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魔導書はかく語りき  作者: 絢野悠
《魔法少女と癒やしの咎人》
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八話

 スーツの男性が長老の前に出た。そこで、ロックスはため息を吐く。


「まさか、自分から出てきてくれるとは思わなかったよ」

「僕を探していると知っていたら、もう少し早く出てきましたよ」


 そう、長老の前に出てきたのはオズワルドだった。


 恐ろしいほどに威圧感がない。殺気も敵意も感じず、逆にオズワルドは笑顔さえ浮かべていた。


「アナタは自分の立場がわかっていますよね?」


 そう言いながら、ロックスは前傾姿勢を取る。


「わかっていますよ。魔女スリエルの護衛として、長い時を経てここに蘇った。貴方は僕を、殺しに来たんですよね?」


 立ち振舞、抑揚、言葉遣い。そのすべてから聡明さが伝わってくるようだった。


「その通りだ。アナタなら、魔女スリエルがどれだけの驚異であるかはわかるだろう?」

「ええ、彼女は人類にとって驚異となりうる。けれど恩もあるのですよ。僕を蘇らせてくれたという恩と、この町を守ってくれたという恩です」

「町を、守った?」

「そうですね、少し外に出ましょう。宿屋に行きましょうか。彼女の手当もしなければいけない」


 オズワルドはそう言って背を向けた。敵意はないと、その背中が物語っていた。


 ロックスはナディアを抱きかかえて町長の家を出た。


 宿屋のベッドにナディアを寝かせ、オズワルドにはイスに座るようにと促した。


「すまないな、お茶は出せない」

「いいえ、問題ありませんよ」

「それで、話の続きを訊かせてもらえるかな」

「そうでしたね。どこから話したらいいでしょうか。アナタたちのことですから、僕が医者であり、囚人であり、脱獄囚であることも知っているでしょう」

「ああ、それは調べた」

「それでは、なぜ僕が刑務所に収監されることになったかはご存知ですか?」

「そこまでは調べてないな」

「じゃあそこから。ここは僕の出身地ですが、この町はいずれ潰されるだろうと言われていたのです。今から二百年前ですね」

「にも関わらずこの町は存続している……どういうことなんだ」

「僕が止めました。すべての財力を賭して、たくさんの反対運動をして、なんとか止めたのです。が、代わりに僕が投獄されることになった。町を潰そうとしていたのが政府だった。反対運動で町は守れましたが、僕には自由がなくなった」

「でもそれなら、アナタを収監した後で町を潰すことが可能だったと思うけど……」

「周辺の市町村も巻き込みましたからね、無理矢理町をどうにかすることは不可能だったのでしょう。それこそ政府に対しての反感が強くなってしまいますから」

「そこまで織り込み済みだった、ってわけか」

「はい。ですが、それで終わりではなかった。僕には妻と子供がいたのですが、音信不通になりましてね。脱獄せざるを得なかったというか、なんというか」


 彼は「ふふっ」と、静かに笑みを浮かべた。


「結局家族は?」

「僕が到着した時には、家にはもういませんでした。どこに行ったのかもわからない。そうして、僕は行き先をなくしました」

「じゃあアナタはどこで生きて、どこで死んだんだ? もしかしてそれすらもわからないのか?」

「まあそうですね。正確にどこで死んだのかは覚えていません。森の中を歩いていたような記憶はあるんですがね」

「でも、それとスリエルに町が守られたっていうのは繋がらないんじゃないか?」

「スリエルがこの地に現界したのは、なにもここ二三日というわけではないのですよ。まずそこを履き違えている」

「どういう、ことだ……?」

「スリエルは僕が生きていた時、すでにこの地に降り立っていた。誰にも知られず、ずっと身を隠していたのです。その時にこの町を助けてもらったのです。町を更地にしようとしている者がいれば駆逐し、排除してくれていたのです」

「スリエルがずっと生きていた? それじゃあ、ヴォルフという男は?」

「その辺りは僕にもわかりません。依代を移しながら生きていたのかもしれません。でも、僕が死に、魂となってスリエルに捕らえられた時から、彼女は町を守る風景を見せてくれていました。だから間違いはありません」

「じゃあ、その間アナタもこの世界を見てきたということか」

「そういうことになります。スリエルの力が弱いため、僕らも受肉できなかった。単純にそういうことです」

「アナタはスリエルに恩がある。だからその恩を返すため、彼女の味方をするということか」

「そういうわけではないのですがね。スリエルには助けられましたが、それでもスリエルの所業が正しいとは思っていません。あの人はこの世界を混沌の渦に沈めてしまう。そうなればこの町など関係なくなる」

「わかっていて味方をするんだろう?」

「そうなります。借りた恩は返す。それが僕が生きてきた道なので」


 そう言って、オズワルドが立ち上がった。


「どこへ行くつもりだ」

「明日の朝、また来るとしましょう。次は敵としてですが」

「そういうことか。それなら準備をしておこう」

「ありがとう。それでは失礼します」


 静かに、彼は部屋を出ていった。最後まで殺気や敵意を感じなかった。魔力もまったく感じず、魔導師としての力を測ることができなかった。


 ナディアに近づき、頬に触れた。


 そして、ナディアが持つ魔導書に触れた。


 炎属性のサンクノーリオ。その魔導書は黒ずみ、強烈な魔力を放っていた。


「出るに出られないのか」


 誰が施したのか、魔導書にはなにかしらの魔導術がかけられているように見えた。


 サンクノーリオをテーブルに置き、もう一度イスに腰掛けた。


 オズワルドの実力は不明だが、ここで勝てなければ式守としての役目は果たせない。


 ため息をつきながら、今度はトリヤエスカスの表紙を撫でた。


 そんなことをしている間にも夜は更けていった。明日の戦闘に備えるため、一抹の不安を抱えながらもロックスはベッドへと向かうのだった。


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