3
誰かが呼ぶ声がする。
――君、起きて――君――
まどろみの中で、誰とも知れぬ声に耳を傾けつつも心地よい眠りを謳歌する。
この瞬間の心地よさを噛み締めるように、藤四郎は再び意識を手放そうとしていた。
「桜花君! もう授業終わっちゃったよ、起きなきゃ!」
「ん……ん~? おはよう、ふぁ~……帰るか」
午後の授業の幾つかを寝て過ごした藤四郎は、春彦に肩を揺さぶられてようやく起き上がった。
学校の硬い椅子で凝り固まった身体をほぐす様に伸ばす。
その様子を若干呆れたような表情で春彦が見ていた。
二人が行動を共にするようになって半年。
このやり取りは、日常になりつつあった。
「また夜まで見回りしてたの?」
「あー……まあな。ウメさんのところも落書きされてたみたいだし、一応な」
ここ数ヶ月、藤四郎は町の見回りをしていた。
ウメさんとは藤四郎の家、桜花組が元々管理していた宝来町南部で喫茶店を営んでいるお婆さんだ。
この喫茶店は近所の人達から愛され、自然と人が集まる憩いの場となっている。
昔からの小さな店とはいえ、高齢の女性一人では手が回らないところがある。
そこで、昔から力仕事から警察では対応出来ない揉め事など桜花組が陰ながら力を貸してきた。
「落書き、か。最近、多いよね……」
「あぁ、今までならこんなことなかったんだ。何処の誰だか知らないが、許せねぇな」
藤四郎の言葉には、隠しきれぬ怒りが滲み出ていた。
今までならば桜花組の手が入った場所で、このようなイタズラをされることはなかった。
特にウメさんの店がある宝来南部は桜花組の本拠地と言ってもいい。
宝来町の大抵の人間は、この土地が問題を起こせば誰が出てくるのか理解している。
それなのに何故、落書きなどという幼稚なイタズラが行われたのか。
桜花組解散という噂が広まりつつあったからだ。
「チッ……だから俺は反対だったんだ。親父の説得もあるから、もう行くわ」
「うん。でも、無理はしないようにね?」
「おう、任せとけって」
実際には、今はまだ解散などしていない。
だが、組長である桜花源六が解散の根回しを始めているのも事実である。
時代の流れからか、桜花組に助けを求める者は少なくなっていた。
わざわざヤクザ者などに頼らなくても大抵のことは警察が対処をしてくれる。
若い人ほどその考えは強かった。
解散の決定をした源六に、藤四郎は猛反対をしていた。
源六の意志は固く、自分の言葉が聞き入れられない状況に藤四郎は焦りを感じていた。
この地には、まだ桜花組が必要だ。
それを証明するためにも、警察よりも早くシマを荒らしている不届き者を見つけなければならない。