1-1.弱者と契約せし英雄、その名は……
最弱。
生まれ持ってしてすべての可能性を閉ざされた、誰よりも劣る存在。
英雄とは天と地ほどもかけ離れ、憧れることすら許されない。
だが幼き少年は、それでも英雄のように、誰かを守り、救いたいと願った。
自らが経験した、凄惨なる出来事。その際に感じた、絶望という名の恐怖を、他の誰にも、味あわせたくなかったから……。
―〇〇〇―
10年前、真宮寺大は『第26次境界聖戦』の魔なるものと人類の熾烈なる激闘のその余波で、両親を亡くしている。
当時、真宮寺大はわずか7歳。
目の前で起きた惨劇に抗えるはずもなく、両親が魔なるものに喰い荒らされる光景を見ることしかできずにいた。
真宮寺大は、絶望に沈む中、己の無力さを嘆いた。自分はなんと弱いのだろう、と。家族さえも守れず、家族に最後まで守られ、生き残ってしまった自分を恨んでしまうほどに。
だからこそ真宮寺大は、他の誰かに自分と同じ思いをさせないために、守り、救える存在になりたいと願った。だが、世間はそれを許さなかった。
真宮寺大は己を強くし、誰かを守り、救う力を手に入れるために、自分自身を高めようとした。だが、その先にいつも待っていたのは、嘲りの視線と嘲笑、そして罵りの言葉だった。
『魔力だけを持ち、それを扱うすべを知らないお前に、誰かを救えるものか』
『誰よりも劣るお前を、お前より勝る人間が助けを乞うはずがない』
『恥を知れ、家族さえも救えなかった弱者』
そのような言葉を、真宮寺大は己が決意した日から今に至るまでずっと受け続けてきた。
だが彼は微塵も諦めたりしなかった。
幾度となく否定されても、真宮寺大は自信の『可能性』を捨てなかった。
だからこそボクは、彼と契約を結んだ。
彼に……真宮寺大に『可能性』を見たから。
『あのような弱者を主として認め、後悔はしないのか?』
彼のもとに行く際、天上に住まう神は僕にそう問うた。
ボクはそれに、自信に満ち溢れた顔でこう答えた。
『このボクが見定めたんだ。当たり前だろう?』と。
―〇〇〇―
目が覚める。
深い海より引き上げられるかのような感覚に、自信がいつの間にか眠りについていたのだと思い出す。
そういえば今日は入学式じゃなかったっけ……?
おぼろげな頭で今日の出来事を思い出そうとする。
たしか、入学式に遅れそうになり、必死こいて走って学校……魔術師育成機関『月影学園』の入学式会場に滑り込みしたんだっけ?
「ダメだ、眠すぎてちゃんと思い出せない……」
眠りの誘いに逆らえないのは万人共通のようだ。
魔術師育成機関・国立月影学園。
2067年に出現した異世界の扉と推測される『大穴』から流れ込んできた未知の粒子物体。それは風に乗り、世界中に広まった。それにより、世界中の人間がその粒子物体を吸い込み、体内に取り込んだ。
そして変化はわずか一週間で起き、その瞬間から世界中の人間が体内に魔力を宿した『魔力体質』となった。それ以降、幻想のものであった魔法や魔術が一気に進歩し、『大穴』からいつ現れるかわからない魔なるものに備え、魔術師と呼ばれる存在が確立され、また魔術師を育成する機関もほぼ同時期に作られた。
その一つが『月影学園』である。
月影学園はいわば魔力を持った者が必ず通る門のような存在。
そこを通らずして魔術師にはなれないと言われているほどに豊富な魔術を学ぶことができる。
言うならば、魔術学園の最高峰。
そこに通うことができるようになった自分は、かなり幸運なのだろう。
なぜ入学できたのか未だににわからないが……。
「試験官がマスターの中にある可能性を見たからじゃない?」
突如として部屋に響く、朝に聞こえた声と同じ声。
今度は頭ではなく、耳の鼓膜を震わした。という事は……。
眠た目を擦りながら視線を前へとむけると、そこには美少女と称されるであろう、可憐であり無邪気で活発そうな笑みを浮かべている一人の少女がたたずんでいた。
身長152センチほどのその身に、所ところで動物のふさふさした毛が見える鎧に身を包んだその少女は、紛れもなくこの俺と契約を交わした天より遣わされし『英雄』だった。
名を………………あ。
そういえばこの英雄は…………自身の本当の名、即ち『真名』を忘れているのだった。
それだけじゃなく、自分がどのような功績と偉業、栄光をもたらしたのかさえも分からず仕舞いなのだった。
よって自分は……そう。こう呼んでいる。
「ナナシ……」
そう。『名無し』と。