緑川春彦の独白1
僕は、緑川春彦。
これといった特徴もない、クラスでは目立たない男子の一人だ。
そんな僕が隣を歩いている彼、桜花藤四郎と出会ったのは僕が宝来学園へ入学してから半年が経った頃だった。
小さい頃から僕はからかわれることが多かった。
いつまでも幼さの抜けきらぬ顔立ちと華奢な身体、伸び悩む身長。
女のようだと言い囃され、幼心に持っていた自尊心は傷付けられてきた。
人より成長が遅いだけ――
そう自分に言い聞かせ、日々目立たぬように生きていた。
高校に入学するのを機に、環境を変えれば何か変わるのかもしれないと地元を離れ、ここ宝来へとやってきた。
もしかしたら急成長するかもしれないと、淡い期待を抱いて買った大きめの制服。
余った袖を握りしめ、新たな教室に一歩踏み出した。
そこにあったのは、今までと何一つ変わらない日常だった……。
環境が変わった所で何かが変わるわけではない。
そんなことは心の何処かで分かっていた。
身長が伸びたわけでもなく、イケメンになったわけでもない。
何より、そんな言い訳を続けて俯いて生きていたって誰かが手を差し伸べてくれるわけもない。
分かっていたつもりだった。
どうにかしなきゃいけないって分かっていたのに。
焦りが胸を苛み、身体が悪いわけでもないのに息が苦しい。
そうして家族も友人も居ない土地で、気付いた時には半年が経っていた。
そんな日々でも趣味の時間だけは、嫌なことを全部忘れることが出来た。
僕は、ヒーローに憧れていた。
格好良くて誰にも負けない。
それはまさに僕の理想そのもの。
でも、現実に実現することのない幻想。
少しでも手を伸ばそうとヒーローグッズを密かに考えて、誰に見せるわけでもない、使うわけでもない道具を開発していた。
様々なギミックを仕込んだアイテムを開発して、使うところを想像する。
実用性を考えればおざなりな出来だろうけれど、僕の心を満たすには充分だった。
数少ない心の平穏。
それすらも現実はいとも簡単に取り上げた。
その日は前日から考えていたヒーロースーツのアイデアが纏まりそうだと思い、手の平サイズの手帳に設計図を書き殴っていた。
常にパソコンを持ち歩きたいのが本音だったが、そんな目立つことはしたくなかった。
そんな考えなど虚しく、あっさりと後ろから伸びてきた手は僕の手帳を取り上げた。
「なぁに? これぇ? こういうのが好きなの?」
「えっ、あっ……あの、違っ」
クラスでも派手なグループの女子が、僕の手帳を取り上げてヒラヒラと晒すように持ち上げる。
モデルのように整った身体の彼女が、少し腕を上に伸ばしただけで身長の低い僕は届かない。
「ふーん? いつもコソコソ何書いてるのって思ってたけどぉ……ヒーローねぇ?」
「あ、あの、返してっ……ください……」
あまりの情けなさに目頭に熱が籠もるのを感じ、ぐっと堪えた。
そんな姿を目の前に、その女子は楽しそうに口元を歪めて後ろに居た友人達へ呼びかけた。
「ねぇ~、見てコレ! ヒーロースーツだってぇ~。こんなこといつも考えてたの? 子供みたいで可愛い~、アハハ!」
「えー、気持ちわるぅ。さすがに高校生にもなってヒーローに憧れちゃうとかないわぁー」
「そんなに小っちゃいのにヒーローなんて無理だよぉ? キャハハ」
僕を指さし、彼女たちは口々に嘲笑う。
――そんなこと言われなくたって分かってる!!
――だからこそ憧れたんだ!! だからこそ僕は少しでも近付きたいと思ったんだ!!
「っ……」
心の中で思う限りの反論を叫んでも、僕の喉はキツく絞められ言葉一つ発せなかった。