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魔導書はかく語りき  作者: 絢野悠
《魔法少女と狂った聖母》
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八話

 体力にはそこそこ自信があった。趣味は読書だったが、このままではいけないと子供の頃からランニングだけはかかさなかった。そんな自分が、今、肩で息をしてる。この短距離を少し走ったくらいで。


 レイジたちの方へと振り返ると、靄が動きを止めているようだった。


 そして、なにごともなかったかのように、風に紛れて消えてしまった。


 なにが起きたのか、まだ理解がおいついていなかった。アレがなにであるか、他の四人は知っているのだろうか。


「俺たち三人は周囲の探索に出る。ゼンはイズミを連れて中へ」


 と、振り返ったレイジがそう言った。


「わかった。こっちは任せて」


 この時のゼンは、イズミが知っているゼンではないように見えた。自分と同じくらいか、もしかしたら自分よりも小さいかもしれない。そんなゼンの身体が、妙に大きく見えてしまった。


 ゼンに肩を抱かれて建物の中へ入った。自分が震えていることに、始めて気がついたのだった。


 三人が戻ってきて、一同は奥にある資料室に集まった。各々がイスやテーブル、床に腰掛けていた。


 靄のことを説明したが、自分でもどうやって説明したらいいのか要領を得なかった。


「魔力は感じなかった。しかしあれが人為的なものであることは間違いないだろうな」


 そう言って、レイジが目を瞑った。


「魔力は感じなくて当然だよ」


 以外にも、声を上げたのはゼンだった。


「どういうことだ? それならあれはなんなんだ?」

「ポイズンビートルの子供だよ。つまり虫ってことだし、魔獣ってこと」

「靄を作っていたのが魔獣の群れだって言いたいのか」

「僕が間違えるわけないでしょ。なんのために僕が来たと思ってるのさ。こういう時に分別をつけられるようにでしょ? ポイズンビートルは紫色と黒だけど、子供の頃は白いんだよ。それに蟻と同じくらい小さいんだ」

「聞きたいのはそういうことじゃない。魔獣があんなふうに動くのか、ってことだ」

「動くと思う?」

「動かないと思うから疑問に思っているわけだがな」

「じゃあ僕に訊くまでもなく答えは一つでしょ。あれを、誰かが操っていたと考えるのが自然だ」

「マリアール……奇跡の歌か……」


 もしもあれがマリアールの仕業だとすれば、マリアールはこちらを敵として捉え、こちらを監視していることになる。


 ではなぜ、あのタイミングだったのか。イズミには、それがよくわからなかった。


 戦闘力という意味では、おそらく一番弱いのはゼンであるはずだ。意外にも次いで弱いのはアイリとなる。ゼンの本分は研究や分析、アイリは補助や回復であるからだ。


 イズミは腕力では劣る物の、苦手な分野が存在しない。これといって得意な分野もないが、それが強みと言っても間違いない。


 であるなら、アイリがゼンが見張り番をしている時の方がいいはずである。


「明日からはより一層気をつけなきゃならないわね」


 心底面倒臭さそうに、アイリがため息をついていた。


「まあそう言うなって。なんかあったら俺が守ってやるからよ」


 キョウスケはいつもどおり、脳天気にガハガハと笑っていた。

「あのタイミングで出てきたことを考えると、相手はイズミのことを特別視しているのかもしれないな。イズミはアイリの部屋で寝ろ」

「え……でもそれじゃアイリさんはどこで寝るんですか?」

「そんなこと気にしなくていいって! 一緒に寝ればいいんだからさ!」


 先程と同じ人物なのか。誰もがそう思うほどの変わりようだった。


「はー、一度イズミとはちゃんと女同士で寝ておかなきゃって思ってたのよー」

「おいアイリ、変なことはするなよ」

「変なことってなによ。こんなにちっちゃくて可愛いイズミを抱きしめて寝られるのよ? もう最高じゃない」


 抱きつかれ、頬ずりされた。振りほどくのもなんだかおかしいような気がして、仕方なくされるがまま、座っていることしかできなかった。


 結局アイリの部屋で寝ることになった、


 彼女も疲れていたのだろう。ベッドに入ってすぐに寝息をたててしまう。


「こういう時、どうやって接すればいいかわからないや……」


 友人がいなかった。家族との接触も多くはなかった。食事は一人で、父も母も基本的に家にはいなかった。父は朝から晩まで外に働きに出ていた。母は昼間は内職、夜は飲み屋で働いていた。なによりも、どこかよそよそしかった。


 だから、本しかなかった。


 アイリの隣に寝そべり、天井を見上げた。薄汚れた天井。その汚れ方が、実家の天井の汚れ方と少しだけ似ていた。


 そんなイズミの実家は、今はもう存在しない。

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