表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦神の求めた唯一  作者: 久浪
『前世の真実』
PR
25/37

25 地上世界か天界か





 前世の私と、アルヴァ様が過ごした時間はどれくらいだっただろう。話し、笑い、過ごした時間はどれくらいで、私はどれくらいのことを知れたというのだろう。

 短かった、とは漠然と思う。

 私の今の生は前世の幸せな記憶途中に始まっているような印象を受けているから、だろうか。死ぬときの記憶があっても困るから、途中に突然切り替わったように感じる点慣れた今となればいいのだが。


 四阿の奥の遮るものが何一つない、地面があるギリギリの位置に座って足は宙に投げ出し、一歩間違えれば地上にまっ逆さま。

 どこまでも広がる景色の先を一人で眺めていた。

 良い景色だ。

 この位置で見るからこそ、先に広がるのは天だけ。庭を見るのもいいけれど、境がない天の景色は解放感があって、清々しい気持ちになる。


「!」


 肩に重みが加わりビクリと身体が跳ねる。

 完全に無防備になっていたので、通常より驚いて後ろを振り向いた。


「アルヴァ様」

「何をしている」

「何というと」


 問われ、とりあえず行動を振り返ってみる。


「景色を見てました」


 それだけなのに、どうして焦りが滲んでいるのだろう。

 私の肩に手をかけたのはアルヴァ様で、少し厳しい表情になっていた。


「……こんなところにいると、落ちるぞ」

「落ちませんよ?」

「落ちれば人間は死ぬだろう」


 恐れているように、彼は言った。


「アルヴァ様、気にしすぎですよ。それは神様からすれば人間は弱いものですけど」


 私は案じすぎな彼を安心させるべく笑い言うと、アルヴァ様はしばらくじっと私の顔を見て、「そうだな……」と呟いた。


「お前がここにいるのを見た瞬間に、なぜかどこかに行きそうに思えた」


 鋼色の髪に指を通してかき上げるアルヴァ様は、そんなつもりではなかったという様子。

 そのまま彼は隣に同じように座り私の頭を一撫でして、私が見ていた方に目を向ける。


「下を見ていたのか」

「下を含めて。天界でしか見られない景色ですよね」


 とても綺麗だ。


「昼はずっと遠くまで見えて綺麗ですけど、夜は雰囲気も異なってどっちも綺麗です」

「ここからの眺めは好きか」

「好きです」


 そうか、と相づちを打ったアルヴァ様が気色を眺めている横顔に、私も同じ方をまた向いた。

 隣にアルヴァ様がいるとただでさえ綺麗な気色が、特別なものになるのは不思議なこと。




 陽がなくとも光に照らされ夜が来ると暗くなる天は、夕方という時刻によりその様相を変えていく。

 僅かずつ、夕と夜が混ざり合う。


「シエラ」

「はい」

「お前は、俺を止めにきたと言ったな」

「……そう、でしたね」

「俺がこの先地上に行かないなら、地上に戻るのか」


 私はキアラン様に頼まれ、今世ここに来た。アルヴァ様が地上におり、それを止めてほしいと。アルヴァ様にもそう言った。――「私は、あなたが戦を起こすことをやめてもらうために来ました」と。

 それから笑顔がなく、固い空気を出していたアルヴァ様の笑顔をもう一度見られるようにと、目標にした。

 現在それはどちらも達成された。

 アルヴァ様は地上に行かない。笑顔も見られた。

 本当ならその時点で私は天界ですることは成したということになる。


 けれど、私は雨が降りしきる地上でのアルヴァ様の言葉に、側にいると言った。

 今のアルヴァ様の言は、私が側にいなくても地上に行かないと言えば、私はどうするのかということだろうか。地上に戻るかと聞くものなのか。


 違和感を覚えてアルヴァ様を見ると、彼はすでに私の方を見ていた。


「戻りたいか」


 戻りたいか戻りたくないかと聞かれると、はっきりとはどうとも答えようがない。地上で過ごした日々はそれなりに楽しかったことも多かった。戻りたくないという反射的な拒否反応はない。

 アルヴァ様がそう尋ねる真意を図りかねていることもあり、私はどう答えればいいかと返答に迷って口を開けないでいる。


「ここにいろ」


 複雑な気持ちをどうにか言葉にしようとしていると、言われた。

 知らず知らずの内に視線と一緒に下がっていた顔を上げると、顎に添えられた手に、より顔を上向かせられる。上の方にあるアルヴァ様の瞳が深く、私を映す。


「シエラ、お前のことを愛している」


 熱を孕んだ言葉が耳に響き、蕩ける。

 その言葉を言われて初めて、瞳の奥には声よりももっと熱を秘められていることを知る。

 いつからだろう、気がつかなかった。

 前にもこの瞳を見ていたことが、向けられていたことがあったのに。


「アルヴァ、様」

「時間を過ごすにつれ惹かれていく」

「――――」


 指が顎から頬へのラインを丁寧に、ゆっくりなぞる。


「お前のことが愛しくて仕方がない」


 頬をそっと包んだ手を感じて、私の頬が今になり徐々に熱を持ち始める。すぐに身体中の熱さが集中してしまったみたいになって、心臓もうるさく鼓動を刻む。

 身体全体に響いて感じている鼓動はアルヴァ様に伝わっているのではないだろうか。

 それどころか聞こえているかもしれない。だって、こんなにも近い。

 近づいた顔。

 息を直接感じる。


「シエラは」


 私は。


「なあ、シエラ。俺のことをどう思っている?」


 澄んだ黒は甘い色味を称え、囁く。


 アルヴァ様の最近の行動や態度が表していたのはこういうことだったのだ。気がついてしまえば、言葉よりも雄弁な瞳に捕まえられた私は、今分かった。

 気がついたのは遅かったくらいだろう。


 では私は。

 私は。

 さっき地上に戻りたいかと聞かれたと同じようにここにいたいか、いたくないかと聞かれると、迷いなく「いたい」と答える。この美しい場所自体が好きということももちろんあるけれど、一番の理由は、アルヴァ様だ。

 アルヴァ様がいるから。アルヴァ様といられるから。その時間が言い表すことが不可能なくらいに貴く思えてならない。またこんな時間を過ごせることがふと信じられないことがあって、現実なのだと認識し直す。

 彼とこんな風に過ごせることが。


 もしかしてアルヴァ様は私が地上に帰りたがっていると思って、地上に戻りたいかどうか聞いたのだろうか。

 そうだとすればこの上ない誤解になる。

 地上と、アルヴァ様がいる天界を比べるなら私の答えは決まっている。


 私は、ずっとこの神様の側にいてあげたくて、いたいと思っている。知らない彼の面を知って前世よりもずっと好きだから。


「大好きですよ」


 これには迷う必要なんてなくて、心から伝えたい言葉が出てくると、驚きで固まっていた表情が自然と綻ぶ。

 微笑んで言うと、確かに嬉しそうに彼は笑い、私をその腕で引き寄せた。


「愛している」


 耳元で今一度紡がれた言葉は、現実。



 ――私は、アルヴァ様のことが好き。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