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魔導書はかく語りき  作者: 絢野悠
《魔法少女と狂った聖母》
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十話

 言われた通りに部屋に戻った。大きな鏡の前に立ち、右手でそっと鏡に触れた。


「お姉ちゃん、か……」


 姉の顔が脳裏にチラつく。同時に、父、母、兄の顔もだ。いや、正確には顔ではない。家族と過ごした日々を思い出していたのだ。。


 イズミの家がなくなり、家族を失ったのは十年前のこと。ちょうどキョウレン大乱があった時だった。


 イズミは四歳であったため、家族の顔を正確に覚えていない。思い出も、ほとんどないと言っていい。


 当時四歳だったイズミを引き取ったのは母方の叔父であった。クインクの姓もそこでもらったものだ。


 会ったことがない見知らぬ叔父の存在。しかし、叔父は優しく、新しくできた姉二人も非常に親切にしてくれた。


 上の姉は今年で二十五歳。今は看護師として働いてる。少し口は悪いが、順序立てて行動を起こす頭がいい姉だった。


 下の姉は今年で二十歳。物静かで気弱な性格だった。本と名の付くものならなんでも読み、半ば活字中毒のきらいがあった。趣味が講じて、下の姉は作家になった。


 父は政府の職員であり、母は専業主婦だった。間違いなく裕福で、間違いなく幸福だった。


 それでも満たされないことはあったし、本当に欲しかった幸福はもうここにはない。それを受け入れる体制は、まだイズミの中には整ってはいなかった。十四歳という年齢もあるが、不安や憤りといったものを発散する手立てを持っていなかったのも要因である。


 家族にも本音を言えなかった。友人もいない。今を幸せだと感じる振りをするので手一杯だった。自分がちゃんと演じていれば、不幸は絶対に起こらないと信じていた。


 家族を失った時のような、不幸な事件は二度と起きてほしくない。子供心に「いい子にしていれば幸せになれる」という母の言葉を、神の教えのように大切にしてきた。


 自分がいい子でなかったから家族が死んでしまった。そう、彼女は思っている。


 だがそれを「違う」と否定してくれた人はいない。イズミが口にしたことがないからだ。


 そうやって胸の中に不和が広がっていく。足の先から脳天まで痺れたようになり、なんだか胸が落ち着かなくなってくるのだ。


 仰向けになってベッドに倒れ込んだ。自分はなにをしているんだ。なんのために式守になったのだ。魔力が高く、式守としての適正があると判断され、家族に反対されながらも式守になった。それなのに、これは「体たらく」というのではいのか。

「私は、どうしたいんだろ」

 皆が幸せになれるように、皆が傷つかないように。聞こえはいいが、ようは自分が傷つきたくないだけなのだ。殺し合いも悶着も諍いも、もみ合いも確執も争いも、仇討ちも軋轢も煩いも、なにもかも、自分がしたくないだけなのだ。


 知っている誰かと仲良くなって、そうやって一物抱えて生きていく。それが、嫌で嫌で仕方がなかった。


 だから、知らない誰かとならば、自分は好きなように振る舞えるのではないか。


 誰にも話したことはない、そんな胸中を抱えたまま、どれだけ長い時間を生きればいいのだろう。耐えきれるのだろうか。耐えきれなくなったらどうするのだろうか。


 そうやって、自分自身に疑念を抱き始めていた。


 本当の自分とはなんなのか。


 本当の自分がやりたいこととはなんなのか。


 本当の自分が向かう先はどこで、その先になにが待っているのか。


 そこまで考えて、目を閉じた。考えたところでなにも出てこないことはわかっているからだ。


 一度起き上がり、バッグの中を漁った。


 誰が入れたのかわからないハルシュ語の小説を取り出す。


 一度は諦めたが、時間が出来てしまった以上他にやることがない。きっと持ってきて小説もすぐに読み終わってしまうだろう。


 読み始めて五分ほどだが、あまりにも難解で頭が痛くなってきた。どうやって読み解いてもちゃんとした文章にできないのだ。


 ハルシュ語は基礎しか習っていないが、それでもここまで読めなかったことはない。文章そのものが高度なのか、本当にただの文字の羅列なのか。もうそれすらもわからなくなっていた。


 本を枕元に投げた。持ってきた小説を読む気にもなれないほど、イズミの脳みそは疲労していたのだ。


 天井を見上げながら、ふと思い出す。レイジの言葉だ。


 この施設はサルファ教の所有物であった。


 この施設は洗脳教育のためのものであり、同時に死体処理場でもあった。


 マリアールはサルファ教であったにもかかわらず、サルファ教によって殺された。


「殺された……?」


 そうだ。マリアールはサルファ教によって葬られた。それならばマリアールが最初にやるべきはサルファ教を滅ぼすことではないのか。ならばなぜマリアールはここにいるのか。ここに、来たのか。


「マリアールが現れるだけの動機が、この施設にはあるというの……?」


 施設。


 洗脳。


 殺害。


 処理。


 欠けたピースが少しずつはまっていく。そんな感覚があった。


 円形の建物。


 ガラス張り。


 窓がない部屋。


 カチカチ。パチパチ。脳内でパズルが完成していく。


 部屋を飛び出した。部屋の外にはアイリがいた。


「イズミ? どうしたの?」

「ちょっと、確認したいことがあるの」


 そう言い残し、奥の部屋へと向かった。


 奥の部屋にはキョウスケがいた。イスに座り、つまらなそうに資料を読んでいた。


「おうイズミ、どうしたんだ」

「ねえちょっとイズミってば」


 後ろからアイリも追いかけてきた。そして、彼女に腕を掴まれた。


「部屋に戻ろう? 夜いろいろあったし、もう少し休んだ方がいいって」

「ごめんなさい。でもこれだけはやらなきゃいけないの」


 腕を振りほどき、力強い足取りで部屋の真ん中へ。


 奥の部屋の真ん中に立ち、右側へと身体を向けた。ここからは左右のドアが見える。だが正面には壁しかない。建物の構造上、その壁は歪曲している。後ろには死体処理場への通路がある。だが、こちらの壁にはなにもないのだ。


「いったいなんだって言うのよ……」


 近寄り、壁に触れる。中央から徐々に壁をノックしていくと、ノックの音があからさまに変わった。


「キョウスケさん、そのへんにペンありませんか」

「ん? おうあるぞ、書けるかはわかんねーけどな」


 言うまでもなく、キョウスケがペンを投げて寄越した。


「ありがとうございます」


 音の変わり目をペンでバツ印を付けていく。


 何回も何回もノックを繰り返し、白い壁にバツ印が増えていった。


 ある程度掻き終わったところで、イズミが壁から離れた。


「これって……」


 アイリが横に並び、そうつぶやいた。


「たぶんドアです。どこかに開閉のスイッチがあると思うんですけど、それを探すのも結構苦労すると思うんです」

「えっと、もしかして大胆にいっちゃう感じ?」

「それしか方法がないんで」


 右手に魔力を集める。そして、そのまま壁に叩きつけた。


 轟音と共に風が部屋の中を暴れまわる。壁がぱらぱらと崩れ落ち、粉塵が上がっていた。


 その先には、通路のようなものが、ぽっかりと口を開けていた。


 早く来い。そう言っているように感じた。

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