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【111.52】カレイドスコープのような魔法使いに会う唯一の方法について

「あの大海竜は倒せない。それが結論だ」

 あくまで事実を確認するように、俺は言った。

 あれから一〇回、つまり一一一回目の世界介入を終えた大視聴覚室の空気は、重く沈殿していた。そんな中、俺は淡々と事実のみを述べていく。

「あの時点でグレンシー島に結集し得るあらゆる火力を総動員したとしても、あの怪物の魔力障壁は突破できない。これまでの結果から逆算すると、奴の潜在魔力量は魔女オリヴィア・フェルディナンドの優に三〇倍だ」

 俺の向かい側で、ビンチさんがつまらなそうに鼻を鳴らしていた。これまでの十回、ビンチさんはいずれも魔女オリヴィアをロールプレイし、そしてそのいずれもあの大海竜の前に玉砕した。その身体が本来の自分自身で無かったとはいえ、少なからず彼女はそれらの敗北を屈辱に感じているようだった。相手が生前の自分と同じドラゴンだったことも、不満の原因の一つかもしれない。

「まさか、魔法騎士を一個師団乗せたガレオン船まで瞬殺されるなんてね」お手上げのポーズで嘯くチョコ。しかし、その瞳には心労の色が見えた。「正直、冗談きついって感じだよ」

「でも、何より不可解なことは」と、アトラが続く。「あの大海竜があの日、あの時点に出現することですね」

「ああ」俺は頷く。「あらゆる手段を講じて調べても、あの海域に大海竜の痕跡は無い」

 過去に遡り、我々はグレンシー島の周辺海域の情報を可能な限り集めてみた。漁師たちの記憶をあさったり、王国の海洋科学者となって調査団を組織した大規模な調査まで行った。しかし、そこにかつて大海竜が生息していたという情報も、回遊路であるという情報も、我々は何一つ見つけられなかった。

 出現そのものがイレギュラー。

 しかし、これまでの十回ではっきりしていることがある。俺は口開いた。 

「やっぱり、あの大海竜の出現には、明確な意図が込められている気がする」

 シビル・カーペンターズを島から逃すまいという、わかりやすく明確な意図。

 しかし———それはいったい誰の意図なんだ?

 そして、その疑問と並行して不可解な、もう一つの事象。俺が言葉にして掬い上げる前に、漆島が口を開いていた。

「そもそも、おかしいのはシビルに関してもね。何故、あのタイミングで『魔法の心臓』が空になっているのかしら?」

 そこで、内藤さんが恐る恐るといった様子で疑問を投ずる。

「あの、ところでその、『魔法の心臓』っていうのは具体的にはどういうものなんだろう?」

「はぁ、あのね、ロールプレイした人たちの中に知識としてちゃんとあったでしょ」漆島が呆れたように答える。「それ、授業を聞いてなかった劣等生と同じよ」

「ご、ごめんなさい……」

「まぁまぁ、ナイトハルトは初心者なんだから、この仕事のコツを掴めてないのも無理はないよ」そう宥めたのはチョコである。「『魔法の心臓』っていうのはその名の通り、魔法で作られた心臓——つまりは、生命のバックアップさ」

「バックアップ?」と、内藤氏は眉を寄せる。「予備の命ってこと?」

「そうです」と、アトラが答える。「これを持っていると、たとえば瀕死の重傷を負ったとしても、ここから新たな魔力の供給を得て傷を回復することが出来ます。その他に、魔力切れを起こしたときなんかにもこちらの『魔法の心臓』から魔力を引っ張ってくることも出来ますね」

「へぇ、便利なものだね」

 と、内藤さんが感心する横で、漆島が呆れていた。

「便利なんてものじゃないわ。この世界の理を超えた代物よ。何せ、本来は命あるものからしか生まれない筈の『魔力』を、『術式』で編まれた『魔法』で生み出してるんだから。言うなれば、一種の永久機関よ」

