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042:聖女の奇跡 序

 黒いドレスに、黒い手袋。


 幼児でも、顔を覆い隠す黒いベールを付けられた。


 この世界のお葬式も、正装と言えば黒なんだな。


 お母様にお姉様、参列するメリリアやリリアも装いは黒一色だ。自宅で待機するリフィアだけが、いつもと変らぬメイド服で、黒い服ばかり目につき重苦しく感じていたので、その姿を見て安心を覚えた。


 幸いな事に、うちの家族には一人も被害を受けた者はいない。


 黒い靄と相対していたお父様や叔父様は、お兄様達はほとんど無傷だった。どうやって対応したのか聞いてみたかったけど、誰もが忙しく余裕のある感じではないので、話を切り出せてはいない。


 祈念式で相手にしたルードヴィヒ様の時には、お父様ですら太刀打ち出来なかったのだ。それと比べてしまうと、その違いには驚きを隠せない。


 一階でビシッと黒い服を纏っているお父様を、しげしげと好奇の目で見てしまう。お父様の甘く見てはいけない……お母様の言葉を改めて思い出した。


「では、参ろうか」


 お父様はいつもより声が低く、言葉少なめに自分達を馬車に乗るように促す。お母様達の表情はベールに隠れていて読み取れないが、笑顔では無いのは間違いない。


 周りの様子を感じ取った自分も、少し顔が硬くなり、ズキッとまた胸が刺すように痛んだ。


 この痛みがどうして起こるのか分からない……葬式が終わってからお母様に相談しようと考えていたが、このまま続くようであれば、すぐに相談しないとマズイかもしれない。この世界にどんな病気があるのか、自分はまだ知らないからね。まだ、死にたく無いし……何事も早めの報告は大事だ。


 胸の一瞬の痛みを抑えながら、馬車に乗り込み、家の敷地を出た。


 騒動があってから、初めて貴族街の様子を知ることができる機会だ。自分は、馬車の窓から外を覗き、様子を伺ってみた。


 自分の家の周りは特に変わった様子もなく、門や塀が壊れてひしゃげているくらいで、被害は少ないように見える。しかし、宮殿に近づくにつれて、目に映る光景は凄惨さを見せ、直視できない有様だった。


 広い道の至るところに大きな穴が空いていたり、半壊、全壊した屋敷を目にする。宮殿には豪華なお屋敷がたくさんあったはずなのに、見る影もなく更地と化していた。宮殿の城門も崩落していた様子を見せ、戦闘の激しさを物語っている。


 住んでいた人達は、逃げられたのだろうか……ここで戦っていた人達は、どれだけ傷付き倒れたのだろう……。凄惨な光景から、そこにいる人達の安否に気を奪われていた。


 敵と思われる人は、黒い靄を纏ったヘンリック王子ただ一人ではなかったのだろうか……モデルフォードも現れた? でも、二人だけでこんな広範囲に及ぶとは思えい……。他にもこの騒動に便乗した人がいたとか……。


目に映る光景以上に被害の範囲は広さを感じ、騒動の原因となる者がどれだけいたのか自分では推測がつかなかった。


 馬車が宮殿に近づくほど、自分の胸はズキズキと痛み始める。顔から脂汗が吹き出てきて、熱で頭が朦朧としてきた。


「おかあさま、むねがいたいです……」


 堪らず、お母様に胸の痛みを訴え、苦しみから解放されたいと願った。


「アリシアちゃんは、人の痛みに敏感なのですね。少し気持ちが晴れるように癒して差し上げますわね」


 お母様は、背中をさすりながら魔法を呟く。背中から徐々に、人肌よりも温かい何かが伝わってくる。胸の痛みが少し和らいでいくのを感じ、押さえていた手を離しお母様の肩に触れ、そのまま身を委ねた。


