022:さよなら魔王様
ついに魔王様が帰ってしまうようです。
「祈念式のお宿は、温泉街のベルドラースですのね。」
「この子達が温泉に興味があってな、既に手配済みなのだ。」
ナーグローア様は、顎に手を当ててしばし考えると閃いたように口を開く。
「では、私もベルドラースにしましょう。」
ポンッと手を打つと、騎士のアナトさんを呼びつけた。
「祈念式のお宿はベルドラースにします、手配してちょうだい。」
「かしこまりました。お泊りは前後5日間でよろしいですか?」
「そうねー。ディオス、貴方達の滞在はどの程度ですの?」
「ベルドラースには祈念式が始まる3日前に到着する予定だ。中継地をいくつか経由していくのでな。」
祈念式はユグドゥラシルのあるところだっけ。
家から結構遠そうだね。馬車の中でもよおしたら、また便器でおしっこしないといけないのか。あれも勇気がいるんだよなぁ。
「そう。では私は先に行って貴方達が到着するのを待ってますわ。アナトそれでよろしくてよ、お願いしますわ。」
ナーグローア様の言葉に頷いたアナトさんは、そのまま部屋の外に出て行った。
ナーグローア様はしばらくこの家に滞在してくれたけど、今日でお別れしてしまう。一緒に笑ったり、遊んでくれたり、時には優しくしてもらったりで、家族の一員のように感じていた。
お母様のお友達だけど、大きいお姉様って感じでもっと一緒にいたい。
そんな思いが胸に詰まってきたのに......。
居なくなっちゃうのは寂しいな。
「ナーグローア様も一緒のお宿なのですか?」
「ええ、エルステア達と同じですわよ。向こうでいっぱい遊びましょうね。」
「嬉しいですわ。面白いものがたくさんあると聞いてますので、楽しみにしてますわ。」
「ナーグローアさまといっしょ。」
嬉しそうな顔で温泉街の散策ポイントの話を聞くお姉様。ナーグローア様もとても嬉しそうに説明している。むむ、これが女子トークってやつか?自分も混ざって女子力を上げた方が良い?
と思っていたら、お母様もナーグローア様の会話に混ざっていく。
「確か三番温泉は、竜族が浴槽にヒビを入れてしまったとかで改修工事と耳にしてますわ。」
「あら、そうでしたの?残念ですわ。私、三番温泉の湯が一番気に入ってましたのに。」
「それでしたら、十五番温泉もオススメですわよ。お肌が潤ってとても良いの。」
「まぁ、それは行かないといけませんわね。貴重な情報ですわ、ユステア着いたら案内してくださいな。」
お母様が加わってからは美容効果のある温泉の話ばかりになっていく。
うーん、自分もお姉様もまだ美容とか気をつかう歳じゃないし、興味がないんだよね。
「エルステアとアリシアが喜びそうな物と言えば、アレですわね。」
ん?ナーグローア様なにか面白そうな物を知ってる?
「そうですわね、アレでしたら二人とも喜びそうね。」
ナーグローア様とお母様がこちらを見て微笑んでいる。えっ何、何があるんですか?ちょっと気になるんですけど!
「お母様、温泉に何があるんですの?教えて頂きたいですわ。」
お姉様も自分と同じ気持ちだったみたい。
アレじゃ分からないですよね!
お母様教えてください!
「ユグドゥラシルの温泉はね、大きな霊鳥フレベルディアの巣があるの。成長するととても大きのですけど、産まれた雛達はとっても可愛いのよ。よく巣から飛び出しては温泉で遊ばれますの。」
「フレベルディアの雛は人懐っこいので、貴女達と仲良くなれるかもしれませんわよ。」
温泉地で猿がお湯に入ってくるような感じ?
