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019:魔王の訪問理由

018:魔王と冬の妖精の続きです。

 月明りに光る雪の精 静寂の世界で舞い踊る


 窓から小さな顔が見ているわ 貴女も一緒に如何です


 光る 光る 雪の精 踊る 踊る 小さな子


 耳元から優しい歌が聞こえてくる。この身体になる前に耳にした歌と同じ声の人じゃないかな。歌詞の内容が自分が昨晩に体験した出来事と同じ感じ。


 誰だろうこの声の主は。


 耳を声のする方に傾ける。どうやら声は直ぐ近く、自分の真上にあたる場所から聞こえてくる。


 という事は......。


 ちょっと顎を上げて目を薄っすらと開けていく。


「お目覚めですか?アリシアちゃん。気持ちよく眠れましたか?」


 お母様が起きたことに気づいて声をかける。同時に、歌声も止まってしまった。


「んー、おかあさま。おはようございます。おかあさまがうたってくれていたの?」


 にっこり微笑むお母様は、自分を頭を撫でながら答えてくれる。


「ふふ、お気に召しました?アリシアちゃん。昨日の夜の貴女を歌にしてみたのよ。」


 やっぱりそうだよね。身動きできなくてもがいてた時に聞こえた歌声の主。あの時から既に自分はお母様と一緒だったんだ。そう考えると何だか無性にお母様に抱き着きたくなって、小さい腕でしがみ付いた。


「あらあら、どうしちゃったのかしら。今日は甘えん坊さんのアリシアちゃんですねー。」


 自分でも分からないけど、こうしていたいと心が騒ぐ。お母様もそんな自分を見てか優しく自分を包んでくれた。


 あったかいなぁ。心がどんどん満たされていく。


「ユステア、アリシアは起きられたのかしら?」


 この声の主は、すっかり忘れかけてたナーグローア様だ。二度寝でさらに記憶から消えかけていたよ。まだこちらにいらっしゃってたんですよね。失礼しました。


「沢山寝たのでもう起きられると思いますわよ、ナーグローア。子供が寝ている間、大人しくジッとしていられるなんて私驚きましたわ。」

「むー、子供扱いしましたわねーユステア。貴女と歳は変わりませんことよ?」


 お母様の言葉にナーグローア様はぷぅっと頬を膨らませて怒っています。ナーグローア様の怒った顔がとても可愛らしいのですけど。


「ユステアもお腹空いてるでしょう。そろそろお昼ですし一緒に行きませんこと。」

「ええ、この子も起きたので向かいましょう。ナーグローアもジッとしていて大変でしたでしょう。ありがとう存じます。」

「可愛い貴女の子供のためですもの当然ですわ。面倒なのが来る前にいろいろ話しておきたい事もありますし。」

「あら、まだ従者達はこちらに来ていらっしゃらないの?」


 驚いた声でお母様はナーグローア様に問いかけます。そう言えばそうだ、ナーグローア様は魔王なのにお供がいる様子が無い。この部屋にいるメイドはメリリアとフィリアだけだし。


「お節介なのがいないから、私は自由を満喫しているのですわ。」

「まぁナーグローアったら。」


 お母様は口に手を当てて笑っていた。ナーグローア様もニッと笑っている。


 王って何だかんだ仕事がいっぱいあって大変なのかな。確かに仕事に忙殺されるとすべて放り出して旅にだって出たくなる衝動に駆られてもおかしくないね。自分もクライアントと会社の両方から詰められて、あっちもこっちも炎上して取集が難しくなった仕事の時に、全て放棄して全力で逃避行したくなったし!


 きっとナーグローア様も、王国の執務に追われて友達のお母様がいるここに来たのだろう。ナーグローア様心行くまでここでゆっくりしてください。


 おしっことうんこでいっぱいになってるおむつをお母様に取り換えてもらって、皆でお食事を取る事になった。おむつを取り替えている時に、ナーグローア様が興味津々で様子を見ていた。


 さすがに、家族以外に下半身を露出してもろ出しの姿を見られのは恥ずかしい。


 ナーグローア様、そんなにじっくり見ないでください!あっ臭いからって鼻を背けると傷つきますよ!


