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戦神の求めた唯一  作者: 久浪
『今世の真実』
5/37

5 理由不明



 その神様がその場から姿を消した後も止まった動きは、しばらく元に戻らなかった。

 少し、意表を突かれた気分。

 息が詰まっていたと、息を吐いて知った。

 今から初対面を始める心積もりではあったとはいえ、あんな目を向けられようとは、動揺していることは認めざるを得ない。

 見知らぬ者に向ける目を、前の自分にまでも向けられているようでならなかったのだ。


「シエラさん、大丈夫ですか?」

「……え、……あ、はい」


 数度強く瞬いて改めて視界を意識すると、キアラン様がこちらを覗き込むようにしていた。


「大丈夫です」

「申し訳ありません。先に言っておくべきでした」


 記憶の件だろう。

 けれど知らないものを見る目で見られることは避けられなかったことだから、別に、いい。

 問題にすべきなのは、前の自分まで否定されて気分に陥るなどという不意討ち。これの原因は、直前に聞いたことによると思う。


「そのタイミングはもういいんですけど……キアラン様、本当に、どうして私を連れて来ようと思ったんですか」


 固まっていた身体を取り戻した私は、キアラン様に尋ねた。

 地上の戦禍がかの神のせいで、普通なら人間が行けない場所にいる彼の元へ来ることが出来たのは望みが一筋繋がったと言える。

 しかし生まれ変わった私を連れて来ようとしていた時点でもちょっと疑問だったものが、ここまでくると完全に疑問となった。


「私は以前の私ではありません。容姿も変わりましたけど、性格だって同じだとは言えません。ましてやアルヴァ様には記憶がないのに」


 というより、


「どうしてアルヴァ様に、前の私の記憶がないんですか?」

「……」

「キアラン様?」


『彼』が去るまでの間、黙していたキアラン様は今も沈黙を守る。


「これも言えないことですか?」


 目が伏せられ、肯定なのだと捉える。


「まさかアルヴァ様の中の『私』の記憶を戻すために私を呼んだわけではないですよね?」


 そうだとすれば、もっと理由が図れない。

 なぜかは知らないけれど、前世共に過ごした私の記憶がないらしいアルヴァ様に、かつての私が死んだ後にわざわざ記憶を取り戻させる理由が思いつかない。何のために、となる。


「下でも言いました通り、貴女に来て頂いたのはあの方を止めて頂きたいからです」

「いや、でも……私である意味はありますか?」


 神々が止められず、最後の最後の手段で前世で関わっていたから、私を呼んだのだと一先ず理解をつけておいた。

 が、当の神様に前の私の記憶がないのに、私を呼ぼうと思うだろうか。

 何だか考えがこんがらがってきた。


「『貴女』であるから、意味がある」


 だからそもそも『私』は死に、新たに生まれた私はキアラン様の示す『私』ではないのでは?と言い返す口は――閉じた。キアラン様の顔があまりに真剣、切実な目をしていたから。


「……分かりました」


 理由を一切語らないことに、勝手だと思っても神々という相手上無理矢理迫ることは出来ない。どれだけ粘っても聞き方を変えてもキアラン様は語らないだろう。


 私は決意を込めて深く頷いた。

 どうせ一度引き受けたことであり、このまま地上に帰るのは良い選択とは思えない。彼が地上に争いをばらまき、このままでは私の住んでいる国だって危ないからだ。それを待つだけのは愚かそのもの。

