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その日の見回りも成果は得られず、気付けば日は沈みきっていた。
夜の町を歩くのにも制服のままでは都合が悪いと、藤四郎は帰路に着いた。
「ただいま……」
日本家屋然とした古びた屋敷の門を潜り、藤四郎は疲れを滲ませながら玄関の戸を開けた。
「おかえりなさい、弟くん。今日も遅かったわね」
「……華子。え、玄関でわざわざ待ってたの……?」
玄関を開けて直ぐ目の前には、透き通るようなブロンドの髪を横に流した女性が立っていた。
彼女の名前は、エルフリーデ。
虫すら殺せないような柔和な美人の皮を被っているが、実際は裏の世界で活躍していた人間だ。
行き場をなくし路頭に迷っていた時、桜花源六に拾われ、今はこの屋敷に住んでいる。
元々は外国の産まれらしいが、今は山田華子と名乗っている。
「だって、心配だったのよ? 弟くんにもし何かあったら……と、思うと居ても立っても居られなかったわ」
「大丈夫だって……誰が俺のこと鍛えたと思ってんのさ」
華子は藤四郎のことを溺愛している。
幼い藤四郎の世話役となったのが、まだ桜花組に来て間もない華子だ。
周囲に馴染み切れずに孤立しがちだった彼女だが、源六に信頼され将来の頭首の世話を任されたことは誇らしかった。
最初は、そんな使命感から世話をしていた。
幼子の世話を焼き成長する姿を間近で見ているうちに、家族と縁の無かった彼女の冷え切った心には愛情が芽生えていた。
気付けば藤四郎を本当の弟のように大切にするようになっていたのだ。
その愛情は些か行き過ぎ傾向にあり、藤四郎に何か問題が起ころうものなら飛び出していこうとする。
面倒事にも巻き込まれ易い桜花組の活動の中で、毎回そうなってはたまったものじゃない。
――藤四郎。桜花組は舐められちゃ仕事にならねぇ。おめぇ華に鍛えてもらえ。
そう考えた源六によって、元々裏家業をしていた華子により厳しい愛の鞭を受けることになったのだ。
優しいお姉さんといった印象とは裏腹に、彼女は類い希なる戦闘センスを持っていた。
体格としては上回っているにも関わらず未だに藤四郎は華子に勝ったことがない。
「そうなのだけど……可愛い弟を心配しないお姉ちゃんはいないのよ」
「相変わらず心配性だな」
執拗な姉アピールをしてくる華子。
その状況は慣れたものだと言わんばかりにあしらう藤四郎。
「今夜も外に行くのかしら……? たまには休んでも良いのよ」
「この後、着替えたら行くつもりだから」
藤四郎も彼女が心配してくれていることは嬉しかった。
だが、今は誰かがやらなければいけない時だ。
疲れたからと休んだ日に、また何かが起こってしまう方が怖かった。
「そう……なら、出かける前に奥の間で源六様と顔を合わせて貰えるかしら? 今日は体調が良いみたいなの……」
「……分かったよ」
桜花源六。
彼は、快活で義理人情を重んじる。
いつだって人を惹き付けるカリスマに溢れていた。
例え心ない言葉を言われようとも、この地を陰から守り続けてきた。
そんな彼らのヒーローは、病床に伏していた。