 経験のない出来事を目の当たりにしたナーグローア様は満足そうにしてますけど、思わぬ羞恥プレイにちょっと心にダメージ入りました。まだ女性だったから心の致命傷は避けられた気がする。




 皆で食堂に向かう途中で、お姉様も午前中のお勉強が終わったようで合流。ガイアもお腹が空いてきたのか庭から戻って来た。


「ちょっと早いが昼食にしようか。メイノワール支度は出来そうか?」


 お父様の問いにメイノワールは既に整っていると返事を返し、皆を昼食会場に案内する。ちょっとした誤差もあっという間に間に合わせてくる手腕。さすがメイノワールとうちのメイドさん達だ。


 今日はナーグローア様もいらっしゃるので、昼食も豪華らしい。自分のメニューもパンや肉の料理を出してもらえた。といってもまだ全然量が食べられないので、皆の器に入っている量の三分の一程度だ。でも、同じようなメニューを食べさせてもらえるのはちょっと嬉しい。


「うーんっ!このビジャモンのスズロワースはなかなか美味しいですわね。昨日いただいたハブのロイヤルセーブも良かったですけど、私はこちらの方が好きですわね。」


 ナーグローア様は出される料理にひとつひとつ感想を述べていく。どれも気に入ってくれているようで、美味しそうに食べている。


 昨日の夜に見た冬の妖精の話や、お姉様の魔法練習が順調にいっている事、家の改修も順調でまもなくトイレが設置される事など家族の報告で賑わった。ナーグローア様の従者達が昨日到着出来なかった話もあった。今日の夕刻までには到着すると連絡が来ている事を知ったナーグローア様のテンションが一気に下がったので皆で苦笑した。そんなにお供が来るの嫌なのですね。


 美味しい昼食を堪能した後、ナーグローア様はお茶を一口飲みこちらを向いて口を開く。


「そうそう、ディオス。また人族が馬鹿なことを始めているようですわ。ご存じかしら。」


 お父様の顔がちょっと固くなるのを見逃しませんでした。


「ああ、我々のところにも人族に惑わされた愚か者どもが来たからな。不穏因子はすべて片づけたがまだあるのか?」

「やはり、ディオスのところにも来ていたのですね。こちらには勇者が顔出してきましたわ。」


 勇者ですか。この世界にはやっぱり勇者って存在があるんだ。一度お目にかかってみたいですね。


 ん?でもナーグローア様は魔王様だから、魔王様と仲の良い自分達は敵ってことになる?でも、悪い事してないから敵じゃない?うーん、良く分からないな。


「我が捕まえた勇者は、アレサンディウェール王に引き渡して牢獄に入っているはずだが、其方のところに出たのは別物の勇者かもしれんな。」

「こちらに出たのはほんの数日前ですわね。アレサンディウェールから私の王都まで辿り着ける距離ではありませんし、また増殖させたのかもしれませんわ。」


 お父様が勇者を捕らえたってどういう事?おまけに牢屋に入れたって。ナーグローア様は増殖させたって言ってますけど、勇者って増やせるものなの?お父様とナーグローア様の会話に心で突っ込みを入れていたらすごい疲れてきたのですが。


「そろそろそういう周期に来たって事になるな。しばらくこの世界もまた荒れそうだな。」

「ええ、薄々は感じてましたけど、貴方の話を聞いて確信しましたわ。ここに来た目的のひとつが確かめらえました。」

「して、この先どうするつもりだナーグローア。人族の勇者であれば他愛もないが、他の種族が加わってくると面倒だぞ。」


 腕を組んでお父様はナーグローア様の反応を待っているようです。ナーグローア様もちょっと考えて口を開きました。


「貴方達エルフ族は別として、敵に回ると厄介な天族と竜族には警戒してもらおうと思ってますわ。あの方たちが加わってしまうと王国がめちゃくちゃにされてしまうので復興するのが大変ですもの。」

「うむ、其方の言うとおりだな。奴らは歳を食っている割に未だに手加減ってものをしらなさすぎる。前回は竜族が世界で暴れまわってくれて散々な目にあった。その前は天族が極限広域魔法の禁呪を持ち出してきおったからな。」

「ほんとうにいい加減にしてほしいですわね。今回はユステアの子供達もいますし正直少し安心なのですけど、油断はできませんわね。」


 天族っていうのは羽の生えた種族で、竜族はドラゴンの姿をしている種族は勉強したから覚えてるけど、暴れると何するかわからないというのは初耳です。極限広域魔法ってなんですか、禁呪なんてこの世界にあるんですね!やばそうだから教えてもらえそうにないけど興味あるなぁ。


「ナーグローア、この子達も安全ではないの。だから油断してはいけませんよ。」


 お母様は真剣な表情でナーグローア様も見つめる。唇を少し噛んで悔しそうな顔をしていた。


「ユステア、そんな顔をしないで。貴女が悪い訳ではないのですわ。これからは私も貴女の力になるから安心してくださいませ。」

「ありがとうぞんじます。ナーグローア。この子達が無事に育つまでお願いしますね。」

「もちろんよ。貴女の大切な娘達ですもの。言ってみれば私の娘も同然、困った時はいつでも頼ってくださいまし。」

「おい、我の娘ぞ。其方何を言っているのだ?」


 ナーグローア様の言葉にお父様が慌てて突っ込みを入れる。


「あらー、私とユステアの関係に水を差さないでくださいませんこと。これだから男は嫌なのよねー。」


 お父様を横目で見て唇を端を上げて笑うナーグローア様。また悪戯っ子ぽい顔してお父様をからかっているようです。お父様も諦めたのかため息をはいて手を振った。


「あーもう良い。戯言を言っている場合ではない。もうすぐ開催される祈念式で行われる種族長会議でその話も議題にあがるであろう。天族と竜族にはしっかり伝えて対応させようぞ。」