 止める試みができるのであれば、やらない手はない。


「要はアルヴァ様が地上へ降りることで戦禍が広がっているということなので、アルヴァ様が地上へ降りてしまわないようにすればいいんですね」

「はい」


 どうかお願いします、とキアラン様は地上のときから再度、私に頼んだ。

 私には分からない確信を抱いているキアラン様。何がそこまでキアラン様に私に期待を抱かせているのか理解出来ないけれど、ちょっと責任が重くなったような気がする。

 キアラン様も止められなかったということなんだから、そこまで期待されても……。


 足を止めている右手には、酷い庭。廊下の前方を見ても、そこに見た姿は跡形もない。


「それで、アルヴァ様はどこに行ってしまったんでしょう?」

「もうここには……」

「どこかへお出掛けになったんですか?」

「おそらく、地上へ」


 地上へ行ってしまったというのか。

 彼が下りた地上では、戦が振り撒かれているのだろうか。

 そもそもかの神様のせいで戦の範囲が広まっているというのは、戦地に彼が赴くこともあり、そうでない土地に降りた場合、その地に争いが起こるとの事象に原因がある。

 人間にしてみれば物騒な力を持った神様。

 その神様の名前を、アルヴァと言う。


 ――戦を司る神、ここは彼の神殿


 かつて私が地上とを行き来しながらも過ごしていた場所。

 しかし私の中にある記憶と同じところは、神殿の形造りくらい。

 変わり果てた庭、雰囲気。

 それは『彼』にも言えること。

 一時しか前にしていなかったのに、淀んだ瞳が瞼の裏に焼き付いているようだ。廊下の先を見ていた目を閉じ、開く。

 息を吸うと、特に苦しくとも何ともない。当たり前か、きっと私が見ているもの感じているものが変わったと感じているだけだから。


 ここで、私は彼が地上へ降りないように、戦禍を広げないように頑張ってみるのだ。


(じゃあまずは、と)


 問題は目的の神がいないこと。そしていないのであれば、待つしかない。

 とりあえず……と、何度目か庭を見る。何度見ても酷いなと、急に色褪せた視界になったと感じさせる庭に嘆息。

 まずはここだ。


「とりあえず、アルヴァ様が帰ってくるまであまりにも庭が酷いので庭の整備をして待ちます」

「庭を?」

「はい。キアラン様に頼むしかないので聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「花の種とかって手に入れてもらえたりします?」


 美しさの名残りがない庭を直そう。

 記憶の中に庭の様子は残って、容易に思い出せるけれど、厳密には元に戻すではなく、新たな庭にしよう。

 戦の神がここにいたくなるような、庭に。




 ***







 キアラン様だって神様なので、自分の神殿を持っている。また来ますと言ってアルヴァ様の神殿を後にした。


 神様にも位の差がある。

 人間のように細かく位が定められているわけではないが、大雑把に分けると上位中位下位となり、アルヴァ様は上位。キアラン様は中位くらいとなる。

 同じ創世神様から生み出された神々は兄弟と言っても間違いではないもので、慕ったり親しくしたりという関係があるらしい。反対に関係なんてないと希薄な神々もいる。

 キアラン様が、人間の私が想像出来ないほど昔アルヴァ様とどのようにして会い、どう思ったかは知らないものの、キアラン様はアルヴァ様を敬愛していることは知っている。


 私に直接頼み事をしに来た姿を思い出しながら、何だか弟が兄を思っているように近いような、こう言っては何だけど主人を心配する臣下的にも見えるような……。

 ぽつんと一人残った廊下で、下らないことを考えた。





 天界にも夜や朝がある。昼の神や夜の神によって地上と同じく朝や夜が来るのだとか。

 神殿の敷地ギリギリから眼下を臨めば白い雲のようなものが広がり、周りを見ると青空、夜には夜空が広がる。

 ちなみに季節はないので、寒くも暑くもない。快適と言えば快適。慣れるまでは不思議な感覚だ。


「見つけた!」


 広すぎる神殿を駆けずり回り、私がしていたのは庭の整備のための道具探し――と言いたいところ、実は『召し使い』たちの探索だ。

 最早機能を果たしていない、神殿にはいるが、何も望まないから何もすることなくどこかにひっそりといるとキアラン様が言っていた彼らを探しはじめ、何時間経ったか分からない。神殿の奥へ奥へと来たので外の様子が見えないため、時刻も把握出来ないのだ。

 とにかく召し使いたちを見つ出すことは出来た。

 彼らは奥の、隅っこの隅っこにひっそりと固まっていた。暗い中いたもので、一瞬幽霊かと思って驚いた。


(一、二、三、四……)