「ありがとうぞんじます、おかあさま。すこしいたみがなくなってきました」


 これ以上、窓から外を見続けると、胸の痛みがもっと強くなる予感がし、目を閉じてジッする事にした。


「また痛くなったら教えてくださいね。お母さんは何度も癒してあげますわ」


 背中を摩ってくれる温もりの心地良さから、自然と意識が遠のいていった。


「おとうさまぁ、起きてください。置いてかないで!」


 何処からか少女の悲痛な叫び声が聞こえてくる。


「あなた、どうしてこんな事に……」


 少女以外にも、泣き叫んだり、声を殺して泣いている音が耳に入ってきた。その声は、ひとつやふたつでは無い。自分の周りから、次々と聞こえてくる。


 目を閉じて真っ暗な中、悲壮感漂う声に脳がぐるぐると回っていくような錯覚を覚えた。


 悲しみの声を耳にすればするほど、胸の痛みが強くなりパンッ! と張り裂けそうになる。自分は、この苦しさに堪えようと、目を閉じたまま耳を手で塞ぎ、お母様の胸に顔を寄せた。


 今、自分は何処にいるのかは分かっている。


 意識を閉じている間に、葬式の会場に入ったのだろう。この悲しみの声は、亡くなった人達の親族や友人。現世でも、何回も葬式には参加した経験があるので、イメージはついている。


 志半ば……若くして……不慮の……予期せぬ死……。


 突然の別れに、誰しも悲しみに暮れるのは当然だった。


 声を聞くだけでも分かる状況に、目を開き、彼等の様子を目にするのが辛いのだ。その光景を見てしまったら、自分も同調し感情を抑えられない気がした。


 臆病だと笑われても構わない。この小さな体と心では、人々の悲しみを受け流すことは出来ないのだ……。


「アリシアちゃん、良いのですよ。無理をする必要はございませんの」


 耳を塞ぐ自分を見て、お母様はゆっくりと頭を撫でて耳元で呟いた。自分はその言葉に甘えるように、お母様の胸に顔を埋めた。


「サントヴリュッセルの為に戦った! この勇敢な者達に! 最上神ハルヴェスマールの加護があらんことを!」


 王様の声が部屋の中に響き渡ると、悲しみの声は掻き消され、辺りは静寂に包まれる。この世界で一番偉い神様の元に、死んだ人達が無事に戻れるように願う言葉。


 でも、残された人にとっては、この言葉は残酷な別れの言葉になる。


 王様の言葉で、悲しみの声はより一層大きくなり、胸の痛みが激しくなり呼吸が浅くなっていく。


「おっ、おかあさま。くるしい、くるしいです……」


 お母様は、自分の訴えを聞いて直ぐに呟き魔法をかけてくれた。スーッと胸の支えがとれ、呼吸が楽になる。純粋に、この場の雰囲気に流され、感情の起伏から起きる痛みだけでは無い。


 何かが自分の中で起きようとしている……?


 咄嗟に、お母様の服を強く握り身体をビタッと押し付ける。


「おかあさま、なんだかわからないけど、からだがおかしいのです」

「アリシアちゃん、手を開いてこちらをお持ちなさい。少し魔力が溢れてきているからですのよ」


 お母様の言葉に従い、手を開くと冷たい物が手に触れる。そのまま、ギュッと力を込めて握ると、身体の奥から何かがスッと逃げ出していく。


 同時に、胸の痛みも何故か和らぎ、心が穏やかになるのが分かった。


 何をお母様が持たしてくれたのかと、薄眼を開けて確認する。眩しい青い光が自分の目に映り、一瞬瞼を閉じた。青い光を避けて、恐る恐る手の中の物を見ると、そこには煌々と光る魔石が見える。


「おかあさま、これは?」

「この光はアリシアちゃんの魔力ですのよ。感情が揺さぶられて、少し溢れてきちゃったようですの。しばらく、そのまま握っていてくださいね」


 なるほど、自分の胸の異変はこの魔力のせいって事ですか……。それにしても、綺麗な光を出してますね。


 これが自分の魔力なんだ。興味深げに魔石を眺め見ていると、目を背けていた周囲の光景が目に飛び込んできてしまった。


 あっ……っと、思った時には、既に遅く……。


 目の前には、部屋いっぱいに白い棺が整然と並べられていた。どれだけ多くの人が亡くなったのか、無数の棺を見て顔を強張る。一人とか二人では無い。十や二十でも済まない数……。


