024:お父様の愛情
狩りにいったまま帰ってこないのです。
お父様とガイアが狩りに行っていると聞いてから五日。
まだ、二人は戻ってきていない。
本当に大丈夫なのか。
流石に心配。
お姉様も、こんなに長く不在にしているお父様を心配している。
でも、お母様もメリリアもいつもの事と言って、心配する素振りも見せない。
「もう直帰ってくると思いますわ。二人とも安心してちょうだいな。」
「旦那様の事ですから、希少な獲物を見つけて夢中になって狩っていると思われます。」
二人がそう言うなら問題ない気もするけど、所在不明だとやっぱり落ち着かない。
「おとうさま、はやくかえってきて。」
思わず呟いてしまった。
お姉様が側にきて腕を回して抱きしめてくれる。
「そうね、早く帰って来るのを願いましょう。」
お姉様も不安でしょうがないのだろう。
こうやってくっ付いていると少し気持ちが落ち着く。
さらに二日が経った。
まだお父様達は帰って来ない。
流石に長過ぎるよ?
本当に大丈夫?
朝からまったく落ち着かない。
お姉様と窓から庭を眺める。
「おねえさま、みちのむこうがうごいた。」
「どこですの?あ、あれはゴーレムに積もった雪が落ちだけですわ。」
お互いに動く物を見つけては報告し合って、今か今かとお父様の帰りを待った。
「ふふ、ディオスは幸せでしょうね。こんな可愛い子が帰りを待ってくれているのですもの。」
「ええ、奥様。旦那様が知ったら大変喜ぶと思います。」
お母様とメリリアは相変わらず心配していない。
一般的に近場の狩りであれば二、三日で帰る。
希少な獲物や、大型の獲物を狙った狩りだと、遭遇できるかできないかで日数がかかる。長い時は一年くらい待つ事もあるらしい。
今回の狩りは季節限定の希少な獲物だそうで、見つかれば三日、四日で戻れるらしい。
ちょっと長くかかっているのは、数を狩っている可能性が高いそうだ。
希少な獲物ほど、魔法の触媒だったり魔道具やゴーレムの素材になるのでストックはいくつ合っても困らないらしい。
うん、そう言う事は早く教えて。
お父様はどれだけ狩ってるんでしょうね。
素材山盛りで帰ってくるのかもしれないです。
そうは言っても心配なのは変わりない。
嬉々として無事にお父様が帰ってくる事を願うばかりです。
この世界に、無事に帰ってくる事をお祈りする時は誰か祈る対象があるのかな?
「おかあさま、おとうさまが、ちゃんとかえってくるおいのりしたいです。」
そんなお祈りがあるかは分からないけど、お母様ならきっと知っていると思って聞いてみた。
「アリシアちゃんはお父さん思いですわね。ええ、教えて差し上げますわ。一緒にお祈りしましょう。」
やっぱりあるんだ。
さすがお母様。
知らない事なんてないのですね!
お姉様は既に教えてもらっているようで、窓の外に向かってお祈り中でした。
自分もお祈りしないと!
さぁ、お母様教えてください。
「良いですかアリシアちゃん。私の後に続いて祈るのですよ。」
「はい!おかあさま。」
祈りますよー。お父様とガイアがちゃんと帰ってきてくれるように!!
「太陽の女神シュレス、その情熱を持って雪を溶かし、輝く光で我らが願いし者を帰郷の路へ導き給へ。」
げげ、ちょっと長いのですけどお母様。
これを復唱するのは無理ですよ。
さっきまで祈ると息巻いてたけど、長すぎて覚えきれないです。
これじゃ、お父様もガイアも帰ってこれなくなっちゃうよ。
自分の祈りがそんな効果があると思ってないけど、後悔しそうで胸がざわざわします。
「たいようのめがみ......。」
「シュレス。」
お母様が詰まったところを優しく教えてくれる。
ありがとうお母様。
頑張って全部言います!
「シュレス、そのじょうねつをもってゆきをとかし......。」
「輝く光で我らが願いし者を。」
「かがやくひかりで、われらがねがいしものを.......。」
「帰郷の道へ。」
「ききょうのみちへ。」
「導き給へ。」
「みちびきたまへ。」
出来た、出来ましたよ!お父様とガイアがちゃんと帰ってきてくれるように祈れました!