「必然、それを作れる人間も限られてくるわけだ」

 と、俺はそこで口を挟んだ。その辺りの知識は先ほどまでのロールプレイで俺も吸収している。チョコが頷いた。

「その通り。『魔法の心臓』を作れるような高位の魔法使いは殆どいない。この世界ではジャムカという大魔女くらいなものだ」

「それで、シビルの身体にはその大魔女が作った『魔法の心臓』が埋め込まれてあるんだよな?」

 俺が再確認を求めるように投げかけると、チョコは頷いた。

「そのようだ。三年前——あ、正確には、シビルが死亡する時点から三年前だね——彼女はとある事件で瀕死の重傷を負った。そこに偶然居合わせた大魔女ジャムカが自身の『魔法の心臓』を一時的に貸し与えて、命を永らえたらしい」

 そのシビルが死にかけたという『とある事件』について、これまで俺がロールプレイをした人物たちの記憶にも情報はある。しかし、そのどれもが非常に曖昧で、人によっては認識が異なっている部分があった。改めてその内容について認識を共有しておこうと思った矢先、俺よりも先に疑問を口にする者があった。

「ねぇ、考えてみたらおかしくない?」と、漆島は言う。「シビルはどうして毎回死ぬの?」

 それはあまりにも根本的な問いだったが、しばらく考えてから俺はその真意に気づく。

「そうだ、確かにおかしい。シビルには『魔法の心臓』がある筈なんだ。たとえ致命傷を負ったとしても回復させてくれる筈だ」

 俺の問題提起に、チョコがパズルを解くようなしかめっ面で推論を口にしていく。

「うーん、つまり、魔力を生み出せない何らかの問題があったか、或いは——既に何かに使い切ってしまっていたか、ってことになるのかな」

 そのときだった。何か重要なことに気づいたかのように、震える声を上げる者があった。

「まさか……」

 声の主、アトラに目をやると、彼女は呆然としながら両手で口元を押さえていた。

「どうした、アトラ」

「いえ、あの、シビルさんの最も得意とする魔法は、魔力の具象化です」

 その口調は弱々しかったが、言葉には奇妙な確信のようなものを含んでいた。

「具象化って、何だい?」

 首を傾ける内藤さんに、みたび漆島が説明する。

「魔法の系統の一つね。文字通り魔力に『形』、いえ、正確には『質量』をもたせる魔法のことみたい。魔力を練って加工して剣や盾を作る事もできるし、鳥や猫みたいな動物を擬似的に作り出すこともできる。かなり珍しい系統よ」

 そこで俺の脳裏に、生前読んだ漫画の内容が浮かぶ。

「なるほど、具現化系能力者ってことか」

「能力者?」

 訝しげに睨んでくる漆島に、俺は曖昧に首を振ってごまかした。

「いや、こっちの話だ。で、それがどうかした……」

 言いかけて、俺ははっと気づく。それは戦慄も伴う気づきだった。愕然とする俺に、その答えを肯定するかのように、アトラが頷きを返していた。俺はそれを恐る恐る口にする。

「まさか———あの大海竜はシビルの『魔法の心臓』の魔力が具象化したものだって言うのか……?」

 いや、でも、なんのために?

 自分で口にしながら、俺はすぐさまその考えを否定する。

「有り得ないだろう。それじゃ、あの大海竜を呼び出した、いや、作り出したのはシビル自身ってことになるぞ。そんなことをする理由が無い」

「ですが」と、アトラが真剣な表情で言う。「突然のシビルさんの『魔法の心臓』の枯渇、そして出現する筈の無い大海竜と、その異常なまでの個体の強さ、これらを組み合わせると、そういう考え方も出来るのでは、ということです。何より、あの状況下、あの時点のグレンシー島で、大海竜を作り上げれるほど強大な魔力を所持しているのは、シビルさんしかいません」

