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戦神の求めた唯一  作者: 久浪
『今世の真実』
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7 まず一勝負




「チェスしましょう」

「は?」


 私の唐突な提案にアルヴァ様はさすがに大層理解出来なかったという声を出した。


「チェスしましょう」

「話の流れが意味が分からない。それにどうして俺がしなければならない」

「もちろん、アルヴァ様が地上へ降りる暇が出来ないようにです。その時間がなければ出来ないですよね」


 現状において素晴らしいほどの名案である。

 チェスが出てきたのは単に前世、彼に教えてもらってしていたことがちょうど出てきただけのこと。お陰で早速先手を打つことができる。


「だから私とチェス勝負です」

「『だから』?」

「だからです」


 何がだからだと言いたげ。


「お前、妙な人間だな」

「え、そうですか?」

「俺に、地上へ降りることを止めさせるために来たと言ったな」


 一瞬、アルヴァ様の瞳が物騒な色味になった。


「……はい」

「天界に来てまでか」


 それはキアラン様に頼まれたことが始まりなのだが「はい」と返す。


「……だから妙なのか……」

「え」


 さっきから妙とは何だ。

 良い意味ではないだろうから止めてほしい。私は変人ではない。


「と、とにかく勝負です!」


 掴まれたままだった手を突きつけると、横になったままのアルヴァ様はゆっくり瞬く。


「人間が、俺に勝負を挑むのか」


 それは面白いな、と言ったアルヴァ様は起き上がる。


「暇潰しになるというのなら、いいだろう」


 あ、釣れた。過ごしていくことで見える、意外と子どもっぽいところは変わりようがないのかもしれない。



 私が記憶を探りチェス道具一式を探し出し、机の上に並べると勝負は始まった。

 始まりはしたが……。


(強い……)


 私が今世ではチェスに触れる機会もなかったということを引いても、興じた年数の違いが初めから出るわ出るわ。

 私が駒を動かせば、数秒以内にアルヴァ様が駒を動かす。読まれているようだ。

 一戦目の終わりはあっという間の未来が見える盤面を見つめている目をちらっと向かい側に向けた。

 向けて、ぎょっとする。

 向かい側にまさに部屋の主という様子で座っているアルヴァ様が宙に浮いた鏡に視線を向けていたのだ。私が反応したのは鏡が浮いていること自体にではなく、見えてしまった鏡に移されている光景に。

 鏡には、戦場と見られる光景が映し出されていた。


「それ、禁止です」


 本来ならこれが彼の「仕事」と言えるものだけれど、今ばかりは慌てて立ち上がり、鏡を取り上げてやった。


「おい」

「よそ見厳禁です」

「お前がよそ見させないチェスをすればな」

「……うっ」


 言葉に詰まる。


「善処するので、とにかくこれは禁止です!」


 鏡は返さなかった。アルヴァ様も息を吐いたようだけれど、新しく戦場を映す鏡を出そうとはしなかった。


 神殿にいても鏡でも戦の様子を見るとは、どういうことなのか。いや、それが彼の仕事だと言われてしまえばそれまで。けれど戦地ではない地上に降りては戦を巻き起こしてしまい、神殿では戦場を見るのでは戦場に固執しているように思われてならない。

 そんな思考は鏡を取り上げることに成功し、チェスに戻って徐々に消えていった。



 一回負け、二回負け、三回負け、四回負け……七回、八回、九回……。

 負ける度にもう一度と挑み続けた結果。


「強すぎです……!」


 歯が立たないのは相変わらず。

 回数を重ねる内にやり方を思い出してきていくらか試行錯誤出来ていたはずなのに、さくさく負けた。


「お前は弱い……弱いが」


 率直な評価を口にしてきたアルヴァ様に悔しい目を向けると、彼はチェス盤と私の顔を交互に見る。そして自分の方を見ている私の目を見て、わずかに眉を寄せて目を逸らした。

 何だ。


「――チェスは終わりだ」

「え」


 突然の終了宣言。


「あ、でも、」

「終わりだ」

「私は」

「地上に降りなければいいんだろう。一旦どこかへ行け」

「え、あ、」


 とりつく島もなく、放り出された。

 部屋の外に出されたと廊下の景色でやっと認識し、後ろを見ると閉ざされた扉。試しに開くかしてみようかと思って伸ばした手は止めた。


 今日のところは地上に降りないというアルヴァ様の言葉を信じてみようとまともに関わりはじめて初日なので引き下がることにした。

 と、言えば聞こえはいい。本当は、今は開けない方がいい気がした。


「庭に、戻ろう」


 アルヴァ様が帰ってきての優先順位第一位はアルヴァ様が地上へ行くことを防ぐこと。第二位は神殿の庭及び環境改善。

 アルヴァ様が帰ってきた可能性ありとここまで来て、流れでチェスまでしてきたから召し使いたちに任せてきてしまった庭に戻って、作業しよう。早く、気分が明るくなるような庭に。


「……何か、眠い?」


 少し歩いたところでふいに欠伸が出て、眠いような目を擦る。まだ昼頃といったところのはずなのに眠いのは……。

 アルヴァ様が帰ってきたことだ。少し、眠ろうか。召し使いたちに一言言ってから少しだけ寝て、庭の作業に加わろう。その方がよっぽどいい。


「……楽しかったな」


 久しぶりのチェス。アルヴァ様としかしたことがないチェス。

 そういえばアルヴァ様、結局相手してくれた。それも何回も。

 途中で指す手が惑ったと見えたところは見間違えでなければ、少しは困らせられたのだろうか。


「これから勝てるように頑張ろう」


 そう、今日からまあ気分を害することない程度に押しかけ続ける。アルヴァ様に地上に降りる気が起きないように。

 それが私が連れて来られた意味でもあるだろう。








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