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神に愛された悪役令嬢  作者: 穂波
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公爵令嬢の初めてのお茶会

すまん王子、再登場まで行かなかったわ。

もうちょいケーキ食って待っててくれ。



 王宮茶会当日。

 寒い冬が終わり、春のやわらかさが世界を包んで、何か嬉しいような、楽しいような気持になってくるのが春という季節だと彼女は思っていた。花や土や水の香りがまじりあった空気の甘さに、わくわくとなるような。どこかピンク色をまとったような、ふわりとした春の青空に浮かれるような。

 そんな穏やかな晴天に、彼女は内心で舌打ちした。チッ! チッ! チィッ!!

 いっそ、雷鳴轟く豪雨になればよかったのに。そうすればさすがに庭園茶会は中止だっただろう。

 ああ! でも! 花散らしの雨になれば、女神の祝祭が台無しになってしまう……!

 小さな恋人たちが泣いちゃう……!

 髪や胸に花を飾って、手を繋ぎ、時に追いかけっこをするようにきゃっきゃっとはしゃぐまだ性差も感じさせない無垢な小さな恋人たち。欠片も知らない子供たちの姿を思って、彼女はくっと憎々しげに見ていた青空を受け入れた。あの子たちの笑顔を守るためなら……! お姉さんは、我慢してみせる……!

 嫌だけど。嗚呼、嫌だけどぉー! 小さな恋が始まる尊さに比べたらあぁっ……!

 ドナドナされる子牛の気分で、彼女は侍女を引き連れて馬車に乗り込み、王城へと向かった。



 彼女が城へ現れると、息を飲み込んだまま、ひっそりとしたざわめきが起こった。各位貴族や他国の王族を迎え入れる場所にあり、数多くの麗人を知る城仕えの人間達も、思わず動きを止めて彼女の動きに視線を向けた。


 ――え? 妖精現れた?!


 静かに。けれどしっかりと、自分たちのお嬢様に向けられる礼賛に、背後に付き従う彼女の侍女たちは、胸を張って胸中で自慢し返した。


 ――さあ! 我らが妖精姫をとくと御覧あれ!


 そんな外野の無言のやりとりを知る由もなく彼女は早く帰りたいと意識を飛ばす。その物憂げな様が、周りにいっそう儚く優美な存在へと見せていることを彼女だけが気付かないまま、王宮の庭へと案内された。

「それではお嬢様、私共はこちらで待機しておりますので」

「ええ」

「いってらっしゃいませ!」

 やけに晴れやかな侍女たちの下がる頭に彼女はやる気のなさからゆったりと頷いて、お茶会の会場へと足を踏み入れた。ここが本日の戦闘会場だ。帰ろう、帰ればまた来られるから。また来るとは言っていないけど。

 あー、やだやだ。そう思いながらも、彼女は公爵令嬢の仮面をすっと貼り付けた。ほんのりと笑みを浮かべた仮面を貼り付けて、ゆったりと、ゆったりとした足取りで進む。

 薄桃色のドレスのレースが、彼女の背中で名残惜しげにふわりと棚引いていた。



 彩り鮮やかな花々に囲まれた庭園。淡い色合いの花弁が庭の空気を柔らかくしているような、明るく華やかな、それでいて初々しさも感じられるお茶会会場。そこには既に彼女以外の招待客が揃っていた。

 そこにふわりと現われた、薔薇から生まれた妖精姫。

 緊張しながらも、浮き立つ心地で囁くようにお喋りに興じていた少年少女たちは、あまりにも彼女が静かに入ってきたものだから、一瞬、気付くことができなかった。一人が彼女の存在に気が付き、唖然として固まるのが伝染するように、ひゅっ、と小さなお喋りの声が止み、それから一瞬遅れて彼らは慌てて立ち上がり跪拝した。

 このお茶会は、王太子の公務デビューを祝う名目で開かれたものではあるが、それと同時に彼女のお披露目の場でもあった。

 ジュリア・フロス・アストリッヒ公爵令嬢。

 四代振りに現れた、フロスの名を持つ彼女は、この国一番の『お姫様』だ。 貴族の中でも格が違う。

 いきなり最敬礼を見せられた彼女は、王太子ご登場?! まさかの遅刻?! と慌てて振り返ってみたが、そこには誰もいない。右に左に振り返ってみても結果は変わらない。

 何事? と思った彼女ははたと気付いた。――私か!! そう、彼女だ。

 気付いて慌てて声をかける。

「あ、あの、どうぞ楽になさって? それにそんなに畏まらないでくださいませ。わたくしも、皆さんと同じ招待客の一人ですもの、そんなに距離を取られると少し、寂しい気持ちになるわ」