「あの」と、そこで疑問を投じたのは内藤さんだ。「『魔法の心臓』ってのは、例えば自分の意志に関係無く勝手に魔法を使ったりするものなのかな?」

「いや、それはない」と、チョコが回答する。「『魔法の心臓』はあくまで魔力を『生み出すだけ』だよ。それを『術式』によって加工し、『魔法』として顕現させるのはあくまで『魔法使い』だ。人間の意志の介入無くして、魔法はこの世界に現れないのさ。そして、『魔法の心臓』から魔力を引き出すことが出来るのは、それを体内に持つ所有者だけだ」

 そう、あの段階の『魔法の心臓』の所有者はシビルである。彼女自身の意志で無い限り、魔力を引き出すことは出来ない筈なのだ。

 俺は腕を組んで唸る。誰も言葉を見つけられず、数秒間、互いに沈思黙考する静寂が室内を満たした。新たに登場した謎と、現在まで分かっているルールを、各々が脳内で吟味する。

「それじゃあ、たとえば」と最初に漆島が口火を切った。「シビルに潜在的な自殺願望があった、というのは? それが作用して大海竜を生み出した、とか」

「自殺願望?」と俺は眉を寄せる。「そんなのがあるのか、シビルに? それこそ、これまでの経緯を踏まえれば論理的じゃないだろう」

「だから、『たとえば』『潜在的に』という話でしょ」答える漆島の口調は苛立たしげだ。「消去法的な考えよ。そういうアンタは、それ以外に何か思いつくの?」

「シビルが誰かに操られてる、という考え方はどうだ?」

 俺は思考を過った考えをそのまま口にする。しかし、チョコが首を左右に振った。

「いや、それも考えにくいな。この時点の世界で『人の心を操る魔法』はもう存在しない」

 チョコの言葉の裏に含まれた意味が、俺には引っかかった。

「この時点? もう?」

 俺の問い返しに答えたのは、アトラだった。

「ええ。かつて一人だけ、他者の心を操る魔法を使える魔女がいたんです。しかし、彼女はもう死亡しています」

「一人だけ? そりゃ、いったい誰だ?」

 その情報は、或いはこれまでロールプレイした人物たちの記憶にあったかもしれないが、俺はどうやらそれを見過ごしていたらしい。案の定、漆島が呆れた顔をしていた。俺の質問に答えてくれたのはアトラだった。彼女は一拍、呼吸を挟んでから口開く。

「——夢と呪いの魔女と呼ばれた、ルナヤ・プラウダです」

 その名前を耳にして、まるで地中に埋まっていた鎖を端から引き上げていくかのように、俺の記憶が次々と連結していく。そうだ、たしかにこれまでロールプレイしてきた人物たちのすべてに、その名前の記憶があった。

 ルナヤ・プラウダ。

 シビルの旅立ちの日から数えて約十年前、グレンシー島の数百人の住人を虐殺した大罪人。恐るべき魔法を振るい、世界の破滅を引き起こそうとしたものの、大魔女ジャムカの前に敗れて死亡した———そんな情報が辛うじて俺の記憶に残っている。たしか、シビルの両親もそのときに亡くなった筈だ。

 アトラが続ける。

「その魔法、『心忘れの秘術(アレン デイ ルー)』はあまりにも複雑な魔法で、彼女の他には誰も使える者がいません。この世界の魔法協会も、他者の心を操ることは人道に大きく背くものとして、その魔法を大禁忌に指定しています」

 俺は冷徹に思考を走らせてから、再び口を開く。

「じゃあ、次の推理だ。魔女ルナヤは実は死亡していなかった、シビルは魔女ルナヤに操られている、という可能性は?」

「万に一つもあり得ません」アトラが目を伏せて首を左右に振った。「魔女ルナヤは確実に死亡しています。『望遠鏡』で検索をしてみてください。仮に名前を変えていたとしても、生きていれば該当者が見つかる筈です」

