十話
森の中に駐車してあった車の元へ行くと、黒服の兵士たちが駆け寄ってきた。
「ロックス様! 無事だったのですね!」
「俺はな。ナディアを頼む」
「頼むって、どういうことですか? まだオズワルドは健在で?」
「オズワルドの件はとりあえず問題ない。ただ、他の問題ができた。ペンと紙をくれ」
車内からペンと紙を取り出してきた黒服。それを強引に受け取ると、オズワルドとのやり取りを大まかに書いた。
「今すぐこれをフォーリア様に渡してくれ。速やかに実行してくれるとありがたいと、付け加えてくれるといいな」
「ロックス様はどうなさるおつもりですか。ナディア様と共には帰らないのですか」
「やることができた。オズワルドの件とは少し違うけどな」
ロックスは「頼んだぞ」とだけ言ってから、森の中を駆けていった。
オズワルドと対峙した森へと戻ってくると、そこでようやく足を止めた。
「出てこいよ。ずっと見てるだけっていうのも退屈だろ?」
ガサガサと茂みが揺れる。そして、一人の男が姿を現した。
「気付いてたのか? 気配は完全に断ったつもりだが。それに魔力だって感じさせないように動いていたんだがな」
一枚の布を体に巻き付けたような服装、顔は強面であるが、頬が痩せこけていた。
「サンクノーリオに呪術をかけたのはお前だな。それもオズワルドには感づかれずにそれをやった。何者だ、お前は」
「なんてことない、ただの監視役だよ。あのジイさんはお人好しだからな、敵を逃がす可能性があるってんでスリエル様から言われてるんだ」
「なるほど、そういうことか。オズワルドは信頼されてなかったということだな」
「そういうことになるかね。俺はジイさんとは違うぜ? お前を逃がすなんてことは絶対しない。俺みたいな弱小の魔導師をここまで強くしてくれたんだ、恩はちゃんと返さねえとな」
男が服の中から二本の短剣を取り出す。それだけではない、周囲の空気を歪めるほどの魔力が吹き出してきた。
「これは、ちょっとマズイかもしれないな」
ロックスの胸中をそのまま言葉にしたような、そんなつぶやきだった。
ゆっくりと剣を引き抜く。間違いなく殺し合いになると、細く長く息を吐いた。
男が持つ魔力は、式守であるロックスを上回っていた。ロックスでは、どうやっても空気を歪めるような魔力を放出することができない。
男が嬉々として走り込んできた。速度は速く、瞬く間眼前に迫っていた。
短剣での攻撃は素早く、異常なほどに攻撃回数が多かった。
一度横薙ぎを回避しても、逃げ場を奪うように次の短剣が待っている。どちらか片方を剣で防御しても、もう一本の短剣が自由に動き回ってしまう。
わかっていても間合いを取らせてもらえない。
極力、自分の剣の間合いを保とうと思っていても、完全に読まれているかのように前進してくるのだ。
森の中に金属音が響き渡る。どこかリズミカルであり、まるで音楽を奏でているようでもあった。それは男の攻撃が定速で、一定の間隔で飛んでくるからであった。
速度や攻撃間隔が一定であっても、それが罠であるとわかっていてはカウンターも合わせられない。
そう、これが罠だと知っている。これだけの攻撃ができる者が、ここまでわかりやすい隙を見せるとも思えなかったからだ。
しかし、これはこれで問題ないとさえ思っていた。少しずつできていく裂傷も、脚や腕に溜まっていく疲労も、相手を倒すための必要なプロセスだと思えば耐えられる。
「どうした優男! こんなんで魔女様を守れるのかよ!」
「魔女っていうのは守られるまでもなく強い存在だよ」
「じゃあ式守っていうのは必要のねー存在なんだな!」
「式守の役目は魔女を守るためのものじゃないからな」
左の短剣を弾き飛ばす。が、短剣そのものは宙に浮くことなく、男の手に握られたままであった。
「無駄だぜ優男!」
右の短剣がロックスの胸元へと、まるで吸い込まれるようにして直進を始めた。左の短剣を打ち上げた際に、ロックスの剣もまた頭上にある。今引き戻したところで、防御に間に合うかというと不可能に近い。
「だが、それでいい」
眼の前で、男の右腕が吹き飛んだ。高速で飛来した「何か」によって切断されたのだ。
