九話
結局、見張りは男性陣三人で行ったらしい。アイリとイズミが寝てしまったので仕方がなかったのだろう。
起きてすぐ、ゼンに呼び出されて奥の部屋へ向かった。部屋のテーブルにはたくさんの書類が散らばっていた。
「これなに? ストレスで三人共おかしくなっちゃった?」
怪訝そうな顔をしてアイリが言う。
それに答えるように、レイジが前に出た。
「そういうわけじゃない。ただ、空いた時間でこの施設のことを調べただけだ」
「仕事熱心ね。で、なにかわかったの?」
「ああ、笑えないほどにな」
一枚の紙を取り出し、アイリに差し出した。アイリの隣から、イズミがその紙を覗き込んだ。
内容はこの施設の役割、この施設を使っていた人間の概要のようなものだった。
「なんですか、これ……」
イズミはそれ以上の言葉を口にできなかった。
最奥の部屋が死体処理用の部屋であることは理解した。ではなぜそんなものがあったのか。
ここはある宗教の持ち物であり、矯正施設の一つであった。誘拐した人間を閉じ込め、自分たちに都合がいいように洗脳する。洗脳が上手くいかなかった者はもちろんのこと、怪しい動きがあった者、宗教を辞めようとした者。それらを、最奥の部屋で処理していた。
こういった施設は一つではなく、キョウレンにもいくつか存在し、当然のようにキョウレン以外にもあったようだ。
この施設を所有していたのはサルファ教。最も温厚と言われた宗教であった。
「サルファ教がこんなことをしてたなんてね。世の中っていうのはなにがあるのかわからないものね」
「それだけじゃない。この施設の管理者はマリアール。あの聖女マリアールなんだよ」
「死刑執行人が裏の顔ね。なかなかヘビーだわ」
「書類が全部揃っているわけじゃないが、それは間違いなさそうだ。そしてサルファ教はライスール教とカイジュ教をキョウレンから、いや、この世界から消してしまいたかった」
「どうしてそうなるの?」
「サリファ教と提携していた戦争屋はライスールに取られた。小麦、塩、砂糖などの必需調味料の物価を上下させるための大型商社はカイジュに取られた。サルファは、キョウレン大乱の頃にはだいぶ下火だったらしいな」
「でもサルファ教はマリアールが誘拐されたから、他の二つの宗教に攻撃をしかけたんじゃないの?」
「それがそうでもないらしい。キョウレン大乱の少し前、ここの責任者がマリアールからジュラという女性に変わっている」
「マリアールがいなくなったからでしょう?」」
「そうじゃない。ここで処分される人間のリストがこれだ。この一番下、お前には誰の名前が書いてあるかわかるか?」
もう一枚の書類を見る。言われた通り、一番下の名前をイズミが読んだ。
「マリアール、グルファント……でも隣にマリアール=ブルームーンって書いてありますよ?」
「グルファントはシスターとして出家したあとの名前だ。本当の名前はマリア=ブルー。マリアール=ブルームーンは孤児として引き取られたあとの名前だからな」
「えっと、最初はマリア=ブルーだったけど、その後引き取られてマリアール=ブルームーンになって、最終的にマリアール=グルファントになったってこと?」
「そういうことだ」
「そんな書類あったの? さすがにそんな資料がここにあるとは思えないんだけど」
「マリアールの出生については事前に調べておいた。というか、イツカ様に教えてもらった」
「そんなこと一言も言ってなかったじゃない」
「必要ないと思ったから言わなかった。この任務はマリアールの調査、及び撃退にある。過去の出来事には意味がないと思っていたからな」
「はあ……もうそれはいいわ。つまりマリアール失踪はサルファ教の自作自演だったと。それでキョウレンが滅びたっていうのは言葉がないわね」
「マリアールがこの施設に敵意を持っていても仕方がない。だが逆に、ここにいればいずれマリアールと戦うことができる。俺はまだここにいるべきだと思うのだが、ここから出ていきたい者はいるか?」
レイジが一人ずつ目を合わせていった。が、誰一人として声を挙げなかった。
「よし、全員ここに残るということでいいな。それにあたり、周囲の警戒をしつつ極力体力を温存するという方向を取りたい。二人一組で外の見張りを三時間ごとに行う。これは昼夜問わずだ」
「ここから動かないってことでいいんだよね? ここから動かず、マリアールをおびき寄せるっていう感じ」
ゼンがそう言った。
「ああ、それでいい」
「でもよお、二人ずつって一人あまんねーか?」
今度はキョウスケが口を挟んできた。
「あの状況から察するに、マリアールはどうやらイズミを狙ってきているようだ。イズミはここに待機、身体を休めておけ」
さすがに、この言葉には反論せざるを得なかった。
「ちょっと待ってください! なんで私だけ待機なんですか!」
同じ式守としてここに派遣された。それに一度きり、自分がマリアールらしき人物に狙われただけだ。にも関わらず任を外されるのは、同じ式守として心外だった。自分がなんのためにここまでやってきたのか、今までの過程や努力を全否定されたような気分だった。
「マリアールはお前を狙ってきている、可能性が高いからだ」
「私を狙う理由はなんですか」
「それはわからない。お前を狙っていないのだとしたら、他の人間の前にも同じように現れるだろう。そうしたら「お前を狙っている可能性」は消える。お前が任務に戻るのはその後だ」
「そんなこと……」
そっと、手を握られた。
「今は従いましょう。感情に身を任せてもいいことないわよ」
「アイリさん……」
優しく、柔らかい笑みだった。
その時、仕方がないと思ってしまった。どうしてなのか理由はわからない。ただ、なんとなく似ていたのだ。
あの時自分をかばって死んだ姉の笑顔。重なって見えてしまったのだ。
アイリは本当の姉のようによくしてくれる。だからだろうか、彼女には上手く反論ができない。
「わかりました。じゃあ、部屋で休んでます」
「話は決まったな。二人組は俺とゼン、キョウスケとアイリで決まりだ。最初は俺とゼンが外に出る」
全員が首を縦に振った。
なんとも言えない違和感。その違和感の正体がなにか、どこに違和感を感じたのか、イズミには見当がつかなかった。