 俺は眼前の望遠鏡を向き直り、瞼を閉じて念じてみる。検索条件、個人名、ルナヤ・プラウダ。検索結果は一名。干渉可能期間における状態、死亡。なるほど。

 『望遠鏡』はこの世界の正確無比なアーカイブだ。その世界に存在する生命体のデータは完全に網羅されている。その人物が名前を変えていたとしても、『望遠鏡』を誤魔化すことは出来ない。

 つまり、この世界で我々が介入できる三年間については、確実にルナヤ・プラウダは死亡しているのだ。

「……それじゃ次。誰かが魔女ルナヤからその『心忘れの秘術』を伝承されていた、その誰かがその魔法でシビルを操っている、という可能性はどうだ?」

 次の推理を口に出すも、今度はチョコがそれを否定する。

「『誰にも伝承されていない』というのは悪魔の証明だね。そこまで細かい条件では『望遠鏡』に検索をかけることは出来ないから、此処で断言することは出来ない。しかし」と、そこでチョコは真剣な表情になる。「この魔法の性質から逆説的に考えると、ルナヤが生前、第三者にこの魔法を伝承したとは考えにくい」

 チョコの説明をしばらく脳内で反芻してから、俺は納得した。傍らの内藤さんは疑問に首を傾げている。

「どういうことだい?」

「——他人を自由自在に操れる人間が最も恐れるのは、自分とまったく同じ能力を持った人間、ということですよ」と、俺は答える。「その力は絶対的なイニシアチブであるが故に、他者の手に渡れば自分が操られてしまうリスクにもなる。たしかに他人に伝承するメリットよりも、デメリットの方が大きい」

「正解だ、侑」チョコが頷いた。「まぁ、ルナヤによほど腹心の部下でもいたとすれば、話は別だろうけど」

「……でも、それもまた逆説的に、そんな人間がいたとしたらルナヤはあの凶行には走らなかった」

 ぽつりと、漆島がそんなことを呟くように付け足した。十年前に起きた『大災厄』のことだろう。

 ——いかん、論旨が脱線しそうだ。

 俺は思わず頭をぼりぼりと掻きながら、自分で先ほど口にした推理を否定する。

「いずれにせよ、やっぱりシビルが操られている、という可能性は殆ど無いか。死の直前まで会話した限りでは、彼女にそんな素振りは無かったわけだし」

「そうね」と漆島も同意する。「それに、いずれの介入でもシビルは魔法を使っていなかったわ。あんな大それた怪物を呼び出す魔法だったら、発動した時点で気づく筈だもの」

「——いや」

 と、そこで沈黙を破る者がいた。眼を向けると、ビンチさんが冴えの入った眼で俺を見ていた。

「侑、貴様の一番最初の推理じゃが、あながち間違っておらんのかもしれんな」

「一番最初?」

 問い返しながらも、俺の記憶はその切れ端を再び掴んでいた。俺ははっとして、思わずつぶやく。

呪い(・・)……?」

 俺が最初に疑った、ファンタジー世界のテンプレート——すなわち、シビル・カーペンターズが呪われている、という推理。俺はこれまでの十回のロールプレイで得た知識をかき集め、すぐさま仮説を組み立てる。

「『魔法の心臓』は勝手に魔法を使ったりしない——それって本当なのかな」

「どういう意味だい、北山くん?」

 首を傾げる内藤さんに、俺は指を一本立てる。

「いえ、『魔法の心臓』が勝手に魔法を使ってシビルを殺し続けている、という考え方は出来ないかなと」

「はぁ?」漆島が顔を顰める。「何よ、そのトンデモ推理は」

「そうか」と、チョコが何かに閃いたように顔を上げる。「魔法機械アーティファクトだ」

「そう、それ」

 一番最初にチョコが説明してくれた情報が、脳裏に蘇る。

『この世界には『魔法機械アーティファクト』というものもあるようだ。魔力を注入すれば特定の魔法を発現させてくれる道具だよ。これは魔力源さえ確保できればフルオートでも魔法を発現させられる。要するに『術式』を省略できるわけだね』