「なん……!」
「俺は一人じゃないんでな」
上段にある剣をそのまま一直線に振り下ろす。男の左腕を切断するためだった。
両腕を失った男が、ここで初めて距離を取るような動きを見せた。
「逃がすか!」
男とロックスを囲むようにして、地面を這って炎の円が形成された。炎の壁は高く、ロックスの身長を超えるほどであった。
逃げ場を失った男がたたらを踏む。すかさず、今度は男の脚を切断した。
一気に両足を失った男が、仰向けで地面に倒れ込んだ。
「勝負あったな」
「顔に似合わずエグいことすんのな」
それでも男は笑っていた。
「まだ勝てると思っているのか?」
「さあね、どうだろ」
炎の壁が消え去り、代わりに一人の少女が立っていた。
「よくやってくれた。さすがは相棒だな」
トリヤエスカス、ロックスの魔導書だった。
「相棒を森の中に置き去りっていうのも考えものだと思うけれど?」
「勝てなきゃ意味がない。勝ったんだからいいだろ?」
オズワルド以外に特殊な魔導師がいることはわかっていた。そしてその人物が自分を狙ってくることも。
それをすべて織り込んだ上で、オズワルドとの戦闘時に森の中へと投げたのだ。本当はオズワルドとの戦いで使おうとは思っていたが、必要がなくなったので今使ったということになる。
「さて、お前にはスリエルの情報を吐いてもらおうか。スリエルは今どこにいる?」
男は「カカカッ」と笑ったあとで、大きく呼吸を繰り返した。
「話すことはなにもない。だが、お前が俺を殺したってのはスリエル様には伝わる。これから覚えておけよ」
「まだ殺してない」
「これから殺すんだよ。お前は絶対に俺を殺す」
「死にたがりなのか?」
「違うさ。ただな、スリエル様に従うっていうのはこういうことだ。用がなくなれば死ぬのが運命だ。そういうやつらをたくさん見てきた。最初は精神的にきつかったが、慣れればどうでよくなるんだな、これが」
男の魔力がどんどんと膨れ上がっていく。人が抱えるにはあまりにも大きすぎる魔力。
「なにをする気だ!」
「これが宿命なんだよ! やりたくもねー自爆ってやつだ!」
男は泣いていた。
きっと、どこかで心が壊れてしまったのだろう。ロックスは直感でそう思った。
そう考えれば説明がつく。無理矢理攻撃してきたのも、こうして嬉々として自爆を告げたのも。そして、泣いているのも。
男が「お前は絶対に俺を殺す」と言った意味がようやく理解できた。
「トリヤ!」
「宿業の炎よ、賛美を奏で、主の力とならん」
ロックスの剣が炎を纏っていく。その炎は渦となり、ロックスの魔力を跳ね上げた。
そしてその剣を男へと突き立てる。一瞬だけ、男の胸の前で止まった切っ先。男が持つ魔力が剣を拒んだのだ。が、魔力を纏った剣が貫通し、男の胸に深々と突き刺さった。
次の瞬間、炎の渦によって男の体が消し飛んだ。
トリヤが行った魔導術は、物質の内部に炎の渦を打ち付ける魔導術である。剣が刺さった瞬間に炎の渦が男の体内に入り込み、時間差で弾けたのだ。
「あーあ、殺しちゃったわね」
「わかってるだろ。無属性の爆発っていうのはタチが悪い。一度爆発が起きると、連鎖的に空気中の魔導粒子と結合を始めて、その効果範囲を広げていく。阻止するためには体ごと消し飛ばすしかなかった」
男が今までいた場所を見下ろす。最期にわずかに笑ったような気がしたからだ。人を馬鹿にするような笑顔ではない。どこか安堵したような、そんな微笑みだった。
「帰るぞ。いろいろやらなきゃいけないこともあるしな」
「わかったわ。ご主人様」
「そういう呼び方はやめろ」
「もう、文句ばっかり言うんだから」
「魔導書、変えようかな」
「残念でした。アナタにそんな魔力はありませーん」
「うるさいぞ」
そう言いながら歩き出した。
帰る前に男の手足を回収しつつ、フォーリアの元へと歩みを進める。
「そう言えば、どうやって帰るか考えてなかったな」
頭は悪くないが、どこか抜けているところがある。そんな彼の名はロックス=レイター。
魔女フォーリアの式守であり、トリヤエスカスの主人である。