 数えると四人。人型をした召し使いたちが床に座り込んでいる様子は人形みたいだと今度はそんな印象を受ける。

 色素の薄い髪は肩を少し越えたくらいで切り揃えられ、男女とは区別ないデザインの真っ白服、という一様に同じ容貌と格好をしているから一層人形のような印象は強まる。


「これで全員……?」


 それとも別のところに他にもいるのか。そうだとしても今日のところはこれ以上探し回る気にはなれない。

 私はやっとのことで見つけたこの神殿の召し使いたちの側まで行き、しゃがみこむ。


「大丈夫?」

「……」


 曇った瞳は無気力で、私を映そうともしない。


「ここから動ける?」

「……」


 何も返事は返って来ないのは、声としての返事がないのは当然。彼らは喋らない。

 首を振るといった動作を示すことは出来る。

 そして返答がなくとも体的には動けはするはずだとは分かっていた。彼らもまた神々と同様に食事の類をしなくとも生きられる。それらは生命の源や力とはならない。


「とりあえず、ここから出よう」


 暗いし、こんな隅っこにずっといるべきではない。

 すると、召し使いの内一人が力なく微かに首を振る。

 拒否。


「立てない、とか?」


 反応なし。


「じゃあ、行こう」


 首振り拒否。


「――あなたたちの主が何も望まないから、何も出来なくてここにじっとしているの?」


 首肯。


 なるほど、と私は嘆息したくなる。

 一度目の拒否から何となく理由には勘づいていた。召し使いの存在理由を知っており、キアラン様の言を聞いておけば誰でも分かる。

 人形のように何をすることもなくじっとしているのは、主が何も望まないから。

 何も。

 キアラン様の口ぶりでは、黙っているのではなく、望まないという意思を表したということ。黙っているだけなら、黙認と取り召し使いたちは神殿を主に相応しい様相にしていくなどするのだから。

 全ては主のために。

 よって彼らは動かない。今の彼らの仕事は、次に主が何かを望むまで待機していること。


 でも、以前この神殿を目にしていた私にとってこのままそれが続くのはよろしくないことは目に見えていた。


「庭を整えるのに、力を借りたいの」


 私は本題に入ることにした。

 荒れた庭を手入れすることは決めたけれど、あの広大な庭を私一人で手を入れるのは中々骨が折れることだ。


「あなたたちの主は今庭に興味がないかもしれないけど、庭があんな風だと主も神殿も荒んで行く一方になる」


 彼らが神殿の主のために存在することは知っているから。


「アルヴァ様のために綺麗にしよう」


 アルヴァ様のため、と私の声が言った瞬間、召し使い全員が微かに反応した。下を向いていた目が真っ直ぐにとは行かなくとも私の方を向く。

 首を横にも縦にも振らず、視線を向けられ、問われているように思える。


「アルヴァ様のために」


 また反応があったから、彼らが自分で動こうとするのを待たずして、私は手を伸ばした。掴んだ手は、ひんやりとした。

 次々と手を引くと、召し使いたちの身体は羽のようにふわりと難なく立ち上がる。


「お願いできる?」


 四人共立ち上がった上で改めて問えば、元のように座り込もうとはしなかった彼らはしばらくの沈黙を経て、ほんの少しだけ顎を引いた。

 その反応が返ってきたことに、私は微笑んだ。

 じゃあ行こう、と歩き出せば後ろでは最初は躊躇いが見えつつも一人が半歩踏み出し、そこからは淀みない足取り。これで大丈夫だ。


 消えてしまった召し使いもいるとキアラン様が言っていたことは、私も彼らについては基本的なことを知っているだけでイレギュラーなことは知らない。必要とされなかったから、消えてしまったということかもしれない。

 それも気になるにしても、今のところ知りようがないので置いておく。



 頭の中には庭のことが広がっていた。

 次こそ庭に手をつける。まずは撤去した方が早そうな枯れかけた植木類を片付けて、芝生も再生できないようなら取り除いて、それから新しい植木や花を…………。


 アルヴァ様は、いつ帰って来るのだろうか。






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