 お母様もナーグローア様もお父様の言葉に頷く。とりあえずお父様達の話は纏まったようですね。結構深刻な話のようでしたが、いろいろ知らない事を知ってしまったのでちょっと楽しかったかも。


 自分に撫でられながら伏せをしていたガイアがむくりと起き上がる。皆の話が終わったので庭にでもいくのかな?


「ナーグローア、そろそろ従者達が到着しそうですわよ。」


 ナーグローア様が少し嫌そうな顔になり溜息をついて窓を見る。


「私の自由はここまでのようですわ。短かったけど楽しかったわ。」


 この世の終わりのような言葉を口にするナーグローア様は肩を落として項垂れていた。




 しばらくして、外に出ていったガイアが玄関の外から吠えている。どうやらナーグローア様のお供が到着したようだ。メイノワールやメリリアは既に玄関でお迎えするため整列していた。


 玄関の扉が開く音が聞こえてくると、たくさんの足音が聞こえてくる。従者の人達とメイノワール達が何かを運び込んでいるようです。


「旦那様、ナーグローア様の騎士アナト様をこちらにお通ししてよろしいですか?」


 お父様はナーグローア様を見て確認を取ると、彼女は観念したように頷く。お父様の指示でメイノワールは部屋の扉を開けて黒い鎧を纏った女性騎士が入ってくる。


 ナーグローア様も目にすると素早く跪き顔を上げて口を開いた。


「魔王様ご無事なようで何よりでございます。我らを置いて先行されるので肝を冷やしました。」

「其方らが遅いのが悪いのですわ。修練が足りなくてよ。」


 ツーンとした表情でアナトさんを見るナーグローア様。アナトさんは特に恐縮する感じでもないようで、平然としている。騎士だものね同様とか顔に出さないように訓練されているんだろう。


「早速ですが、魔王様。本日お召しになっている服は昨日のままでございますね。お召し代えの準備が整っておりますのでお部屋にお移りください。」

「嫌よ。メリリアに洗浄してもらったので綺麗ですわ。気になされないでくださいまし。」

「それでは王の示しがつきませぬ。エール、ニンフル、魔王様を運びなさい。」


 ナーグローア様ちょっと駄々っ子みたいになってません?お洋服を着替えるくらいで徹底抗戦の構えを取らなくても。お姉様と自分はナーグローア様の顔を見てぽかんとした。


 二人の騎士に腕を取られたナーグローア様。突如、彼女の目が光り出した。


「ユステア!」


 お父様はお母様の名前を叫ぶと、お母様は魔法を唱え薄い黄緑色をしたドーム状の物体が現れる。お母様は自分とお姉様をドームの中に入れると、庇うように立ち塞がる。


「魔王様、ここはお城ではございません。いつもの様に我儘を行えばどうなるかお分かりですよね。」


 アナトさんは冷たく微笑みでナーグローア様を見ている。


「ふん、ちょっと悪戯しただけよ。早く連れて行きなさい。皆さんちょっと席を外しますわね。おほほほ。」


 黒い鎧を纏った騎士に連れていかれるナーグローア様。アナトさんはお父様とお母様に一礼して着いて行った。お母様が咄嗟に庇う姿勢を取ったという事は、ナーグローア様が暴れそうになったって事かな?


「本当に滅茶苦茶な奴だな。大事にならずに済んで良かった。アナトも相変わらず気苦労が絶えないようだな。」

「本当に困った人ですわ。この子達に危害を加える事はないでしょうけど、お家が壊れてしまっていたかもしれませんわね。後できつく言っておきますわ。」


 お母様もナーグローア様にちょっと怒っているようです。


 着替え終わって戻って来たナーグローア様は、さっきまの威勢の良さは見る影もなく物凄くシュンとした顔で現れた。これは相当絞られたのではないでだろうか。完全に覇気が無くなっていた。


 ナーグローア様の従者が一番怖いかも。

この世界では勇者は厄介な存在みたいですね。

魔王様の手綱を握る人達が到着です。


この後、萎縮した魔王様はどうなる?


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いつもお読みいただきありがとうございます。

毎日1話更新できているのも皆さまの応援のおかげです。

合わせて、誤字報告もご指摘いただきありがとうございます。


読んで面白い続きが読んでみたいと思った方は、ぜひブクマもしくは評価をいただけますと幸いです。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。


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