公爵令嬢の牧場物語計画
公爵令嬢は幻覚強めなので、基本的に自分の見たい世界しか見ません。
「困ったわ」
腕を組むようにして、彼女は眉尻をへにょりと下げて呟いた。
一番可能性が高いと恐れていた乙女ゲームの世界が消えてしまった。乙女ゲーヒロインへの転生でなかったことは何よりも喜ばしいことだが。それはそれで困ってしまう。
他に何かファンタジー要素のあるジャンルってあったかしら。
一回気分転換しようと、彼女は立ち上がると図書室を出た。
「あら。お嬢様読書はもうおしまいですか?」
「ちょっと休憩ー」
「ではお茶の準備をいたしましょうか」
図書室の外に控えていた侍女に頷き、見晴らしのいいテラスにお茶の準備をしてもらう。
蜂蜜がたっぷり入ったミルク多めのミルクティーを飲みながら、彼女が考えるのはやはりこの世界のことだ。自分のキャラクターが定まらないとやはりなんとなく落ち着かない。
他に何かヒントになるものないかしら。
ぼんやりと外を眺める彼女の眼下に、軍服に似た制服を着た騎士がいた。彼は令嬢に気付くと一礼する。
「お仕事、お疲れさまです」
「とんでもございません」
そう言う彼の足元には一匹の犬が行儀よく座っている。しなやかな筋肉が美しいジャーマンシェパードに似た凛々しい顔つきをした犬。アストリッヒ家で飼われている番犬の一匹だ。
「――いぬ……」
そうだ、この家には犬がいる。番犬だけど。
そして、この家には馬もいる。軍馬だけど。
パァッ! と彼女の元に天啓がひらめいた。
犬がいて。馬がいて。そして、女神が出てくるゲームを私は知っている!
脳内の彼女がパァンッ! と膝を打って。ポンッ! と手を打ち鳴らして。ピッコーン! と彼女の頭の上で電球が光った。
ついに分かった。この世界がどんな世界なのか。
そう、『牧場物語』よ!
牧場物語とはその名のとおり、主人公が牧場で、野菜を作って収穫したり、動物を育てたり、時には川で釣りをしたり、山でキノコを採ったりして過ごすほのぼの生活ゲームだ。そうして、そのゲームの中でお馴染みの動物と言えるのが犬と馬だった。
どうして、気付かなかったのかしら! あまりにも広い世界を見過ぎてて足元が疎かになっていたわ。灯台下暗しとはまさにこのこと。
つまり、ここは貴族版牧場物語の世界ってことね。時間と金を持て余した貴族のお嬢様が道楽で牧場を作るナメプゲー。オーケー把握した!
貴族が牧場を経営するゲームなんて彼女は知らなかったけれど、知っていることが世界の全てではないのだ。知らないだけでそういうゲームや本があったのかもしれない。いや。ある、絶対に! ここがまさにそう!
全ての情報を知る必要はない。たった一つの情報さえ手に入れば、彼女にはそこからいくつもの物語を視る力がある。妄想とも言う。
つまり、そう。こういうことよ。
~ ~ ~ ~ ~ ~
お嬢様の名前はジュリア・フロス・アストリッヒ。
ソルクロット国の公爵令嬢です。
お城のような大きなお屋敷に住み、生活の世話は全てメイドがおこない、着ている服は全てオートクチュール。
そんな何不自由のない贅沢な暮らしを送るお嬢様には一つの悩みがありました。
『ああ。毎日たいくつだわ』
与えられるばかりの日々は変化がなくてつまらない。
『何か楽しいことはないかしら』
そうして、お嬢様はお屋敷の中を歩き回っている時に、庭を駆けて遊ぶ犬と馬の姿を見つけました。
『なんて自由で楽しそうなのかしら』
広い庭を自由に走り回る動物たちの姿。
その姿に、お嬢様ははじめてわくわくとした高揚を覚えたのです。
『わたくしも、あんな風に自由に駆け回ってみたい』
与えられる物だけで作られた生活なんてつまらない。
だったら、自分で自由に何かを作る生活をすればいい。
そうしてお嬢様は考えました。
『そうだわ! わたくしだけの牧場を作りましょう!!』
『たくさんの動物。たくさんの植物。それらをすべてわたくしの手で育てるの!』
『ときには犬や馬といっしょに野山を走り回ってみたり』
『すてき! すてきだわ!』
くるくるくるとお嬢様はきれいなドレスの裾ををひらめかせて夢を語ります。
鳥かごの鳥をやめて、今こそ羽ばたく時だわ!