可愛い動物がいると分かって、お姉様の目がキラキラ輝いてます。
フィニョンのぬいぐるみ大事にしてますし、動物が好きなのですね。
「雛は可愛いのですか?」
「ええ、とっても毛がふわふわしていて可愛いですわよ。」
お姉様の頬が紅潮していく、相当興奮しているようです。
そんな幸せそうなお姉様を見ていると、こっちも幸せになっちゃいますね。
「おねえさま、おんせんたのしみですね。」
幸せな顔のお姉様の喜びをもっと近く共有したくなって両手を取って抱きついた。
「アリシアちゃんも一緒に雛と遊びましょうね。とっても楽しみですわ。」
お姉様が自分を抱きしめ返してくれると、幸せな気持ちが胸に広がっていく。
温泉に早く行きたいな。
「ナーグローア様、そろそろ帰国のお時間でございます。」
あぁ、もう帰ってしまうのか。
さっきまで祈念式や温泉の話で賑わっていた部屋の空気が変わった。
ナーグローア様にこのままここに居て欲しい気持ちが募る。
お姉様も少し気持ちが沈んでいるように見えた。
「エルステア、アリシアちゃん、名残惜しいですけど、ナーグローア様をお見送りしましょう。」
「とも短い期間でしたけどとても楽しかったわ。貴女達と一緒に過ごせてとても充実いたしました。祈念式でまた会いましょうね。」
また会えるけど、行っちゃやだなぁ。
スカートを握りしめて涙をグッと堪える。
でも、勝手に涙が出てくるんですけど!
「ナーグローアさま、またあそんでくださいね。」
頑張って声を出して別れの挨拶を言った。
言った途端にドバッと涙が溢れかえる。
「ナーグローア様、沢山の贈り物をいただき、ありがとう存じます。一生大事にいたしますわ。」
お姉様も目を潤ませて、声を振り絞って挨拶を告げた。
「貴女達は優しいですわね。帰るのが惜しくなっちゃいますわ。」
ナーグローア様はそう言って、自分達の前に膝を付く。
優しくて甘い匂いが自分を包み込む。
お姉様も自分もナーグローア様にしっかり抱きしめられていた。
涙はもう止まらず、ナーグローア様の服を掴んで泣く。
「ナーグローアさまいかないで。」
「ナーグローア様、行かないでくださいまし。」
お姉様も自分も口々に引き止める言葉を口にした。
我儘な事を言っているのは分かっているけど、言わないといけない。
それぐらいナーグローア様の事を思っている事を伝えたかった。
「ふふ、良い子ですね。また会えますから安心してくださいな。貴女達の事は忘れませんから。」
ナーグローア様は優しく頭に手を翳し泣き止むのを待ってくれた。
「ほらほら、可愛い顔が台無しですわよ。女の子は笑顔でいなくちゃ。」
そう言うとナーグローア様の指が光り、自分達の目元にそっと触れる。これはお母様にもやっていただいた癒しの魔法だ。
「可愛い顔に戻りましたわ。いつも笑顔を忘れてはダメですよ。」
「ディオス、ユステア。お世話になりましたわ。次に会う日をたのしみにしてますわね。」
メイノワールが玄関の扉を開けると、ナーグローア様はゆっくりと馬車へ向かう。
「ナーグローア、帰りは一人で独走するでないぞ。アナト、しっかり帰らせるようにな。」
「は!この身に代えて国に帰還いただきます。」
「ちょっと、失礼しちゃいますわ。今回はちゃんとお供を置いて行きませんことよ。むしろ、ゆっくり帰ってくださいまし。」
眉間に皺を寄せてぷりぷりとナーグローア様が怒っている。
その姿を見て、さっきまで泣きじゃくっていたのに思わず笑みが溢れる。
ナーグローア様は通常運転ですね。
「ナーグローア、次に会う時はエルステアのお披露目になりますわね。楽しみにしていてくださいな。」
「ええ、ユグドゥラシルが驚く顔を早く見て見たいですわ。あのジジイ、腰を抜かすかもしれませんわね。」
次にお会いするのは祈念式か。寂しさはまだ拭えないけど、笑顔で見送らないと。
「ナーグローアさま、ごきげんよう。」
「また会う日まで。」
お姉様と最後の挨拶を告げると、ナーグローア様は馬車に乗り込む。
笑顔でこちらを見て、馬車を走らせた。
雪が避けられた道を駆けていく。
どんどん離れていく馬車が見えなくなるまで見送った。
また、一緒に遊んでください。ナーグローア様。
ナーグローア様が居なくなった家に戻る。
お姉様も自分も傷心気味だ。
そんな自分達を見てか、お母様が抱きしめてきた。
「二人とも頑張りましたね。ちょっと泣いちゃいましたけど良くできました。さぁ、皆で昼食にしましょう。」
お母様は優しく頭に触れながら褒めてくれる。しばらくお母様の優しさに甘えて身を委ねた。
張り詰めた思いが徐々に解かれていく。
下半身が爽快になっていくのを感じる。
これは出てますね。あんなに涙を出したのに、こちらは大量ですね。
「おかあさま、おしっこでてる。」
親と娘の感動の触れ合いが台無しである。
しかし、徐々に下着が重くなってお尻が垂れていく。
止めらんないのよ!一回出たらノンストップです!