「おかあさま、ありがとうぞんじます。ちゃんとおいのりさいごまでいえました。」
「よく出来ました、アリシアちゃん。これでお父様はちゃんと帰って来てくれますよ。」
「アリシアちゃんはお利口さんです。お父様達に祈りが届いた筈ですわ。早く帰ってきてくれると良いですね。」
お母様もお姉様も祈りを最後まで言えた事を喜んでくれました。
もう一回一人で言えと言われると、正直まだ無理だと思うけど。
何か覚える方法を考えないとダメかもしれない。
窓の外から庭の奥に目を向けて記憶力の無さを痛感していた。
もうすぐ夜が来るのか、灰色の雲がぼんやり赤く染まっていく。
陽が落ちちゃうよ、今日もお父様達は帰ってこないのかな。
不安な気持ちで夜が来るのをジッと眺めている。
遠くに見える森はすっかり暗くなって闇に包まれてきた。
「おとうさま、もうかえってきてください。」
そう呟いて窓から離れようとした時、森の奥からおぼろげな光が見えた。
「あっ、あのひかり!」
あれはもしかしたらお父様達かも!?
「おかあさま、もりからひかりがでました。」
おぼろげだった光は、どんどんこちらに近づいて来てハッキリした光に変わって行きます。
部屋に居たメリリアはリンナに何か指示を出し始めました。
「あら、帰って来たようですわ。エルステアとアリシアちゃんの祈りが神様に届いたようですね。」
「お母様、やっとお父様が帰って来たのですね。祈りが神様に届いて良かったですわ。」
どうやら、お父様達で間違いないようですね。
本当に祈りが届いたかは分からないけど、祈って良かったよ。
本当にお父様が帰って来たら遅いって文句言わないいけないね!
「アリシアちゃん、神様にお父様達が帰って来たお礼をしましょうね。」
あっ、またお祈りですか?
長いと祈りきれないかもしれませんよ。
「太陽の女神シュレスに感謝の祈りを。」
膝を床につけ、両手を握り顔の側まで上げて目を閉じる。
顔を上げ空を仰ぎ見て祈りの言葉を口にする。
シンプルですね!これなら大丈夫ですよお母様。
「たいようのめがみシュレスに、かんしゃのいのりを。」
ふふふ、今度は一人で出来ましたよ!
「偉いわアリシアちゃん。今度は一人で言えましたね。それじゃお父さんを迎えにいきましょう。」
お姉様と元気に返事をして、玄関に向かう。
お父様が帰って来る。
本当に心配させ過ぎですね。
玄関の向こうからガッチャガッチャ音がする。
メイノワールが少し扉から下がって欲しいと言われ、数歩後ろに下がった。
それを見たメイノワールは、玄関の扉をそっと開ける。
開けた扉から冷たい空気が音を立てて流れ込む。
うわっ、外寒っ!
家の中にずっと居たから、外がこんなに寒いとは思わなかったよ。
開けられた扉から、大きな人影と中位の影が姿を現わす。
お父様とガイアだ。
無事だったんですね。
「お父様!」
お姉様は足早にお父様の元に向かって抱きついた。
自分も後に続いて足元に抱きつく。
「おとうさま、おかえりなさい。」
少し目が潤んでいる。
こんな寒い中で狩りをし続けるなんて。
無茶し過ぎじゃないですか?
嬉しさと呆れた気持ちが絡み合う。
「おお、娘達。帰ったぞ!」
「ガウッ!ガゥッ!」
お父様とガイアは満足気な顔で帰宅を告げる。
「帰ったじゃありませんですわ。お父様。私達がどれだけ心配したことか。」
「ユステア、これはどう言う事かな?」
お姉様の言葉にお父様は何故か不思議そうにしている。
かー!こういうとこダメじゃない?
皆で心配していたのに。無神経というか鈍感?
「ふふ、貴方がいなくて、二人とも心配で寂しかったのですよ。」
「おお?そうだったのか。それはすまんかった。許せ。」
「ガゥゥッ!」
そうだったのかじゃないー!
本当にもうしょうがないお父様ですね。
許せの一言で済まされるものでは無いと思うよ。
ガイアも何変な声出してんですか。
「心配かけたな二人共。もう安心して良いぞ、どこにも行かぬからな。」
「はい、次からは帰る日をちゃんと教えてくださいまし。心配で眠れませんわ。」
「ははは、約束しよう。其方らに心配を掛けてはいかんな。」
お父様と約束を交わして、少し気持ちが落ち着いてきた。
屈託のない笑顔をこちらに向けるお父様。
どこまで本気なのか分からないけど、約束したのだ。
ちゃんと約束は守ってくださいね。
「二人にはお土産を用意してあるぞ。欲しいか?」
ふむ、お詫びですか?