そうして、自由を求めたお嬢様が選んだ行動は・・・・・・
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~ ~ ~ ~ ~ ~
彼女は走った。「あらあら。お嬢様。そんなに急いでどこに行かれますの」「よそ見をしては危のうございますよ」「こけないようにお気を付けくださいましね」そう言って微笑ましく見る使用人たちの間を抜けて、彼女は走った。走れ、ジュリア。急げ、ジュリア。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。そんな文学的なことを思わせもせず。幾重にもレースが重なるピンクのドレスを膨らませながらとてとてと走る様は、まさに小さな薔薇の妖精のようだったと彼女の姿を見た使用人は語った。
「おとーさま! おとーさま!」
とてとてとて! と小さな手足を懸命に動かして、彼女がやってきたのは、アストリッヒ公爵家当主、ユスティス・フォス・アストリッヒ――彼女の父親の元だった。
「どうしたジュリア。そんなに慌てて」
ふりふりのピンクの薔薇のようなドレスを着た愛娘を彼はひょいと片腕に抱き上げた。王宮では鋼鉄の大臣と恐れられているアストリッヒ公爵だが、一人娘の前では子煩悩の親ばかの一人だった。
「あのね、リア。ほしいものがあるの」
「ああ。何でも買ってあげよう。新しいドレスか? それとも宝石か? ああ、そういえば最近エステネロの有名な菓子店が王都に出店してきていたな。その店がいいか?」
「ちがいます! リアは、牧場がほしいいんです!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔というものを彼女は初めて見た。固まってしまった父親を見つめる。顔が良い。
「お父さま?」
つんつん、と彼女がシャツを引っ張れば、ようやく彼の動きが再開した。
「牧場、と言ったか?」
「うん! 牧場!」
「どうして急に牧場なんて欲しがるんだ?」
娘に激アマな父親なので、てっきり彼女がねだればホイホイと買ってくれると思ったけれど。ちょっと誤算だった。
ぱちり、ぱちり、と一回。二回。と彼女は黄金のまつげを瞬かせ、それからにこりと笑って言った。話を作るのは得意なのです!
「あのね。物語のお姫さまはね、動物と植物に愛されているのよ? リアはこの国のお姫さまなんでしょう?
だからね、リアも、牧場で犬と馬と、それからお野菜とかお花とか育てたいの」
何がだからで牧場なのか、まったく意味は繋がっていないが、子供の思考はこんなものだろうと、彼女はにこにこと笑顔でねだる。
「だから、ね! 牧場ほしい。牧場買って? ねえ、お父さま?」
「そうだな。じゃあ薔薇の鉢植えを用意するから、まずは部屋で育ててみなさい、上手にできたら綺麗な花が咲くだろう」
「お父さま。リアはバラの花じゃなくて、牧場がほしいの」
「そうだね。でも、ジュリアはまだ小さいだろ」
小さくぷくぷくとした彼女の手を触って「ほら、こんなに手も小さい」と言う。
「こんな手じゃ、硬い土を耕したりはできないだろう」
なるほど。一理ある。彼女はじっと手を見た。
「だからまずは、部屋で花を育てるところから始めなさい」
「大きくなったら?」
「そうだな。じゃあ少し大きくなったら庭にお前専用の畑を作ってあげよう」
「お父さま。リアは牧場がいいの。お家の庭じゃないの。牧場なの」
「小さなリアがいきなり牧場なんて広くて大変だとお父様は思うよ。だからまずは家の庭で練習したらどうだい? そこで上手にできたら考えよう」
「ほんとう?!」
「ああ。本当だとも」
「ありがとう、お父さま! うれしい!」
こううして、時間と金を持て余したお嬢様である彼女の、ほのぼのスローライフは始まった。
はずだった。
それからしばらくして、本格的な淑女教育が始まることになり、持て余すほどの時間がなくなることを彼女はまだ知らない。
お嬢様。残念ながら、牧場スローライフ始まりません('ω')