「アリシアちゃんお利口ですわよー。お尻が被れちゃう前に取り替えっこしましょうね。」
もこもこしたお尻で歩みがぎこちない。
横漏れさせないように慎重に。
「いっぱい出ましたねー。スッキリしたでしょうー。キレイキレイしてお昼食べましょうね。」
いつも通りにお母様におしめを替えてもらって、皆でお昼を取った。さっきまでの騒がしさは無くなり日常が戻ってきている。
「お母様、私達もゴーレムが欲しいのですけど。」
歯切れの悪い感じでお姉様が口を開いた。
「わたしもほしいです。」
お姉様に続いて要求してみた。
お母様は変わらずニコニコ笑顔を向けてくれる。
「もちろん良いわよー。今度はどんなゴーレムが良いかしらー。」
「私、フィニョンのゴーレムが良いですわ。」
ナーグローア様とのお別れを引き摺ってた様子のお姉様だったけど、声が弾んで笑顔になっていく。
「わたしきしをつくる。」
お母様が作ったような、カッコいいゴーレムを作るのだ!
「ふふ、ではお昼を食べて、お昼寝してから作りましょうね。それまで作りたいゴーレムを想像してくださいな。」
前回は火を噴くだけしか能力を付けられなかったので、お母様にどんな能力が付与出来るのか聞いてみた。
ナーグローア様のへんてこな盾人形には、魔法を無効化して更にそのまま相手にはね返す能力が付いていたそうだ。
お姉様のフィニョンゴーレムには、跳躍力と避ける能力を高める魔法が付与されていた。
お母様の騎士ゴーレムは、剣から斬撃を出せたり、魔法の無効化、自動再生、相手の攻撃を先読みする魔法が付与されていてチート過ぎて口が塞がらない。
勇者がどうとか言ってたけど、騎士ゴーレムにこてんぱんにされそうだね。可哀想に何処かの勇者さん。
それよりも、ナーグローア様、お姉様のゴーレムに手加減してたんじゃん!今度会うときにはびっくりするゴーレムを見せてあげなくちゃ!
「おねえさま、ナーグローアさまがおどろくゴーレムつくりましょう。」
「ええ、そうね。次は手加減なんてさせませんわ。」
二人で鼻息を荒くして再選を誓った。
次は負けないぞぉー!
「なんだか楽しそうだな、我もゴーレム作りに参加しても良いか?どうだ、ユステア?」
自分達が盛り上がっているのを見て、お父様も混ざりたそうに見つめている。
「ゴーレムを作るの楽しいのですよ、お父様。」
「いっぱいまほうつけてつよくするです。」
さっきお母様に教えてもらった事をお父様に教えていく。お父様は笑顔で話を聞いてくれた。
「旦那様、午後は溜まっているお仕事がございます。ですが、お嬢様方のお昼寝が終わるまでに処理できましょう。」
「そうか。これは早く終わらせねばならぬな。メイノワール!直ぐに始まるぞ!」
お父様が興奮した声でメイノワールを連れてお仕事をしに行った。家族皆でゴーレム作りですね。
お姉様、自分、お母様の並びで川の字のようになってお昼寝を始めた。お母様のお乳を頬張っていると、お姉様がピタリと背中に付いてくれる。二人の温かさを感じながら意識が途切れた。
お昼寝から覚めると、既にお姉様は起きている。暖炉の前で、ネグリジェに肩から羽織物をして編み物をしていた。刺繍もお勉強も出来て、魔法も覚えちゃってるお姉様はお母様と同じくらい凄い人なのだ。
あの編んでいるの物は何かな?
