四話
森の中で車を止め、レイター兄妹のみでトロスクに向かう。運転手たちは非戦闘員なのでここで待機、ということになった。非戦闘員と言っても警察からの人選であるため、一般人よりは戦える。それに運転手、通信士、それらを守る護衛と、人員的には十分であった。
寂れた森の中を歩く。目と鼻の先に見えているが、その町もまた寂れているように見えた。
トロスク。農業を乳業を中心に生計を立てている、片田舎の小さな町である。
幾度とない合併や地域整理などの話も、なんとか交わして存在している。いや、生き残ったというのが正しい。
年々下がり続ける収入。子供が生まれても、数年経てば町を出ていく。町は高齢化の一途を辿る、未来がない町であった。
町の中に入ると、町民の視線が痛いほどに突き刺さる。
「なんか、歓迎されてないみたいね」
「そうらしい。よそ者だから、だろうね」
「こういう地域だと、根強い宗教信仰があったり、地域独特の風習なんかがよく見られるわ。もしかしたら、よそ者を歓迎しないっていうのがここの風習なのかも」
「四の五の言っていても始まらない。話を訊いてみよう」
小さな家の外に腰掛けていた一人の老人。ふさふさの白髪、ヒゲまで真っ白で、杖で体を支えているような人物だ。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」
ロックスが丁寧に話しかける。
「んお? なんじゃね?」
老人は顔を上げ、ロックスをしげしげと見つめていた。
耳が聞こえていることに胸をなでおろしながら、オズワルドの写真を老人に見せる。
「この町でこの人を見ませんでしたか?」
老人はヒゲを触りながら、舐めるように写真を見ていた。
「ああ、この人ね。二日ほど前に見たよ。鈍色のスーツをピシッと着こなしていて、とても格好良かった」
「この人がどこいるのか、わかりませんか?」
「さあのう、そこまではわからん。ここに泊まったのか、もう出ていってしまったのか。一応宿屋で訊いてみたらどうかね」
「そうですね、ありがとうございました」
写真をしまい、頭を下げた。老人は「ふぉっふぉっふぉっ」と笑い、手を上げた。
小さな町なので宿屋はすぐに見つかった。
この町の建物はすべてが木造であり、家の大きさは小さめである。家よりも牛小屋の方が大きいのでは、と思うほどであった。
それは宿屋も例外でなく、宿というには小さいように見えた。部屋は三部屋ほどしかないだろうと、容易に想像できる。
「兄さん」
宿屋の中に入ろうとするロックスをナディアが呼び止めた。
「どうした?」
「ここ、本当に宿屋なの?」
「宿屋って書いてあるだろ?」
「そもそも、この町に宿屋って必要なのかしら」
「あるってことは必要なんじゃないか? それにトロスクは大きな町同士の中間に位置する。途中で夜にでもなったら、寄る人もいると思うけどね」
「大きな町同士の行き来、ね。距離にしてみたら結構あるから、歩いて行く人はあまりいないと思うけれど……」
「用事があって夜になっちゃう場合もあるだろ? もっと視野を広げた方がいいぞ。頭を柔らかくしていけ」
「兄さんに言われると、なんか認めたくないわね」
「俺の頭は柔らかいぞ」
「柔らかいっていうか、水みたいだわ」
「言い方ヒドくないか?」
「ほら、行くならさっさと行きましょう」
「もっとお兄ちゃんを敬って欲しいんだけどな……」
ため息を吐きながら宿屋の中へ入った。
入ってすぐにフロントがある。右にドア、左に廊下、フロントの向こうにもドアがあった。
フロントには中年女性が座っていた。恰幅がよく、少々目付きが悪い。
「いらっしゃいませ。カップルでの宿泊ですか?」
立ち上がり、定型文のような挨拶をする。だが、どこか訝んだような瞳であった。あまりいい気分ではなかったが、ナディアの機嫌が悪くなりつつあるのを感じ、ロックスは笑顔で対応することにした。
「これでも兄妹なんです。似てないでしょう?」
ロックスは「はははっ」と笑うが、受付の女性はまったく意に介さなかった。
「えっと、じゃあ一泊一部屋でお願いします」
「ちょっと兄さん!」
「いいから黙ってなさい」
手を額に当てながら、ナディアが大きなため息を吐いた。
「前払いで五千レートになります」
財布から一万レート札を取り出した。
女性からお釣りを受取り、その流れで今度は写真を取り出す。
「少し伺いたいのですが、この人を見ませんでしたか?」
やや唐突ではあったが、会話をするタイミングがここしかないと踏んでの行動だった。
「ああ、その人なら昨日泊まってったよ」
「どこに行ったかはわかりませんか?」
「さあねえ、知らないよそれは。でもまだ近くにいるんじゃないかね」
「そう、ですか」
「チェックインは三時から。チェックアウトは十時になりますからね。夕食は七時から、朝食は八時からです。遅れないようにお願いします」
仕事の話になると敬語になるため、戸惑いを隠せなかった。
「わかりました。三時になったらまた来ます」
女性に背を向け「行くぞ」とナディアに言った。
宿屋を出て町を見渡す。小さな町であるため、ここから眺めるだけでも、町中をほとんど見渡せてしまうのだ。
「ナディア、これから真面目な話をするぞ」
歩きだし、ロックスがつぶやくように言った。
「兄さんが真面目な話?」
「いいから聞け。オズワルドは、おそらく戦闘力はそこまででもない。と言ってもスリエルの恩恵を受けているから、俺とお前でも倒せるかどうかわからないだろうな。だが、もしも危険だと感じたら、その瞬間に背を向けて逃げろ」
「逃げろって、逃げられるわけないでしょう? 相手は私たちより格上なんだから」
「その時は俺が時間を稼ぐ」
「兄さんを置いて逃げろって言うの?」
「ああ。俺のことは気にせず逃げろ」
「気にしないわけないでしょう? そんなこと、できるわけない」
「二人で犬死なんてごめんだ。それなら無理をしてでもどっちかが生き延びる方がいいに決まってる。でもそれにはオズワルドを抑制できるような強さが必要。お前にはそれができない」
言い返したいという一心で口を開けたナディア。しかし、本当のことであるため言葉が出てこなかった。
ロックスは正式は式守であるが、ナディアはそうではない。それは明確な力量差を示すには十分な称号であった。
「そうならないようにして」
「善処するよ。でも、もしそうなったら逃げろ。いいな?」
「わかったわ。なんとしてでも生き延びてやるわ」
「それでいい」
ナディアの頭をくしゃくしゃっと撫でるが、ナディアはされるがままに歩いていた。髪の毛は乱れる、恥ずかしい、子供扱いをするな。そう思っても、やはりナディアは兄のことを信頼し、好いていた。ロックスもそれをわかっているから、昔ながらのやりとりをやめられなかった。
小さなことではあったが、これが兄妹の証というのは二人がよくわかっていた。
お互いがお互いを信頼し、失いたくないと思っている。思っているからロックスが先手を打った。
ナディアはそれが悔しく、ロックスに悟られぬよう、強く奥歯を噛んでいた。




