七話
月夜に紛れて移動を開始した。遮蔽物はないが、闇属性の魔導術で身を隠す。よく見ればわかる程度の隠蔽だが、民間人が一瞬見た程度ではわからない。
ジグザグに移動しながら町長の家を目指す。が、移動をやめて腹ばいになった。
町長の家の前には二人の男が見張りをしていたからだ。
「一人は鍬、一人は鎌。どう見ても農耕用だけど、この時間に立ってるっていうことはあの先に行かせたくないってことなんだろうな」
「でもあの人たちを倒したらバレちゃうと思うけど?」
「多少の時間が作れれば、町長の家に入ってナディアを助けることは可能だ。一気に接近して気絶させる。見張りが倒れていることを気づかれる前にナディアを救出するぞ」
「簡単に言ってくれるけど、家の中に魔操師がいないとも限らないわよ?」
「その時はその時。それに俺は魔女の式守、こんなとこでやられるわけにはいかない」
「まあ、自信がおありですこと」
そんな皮肉にも、ロックスは笑顔で対応した。
腹ばいの状態から片膝立ちへ。そして、大地をかけていく。
見張りの目の前で上体を起こす。
「おまっ……」
顎への掌底を一発。もう一人の見張りへは腹部に一発。それだけで、見張りの二人は倒れてしまった。
「民間人なんてこんなものだろう」
ドアに耳を当てるが、中からは物音一つ聞こえなかった。
一度深呼吸をし、ドアノブに握った。ゆっくりとドアノブを捻り、徐々にドアを開けていった。
室内は暗い。が、部屋の右側、本棚の前の床から光が漏れていた。
ドアを閉めて本棚に接近。地下室だということはすぐに気がついた。取っ手を探し、こちらのも慎重に開けた。
狭い狭い階段。ひと一人が通れる程度の階段があった。埃っぽく、思わず顔をしかめてしまう。
狭い階段を下っていくと。木製のドアがあった。中からはガタンガタンと、小さな物音が聞こえていた。
この中でなにが行われていようとも、動揺した時点で負けなのだとわかっている。ナディアがどういう姿であろうとも、ここに来た時点で彼女も覚悟はしていたのだから。
一気にドアを開き、状況を確認した。
広い部屋、男が四人、女が二人。女二人はイスに座り、男たちは鞭を持っていた。鎖で吊るされたナディア。白い肌には無数の鞭の跡。部屋は置くまで見えている。奥に人はおらず、自分も合わせての合計人数は八人。
まずはナディアを確保するところから。
重心を落とし、光の速さでナディアの前へ。魔力を刃に変えて鎖を切断し、ナディアを抱きかかえたまま部屋の奥へ退避した。
「な、なんだおめぇ……」
一人の男がそう言った。大男で頭は禿げ上がっている。年齢は四十半ばくらいか、その腹にはどっぷりと脂肪が詰まっていることだろう。
「さあ、なんだろうね。ただここでアナタたちを逃がそうとは思っていない。アナタたちにとって、死神のような存在にもなりうるかも」
「大将、やっちまいましょうぜ。どうせ女も本当のことを吐かねえ」
「それもそうだ。男を殺して女は犯す。いくぞお前ら!」
男たちが鞭を捨て、女たちは立ち上がる。だが魔力は感じない。本当にただの民間人なんだろうと考えられる。どうしてただの民間人、ただの町民がこんなことをするのか。それだけが疑問だった。
ナディアを寝かせて、側にはトリヤを立たせた。異常事態が起きた場合、トリヤがいれば対応できるからだった。
ロックスが六人を倒すのは一瞬だった。早すぎるロックスの動きが見えないのだ、それも当然とも言えた。
男たちが動かなくなったのを確認して、すぐさまナディアに駆け寄った。
「ナディア、大丈夫かナディア」
頬を何度か叩くと、ナディアの瞼が開かれていく。
「にい、さん……」
「よし、喋れるな。なにがあったか話してもらえるか?」
浅く息をするナディアが、ゆっくりと口を開いた。
「頭がぼーっとしててよく覚えてないけど、お前たちは何者なのかとか、オズワルド様を奪うつもりかとか、そんなことを言ってた気がする」
「まだ睡眠薬が抜けていないんだろう。俺もまだ若干眠いしな。それにしても気になるな」
オズワルドを奪う。それはつまりオズワルドがここにいるということである。しかしそれは、オズワルドの命令で自分たちに攻撃してきたわけではないという意味でもあった。
その時、コツコツと、階段を下る足音が聞こえてきた。
その人物が、ロックスの前に姿を現す。
「そんな力を持ちながら、今でも我らを淘汰しようと言うのですか」
見るからに老人だとわかる。白い髪の毛、細い手足。身長は小さいが、まだ腰は曲がっていない。
「アナタが町長か?」
「ああ、そうだよ」
「どうしてこんなことをする? それにオズワルドを奪うとはどういうことだ」
「あまり話したくはありませんね。アナタたちはきっとワタシたちの敵だ」
「敵かどうかはまだわからないだろ」
「いいえ、オズワルド様のことを嗅ぎ回っていた時点で敵です。あの方は、我々が守るのです」
「守る? ただの民間人がどうしてそこまでするんだ」
「話したくないと、言ったでしょう」
「それじゃあ、力づくで訊くしかなさそうだ」
「その必要はないでしょう」
不意を突かれた。
町長の後ろにはもう一人、長身の男性が立っていた。影がかかって顔は見えない。灰色のスーツと、艶のある革靴が酷く印象的だった。
腕も足も細長く、声色からして五十代後半から六十代前半くらいだろうと予想できた。
いつからそこにいたのかわからなかった。足音もなければ気配もない、それに魔力も感じなかった。




