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ヒーローに成りきって名乗りをあげる少年。
声の主がただの子供だと分かると、男達は馬鹿にするように笑い声を上げた。
「ぬすんだものをおいてけー! だってよぉ?」
「ヒッヒッヒ、おい! ガキはお家に帰ってヒーローごっこでもしてなぁ! 俺たちゃ忙しんだよ」
彼らは少年を嘲笑い、その小さな身体を押しのけて強引に進んでいく。
「待てっ! 逃がさないぞっ!」
少年は男の服を掴み、力任せに引っ張った。
力の差は歴然。その程度で大人一人を止められるはずもない。
「おい、クソガキィ……服が伸びちまったじゃねえか? おぉ? どうしてくれんだ、おい!」
「痛っ……!?」
しかし、男は少年の行動に苛立ちその手を逆に掴み上げる。
そのまま男は少年に顔を近付け、唾を浴びせながら怒号した。
そんなことをされれば、大の大人ですら震え上がる。
だが、少年は必死に歯を食いしばり涙を堪えていた。
「盗んだだ物を……返せぇ……」
恐怖を押し殺して、少年は抵抗の言葉を口にする。
瞳に涙が滲ませながらも、未だ反抗の光りを失ってはいない。
「ヒッヒ……兄貴ぃ、まだこんなこと言ってるっすよ? ちょっくら“教育”してやりましょうよ~」
男の片割れが、下卑た視線で少年を見る。
「はぁ、また仕事増やしやがってよ……」
兄貴と呼ばれた男が、少年の頭を掴む。
鍛え上げられた図太い腕には、トライバルのタトゥーが刻まれている。
「おい、クソガキ。自分から突っかかってきたんだ。始めたことの責任は、たっぷり取って貰おうじゃあねえか」
「ぐぅ……うぅ……はな、せぇ……!!」
割れんばかりに力を込められ、少年が呻き声を上げた。
少年の必死の抵抗も虚しく、そのまま引きずりながら少年を連れて行こうとする。
「おら、見てみろッ! 周りは誰も助けちゃくれないぜぇ? 人間ってのはな、自分に利益がなきゃ動かないんだよ。どうせあのエンジェルとかいう野郎の正体も俺達と同じ。金で雇われてるただの無法者よぉ!」
「ヒッヒッヒ。ヒーローなんてのはなぁ……フィクションなんだよ、ガキィ!!」
「うるさいっ……だまれぇ……エンジェルは、お前らみたいなのとは違うっ……正義のヒーロー……なんだッ!!」
周囲の人間は、誰一人止めに入ろうとはしない。
巻き込まれまいと、関わらないように横目で見ている。
「強情なガキだぜ。おい、ここじゃ人目に付きすぎる。さっさと連れてくぞ」
藤四郎の拳を強く握りしめた。
今にでも少年の元へと飛び出したい思いを必死に押さえ付ける為。
――人目が多すぎる……。
少年を助けるために飛び出せば、間違いなく注目を浴びる。
夜間や路地裏での騒動とは違う。
衆人観衆のこの場では、その場に居る人間を黙らせれば済む問題ではない。
なにより、今の自分は生身の姿だ。
変身するべきだった。
己の読みの甘さに藤四郎は舌打ちを洩らす。
だが、今更人目のない場所を探して変身している暇などなかった。
「おぉ、そうだ! お前のママにも連絡しないとなぁ! 俺達に逆らったツケをたっぷり払って貰うぜぇ? ヒッヒッヒ!!」
「うぅ……エンジェル……」
今まさに少年は苦しんでいる。
小さな身体で振り絞った勇気が、どうしようもない大人の手によって踏みにじられている。
この街を脅かす輩に立ち向かった少年の行い。
それは、踏みにじられていいものではない。笑われていいものではない。
「おい、その手を離せ」
考えている時間はない。
藤四郎は、そう思った時には既に飛び出していた。
考えなどない。行き当たりばったりの行動だ。
それでも藤四郎は、飛び出さずにはいられなかった。
「あ゛? 誰だお前?」
少年の頭を掴んでいた男が、藤四郎を睨み付ける。
「てめぇみたいな悪者を倒すヒーローだ」
藤四郎は、その顔を静かに睨み返しながら言った。
この街に住む人達を守ること。
藤四郎が桜花組へとやって来た日、桜花を名乗ると決めた日に誓ったこと。
ここで少年を見捨ててしまえば、彼は桜花藤四郎ではなくなってしまう。
見て見ぬ振りをすることなど、はじめから選択肢にはなかったのだ。
「どいつもこいつもヒーローごっこかよぉ? 現実ってのをたっぷり教え込んでやっぜええー!」
男の一人が、舌なめずりをしながら藤四郎へと近付いてくる。
藤四郎は微動だにせず、男を待ち受けていた。
彼の周りの空間だけ時間が止まったような静けさに包まれている。
「ヒャーッ!!」
一軒隙だらけに見える藤四郎に向かって走り込んでくる。
間合いを詰めるスピードは早い。態度だけでなく、それなりに実戦を詰んできた者の動きだ。
「ヒッヒッヒッ!! さっきの威勢はどうしたァッ!!」
「……」
男の連撃を藤四郎は腕を使って防ぐ。
防戦一方。周りで見守る者達の目には、そう映った。
変身している状態ならば、エンジェルの武器であるスタングローブの電撃で相手を簡単に無効化することが出来る。
しかし、今の状況では目立つ道具を使用することは出来ない。
――電撃は使えない。ならば……。
男の脇を締めたストレートが迫る。
喰らうことのできない痛撃。
その一撃は、藤四郎にとって最大の好機であった。
顔面すれすれでストレートを避ける。その腕を掴み引っ張ると、そこを起点にするように藤四郎は飛び上がる。
「――オラァ!!」
一瞬にして宙に浮いた身体を捻り、勢いのついた藤四郎の蹴りが男の首を刈り取った。
「おい。さっきの威勢はどうした?」
「いっ、いてぇ……あ、兄貴ぃ……」
藤四郎は、倒れ這いつくばる男を背中から押さえつけた。
脳への衝撃で呆然とする男は、涎が漏れ出る口でもう一人の男へ助けを求めた。
「テメェ……よくもやってくれたなぁ。覚悟はできてんだろうなぁ、おい」
兄貴と呼ばれた男が苛立たしげに言うと、何処からか折りたたみ式の刃物を取り出した。
「ハッ、覚悟? それはこっちの台詞だ。この街で騒ぎを起こして、お前達こそ“覚悟”できてんだろうな?」
男を言葉を鼻で笑い、藤四郎は不敵に微笑んだ。




