉を噤む。
もう何も起こりませんように……。
誰ですか迷惑かける人は! 初日から散々ですよ! 全く!
石畳の街道を只管馬車は走り続けている。
お昼を回って馬車の中で昼食を取る。自分は食後のお乳をお母様に頂き、お昼寝の準備をする。
まだ叔父様と合流は出来ていない。
お昼には合流すると聞いていた気がするけど、時計がないので正確には分からない。
日時計じゃアバウト過ぎて当てにならない。
お昼寝から起きたら合流していると願ってます!
ライネもお眠のようで、二人揃っておやすみした。
「そこの馬車止まれ!」
「止まらぬと謀反の罪で捉えるぞ!」
怒鳴り声で目が覚める。
昨日は寝不足だったからお母様の上でしっかり熟睡できていたのに。
「止まらねば撃つ!」
いやいや、どうしてこうもトラブルが起きるんですか?
勘弁してくださいよ。物騒過ぎます。
お父様や叔父様の領地ではないから何が起こっても不思議じゃないけど、立て続けに起きすぎ!
「全体止まれ! ランドグリス! ガイア、馬車の護り固めろ!」
馬車が緩やかに動きを止めていく。
それでも、止まった反動で前につんのめってしまいそうになる。
馬車は急に止まれないのです!
「我等は、バンテリアス領ホートルの警備隊である。近隣で盗賊が発生し被害の報告を受けている。その馬車の積荷を改めさせて貰うぞ」
「それは許可出来ぬな。我等を誰と心得ての話であるか! この隊の責任者は誰か!」
外の様子は全く見えないけど、野太い声とお父様の大きい声だけ響いてくる。
お姉様の顔が青ざめて震えている。
少しお母様の膝の上から身を乗り出して、手を差し伸べようとした。
「エルステア、こちらにいらっしゃい」
お母様の声でお姉様がこちらに身を乗り出してきたので触れられた。
そのままライネを抱え、お母様の横に座る。
震えたままのお姉様が可哀想だ。
「だいじょうぶですおねえさま、おとうさまがまもってくれます」
「えっええ、そうですわね。お父様もお母様もここにいますものね。アリシアちゃんありがとう」
お母様はお姉様の肩を抱き寄せて笑顔を向ける。
「心配いりませんよ。この辺りの警備の人達のようですし、直ぐに帰って行きますわ」
はぁ、楽しい旅行の筈なのにどうしてこうなるのか。
平和ボケした世界で生きてきたせいで、ギャップが激しすぎる。
本当にいちいち物々しくてハラハラしっぱなしだよ!
「ここの隊の責任者は私だ。ホートル市長の命を受けての積荷改めてである。抵抗すれば命の保障は出来かねぬ」
「ほう、この馬車がトゥレーゼ領の領主の物であると理解していても行うと言うのだな?」
「如何にも、ここバンテリアス領である。他領の領主であっても領地の法に従って頂く」
「良かろう。改めるが良い。だが、女子供の積荷の馬車は必要なかろう。査察は控えて頂こう」
お父様はわざとこちらにも聞こえるような大声で言っている気がする。
とりあえず、こちらには来ないようなので緊張が少し解けた。
「おねえさま、こちらにはこないようですよ。あんしんですね」
「そっそう見たいですわね」
お姉様の顔はまだ引き攣ったままだ。
ライネにも緊張が伝わっているのか、ソワソワして不安そうにしている。
早くどっか行ってくれ、お姉様の顔が真っ青だよ!
荷物をひとつひとつチェックしているのか、馬車はまだ動かない。
お父様や、メリリア達が査察に対応しているようで、積荷の説明をしている声が聞こえる。
緊張しっぱなしでおむつは既にぐっしょりしている。
でも、外に知らない人だらけの状態で交換して欲しくないので黙った。
カチャリと扉に触れる音がして、馬車の中に緊張が張り詰める。
声を押し殺し、扉を凝視する。
「おいっ、それに手を触れるな!斬って捨てるぞ!」
ランドグリス兄様の怒声が聞こえる。
「チッ!」
「おいおい、俺達を斬って捨てるだと? テメェ! 刃向かうつもりだな!」
扉一枚向こうから殺気の篭った声が馬車の中に響く。
「ヒッ!」
「ピィッ!」
お姉様は声にならない悲鳴を上げる。
ライネも同じように声を上げた。
お母様は魔力を込めているようで、手の平に魔力の塊を浮かべる。
外から聞こえる怒声の応酬は一向に収まらない。
ランドグリス兄様がかなり怒っているのか声がどんどん大きくなっていく。
「おうっお前ら、この生意気な騎士をやっちまえ! 市長の命に従えぬ罪人である! 斬って捨てよ!!」
あぁぁぁぁ? 戦闘が始まっちゃうよ!!