内容次第で受け取ってあげない事もないです。
お父様は大きな麻袋から無造作に取り出す。
「これはエルステアだな。」
お姉様の手に一輪の花が渡される。
「なんて綺麗なお花なんでしょう。氷の様に透き通って輝いてますわ。」
お姉様は驚いた表情で手に取った花を眺めている。その手には、百合の花の様な形をしているけれど、青い水晶で出来た様な透明な花びらをしていて、薄っすらと中が光輝いているのだ。
「これは、フェーレーズの花と言ってな、吹雪の中でごく稀に咲く希少な花なのだ。この花は採った後も萎れず咲き続けるのでな、其方の花飾りに使うと良いぞ。」
もしかして、これを採るために吹雪にも関わらず探しながら狩りをしていたのかな。
だとすると、お父様に謝らないといけない。
「お父様、ありがとう存じます。こんなに素敵な物をいただけるなんて……。」
お姉様はあまりの嬉しさに言葉が詰まる。
目には大粒の涙が流れ、頬を止めどなく伝っていった。
自分もさっきまで責めていた気持ちの後ろめたさと、お父様の愛情に胸が押しつぶされそうになる。
「エルステアにここまで喜ばれると、採って来た甲斐があったな。」
「今回は随分と時間が掛かりましたわね、ディオス。」
「ああ、ひとつだけであれば直ぐ終わったのだがな、流石に三つともなると時間が掛かったぞ。」
お父様はそう告げると、また袋に手を入れ取り出し始める。
「これはユステアだな、受け取ってくれ。」
今度は、薄っすら赤色に輝く水晶の様な花を手にしている。
「ありがとう、ディオス。私に付けてくださいますか?」
「うっうむ、よかろう。」
お父様は、ちょっと照れくさそうにお母様の髪に花を差して付けてあげる。
娘達の前でイチャイチャですか。
夫婦歴がどのくらいか知りませんが、仲がよろしいですね。
「どうですか?似合いますでしょうか?」
「おかあさま、とてもきれいです。」
「綺麗ですわ、お母様。」
お母様の髪にすごくよく似合っていて、美しさが更に増した感じです。お父様はお母様が似合う色を分かってらっしゃる。満点です!
「エルステア、祈念式ではそちらの花を、こうして飾り付けると良いですわよ。」
「私もお母様の様にですか?」
「ええ、貴女もとても可愛いですもの。似合いますわよ。」
お姉様は褒められて頬を染める。
うん、お姉様もとても似合うと思いますよ。
ナーグローア様にいただいた装備と合わせたら、女神降臨とか皆んな思ってしまいそうですね。
今から楽しみです!
「これはアリシアだな。受け取るが良いぞ。」
自分が受け取った花は白い水晶の花びらに、微かに黄色の光が中から発している。これもとても綺麗です。
「ありがとうぞんじます、おとうさま。」
お父様の女性に贈るプレゼントはセンスありすぎですね。
それぞれに合いそうな物を贈ってくれる。すごくマッチョなのに、とても繊細な心配り。自分が男だった時には出来ない芸当ですわ。
自分、女の子で良かったかもしれない。
お父様のいっぱいの愛情を感じ、待っている間に感じていた不安はすっかり消えてしまった。
逆に、お父様がこれだけの事をしてくれたのに文句を言おうとした事に恥ずかしさを感じる。
「おとうさま、ごめんなさい。」
「どうした?アリシア。其方は何も悪いことはしておらぬぞ?」
お父様は困った顔で自分を見る。
帰ってくるのが遅い事。
心配かけ過ぎた事。
それを含めて責めようと考えていた。
でも、お父様は皆んなのために寒い中頑張っていたのだ。
そんな気持ちを分かっていなかった事が、本当に申し訳なく感じて、思わず謝ってしまった。
「おとうさま、がんばってくれたのに……。」
ごめんなさい。狩に夢中になって時間を忘れていると思ってごめんなさい。
自分が泣き出すと、お姉様も釣られて泣いてしまった。
「お父様、ありがどう。」
「ありがどぅ」
二人でまたお父様に抱きついて泣いた。
「なんだか分からんが、喜んでくれて良かったぞ。」
「クゥゥン。」
お父様もガイアもちょっと狼狽えている。
「祈念式は、三人でこのお花を髪に飾って行きましょうね。きっと素敵ですわよ。」
「おぉ、そうしてくれるか。エルステアの晴れ舞台だからな、親族も着飾ればいい引き立て役になるであろう。」
「ガゥゥッ!!」
お父様が寒い中採ってきてくれたこの綺麗な花。
初めての祈念式で着飾れる嬉しさを感じながら、お父様にしがみ付いて泣き続けた。
自分の意思では制御できない心が、泣き止むのを許さないようだ。
ありがとうお父様。皆、お父様が大好きなんです。
我儘は言わないから、次はちゃんと帰る日教えてくださいね。
お父様だから出来るプレゼントに
二人は感動しちゃいました。
祈念式でお揃いの綺麗な花で飾れば
注目間違いなし!?
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