そして、その周りで泣き伏している人達が目に映った。


 中には、自分と同じくらいの子もいて棺に倒れ込むように泣きじゃくっている。お父さんが亡くなったのだろうか、その姿を見て胸の鼓動が早くなり、手に持っている魔石が強く光だした。


「アリシアちゃん、こちらに交換しましょう」


 お母様は煌々と光る魔石を取り上げると、小さなステッキを持たしてくれた。


これって、お姉様の持っているステッキと同じ物じゃ? 手に取った時にそう思い、お母様に確認しようと思ったが、胸の痛みズキズキと強くなり口に出す余裕は無い。


ステッキが手のひらに触れた瞬間、ぐにゃぐにゃと変形し始め延びていく。


形が定まらないのか、ステッキはうねうねとするので、気持ち悪く見えて離しそうになった。


「大丈夫、そのまま握っているだけで良いのですよ」


お母様はそう言って、ステッキを持つ自分の手をそっと支えてくれた。


ステッキが変形するのと同時に、胸の痛みが取れ始め、魔石を握っていた時よりも気持ちが穏やかになっていく。徐々に心も落ち着きだし、胸の痛みについて考える余裕が出来た。


以前として、ステッキはうねうねとしていて、何かに成ろうとしている様に見える。お姉様のように触れただけで、銀色のカッコいい杖に出来ていたけど……どう頑張っても、自分には出来ないようです。


しばらく、どうやってこれを杖にするのかに思考を巡らせ、周囲の様子に気が向かないようにした。


礼拝堂の祭壇にいる王様が、長い別れの言葉が終わり、亡くなった人達の殉職による特別昇進とも言うべき内容が読み上げられていく。あまりに人数が多いため、途中で耳を傾けるのも辞めて、ステッキと向き合った。


うねうねステッキは、時折シュッっと細い針のような物を形作ってみたり、丸い円を象ってみたりと、迷走しているようだ。ハートのような形を見せた時には、思わず凝視してしまった。


お母様に、この状態について詳しく聞いてみたかったけど、さすがに葬式の最中だ……不謹慎な事は出来ない……。


黙って、ステッキと睨めっこしながら、思考の中に閉じ籠った。


「サントブリュッセル王! どうか、どうか、この子に慈悲を! まだ、生まれて間もない息子にユグドゥラシルの雫をお与えください!」


 礼拝堂の入り口付近から、女性の悲痛な叫び声が聞こえ、昇進を読み上げる人の言葉が止まった。


 女性の訴えかける声が、だんだんと近くに感じられる。声の主を見てはいけない……顔を向ける事を恐れた自分は、ステッキに視線を合わせ聞こえない振りをした。


「王よ! 我等の未来に慈悲はないのですか! どうか、お助けください!」

「其方の気持ちは良く分かる。だが、ユグドゥラシル無き今、無暗には出せぬのだ。我等の子を失う痛みは我も同じ。分かってくれ……」


 女性の声に、王様が力ない声で答える。


「そんな……あぁ……」


 王様に慈悲を求めていた女性は願いが叶わず、力ない声に変る……。


「ユグドゥラシルのしずく……それがあれば、みんないきかえるの?」


 自分はぼそっと呟く。


そんな力があるのであれば、今すぐにでも使って悲しむ人を救ってあげたい。


昨日からズキズキしていた胸から、何かが抜けたような感覚がした。その途端、堰を切ったように胸の奥から、何かが湧き出てくる。


「アリシアちゃん!」


 お母様が突然、自分に顔を向け大きな声で上げる。


その声と同時に、手にしていた杖から強い光が放たれ、目の前が白く覆われていった。

アリシアちゃんの胸の痛み……の原因は?

突然光を放つステッキに一体何が起きたのか!


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