尊敬の眼差しでお姉様を見ていると、こちらに気がついて笑顔を向けてくれた。本当に天使様だよ、天使様が微笑んでいらっしゃいますよ。
「アリシアちゃんよく眠れましたか?」
「はい、いっぱいねむりました!」
天使なお姉様に元気に返事を返すと、お母様も起きられた。
「おはよう、エルステア、アリシアちゃん。着替えたらゴーレムを作りに行きましょうね。」
「はい。お母様。」
喜び勇んでメリリア達に着替えをしてもらって、ステップを踏んで演習場に向かった。
演習場の中にはお父様が待ち構えている。
「おお、皆起きたか。我も仕事が終わったので参加出来るぞ!さぁ、作ろうかユステア。」
この中でお父様が一番テンション高いんですけど。
夫婦なのに一緒にゴーレム作った事ないの?
そんな疑問が生まれたけど、二人の関係は自分には推測しようがないので、横に置いといた。
それより最強のゴーレム作らないと!
ゴーレム作りの部屋に入り、自分とお姉様は粘土を確保し形を作り始めた。一度作ったのでこの工程くらいは覚えているのだ。
お父様は、お母様の初心者講習を受けている。お父様も意外と指先器用なんだよね。どんなゴーレム作るのかな、ちょっと気になる。
お母様が作ったような騎士になるように頑張って作った。作ったのだけど強そうに見えない……。
シュッとしたスタイルにカッコいい剣と盾を持たせたイケメン騎士にするつもりだった。
しかし、出来上がったのは斬るより叩いた方が強いかもしれない太い剣と所々に穴が空いた歪な盾を持ったゴブリンファイター。
どうしてこうなった?
おかしい、美術も技術の教科もそこそこ優秀だったはずなのに、何故こうなる?ゴブリンファイターの前で己の技量の無さに項垂れる。
お姉様は前よりクオリティの上がったフィニョンを仕上げていた。そう、そうだよ。普通は前より良くなるんだよ。
何故だ!?
そして、悔しいことに初めて挑戦したお父様のゴーレムの出来が良い。
自分が最初に作ったドラゴンとは比べものにならないくらいカッコいい。翼まで付いてて、出来の良い骨董品に見える。
良い仕事してますねー。お父様。
悔しい。
お母様は、前回は男の騎士だったけど、今度は女性騎士だ。お父様に合わせたのか背中に翼が付いてる。これも素晴らしい出来栄えです。
二人とも良い仕事してますねー。イチジュウヒャクセンマン……。
皆、凄くて悲しい。
一人だけブルーになっていた。
「アリシアちゃんよく出来てますわねー。お母さんがちょっとだけ触っても良いかしらー?」
「はい。おかあさま。わたしうまくできなかったのです。」
お母様は意気消沈している自分を横目に、ゴブリンファイターに少し手を入れてくれた。
顔の歪みをちょっと整え、瞼をクリッと大きく開いて、散切り頭も整えると可愛い女の子の顔になった。どうして?ちょっとしか直してないのに!
見違えたゴブリンファイターもとい、ぽっちゃり可愛いファイターを見て驚愕した。
「後は、ここをこうして直すとー。はいアリシアちゃんの出来上がりー。」
お母様が最後の仕上げをすると、そこには幼女騎士が立っている。
「おー、勇ましいアリシアが出来たな。これは我も欲しいぞ。エルステアのも欲しいな!」
「ダメですよ、これはアリシアちゃんの物ですから。直ぐ欲しがるのですから、悪い人。」
お母様は微笑みながらお父様を嗜める。
カッコよく成形された幼女騎士を見て顔がにやけてくる。お母様が仕上げてくれたけど、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。
「アリシアちゃん良かったわねー。落ち込んでたから心配してたのですよ。」
自分の不器用さにショックを受けていたのがお姉様にも伝わっていたみたいです。優しい言葉が泣けてきます。
「おねえさま、しんぱいしてくれてありがとうぞんじます。」
「アリシアちゃんが笑顔になって、お姉ちゃん嬉しいですわ。」
思い思いに納得するゴーレムが出来たので、次の工程、稼働指定と魔法付与を話し合いながら決めていった。
最後の仕上げは、これまた秘密。
魔石の定着に1日かかるそうです。
ナーグローア様とお別れになってしまった悲しさは、家族皆と遊んだ幸せなひと時で思い出に変わった。
早く明日にならないかな。
魔王様カムバーック!!
次に会う時は最強ゴーレムでリベンジ!
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応援いただいたおかげでございます。
合わせて、誤字報告や感想ありがとうございます。
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