 ね? と本人的には軽い調子で浮かべた笑みも、はにかんだような笑みに見えるらしく、何人もの令息のみならず令嬢のハートをぶち抜いたことを彼女だけが知らない。



 さて、と彼女は会場の様子を見る。最前列の中央に空いたテーブルが一つ。そのテーブルは見なかったとして。

 彼女が目に留めたのは、会場の端。菓子類の並べられたテーブルに一番近い席。主賓席から一番遠い場所。

 そこに狙いを定めて、彼女はしずしずと歩みを進めた。進めようとした。

「ア、アストリッヒ公爵令嬢様!」

 慌てたように一人の令嬢が声をかけた。

「なに?」

「あの、公爵令嬢様の、お席は、その」

 ちらっ、ちらっ、と向けられる視線に、彼女は笑顔で首を振る。そこはない。そこはないのよお嬢さん。ド主賓席なんてありえなくってよ。そこは是非我こそは王太子妃! というやる気満ち溢れるお嬢さんに引き受けていただいて、王子様を引きつけておいていただきたい。

「どうぞあちらの席は皆さんがお座りになって?」

「ですが、あの……」

「今日はわたくしよりも、皆さんが王太子殿下と友好を深めた方がいいと思っていますの。その、嫌味に聴こえてしまったら申し訳ないのだけど、わたくし、有難くも畏れ多いことに、唯一の公爵令嬢ということで国王陛下にもかわいがっていただいているの。だから、これから先皆さんより王太子殿下とお会いする機会があると思いますの」

 まあ、そんな機会は全力で回避しますけど!

「それなのに今日も一番近くに、なんて申し訳なくて……」

 今後とも遠い存在でありたいところです。私以外のお嬢さんとどうぞ末永くお幸せに!

 という本音を隠して、彼女はおっとりと笑って言った。

「それに、わたくし、その、はしたなくて恥ずかしいとは思うのだけど、ここに並んでいるお菓子が気になってしまって」

 これは本音。王太子殿下より、お菓子の方が、私、気になります!

 いや、でも、ほんとここのお菓子美味しいんだよ?! と彼女は誰ともなく言い訳する。不思議なことだが、この世界のお菓子は、現代日本の味がするものが多い。何を言っているのか分からないかもしれないが。ここのお菓子は本当に現代日本の味がするのだ。大事なことなので繰り返しますが。

 てっきり、外国の大味のお菓子ばかりなのかと思ったら、慣れ親しんだ味が多くて驚いたものだ。初めておやつを食べた時、海外出張の時に食べた、失敗したカントリーマアムみたいなソフトクッキーみたいなものや素材の味を殺す砂糖味のケーキが出てくるかと思ったら、普通に美味しくて、というか美味しすぎてびっくりした。

 お茶会の席に並ぶのは、果物たっぷりのフルーツタルトやチョコケーキ、アップルパイ等のケーキ類やパイ類、パステルカラーがかわいらしいアイシングクッキー、サンドウィッチやスコーン等の軽食類も揃っている。それぞれプチサイズで、頑張れば全種類いけるのでは? と彼女は内心でほくそ笑む。

 公爵令嬢に限らず令嬢がパクパクお菓子を食べ進めるのは褒められた行為ではないが、ようは見咎められなければいいのだ。つまり作戦はこうだ。王太子殿下に皆が夢中になっている隙にヒョイパクする。そして、お茶とお菓子を堪能したら、適当なところで退散する。完璧な作戦よ!

「やっぱり、ダメ、かしら……?」

 もちろん、たった一人の公爵令嬢様に否と言える人間などいるはずもなく、彼女はまんまと主賓席から遠く離れた席に腰を下ろしたのだった。



「王妃陛下並びに王太子殿下到着いたしました」


 さあ、楽しくなるとは思えないお茶会のスタートです!

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