「——『魔法の心臓』そのものが一種の『魔法機械アーティファクト』だった、とは考えられないか。俺がロールプレイした魔法使いたちの記憶によれば、魔力の供給さえあれば特定の術式が発現する機構、それが『魔法機械』という定義だった筈だ」

 俺の補足に、漆島は思考を巡らせる沈黙を挟んだ。

「——それが物理的な形状を持っているとは限らない、ということ?」

「その、特定の術式って……?」

 怖々と訊ねる内藤さんに、俺は即答する。

「『所有者が島を出ようとしたら、所有者を殺害する』、とか」

 シビルが旅立とうとするたびに、『魔法の心臓』はその術式を発動させる。ある時は列車事故を引き起こし、またある時は大海竜を生み出す。

「なるほど」と、チョコが頷く。「その術式を発動する魔力は『魔法の心臓』そのものから常に供給されている。術式自体が常時オンの状態なんだ。完璧だ。これはまさにフルオートの『呪い』だ」

「ということは、呪われていたのはシビルさんではなく、『魔法の心臓』——」

 アトラは、その思考の先に導かれる答えを畏れるように、そうぽつりと呟いた。

「ちょっと待って、だってその『魔法の心臓』って……」

「本来の持ち主は……」

 漆島と内藤さんが愕然とした顔を向ける。それを正面から受け止めて、俺は重々しく頷きを返した。

「ああ、この『魔法の心臓』の持ち主———粒子と波の魔女、ジャムカ・レット・ディンケルスビュール」

 と、俺はシビルの恩人の名を口にする。

「もしかしたら、彼女が犯人なのかもしれない」



 漆島が呆然とその名を繰り返す。

「大魔女ジャムカが、今回の『運命のエラー』の犯人?」

「で、でも、シビルはそもそも、三年前にジャムカという人に命を救われたんだよね……?」

 内藤さんもそう言いながら、混乱した様子で頭を抱えていた。

「そう」と俺は頷く。「この世界の正常なルート、つまり『シビル・カーペンターズが世界を救う英雄になる』というルートの発端は、『魔女ジャムカから心臓を与えられる』ことだ」

 そんな俺の言葉を吟味するように、漆島が瞳を閉じながら、ゆっくりと言葉を組み立てていく。

「えっと、そして、このルートにエラーの起きる原因も『魔女ジャムカから心臓を与えられること』だった、ということ……? これじゃ本末転倒、まるっきり二律背反じゃない」

「だからこそ、運命のエラーが起きた」とアトラが言う。「そのように考えることも可能ではないでしょうか」

 しかし、漆島はまだ釈然としない様子だった。

「でも、仮にそうだとしたら、何のために? ジャムカにそんなことをする理由が無いわよ」

「理由が無い、ではないぞ。現状では我々に理由が見つけられていない、が正確じゃ」

 ビンチさんが冷徹に言ってのける。そこで流れを断ち切ったのはチョコである。

「ちょっと待った、決めつけはまだ早い。あくまでこれらはまだ推測の段階だ。憶測を確証にするのは危険だよ」

「手っ取り早い答え合わせがある」その言葉で、周囲の視線が俺に突き刺さる。「魔女ジャムカをロールプレイするんだ。そうすれば奴の目論見も、その真偽も全部、俺たちの記憶に同期される」