お父様、助けて!!
お母様の膝の上に居ても震えが止まらない。
ガチンッと金属がぶつかり合う音が聞こえる。
その瞬間、お父様の声が響いた。
「静まれい!! 今この者が剣を向けた相手は王の騎士団である。王の剣にお前達は刃を向けた!」
「なっ、こいつが騎士団員だと? そんな情報は無かったぞ! 出鱈目を抜かすな!」
「ほぅ。我を疑うか。ランドグリス! 王から賜った証を見せい」
「はっ! ディオス様」
お父様に命じられてランドグリスお兄様が王の証とやらを見せたのか、辺りが静まり返った。
一触触発の自体は避けられたのか?
その直後、馬車の右手から地鳴りが聞こえてくる。
一人や二人では無い、無数の馬が駆けてくる音だ。
もう何なんだよ! あっちからもこっちからも気がおかしくなる!
昨日から一変に色々な事が起きすぎてもうキャパオーバーですわ。
もうお家に帰ろうよ、こんな事ばっかりもう嫌だ!
「おかあさま、おうちにかえりたい」
縋るようにお母様の顔を見つめて呟く。
「大丈夫よ、あの大きな音は叔父様達ですから」
「うぅ、でも……もう……」
こんな思いはしたく無い! お姉様の顔が白くなって卒倒しそうじゃないですか。
「レオナール遅いぞ!」
大きな音をさせて迫ってきた一団は馬車の横を駆け過ぎていく。
「待たせたなディオス。大事は無かったか?」
「ああ、ちょうど王に楯突いた謀反者供を捕らえようと思ったいたところだ。此奴らあろう事か騎士団に剣を向けおったぞ」
「ちっ違う、我等はそのようなつもりは無かったのだ。この者が騎士団員だと知らなかったのだ」
さっきまでめちゃくちゃランドグリスお兄様を罵っていた警備隊の人達が弁明を口にする。
「しかし、剣を向けたのは事実であるな。ランドグリス、この者達は逆賊として処刑相当であるがどうする?」
「そうですね、逆賊を生かしておく必要はありませんので、団長に報告を入れ然るべき処置を行おうと思います」
「ひっ、おっお助けを騎士様。わっ我々は市長から、この馬車の荷物を持って帰るように指示を受けただけなのです。決して王に刃向かうつもりなどありませんでした。どうかお助けください」
おいおいおい、積荷を奪うつもりだったんじゃないですか! 警備隊に託けた職権乱用だ!
「やはりか、ホートルに伝えておけ! 祈念式が無事済んだ後に全身全霊を込めて礼に行くとな! それまで首を洗って待っているが良い」
「良いのですか、ディオス様? 騎士団に直ぐ向かわせて殲滅する事も可能ですが」
「問題ない。何処に逃げようが此奴らは既に逃げ場は無い」
「はっ! 念のため騎士団に報告だけいたします」
「散れっ! 痴れ者供!」
お父様の声で、警備隊の人達が悲鳴を上げながら遠ざかっていく。
「終わったようですよ、お二人共。頑張りましたわね。もう安心ですよ」
「うぇぇぇん、お母様ぁ。怖かったの、怖かったのです!」
「ピィィィッ!」
お姉様は緊張の糸が切れて声を出して泣き出した。
自分も助かったという思いもありつられて泣く。
昨日の夜から今日に駆けておかしい事だらけだ。もしかしてさっきの警備隊が昨日の夜に起きた騒動の原因?そうであればもう安心できるのだけど、安易にそうとは思いきれない。お母様が昨晩の事には言及してくれないからだ。
多分この先、この旅路でまだ何か起きる予感。
もう、出発の時の楽しい気持ちは失せ、鈍より不安な思いが胸を覆っていく。
次々と荒事に遭遇するアリシアちゃん一行。
お家と外は別次元。
アリシアちゃん、エルステアちゃんの精神は
持つのか!?
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いつもお読みいただき有難うございます。
何とか皆様の応援でやってこれてる感じがします。
合わせて、誤字報告も本当に助かってます!
これからもお引き立ていただければ幸いです。
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