緑川春彦の独白2
「あれぇ? 泣いちゃうのぉ? ほんとーに子供みたぁい! ヒーローなら泣いちゃ駄目でしょぉ?」
僕が俯いていると、気をよくした彼女たちが更に言葉を浴びせてきた。
もう僕にはどうすることも出来なくて、彼女たちの気が済むまでただ耐えるしかなかった。
「ほらぁ、顔見せなさいよぉって――何すんのよ!!」
「うっせぇんだよ、ブサイク共」
彼女の怒気を孕んだ声が響き、僕は何事かと顔を上げた。
目の前には手帳を持っている女子の腕を掴んで、片手で軽々と引っ張り上げている長身の男子が居た。
彼は、確かクラスでもう一人孤立してる男子だ。
少し不良っぽくて孤立というよりは孤高というイメージがあり、彼のことは近寄りがたいと思っていた。
「ねぇっ!! 痛い!! 離して、早く!!」
「なら、先にその手に持ってるもん離せよ、話はそれからってこった」
暴れる女子をものともせず、冷たく言葉を言い放つ。
「わかったから離してぇ!!」
「分かりゃ良いんだよ。分かりゃーな」
そう言うと手帳を取り上げ、宙吊りになっていた女子を下ろした。
「いきなり来て何よぉ! それにブサイクって言ったわね!」
「あぁ、言ったな。目も当てられないほどブサイクだ。お前らの性格、どうしてそんなにドブスに育っちまったんだろうなぁ?」
「なっ……!? か、勝手に出てきてなんなん? 私たちお喋りしてただけだから邪魔しないでよ!」
「お喋りだぁ? 寄ってたかって馬鹿にしてたの間違いじゃねーの?」
何の関わりもない僕の前に立ちはだかり、不敵な笑みすら浮かべている。
そんな彼の余裕のある姿に、見ているだけだった僕にもほんの少し勇気が沸いた。
「ば、馬鹿にしてなんかないわよー、ねぇ?」
「や、やめてください……僕は話したくない、です……」
「えっ……」
僕が振り絞った言葉を聞いて、まさか否定されると思っていなかったようで彼女は驚きから声を漏らした。
その間抜けな表情を見て、「してやった!」と心の中で喜んだ。
「って、ことらしいけど?」
「ちょ、ちょっと、待って! まだ――」
――ねぇ、もう止めようよぉ……。
――藤四郎君に関わるのはマズイってぇ、いこーよぉ……。
僕に話しかけてきていた女子は不服そうに叫んだ。
しかし、後ろに居た友人たちは不安そうな表情で彼女を説得して連れて行った。
「はぁ、やっと行ったか。お前も災難だったなぁ、ほらよ」
「ありがとう……!」
彼は振り返ると、肩を竦め心底疲れた様子で手帳を渡してきた。
「ヒーロー格好良いじゃん。言われたこと気にすんなよ」
「う、うん! あっ、僕、緑川春彦です。えーっと、君は……」
「そういや話すの初めてだったな。俺は桜花藤四郎」
名前を名乗った後、何故だか彼は一瞬だけ試すような視線を送ってきた。
その時、余所から来た僕は桜花という名が、周りからどう思われているのか知らなかった。
「よろしく! 桜花君!」
「……おう、よろしくな。春彦!」
そう返事をして、彼の方を向いた時には自然と笑みが溢れた。
もし、この時に桜花組の噂を知っていても僕は同じ返事をしただろう。
――ヒーロー格好良いじゃん
彼は、何気なく言った言葉だろう。
その何気ない言葉でも、同じように感じてくれる人が、肯定してくれる人が居たことは嬉しかった。
何より、僕を助けてくれた彼こそが僕にとってヒーローなのだ。
後日、あの時の女子が謝りに来た。
本当は話してみたかっただけで、切っ掛けが欲しくて手帳を奪い、馬鹿にするようなことを言ってしまったのだとか。
冷静になってみれば酷い物言いだったと本人も反省した様子だった。
僕としては、掘り返して欲しくもなかったし、素直に謝罪を受け入れる心境でもなかった。
でも、僕は彼女たちのことを許すことにした。
けれど、この地に来て初めての友達。
桜花君との出会いは、僕の心に余裕を与えてくれたんだ。