 言いながら、俺は視線を望遠鏡に向けて意識を集中させた。検索条件を思考で入力する。しかし、検索結果が出る前にそれを否定する者があった。

「残念ながら、それは出来ないよ、侑」

 そう言ってチョコが俺の肩に手を置いたとき、俺はその理由を目の当たりにする。俺の口は、目の前に返ってきた結果を呆然と呟いていた。

「生存……『不在』? なんだ、これは?」

「その言葉の通りさ」とチョコは頭を振る。「魔女ジャムカはこの世界にいない。彼女は数多の異世界を渡り歩く魔女なんだ」

「異世界を渡り歩く?」

 なんだ、それは。突拍子も無い単語に俺は戸惑った。

「それが大魔女ジャムカの能力なのよ」漆島が言う。「そして、彼女がこの世界で最強の魔女と呼ばれる由縁。ジャムカは此処とは異なるいくつもの世界を渡り歩いて、誰も知らない無数の知識を身につけ、誰も知らない魔法を生み出した」

 俺は愕然とする。それじゃまるっきりチート能力だ。まるでどこかの万華鏡の魔法使い《シュバインオーグ》じゃないか。

 アトラが付け加える。

「そしてそのジャムカは、三年前にシビルさんの命を救って以来、一度もこの世界には戻ってきていません」

 俺は黙考する。我々がロールプレイ出来るのは、あくまでこの世界に存在する生命体だけだ。別の世界にいる人間に成り代わることは出来ない。そこで閃いたアイディアを俺は口にする。

「じゃあ、三年前の時点、ジャムカがこの世界にいる時点ならロールプレイが出来るよな?」

「無駄よ」と、漆島が即答する。「最初に私も何度か試してみようとしたけど、三年前のジャムカをロールプレイすることは出来ない。望遠鏡に弾かれるわ」

「運命がねじ曲がってしまうからだろうね」答えたのはチョコだ。「誰かがジャムカをロールプレイして、万が一にもシビルに『魔法の心臓』を譲渡しなかったとしたら、本来の運命である『シビルが英雄になる』という未来が無くなってしまう。言うなれば、そのイベントは運命に守られているんだ」

 俺は頭をばりばりと掻く。まさに二律背反である。しかし……。

 ———これまでの会話の中で、何かが引っかかった。

 何だ? この違和感は……?

 だが、その違和感は一旦保留にする。

「いずれにせよ」と俺は口を開いた。「現状の第一の容疑者は魔女ジャムカだ。奴を直接観測してみる必要がある」

 俺の考えに、一同が頷きで賛同する。アトラが言った。

「であれば、シビルさんが出発する三年前をロールプレイしてみましょう。その時点ならば、ジャムカはグレンシー島にいる筈です」

「俺たちが干渉可能なのは『シビルへ魔法の心臓が譲渡される』時点からだよな? 具体的な時間はどこからになるんだ?」

 俺の質問には、チョコが望遠鏡を覗きながら答える。

「ええと……うん、その辺はかなり機械的というか、コンピュータ的だね。厳密に言うと『そのイベントが発生する日の零時零分』、つまり日付の変わった深夜からだよ。『例の事件』が起きたのは夕方だから、ほぼ丸一日、観測できるみたいだ」

「零時からスタートしたとして、十六、七時間くらいか」

 探偵が行動可能な時間としては短いが、我々が探偵と唯一違うのは、何度もそれを繰り返すことが出来る、ということだ。

 俺たちはそれぞれの椅子に着席し、一一二回目のロールプレイに赴くために望遠鏡へと向き直る。いくつか打ち合わせをし、それぞれがロールプレイする人物を決めたところで、再び望遠鏡が輝きだした。

 その寸前、俺はふと気になったことを『隣』に投げかけてみた。

「———そういえば、この部屋に最初に入ったのは誰なんだ?」

 彼女は一瞬、質問の意図を図りかねるような表情を浮かべたが、端的に答えを投げ返した。

 つまり、自分が最初だ、と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 理想的な転生するために点数稼がなくちゃいけないってのが、特に上手い設定だなぁと思いました。 [一言] ゼルレッチにはよく会える(引ける)んですけどねぇ…… カレスコはまだ会えてません。会え…
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